〜思いがけない贈り物〜
「・・・あれ?東上、具合悪い?」
「は?何言ってんだ、おまえ」
和光市で接続の為に出合った最初の一言がそれだった。
有楽町は東上に向って「具合悪い」と聞いてきた。
けれど東上は気分が悪いわけでも、ましてや風邪を引いているわけでもないので、
なぜそんなことを言われるのか分からなかった。
ひょっとして自分では気がつかないが、顔色が悪いのだろうか?
と有楽町を見れば彼は青い顔で汗をダラダラかいていた。
「有楽町?」
「なに?・・・あ、やっぱり東上、具合悪いだろ?」
「・・・は?」
「だってフラフラしてるよ?あ、フラフラというかグラグラ?」
「・・・・・はぁ?」
自分の一体どの辺がフラフラのグラグラだというのだろう?
こんなにしっかり立っているのに。
それより自分の心配をしている有楽町の方がよほど具合がわるそうだ。
青い顔で珍しく汗をダラダラ流し、心なしか足元が覚束無い。
「俺より、お前はどうなんだよ」
「・・・なに・・が?」
「何がって・・・、お前、顔色悪いぞ?」
「・・・・え?・・そ・・−・・・?」
「それに反応も鈍いみたいだし」
「そんなこと・・・・って・・・あ、・・あれ???」
その時だった。
有楽町はグラッと前のめりに倒れ、東上に圧し掛かってきた。
真面目で常識から外れたことを滅多にしないこの男にしては大胆な行動だった。
まさか人前(?)で押し倒されるとは思っていなかった東上は、
とりあえず蹴りを入れようと倒れてきた有楽町の肩を掴んだ。
「・・・へ?」
思わず出てしまった間抜けな声。
蹴りを入れようとしていた足は行き場所をなくし、仕方なしに地面に戻す。
肩を掴んだだけだったが、それだけで有楽町の体温が異常に高いのが分かったのだ。
「お、おい??有楽町??」
「・・は・・はい〜??あれ??目がまわるー・・・」
「ばっか!おい!有楽町!!」
有楽町の記憶はそこで完全に途絶えてしまっていた。
急に地面が回転しはめ、たっていられなくなり東上に倒れ掛かったことまでは覚えている。
けれど次に目が覚めたらどこかの休憩室のソファーの上だった。
額にヒヤリとしたものが置かれたようで、有楽町は目を覚ました。
重たい瞼を懸命に開けて、ヒヤリとしたものの正体をたしかめたら、
それはどうやら水で濡らしたタオルのようだった。
そして目の前には心配そうに自分を覗き込む東上線。
どうやらココは東武東上線の休憩室らしい。
「・・・あれ??東上???」
声を出せば自分の声は酷く掠れていた。
起き上がろうとしても身体は重く動かない。
心配そうに自分を見ていた東上の表情は見る間に不機嫌なものに変わっており、
バカ!と怒鳴られる始末。
「お前、具合が悪いのになに無茶してんだよ!」
「・・・え?」
「急に倒れるし!意識なくすし!心配するだろ!」
「・・・・うそ・・・」
本当だろうか?
確かに今朝から身体がだるいな、とは思っていたが・・・。
そういえば和光市に着いたとき、東上がグラグラしていたのを思い出す。
もしかしてアレは東上がグラグラしていたのではなく、
自分がグラグラしていたのだろうか?
「お前、39度も熱があるのに平気な顔して働くなよな〜」
東上はなかば呆れ顔でおでこにのせているタオルを交換してくれる。
熱が高いせいで直ぐに熱くなってしまうようだ。
「・・・39度?」
「自分の具合が悪いくせに、俺に『具合悪いの?』とか聞いてくるし!ほんとバカだな!」
「・・・・うぅ・・・」
タライのなかに張ってある氷水にタオルを浸し、絞る。
それを広げおでこサイズにたたむと東上は不機嫌な顔でベシッと有楽町の額に乗せた。
「いてっ!」
「ふん!」
病人に対する仕打ちとしては酷いものだが、
それだけ彼が心配したということかもしれない。
人一倍、誰かを失うことに臆病な彼に怖い思いをさせたのかもしれない。
そう思うと有楽町はなんだかいたたまれなくなってしまう。
「・・・夏風邪だってよ」
東上はタライの横に置いてあったスポーツドリンクの蓋を回しながら呟いた。
「????」
「だから!お前の病名!」
「あ・・あぁ・・・そっか・・・」
有楽町が掠れた声で咳き込みながら返事をすると、
東上は唇を引き結んで無言でスポーツドリンクを差し出してきた。
「お前、頭よさそうなのに風邪引くんだな!」
「・・・・・え?」
どういう意味だろう?と首を傾げれば、
東上は更にスポーツドリンクをズズイと前に差し出しそっぽを向きながら言う。
「だって夏風邪ってバカがひくんだろ?」
「・・・・ああ・・・そういう意味・・・」
それはタダの迷信だよ、と言おうとしたが、
有楽町は何を思ったか、熱で赤い頬を少しだけ緩め、
タオルケットから手を出して東上の手を握り締めるのだった。
「・・・・熱い」
「・・熱があるからね。それより東上、やっぱ俺はバカだから風邪を引いたみたいだ」
「・・・・は?」
「俺、バカなんだよ?」
「お前が??」
信じられないのだろう。
東上はジトーという目つきで有楽町をみてきていた。
「お前がバカだったら俺はオオバカになるんじゃねーのか?」
不機嫌そうに自分を「バカ」と認める東上はすごいと思う。
実際、東上は「バカ」ではないとは思うのだが、
自分では「バカ」だと思っているのだろう。
有楽町は苦笑を浮かべながら掴んだ東上の手の指に自分の指を絡ませる。
ギュッと握り締め、自分の頬に近寄せるとその冷たさが熱い頬に心地よかった。
「東上、俺はね」
「・・・・ああ」
「俺は・・・東上バカなんだ」
「は!?」
熱でどうにかなってしまったのだろうか?
いつもヘタレな有楽町がキザな台詞を吐いているではないか。
東上は顔を真っ赤にそめて口を何度もパクパクさせる。
「東上バカだから風邪引いたのかも・・・・。ね、どう思う?」
頬にもってきた東上の冷えた指先に唇を寄せる。
東上はビクッと全身を一瞬震わせ、次の瞬間には強引に有楽町の手を振り解いた。
そしてバチンと、多少の力加減をして有楽町の頬を叩くのだった。
「いってぇ・・・」
「は・・恥ずかしいことするからだ!!」
「恥ずかしいって・・・酷いなぁ・・・、本気なのに」
「熱で頭が沸いたのかよ!?コレ飲んでサッサと寝ちまえ!!
メトロには連絡しといたから!!」
東上は三度、スポーツドリンクをズズイと突き出した。
「・・・はいはい・・・あ、これ東上が買ってきてくれたの?」
「他に誰がいるんだよ?」
「そうだけど・・・ごめん。後でお金を払うから」
「はぁ!?」
有楽町は東上の台所事情を知っているので、何気なしに言ったのだが、
どうやら東上のご機嫌は損ねてしまったらしい。
どうしてだろう?と熱でボーっとする頭をフル回転させれば、
東上は不機嫌な顔と声で言い放つ。
「いくら台所事情がくるしくてもな!病人から金を取ったりしねーよ!」
バカにすんなよな!と、本当に怒らせてしまったらしく、
プイとそっぽを向いたままそのまま有楽町を見ることはなかった。
有楽町は、ああ、またやっちゃたか、と苦笑するしかない。
どうやら自分の行動は裏目に出てしまうことが多いようだ。
小さな親切大きなお世話、とでもいうのか・・・、
苦労性ゆえか、東上に対しこういう失敗は何回も繰り返しているというのに全く学習できない。
やはり自分は東上バカなのかもしれないと有楽町は改めて思う。
「ゴメン・・・東上。・・・・ありがとう」
素直にあやまり、お礼を言う。
するとソッポを向いていた東上は不機嫌ながらも小さく頷いて許してくれた。
「・・・飲めよ」
4度目の正直。
スポーツドリンクを差し出すがそこでハタと気がついた。
寝転がったままでは飲めないではないか。
咽も渇いているだろし、可哀想だが一度起こして飲ませるしかない。
東上は有楽町の背中に手を添えたその時。
「東上・・・・」
「なんだよ?」
「俺、今さ、具合が悪いんだ」
「・・・・そんなの知ってるよ」
「具合が悪いとさ、妙に甘えたくならない?」
「・・・甘えたく??」
熱で潤んだ有楽町の目を見つめる。
と、とたんに越生が熱を出した時を思い出した。
確かに越生は普段はいい子なのに、熱を出すと甘えん坊になった・・気がする。
仕事に行こうとする東上に、どこにも行くな、とか傍にいろ、とか・・・・、
一人にしないで、という意味あいの言葉をいって東上を困らせるものだ。
「なんだよ、有楽町。お前も越生みたいに一人だと寂しい、とか言うつもりか??」
「・・・・違うよ」
有楽町はやや困ったように笑った。
どうやら越生と同じレベルで言われたのが微妙だったらしい。
「俺ね、咽が渇いたんだ」
「・・・・だろうな。熱高いし。今、起こしてやるからさっさと飲めよ」
けれどもう一度有楽町の背中に手を添えたとき、彼は駄々っ子のように身を捩らせた。
「おい!遊んでんなよ!」
「・・・遊んでない。これが俺の『甘え』」
「は?」
「・・・・口移しで飲ませてよ」
ボトッという音がした。
見れば東上の手にあったはずのスポーツドリンクは彼の手から滑り落ち、
床で液体を零し始めている。
当の東上は全身を真っ赤に染めて慌ててスポーツドリンクを拾うのだった。
「・・・東上?」
名前を呼ぶと、東上は病人にも手加減をすることなくベシッと頭を叩いて、
全身をワナワナと震わせ有楽町を見下ろしていた。
「調子に乗るなよな!!」
「・・・あ、やっぱダメかぁ・・・残念」
「!!・・・・っ」
本当に残念そうに、有楽町は目を閉じた。
熱があるのに話しこみ過ぎたらしく、トロンと瞼が重くなってしまったのだ。
残念だけど、仕方ない、有楽町はガッカリしながら眠りの世界に誘われていく、
・・・・が、その時、鼻先に吐息を感じたと思ったらヌルリとしたものが唇に触れ、
次には甘く酸っぱいような液体が口の中に流れてきた。
ビックリして目を開けると、東上の黒い瞳と視線が合う。
唇が離れると東上はぶっきらぼうに言った。
「・・・今回だけだかんな」
そうして再び口が塞がれスポーツドリンクが流れ込んできた。
けれどスポーツドリンクがなくなってもその唇はしばらくはなれることはなかった。
・・・風邪の巧妙とでもいうのか。
それは有楽町にとって思いがけない贈り物だった。
〜おまけ〜
「東上、大丈夫か??」
越生は心配そうに布団に横たわっている東上を見下ろした。
「・・・うん・・・平気・・・・げほっ」
「大丈夫じゃねーだろ!声がガラガラじゃねーかよ!」
「・・・ただの風邪だよ・・・越生は仕事に行きなよ」
「自己管理がなってねーんだよ!ったく!
今日は早く帰ってくるからそれまで大人しく寝てろよ?」
「うん・・・ごめんね・・・」
後ろ髪惹かれる思いで越生は渋々宿舎を出ようとしたところで、ドアは開かれた。
ウチは自動ドアじゃねーぞ?と不振気に見上げれば、
コンビニの袋を抱えた有楽町が立っていた。
「有楽町かよ!」
「ああ、越生。東上は?」
「東上なら寝てる。具合が悪いんだってさ」
「・・・・あ、やっぱり」
面目なさそうな顔の有楽町に越生は不振な顔を益々不信なものに変えた。
「どういう意味だよ?」
「・・・あ、まぁ・・・ちょっと・・昨日」
「昨日?」
「俺、風邪気味だったからうつしちゃったかな?と思って」
「・・・・風邪気味〜??」
越生は信じられなかった。
なぜなら目の前のメトロは風邪どころか元気ピンピンなのだ。
胡散臭い、某JRのごとく胡散臭い。
「念のため、スポーツドリンク持ってきて正解だったな」
「・・・・ふーん?」
「越生?」
越生は相変らず不振そうに有楽町を見ていたが、
やがて仕事の時間だということを思い出したのか、
事情聴取はあとだ!とばかりに、
戸締りを有楽町に(頼みたくないが)頼んで走っていってしまった。
有楽町は越生を見送ったあと東上が寝ている部屋にそっと上がった。
頭には氷嚢がのっており、頬は赤くなっている。
どうやら相当熱が高いようだ。
「東上?」
「・・・!ゆうらく・・・げほっ!!」
「大丈夫か?」
枕元にコンビニの袋を置いて、その横に胡坐をかいて座れば、
熱で潤んだ目で東上は睨んできたので有楽町は苦笑する。
「てめぇ・・・元気そうだな?」
「・・・・ん?まぁ、おかげさまで?」
「・・・一日で熱がさがった・・・げほっ・・・のかよ?」
「うん。東上のおかげで?」
「!!!!????」
「まぁ、でもそのせいで東上に移しちゃったみたいだし、今度は俺が看病するよ」
「必要ない!」
「遠慮しないで。とり合えず汗をふこうか?」
「!!??や、やめろ!」
パジャマを脱がしにかかる有楽町に必死で抵抗するが、
熱のある身体ではたいした抵抗にならない。
パジャマを開かれた裸体は熱で多少赤く染まっているが、
それ以上に首周りや鎖骨、胸の辺りにある赤い鬱血は目立っている。
・・・有楽町が一日で熱を下げた理由。
それはたくさん汗をかいたからに他ならない。
「なんなら昨日みたいな方法で汗かいて熱下げる?」
「ふ、ふさけんな!・・げほっ!!このっムッツリ!!」
「・・・ムッツリって・・・酷いな」
夏風邪の巧妙・・・。
有楽町と違い東上にはあまりいいことはないようだった。
有難う御座いました。
有楽町はムッツリだと思います。
2010/8/15
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