〜池袋に戻ります。〜




「誰だ?コイツは???」

東武日光線が宿舎に帰ってくると伊勢崎がお昼寝をしていた。
それはいい。
問題なのはそ一緒に寝ている子供だ。
大師ではない。
大師よりは少しだけ大きい気がする。
けれど伊勢崎と(大師も)同じブルーのつなぎ。
けれど心当たりはない顔。
多少、大師と似ていなくもないが・・・。
日光が眉間に皺を寄せて考えあぐねいていると、
東武野田線が帰ってきた。
















帰ってきた野田に伊勢崎の隣、
というか座って寝ている伊勢崎の膝枕で寝ている子供のことを聞いてみた。
すると野田はニンマリ笑って、

「誰って??日光わからんわけ?」
「・・・大師でないことだけは確かだ」
「ははっ!それは当ってる。じゃ、誰でしょー?」
「わかんねーから聞いてんだろ?まさかお前もしらねーとかいわねーよな?」
「ん?俺はしっとるよ?というか日光も知ってるはずだって!」
「・・・・俺も?」
「昨日、伊勢崎と電話で話してたじゃーん?」
「・・・電話?」

昨日、伊勢崎宛に電話なんてあっただろうか?
腕を組んで考えていたら、
そういえば昨夜は同じ東武でありながら繋がっていない、
あのどうしても気に食わないヤツから電話があったのを思い出すのだった。

「・・・夕べ電話してきたのは東上だけだろ?」
「ん〜??そうだなぁ・・・・」

日光の答えに野田はニヤニヤ笑うばかり。

「にっこーは東上が嫌いだからなぁ・・・。 
 あの時、伊勢崎が東上と話して会話も右から左に流したんだろ?」
「・・・・別に嫌いじゃねーよ!!気に食わねーけどな!!
 アイツが俺に敵意を向けてくるから俺も返してるだけだ!!」
「・・・ふぅん?」

嫌いと、気に食わない、どう違うのか野田には分からないが、
とりあえずソコはスルーすることにして、
日光に伊勢崎と東上の会話を覚えているのか、
もう一度聞いてみた。
すると日光は気まずげに、覚えてねぇよ、と言うので、
野田はニヤニヤ笑って教えるのだった。

「東上さー、今、ATC工事してるじゃん?」
「・・・あー・・・、そうだっけな・・・・」
「で、今、車両転属してるじゃん?」
「・・・・してるかもな」
「で、ATC化に伴って、いつも以上に色々いじくってるじゃん?」
「・・・・だな」
「その影響かどうかはわからんけど、
 東上さ、身体が縮んじゃったらしくてさ、
 夕べ、伊勢崎に大師の服を貸してくれって電話してきたんだよ。
 越生のじゃ大きいからって・・・・」
「車両転属で身体がねぇ・・・・?ん?」

そこまで聞き終えると日光はいやな予感に伊勢崎の膝で眠っている子供を見た。
長い前髪、生意気そうな目元・・・・、
あの子供を大きく変換してみたら・・・・・。

「・・・ま、まさか・・・・」
「その、ま・さ・か!あれ、多分さ、東上だと思うよ?
 ま、伊勢崎の『むむまっふぁ』で寝てるのは驚きだけど」
「む・・むむまっふぁ???」

信じられない現実に目を見開きながら、
聞きなれない単語に日光は野田を見た。

「今流行の言葉じゃん?しらねーの??」
「しらねーよ!!なんだ??英語か???!」
「英語じゃないって!最近は膝枕を『むむまっふぁ』って言うんだぜ〜?
 車のCMでやってんじゃん!」
「アホか!!ありゃ方言じゃねーか!!流行ってるわけじゃねーよ!!」

ただでさえ頭が混乱しているというのに、
野田がからかうものだから日光の怒りは簡単に沸点に達した。
日光は短気だなぁ・・・・、と野田が苦笑を浮かべていたら、
どうやらお昼寝中の伊勢崎が目を覚ましたようだった。


「ん〜??にっこー?のだ??帰ってきたの??」

目を擦りつつ伊勢崎は欠伸をしながら「おかえり」という声が聞こえてきた。
伊勢崎にはいいたい事が沢山あるが、
条件反射なのか、とりあえず「ただいま」と返してから日光は話を切り出す。

「・・・伊勢崎」
「なに?」
「・・・お前のその膝で眠ってるガキ・・」
「え?ああ!そうそう!さっき有楽町に連れられて到着したんだよ!
 東上!東上!起きて!日光が帰ってきたよ」
「ん?・・・んー??・・・むにゃむにゃ・・・」

肩を揺すられ、『東上』と呼ばれた子供がゆっくりと上体を起こす。
やはりこの子供は『東上』なのかと、
ゲンナリしながら日光は眠気眼の子供と目を合わせた。
すると子供ながらもいつものあの目、
つまり『嫌いだ光線』をおもいっきりかもし出した子供がキッと睨んでくるのだった。
・・・これだから気に食わねーんだよ、と、
日光もキッと睨み返すと、子供は何故かたじろいだ態度になる。
なんだ?と訝しげに眉を寄せれば、
子供は目に涙を溜め始めて今にも泣きそうになっているではないか。
野田が横から、そんなに睨んだら怖がるだろ〜?と言うので、
あの東上に限ってそんなことはないだろ、
と思うが・・・・・。

「有楽町がさっき言ってたけど、東上さ、多少心も後退してるから気をつけてって」

と、伊勢崎が困ったように教えてくれたのでなんとなく納得した。
今の東上は日光が怖くて仕方ないのだろう。
大師だって日光が睨めば怯えて伊勢崎の後ろに隠れてしまうのだから。

「東上、日光のことまってたんだよねー?」

伊勢崎は大師に話すように東上に話しかけている。
東上はといえば、別段ソレを嫌がることも泣く小さく頷き返していた。

・・・・はっきり言おう、調子が狂う。


はぁ・・・とため息をつきながら、
日光は伊勢崎の言葉の真意を確かめることにした。

「俺を待ってたって??なんでまた?」
「大師の服も貸したから、池袋にかえるんだってさ。
 日光、今日はこれからスペーシアで池袋行くだろ?
 悪いんだけど送っていってくれない?」
「あ?」

・・・なんだって?と、伊勢崎を見れば、
彼はニッコリ笑って、お願いね?と日光に迫って来る。
横にいる東上は相変らず目をウルつかせながら日光を睨んでいるので、
東上にとってもそれは不本意なのだろう。
だが姿が子供である以上、伊勢崎には逆らえない。
日光だって伊勢崎には何故か逆らえない。

信じられない現実にしばらく固まっていたが、
野田に肩を叩かれ、我に返った日光は、
マジかよ・・・、と大きなため息を吐くのだった。













ちゃんと手を繋いで歩くんだよ、という伊勢崎の言いつけを守るわけではないが、
日光はイヤイヤ東上と手を繋いでスペーシアを待っていた。
栃木観光を終えた観光客でごった返している車内、
偶然にも空席があったので職員に断りを入れてそこに腰を下ろした日光は、
東上がチラチラと車内を見渡していたので、
嫌味を含ませて言葉を口にした。

「なにキョロキョロしてんだよ?」
「・・っ・・・、べ、別に・・・!」

東上はプッと頬を膨らませて日光から顔を背けるが、
やはりキョロキョロと車内を見渡している。
日光にはその理由が分かっていた。

「・・強がんなよ・・・、スペーシアが珍しいんだろ?
 お前んとこにはねぇもんなぁ・・・?」

頭に手を置き、強引に自分の方へ向かせ、
意地の悪い笑みを浮かべて言ってやった。
いつもならそこで嫌味を言い合う戦いになるのだが、
いくら待っても東上から嫌味が帰ってこない。
それどころか・・・・・。


「・・・!!お、おい!!」

日光はギョッとして東上の頭から手を離した。
東上は唇を噛みしめ、小さくなってしまった身体をプルプル震わせて、
目の前にいる日光を睨んできていた。
だがいつもと違うのは目に浮かんでいた涙が頬を伝い始めたことだった。

「ちょ、ちょっと待て!!」

日光はあわてて自分のつなぎの袖で東上の頬を拭った。
東上はソレを跳ね除け相変らず日光を睨み続けてきている。

・・・いつもと勝手が違って調子が狂う。
自分の頭をかきながら、
そういえば、『心も後退している』と言っていたのを思い出し、
子供を苛めていても体裁が悪いし、
とりあえず今日のところは自分が折れようと、
謝ろうとしたその時だった・・・・。

「いささきにいいつけてやる!!」

子供特有の甲高い声が聞こえてきた。

「・・・は?」

突然なんだよ?と日光が変な顔をすれば、
さっきまで浮かんでいた涙はどこへいったのか、
東上が得意げに笑いながら、もう一度同じ言葉をいってきた。

「いささきに言いつけてやるからな!
 にっこーに苛められたって!
 お前がいささきに逆らえないことは知ってんだぞ!
 ぜってーにいいつけてやる!!」

・・・・何をいってんだ?と目を瞬かせれば、
東上は相変らず得意げに、『いささきに言いつける』を繰り返していた。
確かに自分は伊勢崎に弱いから彼には逆らえないが・・・・。
それより何より・・・・・。



「・・・・ふ」
「・・・・ふ?」

急に下を向いて黙り込んだ日光に、
今度は東上が訝しげな顔になる。
『ふ』のあとは『ふざけんな』と続くのだろうと、
身構えていたら、突然身体が浮いて日光の膝の上に座らされていた。

「うわっ!?」
「・・・・・・っ、・・・くくく」
「???にっこー??」
「・・・くくく・・・、はっはっはっは!」
「へ?うわわわっ」

膝の上に座らされた東上は、
日光に頭をグリグリなでられ身動きが取れなくなる。

「・・・いさ・・・いささき・・・!いささきって!!」
「!!」
「おまえ・・・東上・・・大師みてー!!はははははっ」

舌がまわんねーのかよ?と相変らず頭をグリグリなでられている。
だんだん目が回ってきて、日光の手を止めようとするができない。
目が回る〜、とどうにか訴えたら、手の動きが止まり、
東上は恐る恐るといった感じで日光を見上げてみた。

「・・・・!!」

東上の全身がボッと熱くなる。
見上げたそこには見たこともない笑顔を浮かべた日光がいたからだ。
悔しいけど、男前。
東上は日光を好きではないが、イケメンだとは分かっていた。
その日光が見たこともない笑顔を浮かべていたから、
ガラにもなくドキドキしてしまったのだ。

「・・・んな顔で笑うなんてずりぃ・・・」

拗ねた声で小さく呟けば、

「お前だってその姿はずりぃだろ?」

と返された。

「どういう意味だよ?」

抱っこされたまま問い返せば、

「・・・俺は基本は平等なんだよ」

と、半ばげんなりしながら日光は話し始める。

「伊勢崎に近づくやつは別だけどな。
 それ以外は平等だ。
 女子供も殴るけど、弱いやつは殴れない」

特にさっきのように言い返すこともなく、
目に涙を溜めて堪えている子供なんかは・・・・。

「・・・俺は弱くねーよ・・・」
「・・・知ってる。てめぇがもっと弱かったら良かったのにな」
「・・・・?」

どうして?という風に首を傾げる東上に、
日光はもうそれ以上は喋らなかった。

・・・東上がもっと弱かったら。

例えば、西板計画が白紙になったときに泣いていたら、
例えば、秩鉄との直通運転がなくなった時に泣いていたら、
・・・泣きながら自分たちを頼ってきてくれたら、
会うたびに嫌味を言わないで、もっと仲良く出来た気がする。
けれど東上は頑固なのか、意固地なのか・・・、
決して自分たちを頼ってはこない。
稼ぎだって東武一だ。
・・・・それが気に食わなかった。


「(でも、ま・・・、今回は頼ってきたか・・・)」


小さくため息を吐いて、
相変らず不思議そうに自分を見ている東上の頭を軽く撫でると、
よいしょっと車内を見渡しやすいように抱きかかえてやった。

「・・・にっこー?」
「車内が見たいんだろ?
 池袋まではまだまだ時間がかかるから好きなだけ見てろよ」
「いいのか?」
「別に減るもんじゃねーしな。
 ・・・・俺も今度TJライナーを見せてもらうからそれで帳消しだ」
「・・・・TJライナー?」
「お前のとこ、走り出しただろ?」
「・・・、他の50000系とあんまかわんねーよ・・・」
「そうか?すくなくともクロスシートのとこは違うだろ?」
「・・・・・そうだけど」

一体どういう風の吹き回しだろう?
東上が警戒心いっぱいに見つめれば、日光はそれ以上は何も言わなくなった。
と、いうか言いたくなかった。


・・・・お前が本線を頼ってきたから、
俺も少しだけ妥協してもいい・・・、なんてことは。
負けたみたいで癪だった。


・・・自分も大概、意固地だよなぁ・・・、と
日光は一人、小さく笑うのだった。




















余談、池袋駅にて。




「ぎゃーーーーー!!」

先にホームに降りたはずの東上が、
血相を変えて日光のもとまで戻ってきた。

「んだよ・・・うるせーなー・・・」

欠伸をしながら、それでも東上は何か怖いものでも見たのか、
しきりに日光の足に絡みつき、抱っこしろと手を伸ばしてくる。

「(子供帰りしすぎだろ〜??つーか性格が変わりすぎ・・・)」

やれやれ、とご希望通りに抱っこしてやれば、
そこに気難しい顔をした背の高い男と、
にこやかな笑みを浮かべた背の高い男が立っていた。

「(なんで二人して池袋にいんだよ?)」

二人は日光が抱っこしている子供をマジマジと見ている。
そして、

「噂は本当だったんだね〜」
「だな!わざわざ池袋で待ってたかいがあったな」

と話している。
二人の会話に眉間に皺を寄せた日光は、
自分の腕の仲でブルブル震えている東上をチラッと見た。
そういえば伊勢崎が、小さくなった東上が珍しいのか、
西武やらメトロの制服を無理やり着せられていた、
と言っていたので、目の前の大男二人も同じことをしようとしたのかもしれない。

「(どいつもこいつも物好きだよな〜・・・)おい、東上?」

ポンポン、と背中を叩いてやれば、相変らずの青い顔。
そんなに恐ろしい目にあったのか?と目の前の二人を睨めば、
男の一人が肩を竦ませて否定するのだった。


「言っておくけど、僕らは東上に何もしてないよ?」
「・・・・ああ、俺たちを見るなり青い顔で逃げってたけどな」
「・・・それ、本当だろうな?」

確認すれば、二人同時に頷き返してきた。
一人はともかくもう一人は顔に似合わず素直な心の持ち主だ。
嘘はつかないだろう。
まぁ、西武やメトロで酷い目に阿多のなら条件反射的に逃げてきたのかもしれない。
と、日光は思ったが、腕の中の子供は突拍子もないことを言い出すのだった。



東上はブルブル震えながら、大男二人を見る。

「・・・ド・・・」
「ど?」

ど、なんだ?と日光が言えば・・・・・。

「ドッペルゲンガーだーーーーー!!」

東上は青い顔で大男二人を指差して叫んだ。

「は?」

何いってんだ?と、東上の言葉を聞いていれば、内容はこうだった。

「しょ、湘南新宿ラインが二人いるんだ!」
「・・・・二人って?」

そりゃ二人で湘南新宿ラインなんだから不思議ではない。
日光が確認するように宇都宮と高崎を見れば彼らも同様な目を向けてきた。

「ドッペルゲンガーだ!ドッペルゲンガー!
 ・・・しょ、湘南新宿ラインってなくなるのか???
 だってドッペルゲンガーを見たやつは死ぬんだろ???」

よほど混乱しているのか、東上はそのあとも支離滅裂なことを言っていたが、
日光は、宇都宮も高崎もやがて理解する。

どうやら東上は宇都宮と高崎が湘南新宿ラインであることを知らないのだ、と。
東上は相変らず日光の腕の中で震えている。
震えているが・・・、
日光は拳を握り、ハァー・・・と息を吹きかけると、
手加減なしに拳骨を入れるのだった。

「東上!!てめぇーーー!!赤っ恥かかせんなーーーー!!」

日光の声はJRの池袋駅構内の端まで響き渡る。
が、なぜ殴られたのか分からない東上は、
殴られた頭を押さえながら目に涙を沢山溜めて、

「殴ったな!!いささきに言いつけてやる〜!!!」

と、反撃をするが、
日光にもう一回拳骨をくらって口を噤んだ。
が、子供帰りした心が『理不尽』に耐えられるわけもなく、
やがて大泣きを始めた東上にギョッとした日光が、
宇都宮、高崎への挨拶もソコソコに東上線改札まで走り、
そこに偶然居合わせたメトロの有楽町と副都心に、
半ば押し付けるように東上を渡すのだった。



・・・・後に武蔵野からことの一部始終を聞いた伊勢崎に、
日光が殴られるのは少し先のお話。





2011/10/10


ありがとうございました。 ちまちま続いてます(笑) お察しの通り、次が武蔵野が出てきます。 ・・・JRの制服着せようとする話・・になるはず?? 戻る