これは夢か幻か?
仕事を終えて自分の部屋のドアを開けた瞬間に良い香りが漂ってきた。
これは味噌汁の香りだ。
そして玄関に置きっぱなしになっていたゴミ袋の山も綺麗に片付いている。
一体、何が起きたんだ?と、部屋の中へ足を踏み入れたら、
そこには思ってもいなかった人物がいたのだった。
〜思いがけない誕生日〜
テーブルの上には、肉じゃが、ポテトサラダ、サーモンとマグロのお刺身、
味噌汁、炊き立てのご飯、
ビンピールに手作りと思われるホールケーキ。
一体何事だ??と正座をしながら正面に座っている仏頂面の人物を見る。
東武東上線は相変らずブスッとしたまま、
ビンビールに手をかけて、蓋をあけると、
有楽町の目の前に置かれているグラスに注いだ。
「・・・あ、ありがとう」
なんとなくどもりながら、とりあえずのお礼。
東上はそんな有楽町をチラリと見ると、
自分の傍にあったグラスにビールを注ぐ。
そして徐にグラスを手に取ると、
顎で有楽町にもグラスを持つように即した。
有楽町は慌ててグラスを手に取るが、
・・・ハッキリ言おう。
有楽町にはいまだ、何がなんだかさっぱりであった。
「あ、あの〜??東上?」
これは一体なに?と聞こうとする前に、
東上が小さな声で、「乾杯」と言って、有楽町のグラスをグラスで叩いてきたので、
有楽町も慌てて「乾杯」と言った後、同じようにグラスで挨拶をした。
東上がゴクゴクと勢いよくビールを飲み干していく。
有楽町は混乱しつつも、とりあえず自分もビールに口をつけた。
ビールの苦味と、程よい炭酸が、仕事で疲れた体と、
このよく分からない空間で渇いていた咽を潤していくのだった。
ゴクゴクゴク・・・・。
静まり返った部屋には二人分の飲む音がするのみ。
すると先にグラスを空にし終えた東上が、テーブルの上にグラスを置くと、
2本目のビールの蓋を開けに掛かる。
一体なんなんだ?
と、ますます混乱する頭でビールを飲み続けている有楽町に、
東上はビールを注ぎながら口を開き始めるのだった。
「・・・・10月30日は忙しいだろ?」
「へ?」
10月30日???
突然なんだろう?とグラスをテーブルに置けば、
すかさず東上にビールを注がれ、有楽町は再びビールに口をつける。
「今日ならお前の帰りは早いって・・・、副都心が・・」
「副都心?」
「・・・何が良いかずっと悩んでて・・・」
「うん?」
悩むって何をだ?と思いつつ、とりあえずビールを飲み干す。
するとやはりビールを注いでくれる東上に、
有楽町は嬉しさを通り越して何か不気味だった。
いつもは手酌が多いからだ。
「悩んでたら副都心が、最近のお前は部屋が汚いって」
「ぶっ!!」
東上の言葉に思わずビールを噴出し、
目の前に座っていた東上に睨まれる。
殴られる!と一瞬覚悟を決めるが、拳は飛んでこない。
おや?と首を傾げていると、
何故かだんだん真っ赤に染まっていく東上の顔を見て、
ますます混乱していく有楽町。
「東上?」
「飯も・・・、コンビニばっかだって言ってたし、
ならこういう『プレゼント』も良いかなって・・・」
「・・・はぁ?プレゼン・・・・、あ!」
有楽町はそこまできて、ようやくあることを思いつくのだった。
10月30日
今日なら早く帰ってくる有楽町
プレゼント
この3つが重なり合えば、ロジックは簡単に完成する。
有楽町は、目の前で真っ赤になっている東上に微笑を向けながら、
手を伸ばし、そっとその黒い前髪お優しく撫でた。
「・・・ありがとう、な」
「!!」
「俺、鈍いから最初は全然気づかなかった」
「・・・・・」
腰をあげ、反対側に座っている東上へと身を乗り出す。
東上は真っ赤な顔で相変らず俯いていたが、
もともと一人暮らしようの小さなテーブルだ。
大の男が腰をあげれば用意に相手に近づける。
東上の額に自分の額をコツンとあてて、
わざと低い声で有楽町はもう一度言った。
「・・・ありがとう、東上」
「・・・・っ」
「これ、ちょっと早い誕生日プレゼントだろ?」
「・・・・、・・・・・っ」
「まさか部屋を綺麗にしてくれたばかりか、
ご飯まで用意してくれるとは思わなかったなー。
これって一人ものには最高のプレゼントだよ」
「・・・こ、こんなんが、かよ?」
「うん。・・・東上、洗濯もしてくれたみたいだしね?」
「!!?」
おでこをくっつけたまま、横目で部屋の端を見れば綺麗にたたまれている洗濯物。
「なんか・・・、新婚さんみたいだよな〜。
これでお風呂も用意してあったら、俺、幸せで死んじゃうかも」
冗談めかして言った言葉に、東上の肩が大きく震えた。
あれ?と有楽町が東上の目を覗き込んだら、
黒い瞳にだんだんと涙が溜まってきている。
「・・・東上・・、もしかして・・・?」
バッと顔を放して改めて東上を見下ろす。
東上の顔は今までにないくらいに真っ赤で、
そしてどこか悔しげに有楽町を睨んでいるのだった。
そして虚勢を張った声で、いつものように怒鳴り始める。
「お、俺は!!」
「う、うん?」
「『ごはん?お風呂?それとも、あ・た・し?』なんて言わねーからな!」
「へ?」
「だってお前!!今それを想像してたんだろ!?」
「!」
100%違う、とは言わないが、
あの東上がそんなことを言わないと分かっているので、
それは期待していない有楽町である。
だが、ここでそれを言うと、この場合よくない方向に向う気がして、
有楽町にしては珍しく肩を落としながら、演技を試みた。
「・・・なぁんだ・・・、違うのか・・・」
本当にガッカリだ、と言わんばかりに肩を落とす有楽町。
「ゆ、有楽町!!」
滅多に見ることのない有楽町の態度に、東上は慌てて肩を掴んできた。
「い、いや・・でも・・その!!
あんな台詞は言わねーけど!
俺は明日、午前休とったし!お前も明日は休みだろ??
だから・・・その・・・」
東上の必死な様子に、有楽町は身体を震わせる。
すると東上は有楽町が泣き出したと勘違いをしたのだろう。
ますます、必死に、一生懸命に言葉を連ね始めたのだった。
東上は分かりにくい性質で、いつも有楽町は不安に苛まれていた。
本当に、俺を、好きなのだろうか、と。
けれど今の東上の必死な様子から、
彼の気持ちが痛いほど伝わってくる。
ああ、もう耐え切れない。
有楽町は口を押さえ、大きく身体を震わせた。
「有楽町?」
「・・・ふ・・」
「ふ?」
「・・・ふふふふ・・、くくく・・・ははははっ」
「!」
目に涙を溜めて、口元を押さえている有楽町に、東上はやっと気がついた。
・・・からかわれていた、と。
瞬時に東上の頭にカッと血が上った。
そしていつものように手をあげようとした、が、
振り上げた手は有楽町に捕られ、一瞬のうちに目の前が陰る。
有楽町の鼻が東上の鼻を掠め、あっという間に唇を掠め取られる。
「・・フ・・、ンンンっ・・・」
両方の頬に添えられた、自分よりも少しだけ大きな手。
有楽町を押し返そうと、彼の肩に手を置き押すが、
有楽町がうまい具合に身体を前のめりに倒してきた。
このまま押し返せば、有楽町が倒れた勢いで、
折角作った料理がテーブルから落ち台無しになてしまう。
有楽町は頭がいい・・・、きっと計算しての行動なのだろう。
「んんっ・・・、ふぅ・・・ん、んーーー!!」
キスが長い。
中途半端な体勢に、やがて足も腰もガクガクと震え始める。
苦しい、と力が入らなくなってしまった手で、肩を叩くと、
ようやくキスから開放される。
呼吸を乱し、涙の溜まった目で有楽町を見ると、
彼は嬉しそうな顔と、飢えたような目で東上を見つめていた。
東上は諦めたように目を閉じると、
「・・・メシ、冷めちまうぞ?」
「・・・うん。でも味噌汁以外は冷めたままでも美味しそうだよね?」
「・・・・!」
「・・・ひょっとしてそれ、狙ってた?」
「!!」
「・・・東上は素直じゃないからなぁ・・・」
「・・・・っ」
「・・・俺、ご飯よりもお風呂よりも、東上が良いな?」
「・・・・」
「・・・だめ?」
普段は真面目を絵に描いたような男が、
首を傾げ、小動物のようにお願いをする姿はずるいと思う。
そんなことをされたら、逆らえない。
・・・東上は何より『必要とされること』に弱いのだ。
でも素直に『はい』と言えないのが、東上で・・・、だから・・・。
「・・・ばーか」
と、悪態を吐きながら、有楽町の唇に軽くキスをした。
目で有楽町を見ると、苦笑を浮かべている。
『素直じゃないな』
と言っているののだろうが、東上はそれ以上は何も言わない。
ただ、有楽町がキスに応えてきたので、
そんな答えでも満足してくれたのだということは分かるのだった。
布団の中で濃厚な時間を過ごした後、
有楽町の押しに負けて、なくなく一緒の風呂に入り、
そして東上のつくったご飯を二人で食べた。
翌朝、目覚めた時に腕の中で無防備に眠る東上に、
ここまでかなり時間が掛かったけど、
思いがけない誕生日の贈り物に、幸せを噛みしめる有楽町なのであった。
2012/10/28
ありがとうございました。
可哀想じゃない有楽町が書きたくて、書いてしまった。
でも結局プレゼントが「東上自身」になってしまいましたね〜。
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