「・・・・・・・っ」
「!」
「・・・・・っ、っ」
「!!」
「・・・・っ、っ・・・くく」
「!!!」


日本語の教科書を広げながらアインは真っ赤な顔で睨んでいた。
だが、キャリコはどうしても笑うことを抑えることが出来ないのだ。
なぜなら日本語の訓練に集中しようとしても
視界には常にソレが入ってくるからだ。


「いい加減に笑うのをやめろ!!」
「・・・・っ、・・・フ・・・ククク」
「キャリコ!!」

アインは真っ赤な顔で必死に講義するが、
その態度がかえってキャリコの笑いのつぼを刺激するらしい。
顔を机に伏せ、机をドンドン叩きながら、
キャリコは生まれて初めての大笑いをしていいた。




調整槽から出されて、キャリコは初めて腹が捩れるほど笑い転げたのである。



















〜溶けない氷 中編〜












コトの起こりは数十分前、
アインが教科書と飲み物を取ってくると部屋を出、
帰って来た事から始まった。


「待たせた!」
「・・・・いや」

本当に急いで駆けて来たのか、
アインの息は少しだけ上がっている。
しかし手にはグラス二つと氷を入れた入れ物、水の入った入れ物、
そして脇には日本語の語の教科書が挟まっていた。
キャリコに近づき、教科書を脇から取ってもらうと、
正面に腰を落ち着け、アインはグラスに氷を入れ始めたのだった。
氷の入った入れ物のふたを開け、
トングで氷を摘みグラスに一つ二つ、と入れていく。
二つのグラスに氷を入れ終え、水を注ぐ時、
キャリコは初めてある違和感に気が付いた。

「(・・・氷の入ったグラスに水を入れると音がするはずだが・・?)」

しかし、グラスは並々と水を注がれても
あのミシミシッとした独特の『音』を奏でない。
キャリコは不思議に思うが、グラスに水を注ぎ終えると、
アインがその片方を手に取り、飲んでいいか?と目で訴えてくるので、
キャリコも目で返事をし飲むことを許した。
するとアインは嬉しそうにグラスを両手で持ち、
咽を鳴らして一気に水を飲み干した。

「(・・・考えすぎか??)」

何の違和感もなく飲み干したアインにキャリコは
自分が感じた違和感は気のせい、と納得し、自分も目の前のグラスを手に取り、
渇いた咽を潤すために口へ運んでいく。
・・・・この時キャリコは不覚にも気付かなかったのである。



・・・・『氷』が入っているグラスの筈なのに、
持っても手は冷たくないし、何よりグラスが水滴という汗をかいていないことに・・・。



















キャリコは相変わらず窓辺に腰掛けていたが、
不意に口端が小さく歪んだ。
口に含んだままの砕けた氷砂糖を更に細かく砕き飲み込む。
そして何を思い出していたのか、切れ長の瞳は少しだけ切なげに揺れていた。

「(全く懐かしいことを思い出したものだ。
 ・・・・部屋を整理していて偶然見つけたコレのせいか?)」





『ご褒美は不思議な氷がいい』



そう言った仮面の下の声は小さく震えているように感じた。
初めての単独任務で緊張していたのか、
はたまたこのような運命になることを本能的に感じ怯えていたのか、
キャリコには最早確かめる術はないが、
どうしてあの任務にアインを指名したのか、
そのことを後悔せずにはいられず、キャリコは夜な夜な悩んでいたのである。
どちらにせよキャリコが今食べている氷砂糖は
アインのために用意していたものに他ならないのだから。

「(それを食べているということは俺はアレを諦めたのか・・・?)」

そんなはずはない、と自嘲し小さな袋からまた一つ取り出し口に放り込む。
手元には口の空いていない袋がまだ3つほど置かれていた。
キャリコは手元に視線を戻し、その後何かを思い出したようにハッとなる。


「・・・・そうか・・・明日は・・・・」


ゆっくりと窓際から立ち上がる。
そして何を思ったのか、キャリコは暗い廊下を急ぎ足で歩き始めたのであった。




















「・・・別に本当にかまわない」
「かまわない、じゃないでしょ!!」
「・・・だが・・・オレは・・・」
「なに遠慮してんだよ!!お前だってオレの誕生日祝ってくれたじゃん!」
「それは・・・そうだが・・・オレは別に祝ってもらわなくても・・・・」


場所はクォヴレーの個人部屋。
そこに彼の一番の仲間であり家族とも言える二人が
ベッドに腰掛けているクォヴレーに物凄い剣幕で迫っていた。
どうやら明日はクォヴレーの書類上の誕生日で、
二人がお祝いしてくれるというのである。
しかし資金不足な今の軍のお台所事情で、
成人に満たないものはスズメの涙ほどの給料しか貰っていなかった。
その為、先月のアラドの誕生日の時は食べ放題のバイキングへの招待だった。
無論アラドの分はゼオラとクォヴレーの折半という形にし、
誕生日プレゼントとしたのだった。

そして今回のクォヴレーの誕生日に二人が言い出したのは・・・

「お前、一体何が食べたいんだよ?」
「そーよ、教えて頂戴?
 クォヴレーってば小食だから何が好物なのかサッパリだわ」
「そうそう!好みがわかんなきゃ作れないだろ?」
「・・・いや・・・だが・・・その・・・遠慮願いたいというか・・・」

そう、二人はなんと無謀にも
自分達の手作り料理をプレゼントしたいと思っているのである。
だが二人の料理の腕前を食事当番の時に知っているクォヴレーは
素直に頷くことが出来ない。
それでなくともクォヴレー自身、自分の好きな料理がイマイチ分からないのだ。

「もぉ〜!!明日なのよ??分かっているの??」
「・・・ああ・・・だが・・・」
「だが、も、モカ、もねぇんだよ!!」
「(・・・だが、とモカ、に一体何の共通点があるんだ?アラド)しかし・・」
「しかし、も、かかしもないわ!!いーい?今日の夕食までに考えておいてね!」
「(・・しかし、と、かかし、はまぁ分かるか。
 ・・流石ゼオラ・・・いや、そうではなく・・はぁ・・)・・・了解した」

何を言っても無駄と悟ったのか、クォヴレーは渋々了承する。

「約束だぞ!」
「ああ」
「絶対よ!」
「・・・二言はない」

二人はよぉーし、と納得すると、
まだなにか準備があるのか足早にクォヴレーの部屋を去っていった。
台風が過ぎ去ったことに安堵の息をつくと、
クォヴレーはベルグバウの整備が途中だったことを思い出し
(そもそも忘れ物をとりに戻ったところを二人に捕まったのである)
急ぎ格納庫へ向かうのだった。














格納庫へつくと既にその場所には人気がなく酷くガランとしていた。
時計を見れば3時をさしているし、おやつタイムへ入ったのだろう。
だがクォヴレーはかえってこの静けさのほうが好きで、落ち着けた。
ワイワイと騒がしい場所も嫌いではないが、
どうやら騒がしい場所よりも静か過ぎる場所を好む傾向らしい。

薄暗い格納庫にはクォヴレーの足音だけが響いていた。
そしてベルグバウの前に到着した時、
クォヴレーの背筋を緊張が走ったのだった。

「(・・・誰か、・・・いる!)」

その気配は整備の人間の様には感じられない。
空気がピリピリと肌に痛く、
少なからずそこにいる人物は自分に憎悪を抱いているようだ。
クォヴレーは気配を感じ取られないよう息を殺し銃を取り出す。
安全装置を引き銃口を気配の感じる場所へ向けたとき、
問題の人物はすばやくクォヴレーに向かって突進してきたのだった。

「・・・・・ぐっ」

床にねじ伏せられ、くぐもったうめき声しか出せないクォヴレー。
大きな手に細い首をつかまれ、息苦しさに目を開けられない。

「・・・・・・っ」

息が出来ない苦しさに、次第に全身が痙攣していった。

「(・・・死ぬ、のか・・・?)」

このままでは確実に死ぬ、
そう思った時、耳元から遠く小さなささやきが聴こえてきた。

「・・・大声を出すな・・・騒ぐなよ・・・?」

ここで死ぬわけにはいかない、とクォヴレーは小さく頷く。
耳元に聴こえる声は妙に懐かしく、
また全身をなんともいえないモノが駆け巡っていく不思議な声だった。
・・・やがて首からその手は離れていき、
クォヴレーの器官には一気に空気が流れ込んできた。



「げほっ・・・・ぐっ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」
「・・・久しぶりだな、アイン」
「・・・・・!!げほっ」

クォヴレーは咳き込み涙を浮かべながら声の主を見上げた。
信じられないことにそこに立っていたのは宿敵ともいえる男であった。

「・・・キャリ・・・ごほっ・・・っ」

首元を押さえ、立ち上がるクォヴレー。
キャリコは腕を組みながらその様子を黙って見守っている。

「・・・なぜ・・お前が・・ここに・・・」

するとキャリコは不適な笑みを浮かべるだけで何も言わない。
その余裕な態度に大人気なくもイラついたクォヴレーは
思わず大きな声を上げようとする、が、
一歩早くキャリコの大きな手に口をふさがれ叫ぶことが出来なかった。

「ふぐーーーー!!」
「騒ぐな、大声をだすな、と言った筈だ」
「ふぐぐぐぐ!!」

だが言いなりになるのは悔しいのか、
クォヴレーは大声を発しようとしている。
口を塞がれていては出来る筈もないのに、
こういう意固地な性格は変わっていないな、と
心の中で微苦笑しながらキャリコは口を塞いでいた手をそっと離した。
手が離れたことをこれ幸いとクォヴレーは息を吸い込み、
声をあげようとした・・・その時・・・・、

「誰・・・・!!?んっ・・・ぐぅ・・????」

『誰か!』と叫ぼうとした口は柔らかい何かに塞がれてしまった。
一瞬自分の身に何がおきているのか理解できないクォヴレーは、
目を見開いたまま近くにあるキャリコの顔を見つめていた。
閉じられた目蓋は以意外に睫が長く、
抱きしめてくる体からは何かいい香りがしている。

「・・・・んっ」

鼻が詰まったような声が思わず漏れる。
クォヴレーの身体はスッポリとキャリコに抱きしめられ、
合わさった唇からは啄ばむような音が絶え間なく聴こえていた。
次第に唇を生暖かいもので舐められ、
上ずった声をだしながらクォヴレーは本能のまま口を薄く開く。

「ん、・・・んぅ・・・・んっ・・・」

突如進入してきたヌメヌメは何故か甘い味がしている。
そしてどこに隠し持っていたのか、
固く小さな欠片がクォヴレーの舌の上に置かれた。

「んん・・??・・・んっ」

クォヴレーの舌の上に置かれたソレをキャリコはしばらく舐めていたが、
やがてクォヴレーの舌と一緒にソレを噛んだのであった。

「ぐぅ!!」

口の中は鉄の味と甘い味が広がり、ジャリジャリと音がしている。
何が起きたのか分からぬクォヴレーは、
口端から血液を流したまま今だ自分を抱きしめたままの男を
ボーゼンと見上げていた。
呆けたクォヴレーを見下ろしながら、キャリコは冷笑を浮かべ話し出す。

「・・・氷砂糖は美味かったか?」
「・・・氷・・・?」
「本当は任務成功時の褒美だったのだが、この際誕生日でもかまわんと思ってな」
「何のことだ???」

記憶を失っているクォヴレーには何のことだか分からない。
すると仮面をしてきていないキャリコの表情が
一瞬だけ切なく揺らぐのを目のあたりにし、
胸の奥がチクッと痛んだのだった。

「・・・それにどうしてオレの誕生日を知っている?
 あのデータを作ったのがお前だからか?
 それにしてもその場しのぎのデータの誕生日などよく覚えていたな」
「忘れるわけが・・・ないだろう・・?」
「・・・・なぜだ?」

キャリコの表情が更に歪んでいく。
そのことに困惑を隠せないクォヴレーは黙ってキャリコの瞳を覗き込んでいた。
クォヴレーを抱きしめていた腕に力をこめ、天井を仰ぐ・・・。

「!!苦し・・・!!キャリ、コ・・・」

だがクォヴレーの訴えなど聞こえないかのように、
抱きしめる力を強めていくキャリコ。

「・・・忘れるわけがない。
 誕生日だけは・・・俺は・・・真実を書いたのだから」
「・・・・え?・・・うわ!!・・やめ、・・・ろ・・・ん、」

あっという間に床に押し倒され、キャリコの唇が首筋をなぞっていた。
おぞましさに全身をブルッと震えさせ、クォヴレーは死に物狂いで抵抗するが、
体格のいい成人の男を跳ね除けることは適わない。

「あっ・・・あぁぁ・・・やめっ・・・んぅ」

前髪を上にかき上げられ再び口を塞がれる。
するとまたもやキャリコの口からはあの甘い欠片が移されてきた。

「んっ・・・ふ・・・・」
「・・・っ、・・・アイ、ン」

唇が離れても、銀の糸がその間に出来ていた。
キャリコの眉は切なげに皺を作っており、
触れてあっている下半身には確かに雄の熱が伝わってきている。

「氷砂糖は・・・好きか・・・?今でも・・・?」
「・・・氷・・・砂糖・・・?」

なぜそんなことを聞くのか、クォヴレーは黙ってキャリコを見上げ続けた。
何も応えないクォヴレーの下半身に自分の下半身をこすりつけ、
キャリコは耳元で囁く。

「あっ・・・?」
「・・・好きか・・・?氷砂糖が・・・」
「くっ・・・好き、なら・・・どうだと?」

こすり付けられる雄に最初はおぞましさを感じたが、
今ではそれも消え何故かクォヴレーの雄も高ぶり始めていた。

「好きなら誕生日のプレゼントとして贈ろう・・・。
 明日・・・このコロニーの・・・西の海岸・・・10時に」
「っ・・・な、にを・・・?」
「取りに来い・・・そして・・・・・」

耳元で囁かれた言葉にクォヴレーは真っ赤になる。
それと同時に複雑な感情が支配し、何も言えなくなった。

「・・・お前、と、オレ、は・・・敵・・・だぞ?」
「分かっている・・・
 だが、自分達の誕生日くらい・・・そんなことを忘れてもいいだろう?」
「・・・自分・・・たち・・・?」
「俺も・・・明日が誕生日・・・即ち調整槽から出された日、だ」
「!!」
「偶然にも俺とお前は同じ日なんだ・・・・俺のが数年・・早いが、な」

クォヴレーはゆっくりと目を閉じる。
確かにキャリコは誕生日だけは真実を書いているらしい、とも思った。
そしてそのことが彼なりの運命への抵抗にも思えて、
胸が切なく締め付けられていく・・・・。

「誕生日くらい、全てを忘れアバンチュールを楽しんでもいいのではないか?」
「・・・・・・・っ」
「だから、・・・俺の意見に賛成なら明日・・・来い」
「・・・罠でない保障は?」

最もな意見にキャリコは意地悪い微笑を浮かべる。

「・・・それはお前の心次第・・・信じるか信じないか、は」
「オレの・・・心・・・」
「一晩ゆっくり考えろ・・・では、な」

圧し掛かっていた体勢から立ち上がり、
キャリコは足音を立てずに暗い倉庫の奥へと消えていく。
クォヴレーはそれを追うこともせず、黙って見守ってしまっていた。

やがてヨロヨロと立ち上がりベルグバウの前で立ち止まると、
ベルグバウに映った自身に驚愕してしまう。
開かれた首元には数個赤い痣がついていた。
その一個一個を指でなぞっていくとクォヴレーは身体をブルッと震わせ、
耳元で囁かれた言葉を思い出し、白い頬が一瞬で紅色に染まってしまっていた。





『取りに来い・・・・そして・・・・』


甘美な誘いに身体は乗ろうとしていた。
しかし心は素直にそれに従えない。
敵同士、というのもあるがキャリコは自分を憎んでいるのになぜあんなことを言ったのか、
そのことがクォヴレーを混乱させていた。
だが囁かれた甘い誘惑は心の迷いを見事に打ち砕いていく。

「なにもかも忘れ・・・一日だけ・・・・」

噛み付かれた舌がヒリヒリしていた。
痕を残された首の痣がウズウズしていた。
クォヴレーは目を閉じベルグバウの足元に座り込む。
そして顔を埋めながら・・・小さく呟いた。


「・・・・氷砂糖が恋しい・・・欲しい」


耳元にキャリコの言葉が何度もリピートしていく。








『取りに来い・・・・そして・・・・抱かれろ・・・俺に』






キャリコの言葉に犯されながら、
クォヴレーはしばらく寒いその場所に蹲っていた。




有難うございました。 同じ日に出た、というのは独自の設定ですよ?