〜二人の関係〜




腹が立ったときは寝るに限る。
東武日光線は自室の扉を力任せに開けると、
そのまま自分のベッドに身体を預けた。









昼寝を初めてどれくらい経ったのだろうか?
日光は自分の身体に重いものを感じ、薄っすらと目を開けた。


「・・・・?」


すると目に飛び込んできたのはブルーのつなぎをきた青年で、
伊勢崎か?と一瞬思ったが、
青年の手が日光のつなぎのなかを這い回っているのに気がついて、
慌てて身体を弄る青年の手を掴み、その行動を阻止しようとした。

「・・・・あ、起きたの?」


日光に手の動きを阻まれ、青年は徐に顔を上げた。
その青年の顔を認めて日光は言葉を失う。

「・・・・(伊勢崎・・・じゃ・・ねー?)」

じゃ、誰だ??
彼は水色のつなぎを着ているが確かに伊勢崎ではない。
顔はなんとなく似通っているが、彼ではない。
伊勢崎にしては身長がでかいのだ。

「・・・・お、前・・・誰だ?」


眠気眼の掠れ気味の声で青年に問いかける。
すると青年はニッコリ笑って、

「大師だよ」

と、答えた。

「・・・・、ふーん・・・・、ん?」

今、目の前の青年はなんと言った?
確か・・・・・。

日光は目を擦った後、今一度青年を見つめた。
何度も目を瞬かせ見つめると、青年はもう一度ニッコリ微笑んだ。

「・・・だ・・い・・・し、だと?」

そんなバカな・・・・、
けれど日光の呟きに青年は笑顔のままうなづきを返してきたので、
そのありえない現実に日光はクラリと眩暈を感じた。
日光が言葉もなく沈黙していると、
クスッと笑った青年、大師の手が日光のつなぎに伸びてきた。
そして日光の首筋に彼の唇が近づいてきたときにやっとハッと気がついて、
青年の顔を自分からとうざけるべく、
黒髪の頭に手を置き、押し返した。

「ま、待てよ!!なんなんだよ!!?」
「・・・・なにって・・・・」

頭を押し返されたことでムッとしたのか、
頬をプクッと膨らませた顔が日光の顔へと近づいてきた。
そして自分の記憶にある大師なら到底口にしないであろう台詞が出てきて、
ガラにもなく焦ってしまう。

「エッチに決まってるじゃん」
「・・・エッ・・・チって・・・、おい!」

冗談じゃない!と日光は近づきつつある青年の顔を再び押し返す、が、
青年に手首を掴まれ、ベッドに押し倒されて手浮こうが塞がれてしまうのだった。

「!!?(なんだよ、こいつの力は!!)」

普段のふてぶてしさからはおおよそ想像できないが、
珍しく顔を蒼白に変える日光に青年は目を細めた。

「・・・オレね、ずっと日光とこうしたかったんだ」
「・・・・は?」

なに言ってんだ、コイツは!と日光は掴まれた手首を外そうともがくが、
暴れれば暴れるほど手首に力が込められ外せなくなる。

「(くそっ!!コイツは本当に大師なのかよ!?
 もしそうならおかしいだろーが!コイツが大師なら俺じゃなくて伊勢崎が好きなはず)」

掴まれた手を懸命に外そうと格闘する日光を見下ろしながら、
青年は小さく笑みを浮かべ続ける。
どうやら日光の疑問が顔に出ていたようで、
それに対する答えを教えてくれたのだ。

「・・・日光は素直だよね」
「・・・あ?・・・な、にが・・だよ!!つーか!放せ!!」
「え?ヤダよ・・・、だってずっとこの時を待ってたんだから」
「んだよ、それ!!てめぇが本当に大師だとしてもだ!!
 お前が好きなのは伊勢崎だろーが!!襲う相手が違うぞ!!」

まぁ、実際に彼が伊勢崎を襲っていたら許しはしないが・・・・。
その間も日光は懸命に身体を捩るが、やはり拘束は外れない。
そんな日光に青年は楽しげに口元を歪ませ、
ゆっくりと覆いかぶさりながら口を開く。

「・・・くっ!!重い!!どけ!!」
「・・・日光は素直だよね。オレが伊勢崎に抱きつくといつも顔に出てた」
「あぁ!?顔・・・??」
「・・・ムカツクって・・・、伊勢崎に触るなって・・・、ね?」
「・・・!!?」
「オレねぇ・・・、そんな日光の表情を見るのが好きでわざと伊勢崎に抱きついてたんだ。
 そういうとこ、日光に似てるのかな??
 好きな子ほど苛めちゃうってやつでしょ?」
「はぁ?」
「・・・可愛かったよ・・・、文句を言いたくても言えなくて耐えてる日光」

フフッ、と青年が黒く笑い唇が段々近寄ってくる。
・・・やばい、まずい・・・貞操の危機だ・・・・、
日光が青くなり、
けれど黙ってやられるわけにもいかず、
懸命に身体を捩ったその時だった・・・・。
















「・・・いってぇぇぇーーーー!!」


ゴツン!と頭に衝撃を感じ、日光は目を覚ました。
全身にはびっしょりと汗をかいているが、
周りを見渡してもあの『大師』の姿は見当たらない。

「・・・・・?」


夢だったのだろうか?
それにしてもリアルな・・・・、と
日光はそこで自分の身体に鉛のようなものが乗っている違和感を感じ、
目線を下にさげた。
するとそこには目の周りを赤く晴らした大師が、
離れない!!という感じで日光にくっつき寝息をたてているのだった。

「・・・大師?」

あの変な夢の原因はこれかよ・・・、と日光は小さなため息をつく。

「・・・なんだってこんなとこで昼寝してんだよ」

頭をポリポリかきながらも、
ずり落ちそうになっている大師を上まで引き上げて自分の隣に寝かせる。
大師はモゴモゴと口を動かしていたが、
日光のつなぎのはしを小さな手で掴むと再び寝息を立て始めた。

・・・と、その時小さなノックの後に伊勢崎が部屋の中に入ってきたのだった。

「あ、起きたんだ?」
「・・・・まーな」

ふぅ・・、とため息を吐いて日光は苦笑する。
伊勢崎が部屋の入ってくると、彼も苦笑してことのしだいを話し始めた。

「日光の傍を離れないって聞かなくてさー」

あんまりグズるからそのまま一緒にお昼寝させちゃった!
とあっけらかんという伊勢崎に、日光はゲッソリする。
と、いうかそんな問答があったのによく自分は寝ていられたものだ。
まぁ、自分たち東武は子供も多くて、
普段からやかましい部分があるから不思議ではないのかもしれないが・・・。

「・・・大師、俺にキスしてきたじゃん?」
「・・・!・・・・、あー」

そういえばそうだったな、と日光は自分が昼寝をしていた経緯を思い出した。




普段から伊勢崎にベタベタとくっついて甘えていることが多い大師。
ほっぺやおでこにキスをしている場面も多く見てきたし、
最初は腹が立っていたけれど、ガキのすること、と半ば諦めていたのだ。

・・が、今日は違っていた。
大師が徐にチュッと伊勢崎の唇にキスをしたのだ。


『いささき、だいすき!』

と。
すると、一瞬だけ目を見開いていた伊勢崎もすぐに笑顔を浮かべて、

『俺も好きだよー』

と、大師の唇にキスを仕返す。

その光景を見た瞬間、日光の中で何かが切れた。
それはもうブチッと。

二人に近づくと、まず最初に大師の頭を殴る。
すると大師がびえぇぇぇぇぇー!と泣き出した。
そうすると今度は日光が伊勢崎に殴られる。
そうなると大変だ。
日光と伊勢崎の取っ組み合いがはじまり、誰にも止められなくなる。
おお泣きしていた大師が、

『喧嘩はだめぇぇぇーー』

と、泣き叫んだが、
頭に血が上っていた日光はキッと大師を睨みつけて、

『もともとの原因はお前だろーが!!
 いっつも俺と伊勢崎の周りをチョロチョロしやがって!!目障りなんだよ!!』

と、叫んでしまったのだ。
その瞬間、大師の顔がクシャリと歪み、ビービー泣きだし、泣き止まない。
伊勢崎に『日光!』と咎められる。
流石に言い過ぎたと、苦い表情を浮かべた日光は小さく舌打ちをして、

『・・・昼寝してくる』

と、言い残し自分の部屋へ逃げたのだ。
後ろから伊勢崎の咎める声も聞こえたが、聞こえないフリをして。





「・・・目障りって」
「・・・あ?」
「日光、大師に目障りっていったじゃん?」
「・・・あー・・・・あれ、な・・・あれは・・・」

苦い表情のまま日光は自分の頭をポリポリかく。
あれは言いすぎだった。
自分でも分かっている。
けれど、相手が子供であっても伊勢崎に近づくものは許せないのだ。
・・・大人気ないとは分かっていても。


何も言わない日光に伊勢崎は苦笑を浮かべてベッドに腰を下ろした。

「・・・俺もさ、一人になりたい時とかあるんだけどさ」
「ああ・・・・」
「でもだいたい大師が傍にいて、一人にしてよ!!って、
 腹が立つこともあるんだけどさ、
 でも不思議とイヤじゃないんだよね・・・、不思議だよね?
 ・・・・家族だからかな・・・・?」
「そかもな・・・・」
「・・・日光は?」
「・・・・?」
「本当に大師のこと目障り?嫌い?」
「・・・・俺は・・・・、俺も、嫌いじゃねーよ・・・。
 まぁ、目障りって思うことがあるのは本当だけどな」
「・・・・そっか」

日光の言葉に伊勢崎は苦笑を浮かべたまま頭を撫でてきた。
彼にとったら自分はまだまだ子供だということだろうか・・・?
日光はブスッとしたまま、

「・・・ガキ扱いすんな」

と、その手を払いのけた。
その時だった・・・・、
日光の横で寝ていた大師の瞼が動き、目を覚ましたのだった。

「・・・いささき?・・にっこー・・・・?」

目を擦りながら小さな口を動かす大師に、
日光は今、自分が伊勢崎にされたように子供の頭を撫でた。
するとハッと何かを思い出したらしい大師が、
クシャリと顔を歪ませ、大きな瞳に涙を沢山溜めはじめた。

「・・にっこー・・・ひっく・・大師・・・、大師ね」
「・・・・なんだよ?」
「大師、なにか悪いことしちゃったの?
 にっこー、大師のこと嫌いなの??目障りなの・・?」
「・・・・!!」

あれは自分のつまらない嫉妬から出た、汚い言葉だ。
けれど幼い大師にどう説明すれば分かってもらえるのか・・・・?
日光が言葉に詰まらせていると、不意に伊勢崎が口を挟んできた。

「日光のお腹にねぇ、悪い虫さんが居たんだよ」
「・・・悪い虫?」
「そ!大師もたまに悪い虫が住み着いて皆を困らせるだろう?」
「・・・・うん、それでいささきにおしりをペンペンされちゃの」
「そうでしょ?今日の日光はあの時の大師と一緒だったんだよ!
 でも大丈夫!もう日光の中に居た虫は追い出したから!」
「・・・・いささきがにっこーのおしり、ぺんぺんしたの?」
「・・・え?・・・あー・・・うん、・・・そう!」
「・・・・おい、伊勢崎」

大の大人に尻叩きはないだろうと、咎めようとしたが、
伊勢崎の話を聞き終えた大師が目をキラキラさせて日光を見てきたので出来なかった。


「にっこー!」
「・・・なんだよ?」
「にっこー、大師のこと好き??」

目を輝かせながら聞いてくる子供に日光は言葉を詰まらせる。
が、ここで嫌い、といえば振り出しに戻ってしまうし、
かといって素直に答えてあげるほど日光は真っ直ぐな性格もしていない。

「・・・・まぁ、嫌いじゃねーよ」
「ほんと!?」
「・・・ああ」
「大師はね!にっこー好きだよ!」
「そいつはありがとよ・・・・」
「にっこー、大好き!!」

『好き』と言ってあげていないのに、
『嫌いじゃない』だけで嬉しかったのか、
大師は満面の笑みで日光の膝に乗り上げてきた。
そして日光のほっぺに小さな手を添えると、
チュッと、音を立てて唇にふれてきた。


「・・・・!!?」

唇は一瞬では慣れたが一向は唖然としてしまっていた。
大師は相変らずニコニコしている。

「チュウはね、しんあいの証なんだって!」

自信満々にいう大師に、日光の方眉が上がる。
大師の行動に苦笑いを浮かべている伊勢崎が、優しく語りかけた。

「・・・大師」
「なぁに?」
「それ、誰に聞いたの?」
「?????なにが???」
「キスは親愛の証ってやつ」

伊勢崎の質問に日光へ振り返ると、
まったくだ、と顔をした日光も小さく頷いていたので、
大師はニッコリと微笑んで教えるのだった。

「かめーど!かめーどに聞いたの〜!
 大師はいささきもにっこーも好きだからチュウしたの!」

その瞬間、顔を真っ赤に染めた伊勢崎は、
亀戸の名前を叫びながら日光の部屋をけたたましく出て行ってしまった。
残された大師はきょとんとしながら日光を見上げる。
日光はそんな大師の頭を撫でながら、小さくため息を吐くのだった。

「(ったく!あのマセガキにも困ったもんだ・・・)」


おかげで大師に失言はするし、変な夢も見た。
あの夢が正夢になることはないと分かっているが、
もし大師が西板線として存在していたら、
一体、自分たちはどうなっていたのか?
あの夢と同じく、大師に迫られるのか、
それとも大師と伊勢崎を取り合うのか、
それとも同じ東武だけれども離れているあの路線と大師が・・・・・。

そんなことを考えて日光は頭を小さく横に振る。
『もし』は考えても仕方がない。
大切なのは『今』と『これから』だ。
けれどもあの夢を見た今では、
日光は『大師』が『大師』でよかった、と胸を撫で下ろしながら、
大師の頭をより一層、強く撫でるのだった。


大師がキャッキャッと笑う中、
遠くから伊勢崎の怒鳴り声が聞こえてきて、
心のどこかで平和だなぁ・・・、と思いながら・・・・。


2011/6/11


ありがとうございました。 日光の嫉妬話(?)ですかね??? 大人な大師は性格がちょっと悪いといいな、という希望です☆ 戻る