有楽町と副都心がそれを見かけたのは1カ月ほど前のこと。
彼がソレを持っていたことは大変珍しく、驚いたものだ。
二人は顔を見合わせ、少しだけ急ぎ足で彼の元へ向った。
ベンチに座り、真剣にソレと向き合いながら彼、東上はメールをしているようだった。
今まで東上が持っていたポケベルでは急ぎの時の連絡がなかなかつかず大変だったが、
彼が携帯電話を持ち始めたのなら色々便利になりそうだ。
自分たち二人は直通相手だし、きっと東上もアドレスを教えてくれるに違いない。
だから二人はどちらともなく近づいた東上に言ったのだ。

「アドレス教えて」


と・・・。
けれど東上の答えは

「教えられるわけねーだーろが!」

だった。


ピキンッ、と二人が固まってしまったのは言うまでもない。




〜文明機器は苦手です!2〜





・・・・1ヵ月後。





「あ、先輩。東上さんからメールですよ」
「・・・本当だ・・・えーっと・・・ははは」
「ふふ、・・・・・相変わらずですねぇ」
「そうだな・・・えっと??
 『わいとえふえまるこめんすこしおくれるまるさきにいつててくれまるとうしよう』」
「・・『わいとえふえまる』はYとFへ。ですね、毎度の事ながら・・」
「そうだな・・で、次が・・・『ごめん少し遅れる。』だよな・・・?」
「そうでしょうね・・・それで『先に行っててくれ。東上』ですかね??」
「きっとそうだな・・・、なら先に休憩室に行ってるか」
「ですねー」


場所は和光市の駅。
3人は時折こうして一緒にお昼を食べたりしている。
なぜなら1ヶ月たってもメールの腕が上達しない東上に二人が教えているからだ。
最近はなんとは数人に同時に送る、という技を身に付けた東上だが、
いかんせん今だに漢字変換ができないのである。
おかげでメトロの二人は解読に少しばかり手間取ってしまうのだ。

「・・・それにしても・・・・、
 数人に同時メールのやり方は出来るのにどうして変換は出来ないんですかねー?」
「(確かに・・・)ま、まぁ・・今の今までポケベルっ子だったからなぁ・・?」
「しかも僕と先輩のこと『Y』と『F』ですしね・・・、ひらがなの!」
「・・・東上のやり方だとひらがなで有楽町、副都心って打つより、
 ひらがなで、わい、えふのほうがはるかに楽なんだろ・・・多分」
「ああ、なるほど・・・でもいつも『へ』が『え』ですよねぇ・・」
「そういわれれば・・・・」
「・・・まぁ、でもこれなら確かにしばらくの間、
 僕たちにアドレスを教えてくれなかった理由も納得できますね」
「・・・ははは」



そう、東上が携帯電話を持っているのを初めて見かけたその日、
アドレスを教えてくれと頼んだら彼の答えは、

「教えられるわけねーだーろが!」

だった。
それはもう、ものすごい剣幕で二人はその日それ以上は何もいえなかったが、
それから1週間位して池袋で埼京線に出会ったときだった。
なんと、彼は昨日、東上からアドレスを聞き出したというのだ。
埼京には教えてどうして自分達には教えてくれないのだろう?と、
いうことを埼京に言い、この前のことを話したら、彼はケラケラ笑って、

『僕もそう言われて断られたけどね、粘ったの』

と言っていた。
さらに続けて、

『それに東上の「教えられるわけねーだーろが!」に深い意味は無いよ。
 だってその言葉どおりの意味だもん』

と言う彼に有楽町も副都心も首を傾げた。

『東上ねー、携帯持ったの初めてだから使い方がぜんっぜん分からないんだって!
 でね!だから当然なんだけど、自分の番号もアドレスも見方が分からないらしいよ?
 つまり「教えられるわけねーだーろが!」は、
 自分の番号を自分でも分からないからって意味なんだよ』

埼京の言葉に有楽町と副都心が手を叩き、それからふたりで苦笑しあった。
そして埼京とわかれ、やはり池袋に来ていた東上からアドレスと番号を聞きだすことに成功し、
そして今、彼のために携帯電話のレッスンをしているのである。





「東上さんって良くも悪くも素直ですよねー。
 それがメールの変換とかを出来なくしているんですかね」
「まぁ、昔はボタン一つで漢字変換なんて出来なかっただろうしなぁ・・、あ、きたかな?」

扉の向こうからバタバタ走る音が聞こえてくる。
足音が近づいてきたと思うと同時にバタンと扉は開き、
息を切らせた東上が「すまん!」と入ってきた。

「悪い!二人とも!出掛けにコンロが壊れちゃってさ〜、
 あわてて本社に連絡入れてた」

東上は息を切らせたまま有楽町の横に腰掛けた。
有楽町の正面には副都心が座っている。
お茶は予め3人分用意していたので、東上は机の中央に持ってきたお弁当を広げた。
携帯電話の使い方を教えてもらうかわりにこうしてお昼はお弁当を振舞っているのだ。

「コンロが壊れたのにお弁当は作れたのか?」
「ん?ああ・・、殆ど出来上がってたから。
 ただ玉子焼きだけは焼けなかったけどな」

苦笑しながら東上が弁当箱を開けると、確かにいつもは入っている出汁巻き卵が入っていなかった。

「おや、本当だ。それじゃあ仕事が終わったら買いに行くんですか?
 あ、東武の方が買ってきてくれるんですかね??」
「あー・・・、それがなぁ・・・」

副都心の質問に東上はなんともいえない苦い顔をする。
有楽町が「どうしたんだ?」と聞けば、やはり複雑な顔になる東上。

「本社に連絡入れたらさ、すぐに新しいのを用意してくれると思ったんだよ、俺も」
「・・・・用意してくれそうもないんですか?」
「いや、それはないだろ?東上のところにコンロがなかったら大変だし」
「そうだよなー。なのに本社のお偉いさんの返事がさ」
「なんだったんです?」
「『聞いてみるから待ってて』だそーだ」
「はぁ?聞くって何を聞くんだ??」
「さぁ??俺もさっぱりでさ・・・あ、メールだ・・・、伊勢崎?」
「伊勢崎さんからですか??珍しいですねー」
「そうか?最近は一日に1回、練習がてらしてるぞ?えっと・・・?」

仲の悪い本線と1日に1回とはいえメール・・・、
有楽町はなんだがホロリとしてしまいそうになった。
気分はまるで母親・・・、と伊勢崎からのメールを横から見てみるのだった。
副都心も身体を乗り上げ東上の電話の液晶画面を見る
そしてそこには・・・・。



『焜炉見津買田世仕事我終輪田羅持手行苦朝霞台出待手々伊勢崎』


「・・・うわぁ・・・見事な漢文ですねー」
「解読不可能だ・・・なんて書いてあるんだ??」
「『コンロ見つかったよ 仕事が終わったら持っていく 朝霞台で待ってて 伊勢崎』だろ?」
「おやま!一発で解読しましたよ??」
「(メールが出来ないもの同士だからこそなせる技か??)すごいな、東上」
「それにしてもコンロが見つかった、って中古ですかね??」
「見つかった、ってんだからそうだろうな」
「東上はいつも中古なのか??」
「そんなわけ・・・ま、まぁたまにはあったが最近は新品を支給してくれてたぞ??」

なんで中古なんだろう?と東上の眉間に皺がよる。
そしてそういえば・・・、と東上は最近思ってたあることをメトロの二人に言うのだった。

「俺、最近不思議に思ってたことがあってさ」

険しい表情で持っていた携帯電話をコトンと机の中央に置く。

「コレもなんだけどさ」
「これって携帯電話のことか?」
「ああ、今までこんなもの必要ないってんで支給しなかったのに急に支給してきただろ?」

神妙な面持ちで話し始める東上に有楽町も副都心も小さく頷いて先を即した。

「で、さ。ちょっと前に遡るんだけどこの前の大雨で宿舎が雨漏りしたんだけどさ」
「ああ、いつもは東上さん、自分でなおしてますよねー」
「まぁな。でもあの時は珍しいことに東武の職員が直しにきてくれたんだよ。
 その時の一言が『もう直ぐお別れとはいえまだ住むからきちんと直さないとね』って」
「どういう意味だ???」
「俺もわかんねー。で、さ、俺んとこ最近『ATC』を付け始めてるの知ってるか?」
「そういえばそうでしたね」
「もう直ぐお別れだけどって言葉、ATC、携帯電話、中古のコンロ・・・、
 なんかいやな予感がするんだよ」
「いやな予感って??」

東上はその時、真っ直ぐに副都心を見つめた。
そのことに副都心は首をかしげ、有楽町を見るが有楽町も首を傾げるのだった。

「副都心、お前・・・」
「???なんです??そんなに見つめられると僕、照れちゃうんですけど☆」

真剣な東上の目に茶目っ気たっぷりで話す副都心。
いつもならここで東上の鉄拳が飛んできそうなものだが今回は何も起きなかった。
横で固唾をのんで見守ってた有楽町がポカンとしてしまうほどに東上は副都心を見つめ続けている。
そして何回か瞬きした後に東上は先を話し始めた。

「副都心は2012年に東急と繋がるよな?」
「??ええ、その予定ですけど?」
「俺はさ今までお前と東急が直通した時、来ても和光市までだと思ってたんだけど、
 最近、特に今の中古コンロでいやな予感が頭を過ぎったんだよな」
「いやな予感って?」

有楽町が真剣な目の東上にあわせ、真剣な顔で聞いた。
東上は副都心を見つめていた視線を有楽町へと移し、小さく頷きながら答える。
そして東上から出てきた言葉は・・・、

「東急ってひょっとして俺の路線も走る気なんじゃねーかな、って」

というものだった。
当然ながらそうなるであろう事は副都心の開業当時から予想していた二人は、
ズルリとずっこけそうになってしまう。

「・・・・・は?(今さらですか??)」
「へ?(気づくの遅すぎだぞ〜??)」
「ぜってーそうだ!!ATC導入の説明はそれしかつかねーし!」
「・・・」
「・・・」
「東急と繋がるって事はなんかよくわかんねーけどどっかで、
 メトロの半蔵門とかってやつとどうにかなって、
 半蔵門ってヤツと繋がってる伊勢崎と俺が直接じゃねーけど繋がってる感じになって!
 で、この際だから今まで分かれてた俺と本線たちの宿舎を一緒にしちゃおう!
 って魂胆な気がするんだよ!2012年なんてすぐだから、だからコンロも中古で、
 で、東急とメトロ経由でつながるわけだから、
 携帯くらい持たせようってことになったんじゃねーのか??
 冗談じゃねーよ!!これ以上『誰か』が増えてたまるかってんだ!!
 だれだーーー!!余計なことしようとしてるヤツは!!!」

バンッと机を叩き一気に叫ぶが如く話し終えた東上に、
有楽町は引きつった笑顔で「まぁまぁ」と宥め始めた。
そして当事者である副都心も珍しく引きつった顔をしている。
最近は収まりつつあった東上のヒステリーがこの事実によって復活しそうな予感がしたからだ。

「・・・よし、今度本線に言った時に聞いてみるか・・・!
 中古のコンロを探したって事は伊勢崎が何か知ってそうだし・・・」
「(知ってても黙っていそうな気がしなくもないぞ、東上)」
「(伊勢崎さんも東上さんがこうなるのがわかってるから黙っているような気が)」

と三人が三人ともゲッソリした顔をしていたが、
有楽町の「とにかくお昼にしようか?」という一言でとりあえずお昼ご飯にすることにした。
・・・そしてその時、机の上に置きっぱなしであった東上の携帯電話がブルッと震える。
どうやらメールが届いたようで、その相手を確かめるなり東上の顔は険しくなった。

「・・・誰からです?」
「日光・・・」
「(うわっ!!)へぇ〜・・?日光ともメールするんだ??で、なんて?」
「・・・見てみるか?」

東上は二人に見えるように机の上に電話を置き、日光からのメールを見せた。
そのメールにメトロの二人は噴出しそうになり慌てて自分の口元を手で押さえる。



『スクランブルれんらく!きゅうきょかいぎがきまったからつたえる!
 トウモロウのごごななじしゅうごう えんど にっこー』


あの日光が送ったとは思えない文だった。
有楽町はにやける顔を何とか押さえ込み、真剣な顔を作って東上を見る。

「・・・東上?これは・・・?」
「まるでルー大○みたいですねぇ・・・、
 『緊急連絡!急遽会議が決まったから伝える!明日の午後7時集合 以上 日光』
 ですかね????解読は一番楽ですねぇ・・・」
「あいつのメールはいつもこんなだ。最初のメールはキチンと文になってたのに」
「へー?どうしたんだろうな?」
「最初のは誰かに打って貰ったんじゃないですか?」
「なるほど・・・」
「まぁ、明日会議があるなら丁度良い・・・、真実を聞きだしてやる!!」

黒く笑う東上に有楽町は伊勢崎が何もいわないことを願って、
『嗚呼、明後日は平和でありますように』と痛みはじめた胃をさするのだった。


2010/12/26


ありがとうございました。 東上のお話でした。 次は伊勢崎でこのお話は終了です。 半蔵門を出すか、宇都宮と絡ませるか悩み中です・・・・。 戻る