シリアスBL5
 


10月31日、執務机に腰掛けながらイングラムは気難しい顔をしていた。
ハロウィンパーティーの今日、
大人も子供も普段の緊張感から一時だけ解放され大いに盛り上がろうとしている。
しかしイングラムの表情は難しいままだ。
正確には『あの日』からずっとなのだが・・・・。


『あの日』、クォヴレーにハロウィンの説明をしたあの日、
イングラムはこれまでの交わしてきたどんな口付けよりも、
濃厚で優しいキスを仕掛けたのだった。
クォヴレーもそのキスに応えてくれ、30分は唇を重ねていた筈だ、が、
その時間が過ぎると、クォヴレーはなんでもなかったように振舞い始めたのである。
相変らず夜にはベッドに忍び込んでくるが、
朝になると青い顔でひたすら謝り続けてくる。
もう何がなんだか分からなくなっていた。

キスに応えてくれたクォヴレーと、
何事もなかったように平然としているクォヴレー。
どれが本当のクォヴレーの気持ちなのか、
イングラムには分からなかった・・・・。





〜トリック・オア・トリート 2〜







ふぅ・・・、とため息をついたその時、
執務室の扉を叩く音が聞こえてきた。

「・・・・はい」
「私よ」
「・・・開いている、入って来い」

関心がないかのような口調で許可を出すと、
ウキウキ顔のヴィレッタが入ってくる。
イングラムが怪訝そうな顔をすれば、
クスッと笑って通路にいるらしい『誰か』を手招きで招き入れた。

「入っていらっしゃい、クォヴレー」
「・・・・・・・ですが」
「いいから、入ってきなさい」
「・・・・。」

しかしクォヴレーは一向に入ってくる気配を感じさせなかった。
確か、仮装の準備をアヤやマイ、ゼオラが張り切っていると小耳に挟んでいたので、
おそらくクォヴレーの分も用意してくれていたのだろう。
本来、イングラムとでなければ『出歩くこと』を許されていないクォヴレーだが、
今日に限り『誰か』と一緒であれば出歩くことを許されていた。
イングラムとしては傍から離したくなかったが、
そう述べた時にヴィレッタが嫌な笑みを浮かべたので、
イヤイヤ承諾したのは横においておこう。

「(何だというんだ???)」

入ってこないクォヴレーに焦れ、イングラムは席を立つ。
そしてゆっくり歩き出しヴィレッタの横を通り過ぎると、
彼女は面白そうに笑顔を浮かべていた。
肩に手を置かれ、耳元で囁かれる。

「卒倒、しないでよね」
「・・・卒倒??」

眉の中央に皺がよる。
しかしムッとした顔で通をに視線を移せば、
思わず声を失ってしまうのだった。

「・・・・・っ」
「・・・・・・」

そこにはハロウィンの仮装をしたクォヴレーが立っていた。
黒いマントに臼歯がついていることからおそらく『ドラキュラ』であろうが、
イングラムが目を見張った箇所はクォヴレーの脚の部分である。
ショートブーツに黒い靴下。
太ももの部分は赤いフリルがついていた。

では・・・なぜそんなことが分かるのか?
それはクォヴレーがスカートをはいた『女ドラキュラ』の姿だったからだ。
思いがけない可愛らしい姿に、
イングラムは見惚れてしまっていたが、クォヴレーは彼が何も言わないので、
呆れていると勘違いしたらしく、全身が真っ赤に染まっていた。

「イングラム少佐・・・これは・・その・・・」
「・・・・・」
「決してオレの趣味ではなく・・・だから・・無理やり・・」

絶句したようになにもしゃべらないイングラムに、
ますます真っ赤になっていくクォヴレー。
イングラムの背後では、ヴィレッタが声を殺して笑っている。
目に涙を浮かべながらイングラムに近づくと、

「・・・・見惚れてしまった?」

と、小さく囁くのだった。
明らかに面白がっているヴィレッタをギロッとひと睨みし、
再びクォヴレーに視線を戻すと、
今度は頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見てみる。
クォヴレーは暗い顔をしながら、ただその視線に耐えていた。
目にはうっすら涙がたまっている。
おそらく本当はこんな格好をしたくなかったのだろう。
イングラムは心の奥で同情しながら、
けれどもこの衣装を用意してくれたヴィレッタたちに大声で感謝したかった。
自分以外には見せたくないが、そこは妥協しようという気にさせるくらい
気に入ったようだ、クォヴレーの『女ドラキュラ』を。

「・・・クォヴレー」
「・・・はい」
「・・・なかなか似合っているぞ」
「え?」

罵りではなく褒めてもらったことに意外性を感じ、
クォヴレーは目を見開く。
すると目には微笑んだイングラムが映り、安堵の息をつく。

「お菓子はもうもらいにいったのか?」
「・・・まだだ・・あ、その・・です。」
「パーティーは6時からだものね。その前にイングラムに見せにきたのよ。
 で、ついでに貴方を向かえにも来たわけ。」
「そうか」

ヴィレッタが廊下へ出るのを確認すると、
イングラムもまた部屋から完全に外へ出た。
そして鍵を閉めると、二人に微笑みながら、

「各チーム、各待機場所にて待機、だったな・・・忘れていた」
「そういうこと!さ、ドラキュラさん!イングラムをエスコートしてあげて?」
「・・・了解」
「(エスコート???)・・・!?」

不意に手に暖かなものを感じ、目線を落すと、
クォヴレーがイングラムの手を握っていた。
そして急かすように手を繋いだまま通路を歩き始めたのだった。
引っ張られるような体勢でヴィレッタにふり返れば、
彼女はウィンクをしており、頭に語りかけてきたのだった。


『私からのハロウィンの贈り物よ』



・・・・と。



繋いだ部分から、甘酸っぱい感情が流れ込んでくる。
イングラムはその気持をしっていた。
だが今までに経験したことのないその気持は、
なんとも歯がゆく手を持て余してしまうのもまた事実であるようだ。
















「お帰りなさい、クォヴレーにヴィレッタ大尉」

待機場所へ行くと、仮装したゼオラが出迎えてくれた。
彼女もどうやらドラキュラの格好をしているようである。
だがコチラは明らかに男装の『男ドラキュラ』だ。
イングラムは更に奥へと視線を移す。
すると、フランケンシュタインらしきアラドと、
狼のような格好のリュウセイ、マイは魔女のような格好で、
アヤは17世紀時代のお姫様のような格好、
ライに至っては王子様のような扮装をしていた。

「ゼオラ、約束通りイングラム少佐を連れてきた」

クォヴレーが握っていた手を離しツカツカ部屋の中へ入っていく。
去っていく温もりを残念に思いながら、
イングラムは少しだけ表情を和らげ気障な台詞を吐くのだった。

「クォヴレーとは対照的なドラキュラだな。よく似合っている」
「・・・・え?」

いつも厳しいイングラムが柔らかい笑顔を浮かべたので、
思わずドギマギしてしまうゼオラ。
しかし彼女らしく顔を真っ赤に染め礼儀正しくお礼を言うのだった。
それを期に、奥のほうでたむろっていた部下達が入り口へとか近づいてきては、
自分たちの仮装の感想をイングラムに尋ねるのだった。
いつも緊張感溢れ、威厳のある態度をとっているイングラムも、
今回ばかりは物腰優しい態度で皆に接し滅多に浮かべない微笑を浮かべて話をし始めていた。
けれどもそんななか、クォヴレー一人だけは何故か剥れた顔をしていたのである。
しかしクォヴレーにはその気持が何なのか分からない。
分からないから歯がゆく、落ち込んだ気分になってしまうのである。
今回に限らず、特にイングラムと一番親しそうに話しているリュウセイが
毎回気に食わなく、なんとなく冷たい態度をとってしまっているのだ。
その態度をヴィレッタに指摘されては気をつけてはいるのだが、
身に着けたばかりの感情をコントロールする術をクォヴレーはまだ学んでいなかった。

「・・・気になる?」
「・・・・・・・・」

クォヴレーと同じように遠くで見守っていたヴィレッタが話しかけてくる。
チラリと彼女を見上げるが、クォヴレーは何も答えない。
・・・・答えられなかった。

「気になるんでしょ?クォヴレーはイングラムが好きなのね?」
「・・・わかりません」

小さな子供のようにムスッと答えるクォヴレーの肩に手を置き、
ヴィレッタは違う角度で質問してみた。

「じゃあ、気になる?」
「・・・・・わかりません」
「でも、ああやって沢山の人たちに囲まれている姿を見ると気に食わないでしょ?」
「・・・・・」

その時、クォヴレーの瞳が不安に揺れたのをヴィレッタは見逃さなかった。
そのことに、こういう質問はまだ早かったと、悟り、小さく『ごめんなさい』と謝ると、
クォヴレーと同じように囲まれているイングラムを見つめる。
楽しそうに会話をしているイングラム。
彼は確かに変った。
そしてクォヴレーと出会ったことで更に変りつつある。
今、隣にいる少年もいつの日にか少年らしく笑えるようになればいい、
とヴィレッタは一人胸中にその思いをしまいこむのだった。










時刻は6時になろうとしていた。
戦艦の照明は全体的に薄暗いものへ変りハロウィンパーティーが始まった。
子供達はそれぞれ艦内を徘徊し、大人達からお菓子を頂戴していた。
時折に食堂や多目的ホールへ出向き、ハロウィンの料理をつまみ食いしては笑いあっている。




クォヴレーはというと、待機室で女ドラキュラの姿のままボーっと椅子に座っていた。
横ではイングラムとヴィレッタが静かに日常的な会話をしている。
クォヴレーのバスケットを見れば、お菓子は一つも入っておらず空であった。
イングラムもヴィレッタも一緒に行こう、と言ってはくれたがクォヴレーは頑なに断った。
女装している姿を見られるのは怖いし、
なにより『仲間』が自分を特異な目で見てくるのが正直言って嫌だったのだ。

「(・・・退屈だ)」

小さくため息をつく。
テーブルにのっているコップは既に空で、
もう一杯飲もうと席を立とうとしたその時リュウセイが帰ってきた。

「教官!隊長!」
「あらリュウセイ、早かったわね」
「ああ」

よっこいしょ、と何故かクォヴレーの前に腰を下ろすと、
リュウセイはニカッと笑いかける。

「俺、仮装はしてるけど今年はお菓子を上げる側に回ったからさ」
「・・・あら?そうなの?」
「そ!・・・教官と隊長はもう配り終わったのか?」
「・・・いや、我々のところにはチラホラとしかこなくてな・・、まだ余っている」
「ふーん・・・?ここ角部屋だし来んの面倒くさいのかな?」
「さぁな、そういうお前は配り終わったのか?」
「・・・あぁ・・まぁ・・一人を除いては・・・」

するとリュウセイは再びクォヴレーにむかって笑いかけた。
いかにも迷惑そうに眉根を寄せリュウセイを見れば、
もう苦笑するしかない。
リュウセイは分かっていた。
理由は分からないが自分はクォヴレーに嫌われている、ということを。
だから少しでも仲良くなる為、今日という日を配る側に回ったのだ。

「あとはクォヴレーだけ」
「・・・?」

クォヴレーの眉間に更に皺が出来る。
だがここで負けては何も始まらないので、
根気強くリュウセイは話し続ける。

「・・・・クォヴレーだけだぜ?」
「・・・・なにが・・・です?」

クォヴレーの不機嫌さが最高潮に高登っていく。
一体目の前の男は何をしゃべっているのか、
はなはだ理解不可能であるからだ。
どうして自分がリュウセイに『呪文』を言わなければならないのかが分からない。
目線だけを横に送れば、穏やかに微笑んでいるヴィレッタと、
少しだけ意地悪げに笑っているイングラムが映る。
だが場の雰囲気は『言え』というオーラに包まれ始めているので、
心の中でリュウセイに対して悪態を吐きつつ、
小声で呟くクォヴレー・・・・。


「リュウセイ少尉」
「ん?」
「トリック・オア・トリート」

心底詰まらなさそうに呟いた。
そしてリュウセイは呪文を聞き終えると、
オーバーリアクションを起し始めた。

「あーーー!!」
「?????(なんだ?)」
「しまったぁぁぁぁ!!お菓子がもうない!!」
「・・・・は?」

小難しい顔をしていたクォヴレーの顔が一瞬でポカンとした表情になった。
それはそうだろう。
自分で誘っておいて『ない』と言うのだから。
リュウセイはなおもオーバーリアクションを続ける。
そしてニコニコ笑いながら席を立ちクォヴレーに近づいてくると、

「・・・仕方ない。悪戯していいからそれで仲良くなってください!」

と、ペコリと頭を下げてきた。
目を瞬かせ、クォヴレーは言葉を発することが出来ない。
本来なら『お菓子がないから悪戯してどうぞ』と返ってくるはずなのに、
彼は『仲良く〜』と言ってきたのだ。
クォヴレーが分からない、と言う顔をしていると、
横に座っていたヴィレッタが解説をしてくれた。

「つまりリュウセイはハロウィンにかこつけて貴方と仲良くなりたいのよ」
「・・た、隊長!!」

自分の意図をバラされ、心底慌てるリュウセイだがお構いナシにヴィレッタは続けた。

「実際その通りでしょ?・・・クォヴレーは何故か貴方に冷たいものね?」
「いや・・そうだけどさ・・・なにも・・・」
「・・・オレと仲良く・・・?」

首をかしげていると、今度はイングラムが口を挟んできた。

「そうだな・・・、仲良しこよしになれとまではいかないが、
 ある程度親しくなっておくべきだな」
「・・・少佐」

クォヴレーはイングラムを見、ヴィレッタを見、リュウセイを見た。
冷や汗をかきながら頬をポリポリしているリュウセイからは必死さが伝わってくる。
彼はこんなにも自分を気にかけていてくれるのに、
子供じみた感情で自分は彼に冷たくしてしまっている。
その時、自分の子供っぽい感情で無意識に冷たく当っていた事が、
なんだか急に恥ずかしく思え、クォヴレーは唇を噛みしめた。
だからリュウセイは再び誤解をしてしまう。

「あ・・いや・・・そんなに嫌ならさ・・無理しなくても」

躊躇いがちな音量。
クォヴレーの心は申し訳なさで埋め尽くされていく。
そして何かを決心したようにイングラムとヴィレッタを見たあと、
頭をプルプル横に振り、椅子から立ち上がった。
そして今度は真っ直ぐにリュウセイを見つめ、今度ははっきりと口に出す。

「リュウセイ少尉」
「・・・・はい?」
「トリック・オア・トリート!」
「・・・・へ?」
「お菓子をくれないと悪戯をする!」
「へ?」

両手をさし伸ばし、お菓子を催促する。
しかし事体が飲み込めず間抜けな返事しか返せないリュウセイ。




・・・・やがてお菓子をくれないリュウセイに、
クォヴレーは悪戯を開始しようとする。




けれどもその悪戯に3人は生唾を飲むハメとなるのである。


有り難うございました。 『トリック・オア・トリート 3』へ続く。 裏要素入りますよ〜♪