〜文明機器は苦手です!〜



「・・・・あー??どーやんだ??んん??」

ベンチに座りながら日光が慣れない手つきでなにやら黒い物体を弄っていると、
そこにはにこやかな笑顔を浮かべたJRの宇都宮と高崎が通りかかった。

「やぁ、日光」
「・・・・お前、さっきから何やってんだ??」

手に小さな機械を持ったまま格闘している日光に、
宇都宮は小ばかにしたような顔で、
高崎は怪訝そうな顔で見下ろす。

「・・・うるせーなぁ。俺は今忙しいからお前らの相手なんてしてる暇はねぇ!」
「ふぅん?忙しいんだ?」

シッシッと日光が手で追い払おうとしたら、
宇都宮は顎に手を当てて面白そうに日光の手元に視線を移した。
それにつられ高崎も日光の手元を見やると、
そこにはかねてから『貧乏』と名高い彼に似つかわしくないものが握られているではないか。

「・・・それスマートフォンか?」
「みたいだねぇ・・・、それ君の?」

驚きに目を見張る高崎に対し宇都宮は相変らず小ばかにした態度だ。
日光は小さく舌打ちをしながら小さく頷き、
さらには文句あるのか?と凄んで見せた。

「文句はねぇけど・・・」
「そうだね、文句はないけど・・・驚いたね」
「あ!?」

日光としては、『自分は忙しい』のであくまで立ち去ろうとしない二人が腹立たしくて仕方ない。
不機嫌そうに顔を上げてより一層、鋭く睨むが二人は珍しそうに日光の手元を除き見ていた。
そしてしみじみと高崎は言うのだ。

「だってお前ら、今の今まで携帯電話なんて持ってたかったよな?」

そう、確かに『東武』は今まで携帯電話を誰一人として持っていなかった。
そんなものなくとも無線や普通の電話、もしくは公衆電話で用は足りていたのというのもあるし、
なにより・・・・・。

「しつれーなこと抜かすな!!
 確かに携帯電話は持っていなかったがポケベルは持ってたぜ!?
 それで十分だったしな!!」

日光はベンチから立ち上がり、背の高い二人を射殺さんばかりに睨んだ。
そして日光の「ポケベル」発言に、


「・・・・−−−−、あー・・確かに・・・」
「持ってたかもねぇ・・・、今時?って思ったもんねぇ・・・」

と、高崎は哀れみと驚きを要り混ぜたような顔で、
宇都宮は完全に哀れみの目で日光の眼光を受け止める。
そうした二人の態度に日光の腸が煮えくり返ったのは言うまでもない。
そして野良猫のように毛を逆立てはじめた日光を、
宇都宮はまるで気にすることもなく話し続けていた。

「だからだよ?」
「あ!?」
「・・・・いままで携帯を持たなくても君たちは平気だったんでしょ?」
「・・・・まぁな・・・それが?」
「それがって・・・、今まで携帯を持ってなかったヤツが急に携帯、
 しかも最新機種を持ってたら俺だって、宇都宮だって気になるぜ?」
「あー・・・、そういうことか・・・」

高崎の言葉に日光は「ああ」と納得した。
ウザイと思っていた二人の視線はそういう意味だったのだ。
もちろん、小ばかにしていたのもあるのだろうが、
それよりもなによりも自分が最新の携帯を持っていたことに驚きと興味を示したのだろう。

「なんで急に携帯を持ち始めたんだよ?」
「・・・・伊勢崎に内緒で逢瀬を重ねる相手にねだられたのかな?」

真剣な顔で疑問を口にする高崎に対し、
宇都宮はやはり宇都宮だった。
日光はコメカミに血管を浮き立たせながら「違う!」と怒鳴り、
携帯を持ち始めた経緯を話しだすのだった。
・・・・・東武意外は全て敵、という彼にしては珍しいことだが、
別に隠すことの程でもないと判断したのだろう。

「・・・俺だけじゃねーよ」
「・・・・???」
「何が???」
「だから!!携帯を持ち始めたのは俺だけじゃねー!!
 伊勢崎も!鬼怒川も!野田も!大師も!!それから東上系列も持ち始めた!!」
「・・・へぇ?」
「そーなのか??」

日光の怒鳴りながらの告白、ではなく説明に二人は同じような驚きの顔をしてみせる。
それはそうだろう。
「貧乏」と有名な「東武」がそんな太っ腹な真似をするとは大変珍しいこともあるものだ。

「2012年にはスカイツリーも出来るし、
 東上んとこはメトロ経由で東急といろいろ始まるしな!
 それで必要に迫られて仕方なく持ち始めたんだよ」
「ああ・・・・」
「なるほどねぇ・・・・」

日光の説明は十分すぎるほど二人を納得させるものだった。
確かにスカイツリーが観光地としてオープンすれば色々忙しくなるだろうし、
ポケベルや公衆電話だけのやり取りでは大変なのだろう。
東上線にしてもそうだ。
間にメトロがいるとはいえ東急と連絡する時に東武側に携帯がないとあっては、
いろいろと問題が生じそうだ。

「君たちもようやく明治から大正へ走ってきたんだねぇ・・」

宇都宮が小ばかにした顔で微笑めば、
高崎が「せめて大正から昭和にしてやれよ」とあまり嬉しくないフォローをしてくれていた。
明治にも大正には携帯電話はねーだろ!と、もちろん日光は頭にきたが、
自分は今この二人を相手にしているヒマはないのだということを思い出し、
もう一度シッシッと手で二人を追い払うと、
再び携帯電話と睨めっこを始めた。
だが日光のそんな行動だけで二人が去るハズもなく・・・・。

「で、お前はさっきから何を悩んでんだ??」

と、高崎は日光の電話を見ながら口にした。

「・・・・・・」

けれど日光は言いたくないのか一瞥しただけでなにやら携帯電話を弄繰り回している。
すると何かに気がついたらしい宇都宮はスッと手を伸ばして日光から携帯電話を取り上げると、

「・・・・で?」

と、読めない笑顔を浮かべながら聞いてきた。
電話を取られあっけに取られていた日光だが直ぐに我に返り「返せ!」と喚くが、
いかんせん彼ら二人は背が高いのだ。
頭上に持ち上げられてしまえば取り返すことかわず。
日光は諦めのため息を吐きながら渋々答えるのだった。

「てめぇはもうわかってんだろ?宇都宮」
「ふふっ、まー、ね。でも君の口から直接ききたいんだよ。
 なにせ高崎はまだ分かってないみたいだから、ね?」
「あ、・・あぁ・・、おう!」
「はっ!本当にお前は嫌なやつだよ!ま、いいさ!こればっかりは聞いたほうが早いだろうし」
「だから何が????」

高崎は本当に分からないのだろう、二人のやり取りをポカンと見つめている。
そんな様子に宇都宮は(可愛いなと)目を細めていたが、日光は不機嫌そのものだった。

「・・・いちゃつくんじゃねーよ」

小さな声でそう呟くが、宇都宮はただ笑うばかり。
日光は諦めのため息をつき、高崎のために説明を交え喋りだした。

「・・・俺らはいままで携帯なんざ持ったことがないからメールの仕方がわかんねぇんだよ」
「あ!」

その説明だけで合点が言ったのか高崎はポンッと手を叩く。
宇都宮はにこやかな顔で「そうだよねぇ」と言いながら、
日光にメールの仕方を教え始めた。
・・・・珍しいこともあるもんだ、と高崎が思ったのは言うまでもない。
まぁ、のちに宇都宮が親切に教えたのは、
日光がメールのやり方を覚えて、
宇都宮が彼に『今、伊勢崎と一緒だよ』とメールを送ったときに、
彼がすっ飛んでくるのをからかいたかっただけ、という理由を知るのは半日後のこと。
聞かなきゃよかった、と思い、
同時に日光と伊勢崎が不憫でならない、と思うのはそれから1週間後、
そう、宇都宮が本当にその悪戯を仕掛けたときである。


「・・・・でここをこうしてこうするとメールは送れるんだよ」
「はぁ・・・、成る程ねぇ・・・、文明の機器はすげーな!」
「文明の機器って・・・、電車だってそうだろーが」
「ま、言葉だけじゃ分からないだろうし、なんなら僕が1通、誰かに送ってみせるけど」
「・・・あー・・・、そのほうがいいか・・・んじゃ」
「うん?」

なにやらブツクサ考えている日光を宇都宮が相変らずニコニコ笑って見守っている。
なんだか面白くない、と高崎は少しだけ思ったが、
あの笑顔はよくない笑顔のそれでもあるのであえて口は噤んでいた。

「そうだな『東上に・・・』」
「はいはい・・・東上っ、と」
「『あとチーズも買って来い』」
「(ちーず??)」
「・・・・チーズ・・っと」
「『飲み物はジュースは癖になるから必要ない。茶葉にしろ』」
「はいはい、茶葉ね・・・、茶葉っと」
「・・・なぁ、日光」
「あ?あ、宇都宮以上だ」
「はいはい・・・送信っと」

液晶パネルを操作しながら宇都宮は「はい」のところに指を当てていた。

「は!?送信???誰に???」

一体誰に?と日光は慌てて画面を見つめるが、メールは既に送信されてしまった。
宇都宮は悪びれる様子もなく、

「君が最初に『東上』って言ったから彼に送ったよ?あれ??ちがったの??」

ニコニコ笑顔の宇都宮に反し日光は青くなっていく。
そして、

「ちっげーよ!!その内容のメールを東上に送っとけ!
 って伊勢崎にメールするつもりだったんだよ!!」

と怒鳴った。
高崎はなんでわざわざ回りくどい、と思ったが宇都宮はそうではなかった。
彼は知っていたのだ。
日光と東上の折り合いが悪いことを。
だから彼が東上にメールを送ることはない、と分かっていたが、
日光が『東上に・・・』と言葉を発した時点で東上にメールを送ろう、と心に決めていた。
だから宇都宮はわざとらしい笑顔で、

「ああ、そうだったんだ。ごめんねぇ?」

と心にもない謝罪を口にした。
日光は青い顔で宇都宮から渡された携帯を見つめていた。
ああ、一体どんな返事が来るのか・・・考えただけでも嫌だった。
ガックリと肩を落としていれば、高崎はずっと疑問に思っていたことを口にする。

「なぁ、日光」
「・・・なんだよ・・・・?はぁ・・・・」
「チーズとか茶葉とか・・・一体なんなんだよ?」
「ああ、それは僕も気になってた。住んでる場所が違うのにってね」
「・・・んなことかよ・・・」

そんなことが気になるなんてJRは暇人だな、と思いつつ、
もう送ってしまったメールを気にし、返事を暗く待つよりは、
誰かと会話しながら待つほうがいいかもしれない、と日光は二人に教えるのだった。

「・・・明日、会議があんだよ。だから東上とそのおまけがくるんだ」
「ああ、なるほどね」
「んでガキども・・・、大師や佐野や亀戸・・、
 あと越生がたこ焼き食べたいっつーから会議の後やるんだよ」
「・・・・たこ焼きの材料には聞こえなかったぞ?」
「・・・タコは高いからな、たこ焼きのタコなしで作るんだよ。
 そのかわり違う具財を入れんだ。チョコとか、てんかすとか、チーズとか・・・。
 ガキが好きそうなやつ・・・、で、チーズを頼むの忘れてたことに気がついたんだよ」
「・・・たこ焼きタコなしって・・・、ただの『焼き』じゃねーか」
「確かにねぇ・・・、でもそれで君が携帯と四苦八苦していた理由が分かったね」
「てめぇが台無しにしたけどな・・・っと、うわっ!返事が来た」

日光が液晶画面を見ると確かにメールマークの画像が映っていて返事が来たことが分かる。
しかもその画面には「東上」とあるので、やはり宇都宮は彼にメールをしたようだった。

「さてさて!何て返事かな??」
「・・・・たのしそうだぞ、宇都宮?(キラキラしてる)」
「高崎の気のせいだよ。」
「そうかぁ・・・?」

まるで埼京を苛めてる時みたいだ、と高崎は思ったがそれ以上は言わなかった。
それよりなにより高崎も返事の内容が気になったのだ。
犬猿の仲の相手からのメールにどう返してきたのだろうか?

日光は携帯の画面を見ながら口に出して返事の内容を読むのだった。

「どれどれ・・・?えーっと・・、
 『のみもののけんはわかつたまるちいすはとろけるやつかくえつしよん』
 ?????どういう意味だ????」
「そうだねぇ・・・多分、
 『飲み物の件はわかった。チーズはとろけるやつか?』かな?」
「おおっ!『まる』は『。』で『くえつしよん』は『?』か!
 で、小さい『つ』とか濁点ができねーワケだな!
 ははっ!あっちもも苦労してるみてーじゃん?よかったな、日光!」
「はぁ!?何が良かったんだよ!?こんなの解読不可能じゃねーか!
 だいたい『くえつしよん』じゃなく『はてな』にしろ!そっちのがわかりやすい!」
「そういう問題じゃないと思うけどねぇ・・・」
「だいたい日光は宇都宮に打ってもらってたしな。文句は言えねーだろ・・・」
「うっせーよ!!・・・ん?今度は伊勢崎からだ」
「ああ、本当だねぇ・・、なんだって?」
「あー?ああ・・・えっとぉ・・??んん???
 『おつかれさま帰里似煮干尾勝手来手』・・・なんじゃこりゃ?」
「・・・・こっちは『おつかれさま』以降、完全に解読不可能だな?なんて書いてあんだ??」
「・・・そうだねぇ・。里のまえに帰があるから、ここは『帰り』かな?」
「なるほどな・・・、じゃ、この似は『に』か??
 んでこうしてあーして・・・・、『帰りに煮干を買ってきて』か?」
「バカか伊勢崎は!!なんでいきなり漢文デビューしてやがんだ!!」
「・・・まぁ、それでも自分で打ったみたいだから君よりマシなんじゃない?」
「うっせー!!」

そうして人のメールに文句散々言っていた日光だが、
この後もしばらく四苦八苦したがなかなかメールは上達しなかったそうだ。
それはもちろん伊勢崎にも東上にも当てはまることで、
周りの鉄道会社は彼らからのメールを解読するのにいつも苦労していたという。
しかしどういうわけかその解読不明なメールも東武の間では直ぐに解読されたのだった。
メールが苦手なもの同士、そこはお互い努力したのかもしれない。




2010/12/19


ありがとうございました。 東武は新しいものが好き、というのをどこかで見かけたので作ってみました。 電車の液晶画面とか、今は見かけなくなりましたが、 昔は東武や営団の服を着た車掌さんが映るやつとかありましたよね?? 東武はそういうのを取り入れていたけど、あまりにも悪戯が多くて止めたとか何とか・・・。 と、いうわけで新しいもの好きの東武、ということでスマートフォンを持たせてみました。 でも使いこなせず苦労してます、というお話。 戻る