和光市駅で副都心線に乗って、
池袋で丸ノ内線に乗り換えるときに、
有楽町は自線の職員に呼び止められてしまった。
車両転属の云々で身体が子供サイズになってしまった東上は、
ここから先、副都心と二人きりになるのがイヤで、
地団駄を踏んだが、
有楽町が直ぐに追いつくから、
と、申し訳なさそうに言うもんだから、
東上としてはそれ以上は何もいえなかった。
・・・・身体が縮んでしまい世話になっているのだ。
多少の我慢は仕方がない。
東上は口をへの字に曲げながら、
泣く泣く副都心と一緒にメトロの宿舎まで向うことにした。





〜銀座に行きました〜




「ごめんな、東上」

申し訳なさそうな有楽町に小さく頷き、
東上は隣に立っていた副都心の手を握って、
丸の内線の改札に入った。
悲しいかな、普段ならともかく、
今の姿ではどうしても保護者がいないと電車にすら乗れない。

「東上さん、もう直ぐ出発ですよ」
「・・・みたいだな・・・」

メトロの制服を無理やり着せられそうになったのはつい数十分前のことなので、
東上は警戒心むき出しに副都心の横に腰を下ろした。
そして電車が発車すると、しばらくは無言であったが、
ふとしたときに副都心が小さく笑ったので、東上は副都心の顔を下から覗き込む。

「何で笑ってんだ?」
「・・・・ふふ・・・、すみません。
 さっきの出来事を思い出してしまいまして」
「・・・・さっきの出来事?」

意味が分からず、眉間の皺を深くして副都心を見上げ続ける。
けど、首が痛くなってきて東上が顔を背けると、
副都心が首の後ろをさすってくれた。

「・・・あ、悪い」
「どういたしまして。
 でも先輩が言っていたとおり、
 本当に『心』までは子供になっていないんですね」
「はぁ?」

いきなりなんだよ?、とさっきよりも眉間の皺を深くすれば、
副都心はまた小さく笑うのだった。

「ほら、それ」
「・・・??それ?」
「眉間の皺ですよ!
 ・・・・大人の姿の東上さんもよく皺を作ってましたでしょ?」
「!!?」

副都心に指摘され、東上はプイっとそっぽを向く。

「・・・俺だって好きで眉間に皺作ってるわけじゃねー・・」
「まぁ、そうでしょうね。で、ですよ?」
「?」
「そんな貴方がさっきは僕の手を自発的に握ってきたんです。
 『心』は大人なはずなのに、所々子供っぽくなってる・・・、
 だからおもしろいなって思ったんです」
「!!」

その指摘に東上は顔を真っ赤に染めた。
そういえば西武池袋にも有楽町にも抱っこしてもらい、
別段、それを嫌だとは思わなかった。
むしろ嬉しかったくらいで・・・・、
それ即ち、自分は『心』も後退し始めているのだろうか?
・・・そう考え始めると、東上の顔色が今度は真っ青になっていく。
そんな東上の気持ちを知ってか知らずか、
副都心の手がポンと頭を撫でたかと思うと、
頭上から声が聞こえた。

「・・・銀座に着きましたよ」


銀座駅に着いたとき、今度は副都心から東上の手を握ってきた。
ごった返す人の間を子供の歩調で歩き、
しばらくするとその場所についた。
副都心が休憩所のドアを開けると、
そこに居るはずの銀座線の姿がなかった。
所用でもできたのだろうか?
二人して首を傾げていると、
中からはフルーツ独特の良い香が漂ってくる。
東上は目を細めその香を無意識に楽しんだ。

「(そういや朝ごはん食ってねーなー・・・)」

・・・と、その時だった。
東上のお腹が豪快な音をさせたのは・・・。

「・・・・・・!!!」

東上の横では耐えられないとばかりに副都心が腹を抱えて笑いを堪えている。
そして背後からは笑い声を含ませた穏やかな声が聞こえてくるのだった。

「うわぁ・・・、すごい音だねぇ・・・。よっぽどお腹がすいているのかな?」

恥ずかしさに真っ赤な顔で振り返れば、
そこには手になにやら高級そうな紅茶缶をもった銀座が立っていた。
そして副都心と東上を見ると、彼は穏やかな笑みを浮かべて東上の前にかがみこんだ。

「・・・・東上?随分とまぁ可愛くなっちゃったね」

クスクス笑いながら東上の頭を撫でてくれた。
メトロの重鎮は急に背が縮んでしまったくらいでは驚きもしないらしい。
その証拠に東上の頭を撫で終わると、すぐに副都心に向き直り、
とんでもないことを言い出したからだ。

「それにしてもどうして西武さんの制服を着ているのかな?」

ねぇ?と副都心に同意を求めるように声をかける。
すると副都心は銀座の言葉に待ってましたとばかりに、
力強く頷いて同意するのだった。

「そうなんですよ〜。西武さんの所の制服を着て、
 僕らの所のを着ないのは差別だと思うので着てもらおうとしたんですけど、
 東上さんってばどうしてもイヤだっていうので・・・・。」
「それは悪い子だねぇ・・・」

俺は悪い子じゃねぇ!と叫ぼうとしたが、出来なかった。
銀座が東上の前に飴をちらつかせたのだ。

「ねぇ、副都心」
「はい?」
「君はトーストくらいは焼けたよね?」
「え?・・ええ、まぁ・・・」
「・・・ハムエッグとかも作れたかな?」
「ハムエッグですか?まぁ、それくらいなら作れますけど?」
「そうだよね・・・、ねぇ?副都心」
「・・・はい?」

銀座はさっきから何が言いたいのだろう・・・・?
いつもいつもふてぶてしい副都心も彼の前では調子が下がる。
ごくりと唾を飲み込んだとき・・・、銀座は面白いことを言ってくれた。

「東上はお腹がすいてるみたいだよ?副都心、作ってあげたら?」
「え?僕ですか?」
「うん。マンゴーもあるけど、それだけじゃお腹いっぱいにならないだろうし・・、
 それに、朝ごはんを提供したら東上も頭がやわらかくなると思うよ?」
「・・・・東上さんの頭、ですか?」
「例えば、僕らの制服を着てくれるとか・・・・」

ね?と銀座が変わらない笑顔で東上を見下ろせば、
鳴り続けるお腹を押さえている東上が青い顔で銀座を見上げていた。
さらに横を見ればニヤニヤ笑う副都心が居たので、
東上は目に涙を溜めて、空腹と戦う決意をするのだった。









大人であったなら我慢できたと思う。
しかし心も多少、子供になってしまっている今では
『我慢』はなかなか大変なことだった。
目の前ではニヤニヤ笑っている副都心が、
焼きたてのトーストにバターをたっぷり塗ったものと、
焼きたてのハムエッグ、その横には少しのサラダと、
ご丁寧にヨーグルトまで用意されている。
そして副都心の横では銀座が優雅に紅茶とクッキーを嗜んでいるのだ。
これを拷問と言わずしてなんと言うのだろう?
東上は目をウルウルさせながら目の前の非情な大人たちを睨んでいた。

「ほらほら、東上さん!そんなに睨んだってお腹は膨れませんよ?
 ちょっと僕たちの制服を着てくれるだけで美味しいご飯が食べられるんですよ〜?」

副都心の説得にも東上はガンとして頷かない。

「うるさい!!俺は食べ物を乞うために魂まで売るきはねぇ!!
 俺は東武だ!!メトロの制服なんかきねぇよ!」

するとメトロの二人がさも可笑しげに口の端を上げる。

「へぇ?」
「そうなんだ?」

その顔は『西武の制服を着ているのに?』と言っているので、
東上はグッと次の言葉を飲み込んでしまうのだった。
悔しげに身体をプルプル震わせ、懸命に目の前の誘惑と戦っている。
・・・このままでは埒が明かない。
そう思い、最初に行動を起こしたのは銀座だった。
何気なしに副都心の目の前にあるプレートに手を伸ばし、
ミニトマトを一つ、手にとった。
そして東上をチラッと見るとそれを美味しそうに自分の口へと運んだ。
銀座がそれを飲み込むと、東上の目には益々涙が浮かび、
それを見た副都心も同じように、
今度はアスパラガスに手を伸ばして美味しそうに租借する。
東上の顔が悲しげに歪む。
すると悪い大人二人はほくそえんだ。

「・・あー、おいしいな、このトマト」
「ですね!アスパラも美味しいです!
 東上さんが食べないなら僕たちで食べちゃいましょう!」
「そうだね」

そして二人が再びプレートに手を伸ばした時、
目の前でガタンという音が聞こえた。
どうやら東上が椅子から立ち上がったらしい。
そして徐に西武鉄道の象徴である青いコートを脱ぎ始めた。
自分が座っていた椅子の横の椅子には、
これ見よがしにメトロの子供サイズの制服が置かれていたのだ。
東上がその制服に手を伸ばしたのとほぼ同時に、
東上が座っていた目の前には、
美味しそうな朝ごはんのプレートが目の前に差し出されたのだった。


・・・東上が空腹に・・・・、
否、メトロに負けた瞬間であった。














有楽町が所用を終えて銀座の休憩所に到着すると、
すでにそこには銀座と丸ノ内、
それから副都心と東上が仲良くマンゴーを食べていた。
聞けば他のメトロの連中ももう直ぐ到着するらしい。
けど、有楽町はそれよりも気になることがあった。
分かれたときには確かに西武の制服を着ていたはずの東上が、
なぜかメトロの制服を着ながらマンゴーを食べているのだ。
それも丸ノ内の膝の上に乗りながら、だ。
その表情はすこぶる不機嫌で、
比例するように銀座と副都心、丸ノ内は上機嫌にマンゴーを食べていた。
・・・一体、どんな手を使ったのだろうか?
有楽町は考えるだけで胃がちょっと痛くなる。
丸ノ内の陽気な笑い声が胃痛をより感じさせたのは、
気のせいではないと思わずにはいられない有楽町であった。




2011/9/3


ありがとうございました。 久々に続きを書いたチビの話。 なんだか銀座と副都心が酷い大人になってますね。 丸ノ内の膝に座ったのもきっとマンゴーを餌に無理やりだったのでしょう! この次はようやっと東武本線に行きます。 戻る