〜雨と雷〜

一日の仕事を終えて宿舎に戻れば伊勢崎が電気もつけずに窓際に佇んでいた。
夏の夕方だというのに夕立でも近づいてきているのか、窓の外は異様に暗い。
こんなくらい部屋、電気も付けず何を黄昏ているのか?、
小さいため息とともに日光は伊勢崎に声をかけようと電気をつけた。
暗かった部屋が急に明るくなったことに驚いた伊勢崎は、
パッと部屋の入口に振り向き入口に立っている日光を見つけると、
なぜか少しだけ安堵したような表情を浮かべる。

「お帰り、日光」
「ああ・・・、お前、電気も付けないで何やってんだ?」
「何もしてないよ。強いていうならボーっとしてただけ」
「だから何でボーっとしてたんだよ?」
「何でって言われても・・・・」

伊勢崎は困ったように笑いながら窓の外をもう一度見た。

「伊勢崎?」
「・・・空が暗いし、雨が降りそうだよね」
「??あー・・・、そうだな。洗濯物取り込まなきゃな」
「さっきやっといた」

自分の足元を指差す伊勢崎。
確かにその足元には洗濯物の山があった。
結構な大所帯だから洗濯は毎日が必須な東武本線宿舎。
おまけに「子供」も多いから洗濯物は余計に増えるのだ。
伊勢崎はそれをどうやっているのか、大層な量の洗濯物を1回で取り込んでしまうのだ。
しかも洗濯物の籠を使わずに取り込んでいるときもある。
小柄なくせにどうしてこんなことが出来るのか?日光はいつも不思議で仕方がない。
どうやら今回も籠を使わずに回収してきたようで、
このままでは洗濯籠が雨に濡れてしまうだろうと、
日光はベランダまで行こうと身体を翻したその時だった。


「・・・・ね、日光」

伊勢崎が急に呼び止めてきたのだ。

「ん?」
「暗いし、雷がなるかな?」
「・・・・あー・・、そうかもなぁ・・・」

一体何事かと思って足を止めたというのに会話の内容は「雷」。
もっと別のことかと思っていたので半ば拍子抜けしてしまう。
本当に今日の伊勢崎はどうしたというのだろう?
日光は不振そうに眉間に皺を寄せて伊勢崎に近寄った。

「お前、本当にどうしたんだ?」
「・・・なにが?」
「なんてーか・・・、様子がいつもと違うぞ?しおらしいというか・・」

座っている伊勢崎と視線を合わせるため、日光は腰を屈めた。
顔を覗き込めば伊勢崎は少しだけ青い顔をしていて熱でもあるのかと、
伊勢崎のおでこに手を当てるが、熱くないので熱はないようだ。


「伊勢崎?」

熱はないのにどうしてこんなに青い顔なのか見当もつかない日光は、
らしくもなく多少慌て様子で伊勢崎の名前を呼んだ。
肩を揺らしてもいつものような反応は返ってこない。
いよいよもっておかしい。
けれど日光が伊勢崎の顔を覗き込んだその時、ようやく伊勢崎は反応を示す。
どこか遠くを見つめながら独り言のように呟くのだった。

「雷が鳴りそうなんだ」
「は?」

日光はなかばイライラしながら「だからどうした!?」と叫んだ。
というかその言葉はさっきも聞いたのだ。
「雷」がなりそうだから一体なんだというのだろう?
洗濯物は取り込んだし、例え雷が鳴ろうとも落雷しない限り電車は止まらない。
何も問題はない。
問題はないはずなのになぜ伊勢崎は遠くを見ているのだろう。
日光がイラッとしながら伊勢崎の言葉を待っていると、
伊勢崎はポツっとまた話しだす。

「・・・・ね、日光」
「なんだよ?」
「今日は何日か知ってる?」
「あ?!今日??今日は・・・・8月15日・・・か?
 つーか!それがどうしたんだよ!」
「・・・・雷が鳴りそうなんだ」
「それも3回きいた!だからなんだってんだよ!?」
「空が暗くて、雷がなるとさ・・・なんとなく思いださない?」
「・・・・思い出す??」
「・・・今日は8月15日だよ?」
「・・・8月・・15・・・・」

8月15日。
その日が一体なんだというのだろう??
誰かの開業日だっただろうか??
けど、それなら伊勢崎が暗い理由が思いつかない。
日光は首を傾げていると伊勢崎は小さく笑った。

「・・・終戦の日だよ、日光」
「!!・・・・あ・・あぁ・・・そうか・・・」
「終戦日に雷なんて皮肉だよね。終戦日だからこそ思い出すというか・・」
「・・・・何をだよ?」
「・・・東京大空襲」
「!」

日光は目を見開いた。
東京大空襲があった日にちを詳しく覚えてはいないが、8月ではないはずだ。
けれど8月は終戦の日で、日本のどこか遠くでは原爆が落ちた月だ。
そして雷。
空が暗くなって、大きな音がなって、落ちる・・・それはまるで空襲を思わせる。
そして空襲は8月の終戦記念日によく思い出すものだ。

「・・・もう・・随分昔のことじゃねーか・・・」
「そうなんだけどさ。
 洗濯物を取り込みながら、雷が鳴りそうだな〜、って思ったら思い出しちゃった。
 あの時の悲惨な状況とか・・・・そしたら急に暗い気持ちになっちゃって」

伊勢崎は力ない笑顔を日光に向ける。
そして窓に目を向けると悲しそうな面持ちで言った。

「・・・あ、雨が降ってきたよ」
「そーみたいだな」

膝立ちになっていた日光はドカッと日光の横に座ると、
ガシッと彼の頭に手をおいて力任せに撫で回した。

「!!に、日光??」
「ったく!いやに暗いから何事かと思えば・・・はぁ・・・」
「・・・・ごめん」
「いや、謝んなくてもいーけど・・・。
 俺も時々センチメンタルな気分になる時もあるからな」
「日光も?いつもふてぶてしいのに??」
「・・・おい」
「冗談だよ」

伊勢崎はごめんといいながら小さく笑ったが、その顔はどこかまだ青い。
空襲の悲惨な状況を思い出していたのだから仕方はないが、
もうあの戦争は終わったのだ。
路線だって余程の客不足でない限り「不要路線」のレッテルを貼られ、走れなくなることもない。
日光はため息をはいて、頭をなでていた手を伊勢崎の腰にまわした。

「伊勢崎・・・・」
「・・・なに?」
「あの悲劇を忘れろとはいわねーけど、あんま思い出して暗くなるな。
 大師も、佐野も・・・他の連中もそんなお前を見ると不安になるだろ?」
「・・・日光」
「ただし!」

腰にまわしていた腕に力をこめ更に伊勢崎を近くに抱き寄せると、
伊勢崎にしか見せない笑顔を浮かべて

「俺にだけはいっていいから」

と言うのだった。
他の連中には見せない弱みを自分にだけは見せて甘えてもいい、と日光は伝えたのだ。
伊勢崎は一瞬目を見張ったが、すぐにいつもの笑顔を浮かべて日光の背中に腕をまわす。

「さっすが男前はいうことも男前!」
「当然!」
「うん、ありがとう日光。ちょっと楽になったかも」

伊勢崎はお礼を言いながら日光の胸元に頭を寄せる。
それは大変珍しい行動だったのでがらにもなく日光は内心慌ててしまった。
しおらしく自分に甘えてくる伊勢崎は大変珍しい。
理由が何であれ、これはチャンスかもしれないのだ。
日光は自分の胸にしだれかかっている伊勢崎の後頭に手を添え上を向かせると、
腰を抱いていた腕を放して顎に手を添えた。

「・・・日光?」

伊勢崎の純真な目が日光を真っ直ぐに見つめる。
日光もまたまっすぐに伊勢崎を見つめ、
チャンスとばかりに薄く無防備に開かれた伊勢崎の唇を奪おうとした・・・。





・・・・が。




「いささき〜〜!!!!!」

ドタドタと走ってきたかと思えば、
大師はタックルするように二人の間に割って入りヒシッと伊勢崎に抱きついた。

「大師??どうしたの??」
「いささき〜!こわいの!」
「え??何が??」
「ピカゴロが鳴ってるの!怖いの!」
「ぴかごろ???」

ぴかごろってなんだろう?と横に目線を送れば、
さっきとはうって変わって何故か不機嫌そうな日光が大きくため息を吐きながら、
「雷だろ」と正解を教えてくれた。
窓の外を見れば小雨だった雨は大雨に変わっており、
遠くの空では稲妻が走っていた。

「昔を思い出すの!・・・大師、こわい!ピカゴロ嫌い!」
「・・・昔って・・・」

昔ってなんだろう?ともう一度日光を見れば、
彼はやはり不機嫌そうに、

「お前と一緒だろ」

とまたしても答えを教えてくれた。
伊勢崎は、ああ・・・そうかと納得すると、
さっき日光がしてくれたように大師の頭を撫でてやり、
ぎゅうっと抱きしめてあげるのだった。

「・・・いささき?」
「大丈夫だよ、大師。雷は空襲と違うから。
 空襲はどこにいても怖いけど、雷は皆でいれば怖くないだろ?」
「みんな?」
「そ!今、ココには俺と大師と日光がいるでしょ?」
「うん」
「皆で楽しいこと話したり溶かしてれば直ぐに雷なんてどこかにいっちゃうよ」
「ホント?」
「本当だよ!じゃ、早速遊ぼうか?日光も一緒に」
「は!?俺もかよ!」

めんどくさそうに腰を上げようとすれば、
ギロッとにらまれてしまったので日光は渋々腰を下ろす。
先ほどまでのしおらしさはどこにいってしまったのか?
伊勢崎はもういつもの調子に戻ってしまっている。

「大師、何して遊びたい?」
「しりとり〜」
「しりとりかよ!」
「いいじゃん、別に」

伊勢崎と二人きりのチャンスを見事に潰してくれた大師が提案した遊びにゲンナリしてしまう。
けど、まぁ、暗い影は大師登場で完全に消えたことだしいいか、
と日光は「俺からはじめるぞ」と最初の言葉を口にした。

「最初は・・・伊勢崎!」
「・・え?何で俺の名前???」
「何でもいいだろ?最初は伊勢崎!よし、次は大師、お前だ」
「はーい!・・・んっと・・・き・・き?・・あ!鬼怒川〜」
「次は俺か・・・、鬼怒川・・・?、わ、・・・?え??わ???」

「わ」なんてなんかある??と慌てる伊勢崎に大師は大笑い。
日光もつられるように大笑いをして、
思いつかないなら罰ゲームだ!と二人で伊勢崎の身体を擽るのだった。




大笑いをし、3人で遊んでいるうちに雷はやみ、雨も止んで空には虹が浮かんでいた。
その笑い声の中にはもうあの暗さはどこにもない。
日光は二人に気づかれないように安心した笑顔を浮かべて、
大師と二人、伊勢崎を擽り続けるのだった。



有難う御座いました。 終戦の日だなぁ・・・と思い作ってみた。 LOVEになりそうでならない日光と伊勢崎な感じが好きです。 そしてそれを無意識に邪魔する大師。 2010/8/15 戻る