越生駅に着くとなにやらホームのベンチでふて腐れている子供がいたので、
八高線は顔に笑顔を浮かべながらその子供に話しかけた。
オレンジのつなぎを着た子供、東武越生線はブスッとした顔で、
「とーじょーがわるい・・・」
と、小さな声で呟いて、
いつもならそのまま怒ってどこかに走り去ってしまうのだけれども、
今回は誰かに聞いて欲しいのだろう。
越生は逃げることもなく、そのままポツポツと話を始めた。
そして話を聞き終えて、八高は率直な感想を述べる。
「・・・・今の話のドコに飛び出してくる理由があるのかな?」
・・・と。
〜相思相愛〜
日付は5月5日、子供の日だった。
越生がお昼ご飯を食べる為、元気よく宿舎に戻れば、
東上がいつもの笑顔で向えてくれた。
いつも昼ご飯を宿舎で食べているわけではない。
でも時折、東上が一緒に食べようといってくる時があって、
その時は坂戸駅か、宿舎か、
時々は越生が出張して別の駅に行く時もある。
そして今回は宿舎だった。
越生が台所を除くと、
「お疲れ様、越生」
と笑顔の東上がまず、オレンジジュースを渡してくれた。
オレンジジュース・・・、
そんなぜいたく品は滅多に口にすることがないので、
それだけでも越生の心は疑惑でいっぱいになった。
疑惑に頭を傾げつつ、今度は古めかしいテーブルに目を向ければ、
そこには散らし寿司がおいてあるではないか。
その横にはご丁寧に柏餅まであり、
テーブルに置かれたコップには小さな鯉のぼりが飾ってあった。
なんだこれは・・・・?
越生が訝しげに後ろに立つ東上を見上げたら、
東上は満面の笑みで、
「今日はこどもの日でしょ?」
と、言うではないか。
更には、
「本当は夜にやりたいんだけど、
今はGWだから夜より昼間の方が手が空くんだ。」
俺の事情でゴメンね、と申し訳なさそうな顔までしてくる始末。
どうして申し訳なさそうな顔をするのだろう?
越生は疑問でいっぱいだった。
いや、それより何よりどうして東上は・・・・・。
そこまできて越生の中にフツフツとなんともいえない怒りがこみ上げてくる。
そうじゃないだろ!と怒鳴ってやりたい。
でも、出来ない。
だって東上が自分のためにやってくれたのは越生にだって十分伝わってきているから。
それでもやりきれないものが胸いっぱいにこみ上げてきて、
越生は思わず叫んでしまっていた。
「バカ東上!!!」
そう叫んで、越生は急行のように走り去った(越生線に急行はないけれど)。
後ろで東上が何か叫んでいたけど、
それには振り向きもせず走った、走って、走って気がついたら越生駅だった。
「・・・・今の話のドコに飛び出してくる理由があるの?」
越生駅のベンチで蹲っておたらフイに頭上から声が聞こえ、
顔を上げるとそこにはJR八高線が鳩を傍らににこやかに立っていて、
越生はしかめっ面をますます深めたが、
どうしてか、今回は胸のうちを誰かに聞いて欲しくて、
なんとなく話してしまっていたのだ、ここでふて腐れていた理由を。
そうしたら返ってきた答えが、
『・・・・今の話のドコに飛び出してくる理由があるのかな?』
で、あった。
やっぱりJRは使えない。
雨風がふかなくとも使えない・・・・。
越生がベンチから立ち上がろうとすると、
八高が「まぁまぁ」と肩を抑えて勝手に話を始めていた。
「なんだよ!ハト高!!はなせよ!!」
「八高ね?それより越生・・・、君は優しいね」
「あ!?」
威嚇している猫のように毛を逆立てている越生の頭を撫でれば、
子ども扱いすんな!と振り払われた。
遮光グラスの奥で苦笑を浮かべると、
八高はもう一度、言い聞かせるように言った。
「越生は優しいね・・・、で、東上も優しい」
いつの間にか越生の横に腰を下ろした八高は手を翳し、
鳩と戯れながら、もう越生が逃げないと悟ったのだろう、
今度はひとり言のように話をし始める。
「普段は意思疎通がしっかりしていて見ているこっちが微笑ましいけど、
たまにその意思疎通が上手くいってないみたい?
二人して不器用だからこうしてすれ違っちゃうんだねぇ」
ね?と八高が越生のほうに顔を向けてきた。
逆光で越生から八高の表情は窺えないが、
彼が心配しているのは言葉のトーンで伝わってきた。
「・・・んだよ・・・、ハトの癖にわかったこというんじゃねーよ・・」
「うん?ごめんね?」
越生は素直じゃない、天邪鬼なところがある。
それは東上にもいえることだけれど、
長い間彼らと走ってきた八高にはそれが彼らの『生きる術』であることも知っている。
第三者への警戒心が以上に強いのだ。
歴史的経緯や、本線のことを考えれば仕方のないことだけど、
けどそれは反対にとても傷つきやすく、優しい性質ということなのではないか、
とも八高は思っていた。
その証拠に「わかったことを言うな」と言っていた越生が、
再びポツポツと話を始めたからだ。
「5月1日って何の日か知ってか?」
「5月1日?・・・・東上の開業記念日だね?」
「おう!・・・・俺、東上には世話になてるし、
その日は少しでも楽してもらおうと出来ないながらも家事とか手伝って・・・」
「・・・うん?」
「折り紙なんてねぇから、新聞の広告とかで花作って花束にして渡した!
そしたら東上が『ありがとう』って・・・・」
「・・・越生は『ありがとう』って言われて嬉しかったんだ?」
その時のことを思い出したのだろう、暗かった越生の顔が少しだけ晴れたが、
すぐにまた暗い顔に戻ってしまった。
「でも東上言ったんだよ・・・」
「・・・・なんて?」
聞かなくても八高には分かった。
でもあえて聞いた。
口にしたほうが楽になることもあるだろうからだ。
「『気を使わなくていいんだよ』って。
『俺は越生が元気ならそれでいいんだから』って!!
でもそうじゃねーだろ!!」
きかん気の強い越生が珍しく目に涙を溜めていたので、
八高は優しく頭を撫でてやった。
今度はその手が振り払われることはなく、越生は黙っていた。
「・・・・気を使うな、とか言ってやがるくせに東上は俺に関することはきっちりやるんだ」
「越生に関することって、君の開業記念日とか、こどもの日とか、クリスマスとかかな?」
確認するように問えば、越生は小さく頷いた。
すると八高はいけないと思いつつもクスッと笑ってしまい、
それに気づいた越生がいつものように噛み付いたのは仕方ない。
「なに笑ってやがんだ!!このハトーーー!!」
ポカポカと殴ってくるが子供の力では痛くも痒くもない。
殴ってくる越生を無視して力いっぱいその頭を撫でてやった。
「うわぁぁっ!!やめろって!!」
「君たちは本当にお互いに不器用だねぇ・・・。
しかもお互いに鈍いから時にはキチンと言葉にするのが大切だよ?」
「・・・・あ?」
どういう意味だよ?と八高を見上げた時、
八高がスッと越生の後ろを指さした。
「・・・お向えみたいだよ?」
向え・・・?と八高の指の先に視線を送れば、
そこには息を切らせた東上がいた。
突然飛び出してしまった越生を心配してあちこち探し回っていたのだろう。
「おごせぇーーー」
はぁはぁと息を切らせながら越生の前まで来ると、
ガバッと勢いよく抱きしめられ、越生は慌てた。
子ども扱いすんな!と引き剥がそうとしたが、
東上の腕がなんだか震えている気がして、
越生は黙って抱きしめ返した。
そしたら東上がホッと息を吐いて、
越生の視線にあわせて腰を折りながらそこで初めて声をかけた。
「急に飛び出していったから心配したよ?
俺、なにか気に障ることしたかな??」
ん?と眉を下げて遠慮がちに聞いてくるので、
越生はなんだか再び腹だ立ってきた。
「(違う!!東上は悪いことなんてしてねーよ!!ただ・・俺は!!)」
ギュッと唇を引き結び、考えあぐねいていると、
ポンッと大きな手が越生の上に置かれた。
目線を上げればベンチから立ち上がった八高が小さく一つ頷いたので、
越生は先ほどの八高の言葉を思い出すのだった。
『君たちは本当にお互いに不器用だねぇ・・・。
しかもお互いに鈍いから時にはキチンと言葉にするのが大切だよ?』
言葉にするのが大切・・・・。
言っても良いのかな?
一瞬だけ不安が越生の胸に過ぎるが、
ここは言わなければ東上には伝わらない。
どうして自分が飛び出したのかを・・・・!
「東上!・・・俺!」
「うん?」
「東上のことが好きなんだ!!」
「・・・・へ?」
突然なんだろう?越生はなにが言いたいのだろう?
そりゃ、自分だって越生のことは好きだけど・・・・?
なにが言いたいの?と東上が首を傾げていたら、
越生はイラだったように言葉を続けた。
「俺は東上が好きだから!東上の開業記念日とかお祝いしてーんだ!」
「・・・え?ああ・・・、そう?あれ?でも毎年してくれてるよね??」
今年も折り紙の花束くれたし、家事も手伝ってくれたでしょ?
と心底不思議そうに首を傾げるので、越生は口をへの字に曲げる。
「でも東上・・・言ったじゃんか。『気を使わなくていい』って!」
「あ・・・、ああ・・・うん・・・、言ったね。・・・???」
それが?とますます首を傾げる東上に、
越生は東上は俺より鈍い、と心の中でため息を吐いた。
「でもよ!東上は『気を使うな』って俺に言いながら、
俺のことは沢山してくれんだろ!?
開業記念日とか・・・こどもの日とか!!
俺、そういうのすっげー嫌だ!!
俺だって東上にもっともっと何かしたいのに!!」
「・・・・!」
そこまで言われてようやく気がついたらしい東上が、
アワアワと慌て始めた。
自分のことは気にするな、と行っておきながら、
越生に関することをキチンとお祝いしていることが、
越生は気に喰わない、というは気にしていたらしい。
東上としては自分のことは二の次で、
越生のことは沢山やってただ喜んでもらいたかっただけなのだが、
それが裏目に出ていたことを初めて知ったようだ。
『気を使うな』という言葉でどんなに越生を傷つけたことだろう。
東上は越生の頭を撫でながら、小さな声で、
「ゴメンね」
と言った。
その言葉に越生が小さく頷く。
東上が頭を撫でる力を強めて、今度はさっきよりも大きな声で、
「ゴメンね」
と、もう一度言った。
すると越生もさっきよりも大きく頷いた。
そして頭を撫でる力を更に強めたら・・・・、
「ガキ扱いすんなって言ってんだろ!!」
と、手を振り払われてしまった。
ブスッとした顔はいつものそれで、
東上が「ごめんね」と小さく微笑むと、越生が「おう」と膨れっ面で返す。
・・・・それはいつもの光景だった。
その様子に二人の近くでそれを見守っていた八高が思わず声を出して笑いながら、
「無事に仲直りできたみたい?よかったねぇ!」
と、拍手している。
それに越生が呆れ顔で八高を見上げたが、
東上は珍しく素直にウンと頷いていて、八高に柔らな笑みを向ける。
・・・・当然、越生はそれがなんだか気に喰わない。
「(ハトの癖に!!)」
・・・それが越生の心の声だろう。
もちろん、誰にも聞こえてはいないが。
「それいしてもなんだかいい匂いがするねぇ?」
鼻がいいのかなんなのか、
越生がブスッとしている間に東上に近づいた八高が、
彼が手に持っていたビニール袋に見つめていた。
「あ、うん。越生がお昼も食べずに飛び出したから・・・」
パックに詰めてきたんだよ、と東上が越生にビニール袋の中身を見せてくれた。
そこには散らし寿司と、柏餅が沢山つめられていて、
とてもじゃないが一人で食べる量ではない。
「・・・バカ東上。こんなに一人で食えるかよ」
プイと顔を背けたら、横からクスッと笑う八高。
素直じゃないね?と言われているようで無性に腹が立つ。
「そうだよねぇ・・・、でも俺も昼まだだし・・・、八高は?」
「うん?僕?僕もまだだよ?」
「・・・越生!八高もまだだって!どうする?」
東上が首を傾げて越生に聞いてくる。
どうするも何も・・・、ってゆーかなんでハトを誘うんだ、
とか思ったけど越生はプイと背中を向けてどこかへ歩き出す。
「越生?」
どこ行くんだ?と聞いてくる東上はやはり鈍いことこの上ない。
隣にたっている八高はもう気だついているのに・・・・。
「どこ行くんだ?じゃねーよ!昼飯食べんだろ!?『3人』で!
だから食べられる場所に移動すんだよ!」
「あ、僕もいいんだ?」
八高の陽気な声に一瞬だけ目を鋭くさせたが、
越生はさっさと休憩室まで歩いていってしまう。
その様子をポカーンと東上が見ていると、
フイに肩に温かいものを感じ、横に立つ男を見上げる。
「本当・・・、東上も越生も素直じゃなくて可愛いね☆」
「あ?」
意味が分からず怪訝な目で見るが、八高はそれ以上は何も言わない。
八高は時々こうしてわけの分からない時がある・・・、
だからたまに対応に困る、と小さなため息を吐けば、
「ため息は幸せが逃げていくよ〜?」
と、からかわれるので怒る気もなお更に失せてしまうのだ。
「うっせーよ・・・・、はぁ・・・」
「ふふっ」
ああ、本当に八高は分からない。
まぁ、分からない部分もあるけどこうして助けてくれる時もある。
東上にとって八高は秩鉄とは別の意味で気の許せる相手なのかもしれない。
「ほら♪ため息してないで早く行こう?
これ以上待たせると越生の機嫌がまた悪くなるよ?」
「んー・・・、そうだな・・・・」
「ほら、早く☆」
八高がそう言いながら歩き始めたので、
東上は相変らずため息をつきつつも、
あ、と思い出したように彼の名前を呼んだ。
「八高!」
「・・・・なぁに?」
八高はクルッと顔だけ東上に向けると、
口をモゴモゴさせた東上がすごく小さな声でいってきた。
「その・・・あ、・・ありがと・・な・・・」
不器用で意地っ張りな彼の精一杯の『お礼』に、
八高は小さく笑って、
「どういたしましてー?」
と、クイクイと指で東上に早く来るように即した。
東上がそれに小さく頷いて八高に続けば、
その様子を休憩室の窓からのぞいていたらしい越生が、
すごくムスッとしていたのはどうしてなのか・・・・?
東上にはわからない。
・・・それは越生にも分からない。
分からないが、八高にはなんとなく分かっていた。
越生の機嫌が悪くなった理由にわけが分からずそっと尋ねてきた東上に、
八高はヘラッと笑いながらこう答える。
「男の子はねぇ、お母さんに別の男が寄り添うのが気に喰わないものなんだよ?」
「はぁ?」
「ハト高!!てめぇーーーー!!」
なんだか楽しそうな八高に、意味が分からず首を傾げ続ける東上、
それに八高の言葉に何故だか顔を真っ赤に染めた越生・・・・、
それでも散らし寿司も柏餅も綺麗に平らげて、
なんだか良い節句の日であったようだ・・・・。
有難う御座いました。
八高×東上の話ではないです、はい。
節句は過ぎましたが、
なんとなく親子の話が書きたくて書きました。
お互いから回り、しています。
越生は色々な行事で東上が祝ってくれて嬉しいけど、
自分のことにはうとい東上に苛々してます。
越生だってもっと東上に何かしたいのです、
という話し・・にしたつもり。
・・・八高はそんなふたりをずっと温かく見守っているのでした♪
2011/5/8
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