夜も静まり返った池袋駅で西武池袋は妙な声が聞こえた気がして足を止めた。
「・・・・・?」
誰かいるのだろうか?
眉間に皺を寄せつつも声が下方向へと足を向けとある一角を曲がる。
するとそこには『東武鉄道』と書かれた封筒とあるモノが落ちているのだった。
〜池袋で会いました〜
「・・・なんだ貴様は?」
自分でも冷たい言い方であったと思う。
けれど西武池袋としては自分の目で見ているものが信じられなくて取り繕う暇もなかったのだ。
今、西武池袋の目の前には裸の子供がいる。
いや、正確にいえばその子供は服を着ていたのは間違いないだろう。
けれど大きすぎて脱げてしまったのが現実といった感じだ。
西武池袋はとりあえずしゃがみ込んで呆然としている子供に話しかける。
「おい・・・、貴様・・・」
「!!」
子供はビックリしたような顔で西武池袋を見上げる。
すると顔を真っ赤にて脱げたおおきなオレンジ色のつなぎを身体に巻きつけた。
「う〜!!」
子供特有の高い声。
けれど『頭』までは子供になっているわけではないようだ。
その証拠に、
「なんだよ、これ〜!!」
と、それはそれは悲壮な顔と声で叫んでいた。
「(なんだよ、これ、は私の台詞なのだが・・・)貴様・・・・」
西武池袋が子供の頭に手を伸ばすと子供はビクッとしてその手を避けた。
そしてそらした身体で元気欲叫ぶ。
「きさやすくさわんな!!西翼が!!」
眉間に皺を寄せての不機嫌な物言いははやり彼そのもので、
西武池袋は認めたくないが認めざるを得なかった。
今、目の前にいる子供は西武有楽町と同じ位の子供のナリをしているが・・・。
「貴様・・・、まさかとは思ったがやはり東武東上なのか・・?」
「!!」
目の前の子供は西武池袋の指摘にウッと言葉を詰まらせたのでどうやら図星のようだった。
西武池袋は頭が痛くなった。
目の前の子供は東武東上・・・・。
けれど池袋が知っている東上は青年のはずで・・・・。
「・・・ドッキリ・・・、なわけではないな?」
こんなドッキリがあってはたまったものではないが、
池袋は念のために聞いてみた、が、
東上はムッとした顔で、当たり前だ、と噛みつついてくる。
「お前ンとこに書類を届けに行こうとしてた途中で急に身体が縮んじまったんだよ!!
どういうことだよ!?わけわかんねーよ!!!」
「・・・私に噛み付くな。縮んだ貴様自身に分からないことを私が分かるはずもないではないか」
やれやれと肩を竦めれば東上はギャンギャンとさらに噛み付いてくるが、
子供の姿ではいつもの迫力の10分の1にも及ばない。
むしろ顔を真っ赤にさせて怒る姿は子供がただ駄々を捏ねているようにしかうつらず、
池袋は知らず知らずのうちに口元に笑みを浮かべてしまっていた。
するとそれに気づいた東上が訝しげに池袋を見るのだった。
「・・・なんで笑ってんだよ!?そんなに俺の姿がおかしいのかよ!?」
大きなオレンジのつなぎを身体に巻きつけながら東上は池袋のコートの袖を引っ張った。
池袋は相変らず笑みを浮かべたまま小さな声で、
「おかしくはないが・・・・」
と、言いながら東上の身体をヒョイと持ち上げるのだった。
「ぎゃーーー!!何しやがる!!」
「まさかその姿のままでうろつくわけにもいくまい?」
いくら終電が過ぎた駅構内といっても、まだまだ駅員は所々にいるのだ。
たしかに裸のままこんな場所にいるわけにもいかず、東上は言葉に詰まってしまう。
「ならどうしろってんだよ?」
「とりあえず、西武の!休憩所まで連れて行く」
「は!?」
なんで西武の休憩所なんだよ!と、
死んでもそんな場所に行きたくない東上はがむしゃらに暴れるが、
いかんせん子供の力では大人は適わない。
抵抗虚しく、東上は抱っこされたまま西武の!休憩所まで連行されてしまうのだった。
「いーやーだーーーーー!!!」
ソファーの後ろに隠れつつ、東上は青い顔で西武池袋から逃げ回っていた。
池袋が用意してくれた下着を着ているので裸ではないが、
それに近い姿で東上は逃げ回り初めて10分ほど経とうとしていた。
「『いやだ』ではない!そんな格好のままだと風邪を引いてしまうぞ?」
「うぅっ!!」
東上を追い詰めつつある池袋の表情は嬉々としている。
それはもう、嬉しくて、楽しくて仕方ないという顔だ。
おまけに今まで聞いたこともないようなあまい声で、
「東上・・・、いい子だから」
などというものだから東上もほだされそうになってしまう。
けれど、理性は最後のところで働き、ソレを着ることを懸命に拒むのだ。
「お、俺はいい子じゃねーからそんな服はぜってーきねぇよ!!」
「そんな服、だと・・・?」
東上の言葉に池袋の顔が険しく変わった。
その顔は結構な迫力があり、東上は少しだけ怖気づくが、
何かいい案でも浮かんだのだろう、パッと明るいものに変えた。
「おい!」
「・・・なんだ?着る気になったか?」
やれやれ、と池袋はその服をズズイと東上の目の前にかざしたが、
東上はソレを跳ね除け、叫んだ。
「電話かしてくれ!」
「・・・電話?」
下着姿のままテクテクと池袋まで近寄り、東上は背伸びをした。
「そんな服は着たくねぇから、いささきに連絡して大師の服持ってきてもらうんだ!」
本当は本線には頼りたくないないんだけど、と、少しだけふて腐れた顔になる。
「・・・いささき?」
本線は分かるが東武の路線に「いささき線」なんてあっただろか?と、
『そんな服』と言われた事も忘れて、池袋が首を傾げると、東上は真っ赤な顔で怒り出す。
「ばっか!『いささき』じゃなくて『いささき』だよ!」
「・・・・だから『いささき』だろう?」
「ちげーよ!!い・さ・さ・き!」
「・・・・(どこが違うというのだ??)まぁ、いい。とにかく電話がしたいのだな?」
「そうだよ!いささきにな!」
「(やはり『いささき』と言っているではないか)・・・・電話か」
すると池袋は少しだけ考える素振りをしながらソファーに腰をかけた。
東上はそんな池袋の傍に近寄り、彼の膝に手を置いてもう一度『お願い』をする。
「電話貸してくれ!いいだろ??」
「まぁ、貸してもいいが・・・その代わり」
「・・・・その代わり・・・?」
電話代でも取るというのだろうか??
ケチくさいヤツめ!と思うがそれ位はあの服を着ることに比べれば安いものだ。
「その代わりなんだよ?電話代なら払うから貸してくれ!」
「電話代?」
西武池袋は器用に肩眉だけを上げて、それからまもなく黒い笑みを浮かべる。
「この私がそんなケチくさいマネをすると思うか?」
「知るかよ!!お前のことなんて少しも知らねぇんだから!」
「・・・・・ふむ。それもそうだな」
確かに開業年日が近いとはいえ、西武と東武は相容れない存在だ。
近くて遠い存在。
お互いのことを知らないのも仕方のないことなのだ。
「・・・電話を貸してもいい・・・、が」
池袋は東上を見下ろしながら殊更ゆっくりと喋った、そして。
「その代わり、この服を着てもらうぞ・・・、東上?」
と、東上にとって終身刑より重い判決を言いつけるのだった。
「・・・・電話は終わったのか?」
楽しそうな笑顔を浮かべながら池袋は東上を手招きした。
電話の子機を片手に池袋とは対照的に不機嫌な顔をしている。
「なかなか似合っているぞ?」
東上から手渡された子機をテーブルの上に置いた池袋は徐に東上を抱き上げ膝の上に乗せた。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
無理やり抱き上げられた膝の上、東上は死に物狂いで暴れるがやはり大人には勝てない。
暴れれば暴れるほど強く抱きしめられてしまうのも原因かもしれない。
「フフ・・・、西武東上線だな、まるで」
「うぅっ・・・・」
そう、東上は今、西武有楽町の服を着せられたいた。
東上が必死に逃げていた原因はソレだったのだ。
西武の制服なんて着たくない、着たくなかったが・・・・。
「最悪だぁ〜・・・、西武の制服なんて・・・・」
「まぁそう言うな・・・、似合っているぞ?」
「・・・・今日は最悪だ・・・、それもこれも車両転属のせいだ」
「車両転属?」
逃げられないと悟ったのか、
東上はガックリとうな垂れながら大人しく池袋の膝の上に落ち着いていた。
そして『いささき』、もとい『伊勢崎』と話した内容を教えるのだった。
「身体が小さくなったことを言ったらさ」
「・・・ああ」
「車両転属のせいじゃないかって」
「・・・ほぉ?」
「ATC化で転属車両も今まで以上に弄っているからその影響じゃないかって」
「元に戻るのか?」
「多分な・・・・、まぁ明日まで様子見てみるよ」
「そう・・・だな」
「・・・ところでさ」
「なんだ?」
東上は身じろぎしながら顔だけ池袋へと向ける。
居心地悪げな顔で、困ったように口を開いた。
「ところでいつまでこの格好なわけ?」
居心地わるいんだけど、と俯けば、池袋は小さく笑った。
「・・・とは言うが、貴様は気づいていないのか?」
「・・・・?」
意味が分からず首を傾げる東上に池袋はもう一度笑った。
「さっきからずっと私に背中を預けてきているぞ?」
「!!?」
言われて東上は初めて気がついた。
確かに背中を池袋に預け座っている。
越生がよく東上の膝の上に座る時にしている格好そのものだ。
これではまるで池袋に甘えているみたいではないか!?
東上は急に恥ずかしさがこみ上げ池袋の膝の上から今度こそ逃げようと本気で暴れたが、
頭上でクスクス笑う池袋はやはり放してくれなかった。
「・・・まぁ、『東武』になったとはいえ殆ど一人で走ってきたんだ。
たまには誰かに寄り添い、甘えても良いのではないか?」
「!!」
「・・・・なぁ?東上鉄道?」
「・・・う・・・うぅ・・・・」
恥ずかしいのか、嬉しいのか、それとも悔しいのか、
東上は真っ赤な顔で池袋を見上げた。
見上げた先の池袋の顔はいつもの皮肉さは微塵もなく、まるで・・・。
「お前はずるい・・・、武蔵野鉄道」
東上は小さくため息をついて顔を正面に戻すと、
背中を寄り一層、池袋へと預けた。
2011/4/16
ありがとうございました。
これ以上、続けられなくなってココで断念(涙)
いつか力をつけて続きを書きたいようなそうでないような・・・・?
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