池袋駅でそのオレンジ色のつなぎを見かけ、
毎度宜しく嫌味でも言ってやろうと西武池袋は近づいた。
そして相手を指差し、いつものように罵ってみたのだが・・・。







〜センチメンタル〜



「・・・・・・」


西武池袋は東武東上を指差したまま固まっていた。
いつもなら嫌味を言おうものなら、
毛を逆立てた猫のように言い返してくるというのに、
相手は虚ろに自分を見返し、
そのままプイと背中を向けて歩き去ろうとしたからだ。
このままでは自分がタダのバカみたいなので、
西武池袋はあわてて東上の肩を掴み、
無視をしてくれた文句を言おうとしたが・・・。

「おい!貴様!!折角私が・・・・、ん?」

けれど、西武池袋はすぐに異変に気がついた。
東上の身体が妙に熱いのだ。

「(・・・まさか)・・・・おい、東武?」

肩を掴んだまま呼んでみる。
普段であれば、肩の手はすぐさま振り払われ、
なんだよっ!と食って掛かってくるが、そうはならなかった。
これはいよいよもって怪しい・・・。
西武池袋は小さく舌打ちをし、東上の手首を掴む。

「・・・なんだよ?」


西武池袋が身体に障ってもなぎ払われない。
ああ、やはりだ、と疑惑は核心へと変わる。
・・・握った手首が妙に熱い・・・・。

「貴様・・・、熱があるな?」
「・・・・、・・・・、・・・・は?」

どうやら西武池袋の言葉が瞬時には理解できなかったようだ。
ボーっとしていた目が徐々に開かれていく。

「私が触ってもなぎ払わない・・・、これ以上の証拠はあるまい?」
「・・・・、・・・・、・・・・!!?」

今回も西武池袋の言葉が瞬時には理解できなかったようだ。
徐々に目は見開かれ、慌ててなぎ払おうとするが力が入らず出来なかった。

「・・・っ・・・、は、なせ!!」
「ふん!・・・・離せと言われて離してやるほど私は素直ではない。
 ・・・・・いくぞ!」
「・・・、・・・は?・・・行く・・・って?」

どこにだよ?という声は腕を引かれ始めて飲み込むことしか出来なかった。
西武池袋に連れられて着いた場所は東武鉄道の詰め所。
西武池袋は勝手に扉を開けると、
一番近く似合った扉を開けて、ベッドに東上を腰掛けさせた。

「・・・寒々しくて何もない部屋だな・・・。
 まぁ、それでもベッドと布団はあるし問題はないが・・・」

そう言ってそそくさと布団を持ち上げ、東上をよこたわせる。

「・・・!!ちょ・・・っ」

東上は慌てて反抗するがやはり力が入らずされるがままになってしまう。

「やめ・・ろっ!!・・・おれ、は・・まだ仕事・・・」
「・・・そのようにフラフラでは最早ただの役立たずだ。
 それとも貴様・・・、事故って皆に迷惑をかけたいのか?」
「・・・!」
「それならば私は止めないがな・・・・」

チラッと東上を見れば熱で赤い顔で一生懸命に西武池袋を睨んできたが、
やがて諦めたようにため息を吐き、布団を被った。

「・・・少しだけ・・・寝る・・・」
「そうしろ。営団や国鉄には特別に私から連絡をしておいてやろう」
「・・・・ん」

偉そうな物言い・・・、いつもならここでまた言い争いになるのだか、
東上はまたも何も言い返してはこなかった。
それどころか静かな寝息が聞こえてくる始末だ・・・・。
どうも調子が狂う・・・・。
西武池袋は知らず知らずため息を吐いた。
そしてとりあえず外に出てメトロやJRに連絡を入れ、
コンビニで必要そうなものを買うと、
再び東上の元に戻ってきて傍にあった古びた椅子に腰を下ろした。
・・・相手は東武だがこのまま放っておいてもなんだか体裁が悪い。
買ってきたコンビに袋からひえピタを取り出し、ピリピリとビニールを外す。
そして風邪で寝苦しそうな東上のおでこに手を当てて、長い前髪をかきあげた。

「・・・・・っ」

その時、西武池袋の胸の奥にチクッとした痛みが走った気がした。
けれどそれは勘違いだ、と頭を何度か左右に振ると、
深呼吸を一つして東上のおでこにひえピタを貼ってやる。

「・・・・ん?」

熱いおでこにひんやりしたものが当てられたからだろうか、
東上の目が薄っすらと開き始めた。
そして西武池袋をその目で捉えると、
なぜか嬉しそうに笑うのだ。

「・・・・・っ」

どうして笑うのだろう?
よもや自分と秩鉄を間違えているのだろうか??
似ても似つかない自分と秩鉄を・・・・。
なんともいえない表情で西武池袋が東上を見つめていると、
東上の口が小さく開いた。

「・・・さ・・、しの・・・?」
「・・・・!」
「むさしの・・・、いま、・・夢・・・見てた・・・、
 お前が・・・離れてく・・・夢・・・・、
 喧嘩ばっかして・・・、なんでかなぁ?
 そんなこと、あるわけねーのに・・・・、
 風邪・・・ひいたから・・・変な夢、みたかな・・・?」

どう思う?、と東上がもう一度笑う。
西武池袋は何も言うことが出来なかった。
彼の言う『武蔵野』がJRの武蔵野でないことは明らかだ。
どうして今更・・・、と思うが、
熱で夢うつつの相手に言ってもどうにもならないだろう。
西武池袋は唇が切れるほど噛みしめ、やがてゆっくりと東上の頭を撫で始めた。

「・・・バカだな・・・、『東上』。
 風邪なんか引くからバカな夢を見る・・・、
 さっさとと直せ・・・・、バカは・・風邪を引かないはずだろう?」

無意識に捨てたはずの過去の自分で、昔のように東上に話しかけていた。
その瞬間、熱で潤んでいる東上の目が一瞬大きく開かれて、
そして涙を沢山溜め始めた・・・・・。
その瞬間、西武池袋はしまったと思った。
・・・・東上は熱で朦朧としてなどいないのだ。
ただ、自分を試したのだ・・・・、
『武蔵野』と呼んだら応えてくれるのかどうか・・・。

・・・・ばかにされるだろうか?
弱っている相手を殴るのは気が引けるが、
もし彼がいつものような態度を取ってきたら・・・・。

「・・・じゃない」
「・・・・なに?」

けれど、東上の口から出てきたのかバカにしたものではなく・・・。

「・・・おれ、は・・・、僕は・・・バカなんかじゃない。
 バカなのは武蔵野だろ・・・・?この前、風邪をひいてた」
「・・・そうだったか?」
「・・・僕はうつっただけだ・・・」

たしかに西武池袋はこの前、風邪をひいてマスクをしていた。
寝込むほどではなかったが、それを東上にも勿論見られていたわけで・・・。

「・・・マスク・・で、顔が・・よく見えなかった・・・。
 ただでさえ前髪に隠れて片方、見えないのに・・・・、
 僕は・・・僕は・・・お前の・・・顔が・・・・」
「・・・・・わたし・・・、俺・・・の、顔が・・・?」

けれど東上はそこまで言うと、悲しそうに笑ってなにも言わなくなってしまった。
だからかわりに西武池袋が今度は話し始める。

「・・・貴様・・・、いや・・お前だって最近は長い前髪で顔が見えないときがある」
「・・・・え?」
「・・・東上はもっと前髪が短かった・・・、俺はお前の顔が・・・」
「・・・顔が・・・・?」
「・・・お前の・・笑った顔が・・・俺は・・・・」

西武池袋はそこまで言うと、さっきの胸の痛みの理由を理解した。
今よりも短い前髪で顔がよく見えていた頃、
武蔵野時代・・・、西武池袋は東上の笑った顔が・・・・。
西武池袋はあわてて頭を強く振った。
気をしっかり持て!今の自分は会長に、西武に全てを捧げたのだから。
目を瞑り、大きく深呼吸をする。
そして開いた目の先には不思議そうに自分を見つめる東上・・・。
これ以上、この場所にとどまっていてはセンチメンタルな気持ちが拭えない。
それはきっとよくないことだ・・・・、
過去は過去・・・、いくら振り返ってみても戻れはしないのだから。

「・・・・東武」
「・・・・っ、・・・なんだよ?」
「・・・おしゃべりはココまでだ。
 さっさと寝ろ!そしてさっさと風邪を治せ・・・、ほら!」

西武池袋はガサゴソとコンビに袋をあさり、
スポーツ飲料を取り出し、東上へ手渡した。

「貴様に恵んでやる、・・・風邪の時は水分補給は忘れずにとることが重要だからな。
 ・・・私はもう行く・・・・」
「・・・・西武の恵みなんていらねーよ・・・、
 今、金払うし・・・・・」

東上はそう言ってつなぎのポケットをゴソゴソ探り、150円を取り出すと、
無言でサイドテーブルの上に置いた。
西武池袋は無言でそのお金を見つめ、なんだか胸の奥にチクリとした痛みが走る。
そしてその視線をそのまま東上へ持っていけば、
風邪で力が入らないのか、ペットボトルの蓋を開けるのに四苦八苦している姿。
『武蔵野』であったなら直ぐに助けを求めてきただろうか・・・?
けれど自分も東上を孤独にしたうちの一人であるならば、
一時の差し伸べなどいらないのではないだろうか?
頭ではそう考えてしまうが、体は実に素直で、
東上の手から黙ってペットボトルを取り出すと、蓋をあけた。
そして何かを考えた後、徐にペットボトルの中身を口に含んだ。

「・・・西武?お前、なに・・・、ん・・・?」

東上の後ろ頭を手で支え、ゆっくりと口を合わせる。
そして口に含んだスポーツ飲料をゆっくりと口に流し込む。
抵抗されると思っていたのに、東上は抵抗しなかった。
熱で熱い腕が首に絡みついてくる。
西武池袋も東上の身体に腕をまわし、一緒にベッドに倒れこんだ。

「・・・せ・・い、ぶ・・?」
「・・・今回だけ・・・、今回だけだ・・・。
 私は身も心もあの方に捧げたのだから・・・・、
 私はまだ風邪が治りきっておらず、センチメンタルなだけだ」
「・・・・うん」

西武池袋は東上の身体を抱きしめ、頭を撫でた。
すると東上から穏やかな寝息が聞こえ始め、
それにつられて西武池袋もゆっくりと目を閉じるのだった。


2011/11/12


ありがとうございました。 はい、ごめんなさい。 中途半端に終わってます。 続きを書いたらどうなるのだろう・・・・? じっくり考えて、気が向いたら続きが『2』って形でUPされているやも・・・? 二人の過去は捏造です。 東上→前髪が今より短く、一人称は僕 西武池袋→一姿形は金髪とかではなく、人称は俺。 ・・・ただの妄想ですよ・・・。 戻る