〜膝の上の温もり〜
「・・・・寝てんのか?」
「うん。」
「膝、痛くねーの?」
「うーん・・・、少し痺れてきたけど起こすの可哀想だし我慢するよ」
困ったように微笑む伊勢崎に日光は顔には出さないものの(目の前に伊勢崎がいるので)、
心の中は不機嫌さでいっぱいであった。
伊勢崎の膝の上では幼い大師が気持ちよさ気に眠っている。
最近は肌寒くなってきたし誰かの温もりを感じながらのお昼寝は最高に心地よいのだろう。
けれど、大人気ないとはわかっていても日光は気に喰わなかった。
自分だって伊勢崎に、まぁ、抱っこしてもらいたいとは思わないが、
膝枕くらいはして欲しいのだ。
けれど伊勢崎の傍にはいつも(お邪魔虫の)大師が居座っている。
・・・面白くない。
それが日光の率直な気持ちだ。
しかも大師がこんなに甘えん坊なのにはワケがある。
それまでも体外は伊勢崎にたいして甘えていたが、
先日、越生が伊勢崎の膝の上に座ってからというもの酷くなった気がする。
・・・・そうだ、全ては越生のせい。
ひいてはその保護者である東上線のせいだ、と日光は益々東上線が気に喰わなくなった。
まぁ、越生が伊勢崎の膝に座った原因を作ったのも大師なのだが・・・・。
「日光?」
「ん?」
ボーっと大師が甘えん坊になったいきさつを思い出していたら顔に出ていたらしい。
伊勢崎が不安げに名前を呼んだ。
「どうかした?なんか顔が怖いよ?」
「・・・そーか?そんなことねーだろ?」
「うーうん、怖いよ?何か腹立つことでもあった??」
「・・・・・腹立つことねぇ・・・」
それならある、と言ってやりたかった。
大師がお前の膝で寝ているこの状況、それが腹立つのだ。
ま、言ってもどうしようもないし、言わないけれど、と、
日光は小さくため息をついて伊勢崎のとなりに腰を下ろす。
「あれから1週間も経つのに離れねーよなぁ」
「・・・・ぷっ!そうだねぇ・・・」
大師の髪の毛で手遊びをしながらあの時のことを思い出したのか、
伊勢崎は小さく身体を震わせて笑っている。
そう、ことの起こりは1週間前。
東上線と越生線が会議のために『本線』まできた時に起こった。
会議が終わり、食事を終え、皆で待ったりしているときに大師は東上線の元へ行った。
滅多にあえない人物だし、だからこそかまって欲しかったのだろう。
大師は東上の膝の上に無断で座るとニッコリ微笑んだ。
当の東上も子供は好きなのか文句も言わず好きにさせていたが、
けれど、当然だが東上と一緒に暮らしている子供・越生は黙っていなかった。
『ソコは俺の場所だ!!どけっ』
東上の膝の上に座る越生の頭を軽く叩いて牽制するが大師はどかない。
普段は仲のよい二人だが、『椅子』に関してはその仲も崩壊するようだ。
『やだっ!だってとーじょーとはめったにあえないもん』
『なんだとっ!』
越生が激昂しても大師はす知らんぷり。
普段は良い子の二人だが時折こうしてわがままになる。
けれどこのまま喧嘩させておくわけにもいかないので、
東上は苦笑しながら何事かを越生の耳に囁いた。
すると越生は満面の笑みを浮かべある場所へと向うのだった。
『あーーーー!』
越生がある椅子に腰を下ろすと途端に上がる悲鳴。
『ダメーー!いささきは大師のなの!』
大師は東上の膝の上で嘆くが越生はツーンとそっぽを向いて聞く耳持たず。
急に膝の上に座られ伊勢崎は驚いたが、東上と目線が合うと頷いてわざと越生を抱きしめた。
『大師。大師は一人しかいないから2つ同時には手に入れられないんだよ?
大師は今、東上に座ってるから俺の膝は越生が座っててもいいでしょ?』
ね?と越生を覗き込めば不機嫌な顔がコクンとうなづきを返す。
大師はウルウルしながら東上にヒシッと一瞬抱きつき、ピョンッと膝から下りた。
そして小走りで伊勢崎まで向うとギュウッと抱きつくのだった。
『東上もすきだけど大師はいささきがもっとすき!
だからね、越生、いささきは大師にかえして?』
今だ伊勢崎に座る越生はニッと笑うと大師の頭をなで、
『いいぜ』といって伊勢崎から降りた。
そして大師は嬉々として伊勢崎の膝の上に座り、一件落着したのだが・・・。
「よっぽど嫌だったのかな?俺の膝に越生が座るの?」
「だろーな。ま、越生も東上を盗られんのは嫌みたいだしいいんじゃねーの?」
「ははっ!そうかもね!」
伊勢崎が笑うとその震動が大師に伝わったのか、
大師はムニュムニュと口を動かし膝の上で体の角度を変える。
横向きに座り、伊勢崎のつなぎを掴むと小さな寝言をいった。
「とーじょーがすき。・・・でもいささきはもっとすき・・・」
その寝言に日光はやれやれ、と肩を竦めた。
「夢の中でも伊勢崎かよ!幸せなこった」
「いいじゃん、別に。俺は嬉しいよ?俺も大師が大好きだよ〜」
と、伊勢崎は頬を綻ばせながらチュッと額にキスをした。
当然だが日光は面白くない。
自分にはキスすら自発的にしてこないというのに・・・・。
フンッと鼻を鳴らすと、座っていた腰を上げ中腰になった。
日光が中腰になったことで急に前が暗くなり、伊勢崎は訝しげに日光を見た。
すると彼はニヤッと笑って、耳に何かを囁くのだった。
「・・・俺も、お前が一番好きだけどな」
そして立ち上がるフリをしてソッと伊勢崎の唇を掠め取る。
「・・・・・は?・・・ちょ、にっこ、!!んっ」
最初は軽く触れ、直ぐに離したがもう一度顔を近づける。
今度は短い間だが舌と舌を絡ませると、音を立てて唇を離し伊勢崎から離れた。
そしてそのまま手を振ってその部屋を後にした。
出るときにチラッと顔だけ後ろを振り向けば顔を真っ赤にした伊勢崎が固まっていたので、
日光はしてやったりと笑うのだった。
一方の東上線宿舎では、大師と同じく越生が東上の膝の上でお昼寝をしていた。
遊びに来ていた武蔵野は珍しい光景に口笛を鳴らしたほどだ。
「普段はクソ生意気なガキでもそうやってると可愛げもあるじゃん?」
武蔵野は東上の正面に座ると興味本位でこうなったいきさつを聞くのだった。
東上は苦笑しながら本線での出来事を教え、
その日から1週間、普段は大人びている越生がこうして甘えん坊になったのだ、と教えてくれた。
けれどそれを離す東上はどこか嬉しげだった。
武蔵野はフーン・・・と鼻を鳴らすと、なぜか人の悪い笑みを浮かべる。
「武蔵野?」
目の前にいる人物が急にそんな笑みを浮かべれば誰だって怪訝に思うだろう。
東上は眉根を寄せるが武蔵野は平然としている。
・・・・おかしい。
東上はそう思った。
いつもの武蔵野ならこの顔をすれば殴られると思って自分から離れるというのに。
武蔵野はニヤニヤ笑いながら、
「今動いたらさぁ・・・」
と何事かを話し始めてきた。
「・・・・?ああ」
「今、動いたら越生起きちゃうよな?」
「・・・そうだな」
「気持ちよさそうに寝てるし、起こしたら可哀想だよなぁ・・・」
「・・・だから起こそう、とか言う気か??」
そんなことはさせねーぞ、とばかりに越生を腕でガードする東上に武蔵野はあざ笑った。
武蔵野がそんなことをするわけがない。
そもそも越生がいることでいつも都合が悪くなっているのに、
今回は寝ているから「しめしめ」と思ったほどだ。
手の早い東上も越生が膝で寝ているため簡単には手を出してこれないし。
これを好都合、といわずにいつ言うのだろう?
ますます黒い笑みを浮かべ武蔵野は正面に座っている東上に身体を近づけた。
「・・・??なんだよ?」
越生を起こさない為か、東上はあまり身動きが取れないようだ。
武蔵野は咽で笑った。
「これから何が起きても動いちゃダメだぜー?東上・・・・」
「は?・・・・って・・うわっ」
武蔵野の顔が近づいてくる。
身を反らして避けようとしたが越生がいるので限界があった。
武蔵野の吐息を鼻近くで感じ、目線が異様に近づいてと思った時には唇は重なっていた。
「!!?ふっ・・・・、んんんんっ???」
両の頬に置かれた武蔵野の手。
いつもならその手首を取って投げ飛ばしてやるというのに今はソレが出来ない。
我が物顔で口の中を動き回る武蔵野の舌は噛んでやりたくとも舌が、
というより口全体が痺れてきて適わなかった。
「・・・・んぅ・・・、っ・・・はぁ・・・」
ようやく唇が離れたときには舌と舌の間に透明な線が出来ていて東上は武蔵野を直視できなかった。
頭上で笑う気配がし、ようやく正気を取り戻して睨むが、もう一度キスをされては敵わない。
だから睨むだけにしたのだが、それが返ってよくなかったのかもしれない。
いい気になった武蔵野が再び顔を近づけてきたのだ。
東上は青くなった。
越生には申し訳ないが、ここは起こしてしまってでも逃げなければ・・・・と思ったときだった。
「・・・てめぇ・・・なにしてやがる・・・?」
と、ドスの利いた声がしたから聞こえてきたのだった。
見れば寝起きで機嫌の悪そうな越生が指をポキポキ鳴らしていた。
ヤバイ・・・・、それが率直な武蔵野の感想。
慌てて東上から離れるが時は既に遅かったかもしれない。
「越生!」
「東上!大丈夫か!?」
越生が起きたことで東上はホッと胸を撫で下ろす。
正直、今の武蔵野は怖かったので、子供とはいえ指を鳴らしている越生は頼もしかった。
一方の武蔵野は青い顔で汗をダラダラ流していた。
「・・・越生、起きちゃったわけね〜?」
「ああ、おかげさまでな。頭の上でチューチュー音が聞こえたからな!」
「アラァ・・・?ネズミか??」
「んなわけあるか!天誅だ!!」
「ひ、ひぇぇぇっ」
・・・・その後、東上線宿舎からは武蔵野線の悲痛な叫び声が聞こえたという。
2010/9/23
ありがとうございました。
お子様が寝ているうちに、という話ですが、武蔵野は失敗した模様です。
戻る
|