〜母の日の贈り物〜
*パラレル気味*







どうやら転寝をしていたようだった。
手に、温かい温度を感じイングラムは目を覚ました。
ソファーで転寝をしていたのか、身体は斜めに偏っていた。
ダランと投げ出されていた手をまだ大人になりきれていない少年の手が包み込んでおり、
なにやら口をへの字に曲げでマッサージをしている。

「・・クォヴレー」

寝起きの掠れた声で少年に呼びかける。
するとクォヴレーは悪戯をみつかった子供のような顔を一瞬したが、
すぐにはにかんだような笑顔を浮かべるのだった。
どんな笑顔であれ、少年が人前で笑顔を見せることは大変珍しい。
イングラムはクスッとわらって自分の手を握っているクォヴレーの手を握り返した。

「マッサージしてくれていたのか?」

握りられた手を不思議そうに見つめ、クォヴレーは小さく頷く。
けれど直ぐに頭を左右にふるのだった。
クォヴレーのちぐはぐな行動に今度は苦笑をしてしまう。

「フフフ・・・、どっちだ?」
「・・・この前・・」
「ああ」
「ふとしたときにイングラムの手に触れたら荒れていた」
「・・・・そうか。それは気づかなかったな」

握り合っていない反対側の手を自分の前に持ってきて改めてみてみる。
最近は書類整理が多かったし確かにイングラムの手は少しだけ荒れていた、
と、いうよりカサカサしているようだ。

「地球では母の日、というイベントがあるらしい」
「・・・・確かにあるようだな」
「イングラムは男性だから『母』ではないが、オレの・・その・・親のようなものだろう?」
「確かに、お前という息子がいてもおかしくはない年齢だな。」

イングラムとクォヴレーは歳が離れている。
本来なら同じ位の歳で作られるはずなのに不思議なことに離れているのだ。
そして離れている年齢が意外なネックになっていることをイングラムは知っている。

「だがその場合は、・・・お前くらいの年のころに作った計算にはなるが・・・」

ニッと笑ってイングラムがそう付け足すと、目をパチクリさせるクォヴレーがいた。
そしてさらにつづけられた言葉にクォヴレーはポカンとしてしまう。

「・・・クォヴレー・・、俺はまだそんなに歳ではないつもりだ。
 頼むからお父さん、とだけは呼んでくれるなよ??」
「・・・・え?」

あまりにも真剣な声と顔で言われたのでクォヴレーはしばらく静止してしまったが、
よほど面白かったのか、直ぐに身体を震わせ噴出してしまうのだった。

「フフフフフ!では訂正する。親ではなくお兄さんだ」
「・・・お兄さん・・・?まぁ、それなら・・・」
「とにかくだ!」

話が段々脱線していくのを何とか元に戻そうと、
握っていて手をもう一度強く握り返した。

「イングラムの手が荒れていた。
 そして母の日というイベント。
 このイベントは『お母さん』に日ごろの感謝の印にプレゼントをするらしい。
 だからオレは・・・」

それ以上はなんといえば分からなくなってしまったのか、
クォヴレーは真っ直ぐ見つめていた目線を下に落とし、
握っていた手をそっと放して、イングラムの指先で手の甲を撫でた。
愛撫に近い触り方にイケナイと思いつつも腰から下に熱を感じてしまうイングラム。
クォヴレーはまだ『恋愛』とは程遠い場所にいる。
まだまだ感情を教えるには時期尚早だ。

「俺の手が荒れていたから母の日の贈り物にハンドクリームをくれようとしてくれたのか?」

クォヴレーは下を向いたまま頷くと、目線をイングラムに戻してきた。
目線が戻ってきたので、イングラムは反対の手でそってクォヴレーの頭を撫でた。
足元を見れば蓋の取れたハンドクリームが置かれている。
メーカー名の下には『マッサージにも使えます』と書かれているようなので、
イングラムが寝ていたのでクリームを塗るついでにマッサージをしようとしてくれたのだろう。
だからクォヴレーはイングラムの問いに頷きつつも否定したのだ。
本来はマッサージをするつもりはなかったのだから。


「この手が・・・」
「手?俺の?」

クォヴレーも反対側の手で頭を撫で、頬に移動してきていた手にそっと触れた。

「この大きくてゴツゴツしていて・・・暖かい手が何故だか懐かしくて・・・」

緑色の瞳はその時不安げに揺れていた。
記憶を失いつつも、断片的に思い出しつつある彼にとって、
その胸中には様々なものが渦まいているのかもしれない。
言いにくそうに口ごもりながらそれでも言葉は続かれていった。

「その理由は・・おそらくそうなんだろうが・・・今は違う。
 いや!根本的には・・・同じなんだろうが・・・・」

感情をあまり表にださないクールな子供。
けれどその内には熱いものがあり、仲間思いの心優しい性格。
クォヴレーは今、己の中にある葛藤と必死に戦っているのかもしれない。

「・・・・言っていることがハチャメチャだぞ?」

クセ毛の髪のなかでクセが少ない前髪をクシャっと掻き揚げ、イングラムは困ったように笑った。
緑色の瞳は一段と大きく揺れ動き、小さくゴメン・・と呟いた後また話し始めた。

「オレはきっと手フェチなんだ」
「・・・・手に惚れる、というわけか?」
「惚れるというか・・・惹かれる要因の一つなんだ。おそらくかなりの割合を占めている」
「・・・そうか。人間なら何かしらのフェチはあるからそうおかしいものではない」
「『アイン』の頃は・・・あまり覚えていないがあの男の手が好きだったはずだ。
 冷たい世界の中で唯一の温かいモノだったと思うから」
「・・・つまりその時の影響でクォヴレーは手フェチで、
 あの男のような手の人間に惹かれるわけだな?」
「あの男のことは今はもう・・・特別な感情はないが、手に惹かれるのは本当だ。
 大好きな手がオレに触れてくれる時その手が荒れていると悲しいんだ。
 だから母の日に便乗してプレゼントしようと・・・。
 イングラムは男だから『父の日』まで待てばよかったんだが・・・」

そこまで言いかけたとき、今まで困った顔をしていたイングラムが、
何故か嬉しそうに笑っていたのでクォヴレーは首を傾げだ。
何故、どうして、
これまでの話の流れでどうしてそんなに嬉しそうな顔をするのかまったくわからなかった。

「お前は素直だな。自分にも他人にも正直だ。
 俺は真っ直ぐな人間に惹かれる」
「どういう意味だ??」
「無自覚の告白がこうも嬉しいとは思わなかった。」
「告白??」
「そのうち・・・」

イングラムは指先でチョンとクォヴレーのおでこをつついた。
そして今度は胸に指を置きその場所もチョンとつつく。

「そのうちに、なるべく早めにココとココ・・・、
 脳と心の感情がリンクすることを願う」
「・・・リンク??脳と心・・・??」
「まぁ、今日のところは十分だがな・・・フフフ」
「?????・・・・!?」

その時、唇に生暖かい感触が一瞬触れた。
それは直ぐに離れたが余程驚いたのかクォヴレーは硬直したまま止まってしまった。
耳元で、ごちそうさま、と囁く声が聞こえる。
石化しているクォヴレーを面白そうに眺めつつ、
イングラムは足元に落ちているハンドクリームを手に取り、
ソファーから立ち上がって執務机に戻ろうとした、が、
その時制服の裾をチョンと引っ張られ、足元を見下ろした。
難しい顔をしたクォヴレーが複雑な表情のまま立ち上がり、
真っ直ぐにイングラムを見上げる。

「オレは手フェチ・・・だが今はあの男の手にはドキドキしない。
 イングラムの手にはドキドキする・・・それは・・つまり・・・?」

今日は何度見たのだろうか?この大きく揺れる緑の瞳を。
イングラムは混乱しているクォヴレーの唇にそっと人差し指を当てると、
大きな手でクォヴレーの瞼に触れ、

「この目が揺れると俺の心が痛む」

と、小さく言い、そのまま手を移動させ後頭を固定した。
優しく髪の毛を後に引っ張りもう少しだけ上を向かせて、

「普通、異性同士でも、同性同士でも唇にキスはしない。
 唇へのキスは特別な相手にだけだ・・・。
 ここまで言えば俺の気持ちはわかるだろう?
 クォヴレーもおそらく同じ気持ちだ。
 さっき、無意識にだろうがそう言っているように聞こえたからな。」
「・・・・・唇にキスをする理由・・・ん?・・んぅ・・・」

唇にまたさっきのような生暖かい感触を感じた。
今度は一瞬ではなく、しばらくくっついている。
クォヴレーは何故か手に触れられている時以上にドキドキしてしまい、
うっとりと目を閉じ始めていく、が、
完全に閉じられる前にその感触は濡れた音を立てて引いてしまった。

そしてイングラムに再び言われるのだった。

「早く一致させろ」

執務机に戻っていく背中を見つめ、クォヴレーは頬を火照らせつつ濡れた唇にそっと触れた。
そこに触れるだけでやはり鼓動がドンドン、わけもなく高鳴っていく。
自分のなかのよく分からない感情にクォヴレーが完全に気がついたのは、
父の日が近づいた頃だった。



ありがとうございました。 母の日はまったく関係ないですがなんとなくプラトニックラブが書きたくて・・・? 本当はヴィレッタも登場させたかったんですが、断念。 「三十路か近い女は複雑なんだ」とイングラムに諭されるクォヴレーとか面白いと思うんですけどね。 ま、また次回の機会にでも。 戻る