〜雨の日の無言〜



すっと差し出された傘に戸惑ってしまった。
彼は直属の上司であるのだが必要以外の会話は殆どしたことがなかった。
バルシェムたちのリーダー的な存在である彼は雲の上の人であるからだ。


「入らないのか?」
「・・・・・・・」

月に一度歩かないかの休みに、本当に気まぐれに外をブラついていた。
何を買うでもなく、食べるでもなく、
ただただ公園や空き地をブラブラと回って自然を楽しんでいた。
嫌なことだが『自然がすき』というのはオリジナルの血らしい。
アインだけではなく多くのバルシェムが自然を好んでいた。
彼、キャリコもそうであるのかどうかはしらないが、
今いる空き地にはドラム缶以外何もないので(そこから見える景色は絶景だが)、
どうやらキャリコも自然を好むのだろう。
しかし手にはないやら荷物を抱え持っているので買い物の帰りということは分かった。

ことの起こりは数分前。
アインがドラム缶の上に座って景色を眺めていたら夏らしく夕立が振り出してきたのだ。
当然傘など持っているはずもなく、
かといってドラム缶以外何もない空き地では雨宿りする場所もない。
ドラム缶には蓋が閉まっているし、
例えあけて入ったとしても臭そうだ・・・、入りたくない。
小さなため息とともに『家』に帰ろうと腰を上げようとしたときだった。
すっと差し出された傘に戸惑ってしまった。
驚いて傘を差し出す人物を見ればキャリコだった。
彼は直属の上司であるのだが必要以外の会話は殆どしたことがなかった。
バルシェムたちのリーダー的な存在である彼は雲の上の人であるからだ。

「アイン?」
「・・・もう帰るところだから結構だ」
「そうなのか?では一緒に帰るか」
「え?」
「お前がまだここに居たそうだったから一緒にいようかと思ったんだが、
 お前が帰りたいのなら仕方がない。傘は1本しかないし俺も帰るとしよう」
「オレは濡れても平気だ。キャリコは好きなだけココにいればいい」
「・・・一人で?」

するとキャリコはなぜか複雑そうな顔をしたではないか。
アインは戸惑ってしまう。
確かに普段は仮面で顔が見えないことも多いが、いつも仮面をつけているわけではない。
時々こうして今のように顔を見るときもあるが、キャリコのその表情は初めてだった。

「一人で見ていてもつまらんだろう?」
「・・・そうか?オレは大概一人だが?」
「俺もだ」
「??なら一人でもいいんじゃないのか?」
「・・・わかっていないな、アインは」
「え?」

今度は苦笑したキャリコがアインの頭をなでてきた。
やはり初めてのことなのでアインはビクッと身体が跳ねてしまう。

「俺はアインと一緒に見たいんだ」
「????何故だ?」
「アインは何故か俺と一線をおいているだろう?」
「・・・・・・」

キャリコは相変らず複雑そうな顔に苦笑を浮かべながら話し続けている。


「(オレが一線を置いている?)」

キャリコの言っていることは直ぐには理解できなかった。
確かにあまり話したことはなかったが、それは自分が一線を置いているからなのだろうか?

「アインと一緒に、同じものを見れば少しは距離が縮まるかと思ったが・・・、
 現実はなかなか難しいらしいな・・・・」
「キャリコ?」

急に前が陰り不思議に思って上を見上げれば、目の前には真剣な顔のキャリコがいた。
吐息が近づきそっと唇に柔らかいものが触れ、直ぐに離れる。

「・・・この夕立が止むまで、俺と一緒にいて欲しい」

アインの座っているドラム缶の直ぐ横に腰を下ろすとキャリコは一言も話さなくなった。
横ではアインが顔を真っ赤に染めていて、
横目にそれを確認したキャリコはそっと腰を引き寄せたがアインは抵抗しない。
そして無言の時が続いていく。
聞こえる音は夕立の雨音だけ。

けれども二人の周りには別の季節が始まろうとしているのだった。


有難う御座いました。 なんとなく雨の日が多かったので、かいてみたくなったプラトニックラブ。 お互い好きなんだけど、意識しすぎて話せなかったんですよ、的な話です。 戻る