誕生日に何が欲しい?と聞かれれば、
『平穏』と答えてしまいそうな自分がいる。
それほど自分の接続先は個性的な連中が多いからだ。

ああ、せめて誕生日くらいは西と東が争わないで欲しい。
ああ、本当に、頼むよ・・・・。


と、願ったからなのかどうなのかは分からないけど、
俺の誕生日はどうやら平穏に終わりそうだ。
西も東もいがみ合ってない。
どこも人身などの事故も起きず、
いたって正常ダイヤだ。


ああ、神様!ありがとう〜、って思っていたら・・・・。












「ご自分の誕生日に発煙だなんてついていないですねぇ」






と、言ったのは俺が教育を間違えた後輩だった。
そんなことわざわざ言いにきたのか??

俺に何かが起きると副都心もダイヤが乱れるわけで、
案の定というか、アイツは渋谷〜池袋の折り返しになっていた・・・。
なんでいつもアイツが池袋までで、俺が残りを担当するんだか分からない。
・・・・和光市〜小竹向原間ってもともとはアイツの路線じゃなかったか??
あ、でも俺が先に開通して、とっちゃったようなもんだから俺の路線なのか??
うーん・・・、複雑だ。

まぁ、とにかく俺は西武とも東上とも直通を切って、
なんとか遅れを取り戻しつつ、直通を回復させダイヤを正常近くまで戻した。









・・・・シンッ・・・・、と静まり返る構内。



・・・静かだな・・・・。



俺は誰もいない夜の構内を歩きながら、
大きなため息を吐いた。





ああ、せめて誕生日くらいは平穏に過ごさせてくれてもいいのに・・・。
俺はどこまで不幸体質なんだろう?
これから夜中まで書類書かなきゃだし・・・・。

って、思いながらメトロの待機所に向っていたら、
反対側から東上が歩いてきた。
今夜はどうやら池袋に泊りらしい、・・・・俺もだけど。

ああ、文句を言われるのかな?
直通を切ることや、発煙の連絡は副都心に頼んじゃったからなぁ・・、
絶対に文句を言われるなぁ・・・・、
と構えていたら、



「・・・・おつかれ」



・・・・・と、その一言だけだった。



あれ??
あれれ???



どうしたんだろう??
いつもの元気がないな?




あまり覇気がないな・・・・・?
なんかあったのか???

嫌だなぁ・・・、今日はもうゴタゴタは沢山だ。

俺は早々に立ち去ろうと営業スマイルを浮かべて返した。

「おつかれー、今日は悪かったな」


一応、今日の遅延の侘びも入れておく。
よし、完璧だ!
立ち去ろう!!

・・・と、思ったのに・・・・、


「有楽町」


・・・・呼び止められた。


「・・・・え?なに???」


呼び止められたら、振り返らないわけにはいかない。
なにせ相手は直通相手だ。


「・・・・これ」
「え?」

東上の手から何か、渡された。
小さな紙袋だった。

「・・・・なに、これ?」
「お前、誕生日だろ?」
「・・・・!そうだけど」


まさかプレゼントだろうか??
半信半疑で渡された紙袋をあければ、
中からはクッキーが出てきた。
・・・しかも南瓜風味のようだ。

「・・・クッキー?」
「・・・一応、世話になってるし、俺のときも貰ったからな」
「貰っていいのか?」
「お前のために焼いたクッキーだからな・・・、いらなけりゃ捨てろ」
「い、いやいやいや!!捨てるなんてもったいない!!
 丁度、小腹も好いてたし食べるよ!!」


・・・なんと、まぁ・・・。
明日は槍でも降りそうな按配だ。
あの東上が俺にプレゼントなんて・・・・。

「お腹空いてんのか?まぁ、今日は大変だったしな・・・・、なら丁度よかったな」


喰えば?と言われたので食べないわけにもいかない。
俺は「ありがとう」とお礼を言いつつ、紙袋からクッキーを一枚、取り出した。


「いただきます」


サクッと一口・・・・。




「・・・・・あ、美味しい」



口に含んだ瞬間、ホロホロととけるクッキー。
南瓜の甘みも嫌味がない位の甘さで・・・・、疲れた身体に染み渡っていく感じだ。

俺が素直に感想を言うと、東上が真っ赤になった。


あ、なんか今日は素直だ。


「ふ、ふん!お世辞なんか言ってもこれ以上は何も出ねーぞ!!」
「お世辞だなんて・・・、本当に美味しいよ。
 これから一人で小腹すかせながら始末書を書かなきゃ〜って思って所だったし、
 東上のクッキーは本当に嬉しいよ!」

本当に、本当だよ、と力説すれば東上は益々赤くなった。
お礼とか、言われなれていないのか?ひょっとして・・・・。
と、思っていたら、東上は俺のある言葉に反応した。


「・・・一人?副都心は?」
「アイツはもう今日は宿舎!まぁ、今回は俺のとこの発煙が原因だから仕方ないけど、
 『先輩は一人でも平気ですよね〜?』って・・・・、本当に薄情なヤツだよ」

ため息を吐きながら言えば、東上はたいして興味もないのか、フーンと言うだけだった。
ああ、今日の会話はこれで終了かな、と思っていたら、
意外にも会話は続けられた・・・・。

「確かにお前はほっといても大丈夫そうに見えるよな」
「あ、そう??やっぱり??昔から銀座にもよく言われてるんだよな〜、
 『有楽町はほっといても大丈夫だから安心だよ』って」

・・・本当に昔から言われている言葉。

・・・・信頼されているからこその言葉なんだろうけど、
だけど・・・・、俺は時々・・・・・。

「・・・・だろ?」

昔を思い出して少しだけ肩を落としていたら、
フイに東上の声が聞こえてきた。


「・・・え?」



なに??なんて言ったんだ??
俺が顔を上げて東上を見つめれば、
東上は真っ直ぐに、真面目な顔でもう一度言ってくれた。



「・・・ほっといてもとか、一人が大丈夫なやつなんていねーだろ?」
「!!?」
「・・・少なくとも、俺は嫌だ・・・・」

東上は真っ直ぐに俺を見つめてそう言った。


長い、長い間・・・、一人で走ってきた東上が言うと、
なんだかとても重いものに感じる・・・。


「・・・!!お、おい!!」
「え?なに??」
「おまえ・・・、何で泣いてんだよ!?」
「・・・へ?」

泣いてる・・・?
俺が・・・・?

東上に指摘をされて、俺は初めて泣いていることに気がついた。


「あれ・・?」
「・・・どっか痛いのか?」
「・・・いや・・・、そうじゃない・・・、いや、痛いかな・・・」
「・・・どっちだよ?」

東上の顔がが呆れ気味になる。
けれど、いつも越生にそうしているんだろうな・・・、
俺の頭をそっと撫でてくれた・・・・。
それが無性に気持ちよくて、涙がまた溢れた。

「・・・有楽町?」
「うん・・・ごめん・・・、でも痛くて・・・・」
「・・・痛い?どこが・・・?」

心配そうに俺を覗き込んでくる東上。

どこが痛いって・・・・、


『心』と言ったら、東上は殴るだろうか?



でも東上が初めてなんだ。




『・・・ほっといてもとか、一人が大丈夫なやつなんていねーだろ?』


って、言ってくれたのは・・・、分かってくれたのは。

そうだ・・・、俺だって本当は・・・ほっとかれても大丈夫なんかじゃない。


「・・・ごめん、東上・・・」
「・・・は?うわっ・・ちょ・・・」

俺はこれ以上、涙を見られたくなくて東上を強引に抱き寄せた。



・・・初めて抱きしめた東上は思っていたより小さくて、
腕の中に納まって・・俺の心はそれにまた締め付けられた・・・・。

・・・何かを感じたのか、
東上はだまって俺を抱きしめ返してくれた・・・。

その好意にまた胸が締め付けられる。





『・・・ほっといてもとか、一人が大丈夫なやつなんていねーだろ?』



・・・その言葉は、案外最高の誕生日プレゼントかもしれない・・・・。


東上が寂しそうなとき、今度は俺がその言葉を言おうと思った・・・・。



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