シリアスBL7
 


〜反抗する人形〜









格納庫で愛機の整備をしているとリュウセイの背後からため息が聞こえた。
あまりにも大きなため息であったので整備の手を止め振り返ると
無表情ながらも曇った表情のクォヴレーがある機体を見上げているのが目に留まる。
厳重にプロテクトされている機体・ベルグバウ。

「(そういやクォヴレーの機体だっけ??
 本人ともに正体不明だから封印されているとかライか誰かが言ってような?)」

リュウセイはキョロキョロあたりを見渡してみる。
すると数メートル先にはヴィレッタと難しい顔をしながら話をしている『教官』が居たので、
どうやら言いつけを破って一人で行動していたわけではないとわかり、ホッと安堵する。
本体に合流し数週間経ったが、特に上層部はクォヴレーを険呑に思っているらしく、
何かしらと風当たりが強いのを目のあたりにしている。
言いつけを破り一人で行動していたとなると、
また何かと煩く言われるのが目に見えているので安心したのだ。
リュウセイは驚かさないよう静かに近づきクォヴレーに声をかけた。

「よ!」
「!!?」

慎重に声をかけたつもりでも、
自分の世界に入っていたクォヴレーにとっては驚かずにいられなかったらしい。
それほど集中してベルグバウを見上げていたのだろう。
クォヴレーは大きく目を見開き少しだけ腰が引けてしまっていた。


「少尉!」
「・・・だからリュウセイかリュウでいいって・・・」

幾度となく呼び名を階級以外で呼んで欲しいとお願いしているのに、
クォヴレーは呼んでくれない。
今回も階級で呼ばれ苦笑いのリュウセイ。

「・・・・・・」
「(そんな難しい顔すんなよ・・・はぁ・・・)」

ハロウィンの一見以来二人の距離は縮まりつつあった。
けれどリュウセイはどうしてもそれ以上クォヴレーとの距離を
縮めることが出来ないのだ。
なぜなら・・・・

「(ウッ!!やべぇ・・・教官が睨んでる・・?ホントなんでだ???)」

最近クォヴレーと話す機会が増え、
リュウセイはもっと仲良くなりたくて
無理矢理ライを巻き込み一緒にロボットアニメを見たりした。
クォヴレーはそういうモノを見るのが始めてであったのか、
白い頬を高潮させ、映像が終わったあともしばらく画面に魅入っていたのを、
ライと二人驚いて見守ってしまったほどだ。
それ以降、新作を手に入れるたびクォヴレーを誘っていたのだが、
ある時それがイングラムにばれて以来、何故かクォヴレーと仲良くすると
その日の訓練がいつも以上に厳しいものになったりしていたのだった。

「(俺、教官に何かしたっけ???)」

一度ヴィレッタに相談してみたとところ、彼女は苦笑いを浮かべて一言言うだけだった。



『彼は子供なのよ』


と。
しかしそれだけでは理解できないリュウセイは頭を抱え、日々悩んでいるのが現状だ。

そして今も睨まれている。
けれどリュウセイは負けじとクォヴレーに話かけた。

「コレ、クォヴレーの機体なんだろ?」
「・・・あぁ」
「・・・格好いいよなぁ・・・」

うっとりとベルグバウを見上げるリュウセイ。
しかしクォヴレーの表情がどんどん暗いものに変わっていく。

「けれど乗ることも出来なければ、
 実戦で使うことも出来ない。
 そんな機体は何の意味もありません・・・唯の鉄屑だ」
「・・・そうだよなぁ・・・もったいないよな」
「・・・ですが仕方のないことです・・・正体不明ほど危険なものは・・ない」
「・・・クォヴレー」


本当はこの機体に乗ってクォヴレーも戦いたいのだろう。
しかし頭の固い上層部がそれを許さない。
週に一度は行なわれているという面談(取調べともいう)でも、
ネチネチと嫌味を言われているに違いない。
平気な顔をしているが、まだ少年であるクォヴレーにとっては相当苦痛なことだろう。
リュウセイは焦った。
どんどん暗い表情になっていくクォヴレーを前にどうしたらいいのか分からない。
そして自分に出来る最も効果的な慰め方をしてみることにした。

「あのさ・・・」
「?」
「新しい・・・ロボットのDVDが・・・手に入ったんだけど」
「!」

すると曇っていたクォヴレーの表情がパァァァと明るくなり
頬が紅色に染まっていった。
気分を持ち直してくれたことに、ホッとすると、
この後一緒にみようと誘ってみたが、クォヴレーの表情は逆戻りしてしまうのだった。
リュウセイが慌てて楽しい話題に切り替えようとあれこれ考えていたその時、
クォヴレーがボソッと落ち込む理由を教えてくれた。

「・・・少佐に・・叱られる」
「へ?」

その理由がリュウセイには分からなかった。
クォヴレーを一人で行動させるのは禁止されているが、
自分や無理矢理つき合わせているライが一緒であるのだから、
イングラムが上から咎められることはないはずなのだ。
それなのに何故クォヴレーを叱るのだろう。

「(わっかんねーなぁ・・・????)」

首を傾げていると、背後から問題の人物が足音もなく現れる。
不機嫌さを隠さない低い声でリュウセイとクォヴレーを一瞥し、
そのまま身を翻し言葉を発する。

「クォヴレー、行くぞ」
「・・・え?」
「用はすんだ、いつまでもここにいても時間の無駄。
 ・・・どうせお前はその機体を整備しないのだしな。
 乗れない機体をいつまでも見ていても時間の無駄だ」
「・・・・っ」


グサッと突き刺さる冷たい声にクォヴレーはギリッと奥歯を噛み締める。
けれどさっさと格納庫を後にしていくイングラムを追わないわけにはいかないので、
トボトボと彼の後を追うしかないのであった。
何か言いたそうなリュウセイの横を横切り、ヴィレッタの横を横切る。
彼女はクォヴレーの肩をポンッと叩くと、少しだけ困ったような微笑をむけてきた。



・・・けれどクォヴレーは何故彼女がそんな顔をするのか理解はできないのだった。












艦内の通路をトボトボ歩く。
もともとイングラムとは歩幅が違うので追いつくのが大変なのだ。
それを分かっているイングラムは時折後ろを振り返り歩調をゆるめてくれる。
やがて横に並んで歩けるようになると、改めてイングラムを見あげ、ご機嫌を伺う。
彼の顔からは不機嫌さが消え、冷静に前だけを見て歩いていた。

「(・・何故、急に機嫌が悪くなったりするのだろう?)」

イングラムの真意が見えぬまま、次の仕事へ向かう二人。

そんなイングラムに怯えて過ごす毎日の中、
・・・・クォヴレーの心は今だ固く閉ざされたままである。






















ハロウィンから半月が過ぎた。
時計の針は深夜をさしており、見張り当番以外は就寝している時間である。
けれどもイングラムは己の熱を持て余し、眠れないでいた。

「・・・・ん」

小さな寝息をこぼし、クォヴレーは寝返りをうつ。
すると伸ばした腕の先に逞しいものを捉え、
安心しきった顔でスゥ・・・と深い眠りに落ちていくのだった。
そんなクォヴレーの腰に逞しい腕が回されしっかりと抱きしめる。
クォヴレーの額に唇を寄せ、その可愛らしい無防備な寝顔を堪能するイングラムであるが、
実は男の生理現象に襲われており、寝付けないでいるのだ。

「(俺の忍耐力にも限度があるぞ?
 ・・・しかし俺以外の誰かとコレが同じ部屋になるのは許せない)」

おそらくクォヴレーは誰と一緒の部屋になっても、
毎夜寝ぼけて『誰か』のベッドにもぐりこむのだろう。
温もりを求めて・・・・・。


・・・例えばリュウセイと同じ部屋にして、
リュウセイに抱きついて眠るクォヴレーを想像しただけでも、
明日のリュウセイの訓練は過酷なものにしてしまう自信がイングラムにはあるのだ。
大人気ないジェラシーと分かりつつも、
知ってしまった感情の流れを止めることは難しい。

クォヴレーの顔を覗き込む。
薄く開かれた唇・・・そこにそっと唇を寄せていく。
するといつものようにイングラムの唇を啄ばんでくるクォヴレーに
胸を締め付けられながらも、ソロソロと自身の下半身へ手を忍ばせていく。

「・・・起きるなよ・・・?こんな変態的なことをしているなどと知られたら・・・」

生きていけない、と呟きながら、自慰行為に没頭しるのである。


・・・・イングラムの長くも切ない夜はまだ始まったばかりのようだ。

















戦局もだんだん厳しいものに変り、その日の戦闘は妙に長引いていた。
いくらこちらが力をつけたといっても相手も力をつけてきているのだ、
当然のことなのだが・・・・・。

格納庫に怒鳴り声が響いている。
急な出撃であったのでイングラムは乗り込む機体、
本来ならヴィレッタが乗っている機体R−GUNパワードの前で着替えをしていた。
今回出撃するのはヴィレッタが他の任務で缶を離れており、足りない人手が更に足りない為だ。

クォヴレーはイングラムがパイロットスーツに着替えるのを手伝いながら、
意を決してお願いしてみた。

「少佐!」

しかしイングラムは一度一瞥しただけで何も答えず、
ヘルメットを力任せにクォヴレーから奪った。

「少佐!」

負けじともう一度呼ぶ。
けれどイングラムは答えない。
おそらく何を言おうとしているか位わかるのだろう。
厳しい視線でクォヴレーを睨み低い声で命令する。

「執務室かブリッジへ戻れ」
「何故です!!オレだって・・・パイロットなのに・・・!!」

人手が足りないのにどうしてダメなのか?
乗れる機体があるのにどうして出撃できないのか?
聞き分けのない子供のように地団駄を踏む。
クォヴレーは珍しく感情を激昂させ諦めずにイングラムへ志願し続ける。
『パイロットなのに!』という言葉に一瞬だけイングラムは感情を表に出したが、
直ぐに無表情の鉄仮面へ戻し、出口を指をさす。

「戻れ」
「少佐!!」
「・・・何度も言わせるな・・・、引きずっていかれたいのか?」
「!!」

唇を噛み締めイングラムを睨む。
このところクォヴレーはイングラムに対して不満がいっぱいなのだ。
リュウセイや他の人間と仲良くすると不機嫌になるイングラム。
二人きりの時『少佐』と呼ぶと不機嫌なイングラム。
ベッドに忍び込んでも怒らないイングラム。
全てが理解不能で腹立たしくてならない。
だからいつもなら『戦いたい』と志願し、『駄目』といわれれば素直に引くところなのだが、
今回はそうすることが癪に障ったのだ。

「オレは罪人でもなければ人形でもない!!
 引きずられるいわれもないし、もう生殺しは嫌なんです!!」
「(生殺し、か・・確かにな)・・話は戦闘後に聞く・・いいから戻・・!!」

しかしイングラムの言葉を最後まで聞かず、
彼の機体の横に置かれているベルグバウをチラッと見据え、ベルグバウへと走り出した。

「クォヴレー!」
「プロテクトの解除くらい出来る・・・!オレだってパイロッ・・!!」

けれどすぐにイングラムに捕まってしまう。
もともと歩幅が違うのだから直ぐに追いつかれるのは分かりきったことなのだが、
頭に血が上っているクォヴレーは気づけなかった。
そして力任せに引きずられていく。
・・・艦内へ続く通路ではなくイングラムの機体のコックピッドへ。

「・・・なっ・・んぐっ」

口に手をあてがわれ、声を封じられた。
イングラムは下にいる整備員に、

「調整に少し時間がかかる!他の機体を先に出せ!」

と、怒鳴り、ハッチを閉じてしまう。

「了解!」

と、整備員は返事をするがその声は二人には届かなかった。
クォヴレーは両手を片手で戒められ、
唇をキスで塞がれ、狭い密室ではろくな抵抗も出来ないからだ。

「ふぅぅっ・・・ん、く・・んーーーっ」

クォヴレーの身体がブルリと震える。
下着の中に大きな手が忍び込み、容赦なく男根を苛み始めたからだ。
キスで声を封じられ、狭いコックピッドではたいした抵抗もさせてもらえず、
着実に頂点へ導かれていく。
腰はガクガク震え、涙を零して抵抗を続ける。
けれどイングラムの手は執拗でやがてその意思すらも剥ぎ取ってしまった。
抵抗がなくなったのを確認し、イングラムは腕の戒めを解放する。
クォヴレーはガッシリとイングラムの首に抱きつき、潤んだ目で訴えた。
イングラムは一層深い口付けで声を封じながら、絶頂へと促すのだった。




生臭い臭いと、荒い息が狭い密室を支配する。
濡れた手をタオルで拭いながら、イングラムは冷静な声で話しかけた。

「・・・落ち着いたか?」
「・・・・はい・・・申し訳ありませんでした」
「・・・・・」

クォヴレーの白いズボンには今しがた放ったモノが大きなシミを作っていた。
イングラムの膝の上に乗りながらクォヴレーは涙を流し続ける。

「もう少しだ・・・」
「・・・・・」
「ヴィレッタともう少しであの機体の謎が解けそうなのだ・・・。
 そうすればお前の疑いも・・・完全ではないが晴れるだろうし、
 パイロットとして我々と一緒に戦うことも出来るようになる」

なんと、イングラムとヴィレッタはあの機体を解明しようとしていてくれたらしい。
知らなかったその事実にクォヴレーは驚きを込めた視線でイングラムをふり返る。

「・・・本当か?」
「・・・ん?」
「・・・イングラム、今の話は本当か?」
「クォヴレー・・・」

イングラムは驚いた。
言われたことには何でも従う頑固なクォヴレーが、
言葉遣いを崩し、『イングラム』と呼んできたからだ。
ハロウィン以来何度言っても『少佐』と言う呼び名を変えなかったというのに、
どういう風の吹き回しなのか・・・?

「オレは素直な人形じゃない」
「・・・そうだな・・どちらかといえば頑固だ」
「オレはパイロット・・兵士だ・・・だから戦いたい」
「・・・・・」
「記憶はないし、あんな怪しい機体に乗っていたのだから疑われるのは仕方のないことだ。
 だが、どこかへ行くたびに好奇な目で見られるのは堪えられない・・・!」
「(・・好奇というより賛辞の目だな・・・容姿のせいだろうが)」
「・・・最近イングラムは不機嫌なことが多いし・・・もう嫌なんだ」
「(不機嫌?・・・確かに否定できん)」
「人の視線は怖い・・・独りは・・寂しい・・・?」

クォヴレーの語尾は何故か疑問系であった。
芽生えかけの感情ではまだよく理解できないのだろうか?
微苦笑を浮かべ、クォヴレーの視線を自分と合わせるとイングラムは強く抱きしめてやった。

「・・・独り、ではないだろう・・」
「・・・・っ」
「少なくとも今この場所には俺がいる」
「・・・オレには貴方がよく理解できない、きっと理解することは無理だ(よく不機嫌になるし)」
「やってみないうちに諦めるのはよくないな。それは人間失格だ。
 ・・・これから理解していけばいいことだろ?・・・俺が何を考え何を望んでいるのかを」
「・・・人間・・失格・・・」

唇が何度も『人間』と呟いていた。
再び前を向いてしまったクォヴレーの涙で濡れた頬を、
清潔なハンカチで拭いてやりながら、抱きしめる力を強めた。

「っ・・・しょ・・さ・・?(苦しい・・!)」
「・・・少佐、か」

さっきまでイングラムだったのに、と、からかい混じりに耳元で囁くと、
全身を真っ赤に染め顔を伏せてしまうクォヴレー。

「すみませ・・・オレ・・・その・・・」
「・・・かまわん・・今は二人きりだしな」
「けど・・・!」
「かまわない・・・そんなことより、クォヴレー」

逞しい腕がクォヴレーの濡れたズボンをそっと撫でる。
クォヴレーは先ほどよりも強い羞恥に襲われ、涙声になってしまうのだった。

「・・少佐・・さ、触らないで・・汚い・・」
「・・・いいや・・お前は綺麗だ」
「は?」

前触れもなく囁きの如く言われた気障な台詞にクォヴレーは固まってしまう。
そしてイングラムという人間は本当に理解できない、と再認識してしまった。
訝しげな顔をしているクォヴレーを複雑そうな笑みで見下ろしながら話を続ける。

「・・・そのまま我慢するのは辛いだろ?
 後に予備のスーツがある・・・俺のだから多少大きいかもしれないが・・」
「少佐・・?」
「とりあえず着替えてしまうんだ。そして一緒にこの機体で戦闘に出よう」
「!!?無茶な・・・!」
「・・流石に抱っこしてではないから安心しろ、お前は後ろで立っていて貰う」
「そうではなく・・・!」
「ではなんだというのだ?」
「それは・・・だから・・・えっと・・???」

上層部に何と言い訳をするのか?
その一言を言うだけであるのに上手い言葉が見つからず、もごもご言いどもっていると、
イングラムはゴーイングマイウェイに話を進めてしまった。

「ブリッジ!イングラム・プリスケン、1分後に発進可能だ、待たせた」
「えぇぇ??」

1分後???
つまり1分で着替えろということだ。
慌てて機体から降りようとするが、
イングラムがロックをかけてしまいハッチはあかなくされてしまうのだった。

通信回線からオペレーターの声が聞こえてくる。

『イングラム少佐、発進準備完了・・・ハッチ開きます』
「了解した」

もう後戻りは出来ないぞ、と、目配せをするとクォヴレーは諦めたように着替えを始める。
訓練されているのか、着替えるのも俊敏で30秒もかからない。
けれどやはりイングラムのスーツは大きいのか、どこもかしこもダボダボである。
フッと笑いながら、迫り来る戦闘に意識を集中させていく。

「・・・しっかり捕まっているんだ・・・いいな?」
「了解だ!・・いや・・です!」
「・・・ぷっ」
「・・・・!何がおかしいのです???」
「・・・くくくく・・・いや?・・・イングラム・プリスケン、出る!」
「しょう・・・わぁぁっ」

















「・・・レー?」
「・・・ん?」
「クォ・・・、クォヴレー」
「んんん?」
「・・・大丈夫か?」
「・・・・・・」

発進の衝撃に気を失っていたのか頬を叩かれ目を開けると、
目の前には大きな空が飛び込んできた。
イングラムに返事をすることも忘れ、
頬を高潮させクォヴレーは空に魅入られる。

「・・・クォヴレー?」
「・・・・・った」
「ん?」

『ずっとこの空を見たかったんだ』

聞こえはしなかったが、唇はそう動いていた。

「・・・ずっと?空を??」
「・・・そんな気がした・・オレは・・自由に憧れていた」
「・・・・・・」
「自由が眩しかった・・・そんな気がするんだ」

悲しげに微笑を浮かべたクォヴレーがイングラムを背後から除きこむ。

「・・・何か大きな枷に・・縛られていた・・そんな気がするのです」
「(枷、か)・・・そうか、だが今は自由だ・・そうだろう?」
「・・・・・」
「クォヴレー?」
「・・・・」

クォヴレーは返事もせず、それ以上何も言わなくなった。
どうして自分が自由であると認めないのか、咎めたかったが今は戦闘の最中、
クォヴレーからモニターへ視線を戻し意識を集中していく。

「加速して合流するぞ・・・、舌をかむなよ?」
「噛みません!!」
「どうだか・・・」

前を見たまま口端だけを吊り上げモニター越しにクォヴレーを見る。

「最初の衝撃だけで気を失っていたのはどこの誰だったかな?
 その誰かはきっと舌をかむに違いない」
「なっ!!あれは久しぶり・・・うっ!!」
「む!?」

クォヴレーが頭痛を感じるのと同時にイングラムもまた何かを感じた。
物凄いスピードで黒い気体が駆け抜けてくる。

「あれは・・・?ヴァ・・ル・・ク・・・・バァル・・・うぅ・・」
「クォヴレー?(ヴァルク??それにこの感じは・・・)」

頭を抱え苦しみだすクォヴレーであるが、イングラムはかまうことが出来なかった。
なぜならここで気を抜けば確実に落とされてしまいそうなほどの気迫を感じたからだ。
そして目の前の機体は何度も右往左往を繰り返し・・・、

「・・・ぐぅ!!」
「あぁぁぁぁ!!」

目の前に閃光が走り、1コンマ遅れて衝撃が伝わってくる。
威嚇的な攻撃のようでR−GUNは破損こそしなかったが・・・。

「(ヴィレッタに怒られるな・・・)クォヴレー、平気か?」
「・・・え、えぇ・・・うぅ・・」
「(頭痛が激しいようだな・・一度下がるか・・?)」

しかし後退しようとレバーを引いた時、その声は回線から聞こえてきた。
自分とよく似た男のよく似たあの声が。

『・・・アイン、それに乗っているのか?』
「(やはりあのときの男か!?)」

イングラムの表情が厳しいものに変わる。
やはりあの感覚は間違いではなかった、と認識し緊張が全身を支配していくのだった。

『もう一人いるな・・・、確かめずとも分かるぞ・・アウレフ?』
「・・・アウ・・・レフ・・・?」

脂汗を流しながらクォヴレーは聞きなれない名前を繰り返す。
ズキズキとこめかみの部分が特に傷み、考える力を奪っていくが
懸命に目の前のモニターに意識を集中させる。

「(知っている・・・、知っている?・・・オレはあの機体を知っている)」
「・・・俺をアウレフと呼ぶ貴様はギメルなのだろう?」
『・・・・・・』
「どうなのだ・・・?虚ろな存在よ・・答えろ」
『黙れ!!』
「うぅ!!」

回線越しの怒鳴り声にますます頭痛が激しくなっていく。
そして汗がポタッとイングラムの頬に滴り落ちてきたので、
ハッとしてイングラムはクォヴレーの額に触れてみた。

「(熱い・・・発熱しているようだ・・・)」

これ以上は危険、と判断したイングラムは、
敵前逃亡となるが仕方がないと、味方回線を開こうとした、が、
先ほどとは打って変わって冷静な声に戻っている男の声が聞こえて手の動きを止めてしまう。

『・・・あぁ・・アインが苦しんでいるようだな・・俺にはわかるぞ』
「!」
『・・・アウレフ・・いや、イングラムよ、アインを返してもらおうか?
 今回はそのつもりで来たのだ』
「返す・・・?」
『それは俺の人形、俺の子猫・・・お前のものではない』
「子猫・・・?確かに警戒心が強いところは猫そっくりだが・・・、
 この子は人形でもなければ猫でもない!」
『・・・ほぉ?・・・ではなんだと?』
「・・・人間だ」
『・・・・・!』
「クォヴレーは人間だ・・・貴様に返すわけにはいかない!」
『・・・フ・・フフフフ・・・ククククク・・・』
「何がおかしい?ギメル・バルシェム」
『黙れ!俺はギメルではない!・・・・まぁ、いい。
 貴様に返す気があろうがなかろうが関係ないことだ・・・。
 ソレは力づくで取り返すのみ・・・・!』
「出来るものならばな!!」
『出来るとも!!・・・ん?なに!?』

イングラムは弾を惜しむことなく全弾発射し沢山の煙を作り
機体を雲隠れさせながらその場から離れた。
立っていられなくなったクォヴレーを膝に抱えなおし、
その間に回線を開き援護を要請する。

「(近場にいるのは・・)・・・アラド、ゼオラ!」
『は!!!イングラム少佐』
『はい!元気ッス!!』
「・・・・クォヴレーが急患だ、悪いが援護に来てくれ」
『トホホ・・・無視っすかぁ・・・って、えぇぇぇ!!クォヴレーが!?』
『一緒に乗っているんですか??』
「そうだ・・少しわけがあってな・・。
 それより早くしてくれるか?ヤツに見つかる」
『ヤツ??』
『逃がさんぞ!オリジネイター!!』
「ちっ」

怒号に満ちた声が回線から痛いくらいにコックピッド中に響いた。
イングラムはクォヴレーを膝に抱えているので、
まともに戦うことが出来ない。

「(癪に障るがツインバードが来るまで逃げ回るしかないな・・・)」
『イングラム!!』
「・・・うぅ・・・」
「・・クォヴレー、少し揺れるが我慢しろ」
「少・・・イングラム・・・」
「・・・っ、何だ!?」

容赦なく放たれる攻撃をギリギリのところで回避しながら
クォヴレーの声に怒鳴り声で答える。

「・・・キモチワルイ・・・あれ、は・・好きではない・・嫌い」
「あれ・・・?ヴァルク・バァルか?」
「・・・怖い」
「怖い・・?ん?来たか」

迫り来るバルク・バァルの背後から物凄いスピードで近づいてくる2体。

『少佐!!クォヴレー!!』
『・・・援軍か?2体とはしけていることだな・・イングラム』
『数で決め付けないで頂戴!!アラド!TBSいくわよ!!』
『よしきた!!ジャケットアーマーパージ!!』
『ツインバードストラーイク!!』
『・・・・フッ』

機体の周りをチョコマカ飛び回る小鳥など他愛もないのか、
落ち着いた声で低く笑うと、キャリコは見事にツインバードストライクを回避した。

『げっ』
「アラド、ゼオラ!!威嚇射撃だけでいい、後退する!!」
『でもそれだと敵前逃亡ッスよ??イングラムさん!!』
「急患がいるのだ、問題ない!!・・・・多分な」
『多分って・・・きゃぁぁぁぁ!!』
『・・・余所見が出来る腕前なのか・・?小鳥よ』
『ゼオラ!!』
「落ち着け、アラド・バランガ!!ゼオラは無事だ、威嚇射撃!!」
『ぐっ・・・了解!あんまり射撃は得意じゃないけど・・・』
「数を打てば当たる!!」
『なぁるほど!少佐、正論ッスね!うりゃぁぁぁぁぁ!!』

イングラムのアドバイスどおり、何も考えず全て発射するアラド。
キャリコの不意打ちにバランスを崩し飛ばされたゼオラも
直ぐに戻ってきてそれに応戦し始めた。

『・・・ぐ、邪魔な小鳥が・・・』

何も考えていないない攻撃でキャリコの視界はあっという間に煙で覆われてしまった。
それを確認するとイングラムは、

「よし!!後退!!」
『了解』
『よっしゃーー』

イングラムを先頭に一目散にその場を離れる3機。
ヴァルク・バァルとの距離が開くほどにクォヴレーの顔色も良くなっていく。

「もう少しだ・・・頑張れるな?」
「・・・・・はい」

虚ろな視線はイングラムを捉えることなく虚空を彷徨いながら返事を返す。
心配で青い顔を覗き込むと、クォヴレーはようやく視線を戻し力なく微笑んだ。
大きな手が額に触れ、頭を撫でる。
イングラムの温もりが安心するのか、
目蓋は重くなりやがてクォヴレーは眠りに落ちていった・・・・・。














煙の合間から走る沢山の閃光。
自らの武器での爆風であたりの煙をなぎ払うとすでに3機とも気配を感じなかった。
キャリコは口元に不機嫌さを漂わせるが、すぐに余裕の笑みを浮かべるのだった。

「・・・逃げられたか・・、まぁ、いい・・第2段階へ入るまでだ。
 ・・・アウレフよ・・・アインよ、俺からは逃げられんぞ・・・!」


有り難うございました。 クォヴレー君、弱っ!! ヴァルクの武器を覚えていないので戦闘シーンがショボイヨーーー。        
http://rb.web5.jp/srw_og/history01/prologue.html