掴まれた腕に微かに残った温もり。
『彼』と『話』をまともに交わしたのは今回が初めてで、
その温もりの残る腕を己の手の平でさすりながら、
有楽町は小さくなったオレンジ色の背中を見送った。






〜BOND〜


初めて出合った時、
それから相互乗り入れが始まった時も『彼』とは必要外な言葉を交わしたことはない。
気を使って、本当に気を使って有楽町が世間話し的なものを話しかけても、
相手はジロッと一瞥するだけで『うん』も『すん』もなく自分の仕事に戻って行った。
流石の有楽町も悩み(出会ってから今日までまともに話したことがない)、
ハァ・・・と重いため息を吐いていればそれに気がついた銀座線が「どうしたの?」、
相談にのってくれたものだ。
有楽町が今まであった事を話し終えると銀座はやや困ったように微笑み、
『きっと極度の人見知りの頑固者なんだね』と結論付けてくれる始末だ。
『極度の人見知り』は100歩譲って納得できたとして『頑固者』とは、
それはひょっとして一人で走って(その時は秩父鉄道と乗り入れをしていたけれど)いたのに、
自分が土足・・・ではないがしゃしゃり出てきたのが、
昔かたぎの頑固者は気に食わなかったということだろうか??
そこは大人になってくれ、と切に願わずにはいられなかった、が、
そんな時その子供は現れたのだった。


「・・・なぁ!」
「え?」

その声はどうやら自分に投げられたものらしく辺りを見渡すが分からなかった。
けれどもう一度「なぁ!」と話しかけられその声が随分下から声が聞こえたということが分かり、
自分の腰の辺りまで視線を落とした。

「・・・・君は・・・?」


誰だったっけ??首を傾げながらとり合えず子供の視線に合わせるべくしゃがみ込んだ。
それに誰かは分からないが彼と同じくオレンジのつなぎを着ているので、東武の路線なのだろう。

「なぁ、お前、営団だろ?」
「・・・・営団じゃなくてメトロだけど」
「どっちでもいーよ!大人ならちいせぇことは気にすんなよな!」

・・・小さなことでもない気がするけれど?と思うが口には出さない。
子供であっても自分よりは確実に昔からある路線だし、
どうやら生意気そうなのは言葉遣いだけでなく態度からも見て取れるので、
波風は立てたくなかった。

「なぁ、お前さ!和光市に居るってことは有楽町だよな?」
「あ、ああ・・そうだけど」
「やっぱりな!なぁ、お前さ!」
「うん?」
「おかゆの作り方教えてくれねーか?」
「・・・・・は?おかゆ??」


何でお粥??ていうかその前に君は誰なんだ?という言葉を飲み込んだ。
子供路線が質問する間も与えてくれることなく喋っているからだ。

「だってお前、バカしの線よりいいってとーじょーがいつもいってるからさ。
 確かに見た目からしてあのバカよりまともそうだかんな!
 なぁ?お粥の作り方知ってっか??」


バカしの線??誰だ??と再び頭にクエッションマークの有楽町。
けれど子供路線はやはり質問させる間もなく話を続けている。

「なぁ!早く教えてくれ!」

何も答えない有楽町についには業を煮やしたのか、
終いには有楽町の足に纏わりき教えろと迫ってくる。
・・・しかし困った。
教えてあげたいのは山々だが、有楽町はお粥の作り方をあまりよく知らないのだ。
それに結局この子供が誰だか分からないし。
まぁ、『東上』の名前が出ていたのでやはり東武の路線らしいが。

「ね、ねぇ!君?」
「あ?何だよ??俺は急いでんだよ!」
「あ、そうなんだ?ゴメンねー?でも、さ、自己紹介の時間もないのかな??」
「・・・・・!」

子供路線は言われて初めて自分が誰なのかを名乗ってないのに気がついたのか、
驚いた顔をしている。
そして不機嫌そうに顔を歪ませると、

「俺は東武越生線だ!東上と一緒に住んでる!」
「あ、東武なんだねー?」

から笑いで有楽町は握手の手を差し出したが、
子供路線・越生はジロッと見ただけで握手しようともしない。
この親にしてこの子ありの見本のようだ、と思ってしまう。
おまけに、

「・・・・このつなぎ見てわかんなかったのかよ、お前」


と、馬鹿にされる始末。
有楽町はなんだか泣きたくなってきてしまった。


「東上はお前のことバカよりマシって褒めてたけど、そうでもなかったな!」
「・・・・そうですか・・・、ところで・・越生、君?」
「あ?越生でいーよ!君、づけなんてきもちわりーだろーが!」
「あ、そう?じゃ、遠慮なく・・・、越生?」
「なんだよ?」
「さっきからいってるバカって??」
「お前、本当にわかんねーのかよ!?やっぱ東上の買いかぶりだったな!
 バカっていったら国鉄の武蔵野以外にいるわきゃねーだろーが!」
「・・・・JRの武蔵野、ね」

確かに武蔵野はよく止まる。
運休も多いし、有楽町も多大な迷惑を被っている。
なるほど・・・それにしても越生にすらバカ扱いとは・・・なんとも哀れな、
と思っていたらまたもや足元に纏わり疲れ意識を越生に戻すのだった。

「なぁ!そんなことよりお粥!」
「・・・あ、ああ・・そうだった。越生、ゴメン!俺もわからない」
「はぁ!?なんだよ、お前!散々答えを待たせておいてその仕打ちは!
 もういい!邪魔したな!!!」
「え?あ!越生!!」

「わからない」という答えに気の強そうな目に一瞬涙のようなものが光って見え、
有楽町は慌てて手を伸ばすが届かなかった。
親と同じく子も素早さは良いようだ。
それにしてもどうして「お粥」を作りたかったのだろうか?
東上と住んでいるなら彼がご飯は作ってくれるだろうに・・・、
と、そんな疑問を抱きつつ、越生は去ってしまったので答えをすることも出来ない。
けれど有楽町は以外に早くその答えを知ることとなる。
なぜなら、翌日和光市で東上の接続を待っていたら、
そこにはオレンジではなく赤いつなぎをきた男が現れたからだ。

「?????あ、あの??」

どちらさまでしたっけ??
その疑問が再び有楽町の頭に過ぎる。
昨日といい、今日といい、新しい路線によく出会うことだ。
けれど東上がどこかの路線と繋がるという話は聞いていないし、
目の前の彼はつなぎを着ていることから東武の誰かであることは間違いない。

「・・・定刻通り。半蔵門と違って優秀だな。同じメトロでも個人差があるってことかよ?」
「・・・・は?」

半蔵門???確かにアイツはよく伊勢崎線やらなんやらに直通をぶった切られているけれど。
しかし目の前の男からは何故か敵意のようなものを感じる。
自分より背は低いというのにギロッと睨まれ思わず一歩下がってしまったほどだ。

「おい!」
「は、はい?」
「俺は今日は振り替えとかめんどくさいことはお断りなんだ!」
「はぁ?」
「いいか?絶対にダイヤは乱すなよ?そうと分かったらさっさとどきな。ダイヤが乱れるだろーが!」


まだ出発までには時間がありますけど?とは口が裂けても言えない迫力。
この赤いつなぎの男は一体誰なのか?すら聞けない雰囲気。
けれどその時、助け舟的な存在が彼の背後から現れた。
彼は何度か会ったことがある、
半蔵門の遅延を何故か一緒に謝りに行くとき(半蔵門に頼まれるので)などよく会うのだ。

「・・・伊勢崎?」
「ああ、有楽町、元気?」
「う、うん・・・あの、伊勢崎?こちらは??」

縋るように赤いつなぎの男が誰なのかを説明を求めた。
すると伊勢崎は咎めるような目を男に向け自己紹介してないの?と聞いている。
男は少しだけバツの悪るい顔をした後、有楽町を睨みながら遅い自己紹介を始めてくださった。

「・・・・東武日光線・・・、よろしく」
「あ、東京メトロの有楽町です・・・よろしく」

いつものように握手をするべく手を差し出すが日光は一瞥するだけで握手をしようとしてこない。
どうして東武は握手してくれないのだろう?
とガックリ肩を落とし心の中で落ち込んでいたらなんだかすごい音が聞こえてきた。
見れば日光の頬にグーの形をした赤い腫れが出来ていた。
握手を返さない日光に伊勢崎からの鉄拳が飛んだらしいのは見て明白だ。

「ごめんね!有楽町!日光は東武以外は全て敵って思ってるところがあってさ!」
「うっせーよ!伊勢崎!!」
「だって本当の事だろー?
 あー、もーいいから日光は自分のトコ戻っていいよ!
 後は俺が交代するから。一番忙しい時期に任せちゃってゴメンね?」
「・・・・別に・・それはかまわねーけど・・・アイツは?」
「東上は大分落ち着いたよ!あ、帰るとき越生も連行してってくれる?」
「・・・越生?」
「東上が心配っていって夕べ一睡もしてないみたいなんだよ。
 目が赤いし、休ませないと・・・、あ、越生線は大師に任せるから」
「・・・・大師にまかせて大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だろ?それより日光は越生を連行して、
 その後は日光&伊勢崎&越生線をやってもらわなきゃだから!」
「・・・・はぁ・・・、へいへい。ったくめんどくせーなぁ!」
「日光!」

日光が本当にめんどくさそうな態度をとると伊勢崎はもう一度拳を握った。
どうやら彼にとって伊勢崎は恐れの対象?なのか、
青い顔をして「だってよ!」と言い訳をしていた、が、
有楽町にはなにがなんだかさっぱりであった。
一体なにがどうなって、どうして彼らは今ここにいるのか?
目の前で口げんかをしている彼らの邪魔をするのはあまり無難なことではないが、
とりあえず口を挟んで状況を理解知ることにしてみた。

「・・・伊勢崎?」
「え?なに??」

有楽町の呼びかけに振り上げていた拳を下げ、有楽町を省みる。
日光はあからさまにホッとした顔で伊勢崎から離れ、視線を有楽町にうつした。

「あの、俺さ、状況がさっぱりなんだけど・・・・?」
「・・・!あぁ・・・そうだよねぇ・・・」
「知ってもどうにもなんねーだろーがよ」
「日光!」
「そうだろーが!季節外れのインフルエンザにかかって寝込んで!
 挙句の果てに俺らに迷惑かけてんだよ!東上は!」
「・・・え?インフルエンザ・・・・?」


それは本当に季節外れだ、と呑気なことを考えつつ、怒鳴り散らす日光を見守る有楽町。
伊勢崎の言葉によれば彼は東武以外全て敵、とみなしているらしいが、
東上に対してもそれを感じるのは気のせいだろうか?

「ったく!こじらせるまで無理しやがって!
 インフルエンザにかかった時点で連絡してこいってんだ!
 だいたいアイツは何もかもが癪に障るんだよ!
 いつまでも逃げた亭主を追いかけやがって!
 そのくせ俺らには何一つ頼ろうとしやがらねーときたもんだ!!!」
「・・・逃げた亭主?」

・・・・もしかしなくともあの路線のことだよな。
しかし逃げた亭主という表現はどうなんだろうか?
と伊勢崎を見れば彼は言いすぎ?の日光をたしなめ始める。

「それはしょうがないんじゃない?乗り入れやめても会う機会多いわけだし。
 ・・・・大師が計画通りだったらそんなこともなかったんだろうけど・・・」
「あー!あー!確かにしょうがねーわな!だからそれは俺も多めにみてる!
 けど俺が気に喰わないのは俺らを頼らず他に頼るあいつの根性だ!」
「・・・東上は他も頼ってないと思うけど・・・、ねぇ、有楽町?」
「・・・あ、あぁ・・・、まぁ・・・(俺なんかまだまともに話したことないしなー)」
「はん!勝手に孤独を満喫してんじゃねーよ!ったく」

孤独に満喫もなにもないだろうに・・・、
有楽町は突っ込みを入れたかったが、
伊勢崎により日光は強制的に本線へと帰らされてしまったため、
つっこむこと適わず。
プリプリ怒りながら去る日光を苦笑しながら見送る伊勢崎は有楽町に謝ってきた。

「ゴメンねー?日光は天邪鬼なとこがあって素直じゃないんだけど」
「・・・・・確かに少し個性的だな」
「はははっ!うん、日光も東上も似たもの同士で個性的だよね。
 だからこそ日光は東上が気に喰わないんだろうけど、
 それってすごい気になるのと一緒だよね」


確かに嫌よ嫌よも好きのうち、というのと同じなのかもしれない。
それはさっきの日光の態度からもよく分かった。
文句を言いつつ、東上線のヘルプに来ているあたりがその答えだ。

「日光はああだけど、涙声の越生から連絡来たときにさ」
「うん?」

涙声の越生。
越生という名前を聞いてあの目つきの悪い子供を思い出した。
今思えば『お粥』の作り方を聞いてきたのも東上に食べさせる為だったのかもしれない。
『わからない』という答えで見えたあの涙のような光は涙だったに違いない。

「越生から連絡が来たとき、真っ先に飛び出したのって日光なんだよ」
「へ?それって・・・・」
「うん、多分、日光は東上が好きなんだよ、本当は。
 俺もだけど日光も他の東武も東上のこと家族だと思っているけど、東上はどこか一線おいてる。
 ・・・・その原因は俺たちにもあるんだけど・・・全部ではないけど業務も分けてるし。」


伊勢崎はそのまま黙ってしまったので有楽町は何も言えなかった。
どこか遠くを見つめた伊勢崎はなんとなく悲しげだ。



・・・どれくらいそうしていたのか分からないが、
気がつけば電車の発車時刻になっていた。
そのことを伊勢崎に告げると、彼はいつもの元気を取り戻しいそいそと電車に乗り込む。
そして何かを思い出したかのように有楽町に振り返ると、
満面の笑みで言うのだった。

「でも、このことがきっかけで家族になれるかも!って期待してるんだ!」

期待に満ちた笑顔と声。
有楽町も人事ながらそうなればいいな、と思う。
それから、自分もあの一匹狼路線と仲良くならなければ。
そう、心に硬く決め、有楽町も自分の路線に乗るのだった。

















それから数日後、池袋駅で久々に有楽町は東上にあった。
どうやらインフルエンザは完治したようで元気に走り回っている。
そして有楽町に気がつくと、一瞬何かを考えた後に小走りで走り寄ってきた。

「・・・・ゆ、ゆうらくちょう!」

初めて口にするであろう『有楽町』という言葉はなぜか震えている気がした。
まさか名前を呼んでいただけるとは思っていなかったので、
返事をすることなく硬直していれば、不安げに眉を下げた東上にもう一度呼ばれる。

「有楽町!」

少し下にある視線に覗き込むように呼ばれ、今度こそ有楽町は返事をする。

「は、はい?」


緊張のあまり声は裏返っていたに違いない、が、
東上も初めてのことに緊張しているのか気がつかないようだった。


「あ、あのさ!・・・その・・・お前ってさ・・・」
「うん?」
「食べ物・・・詳しいか?」
「食べ物?」
「・・・・御菓子とか」
「お菓子??うーん???どうだろう??」
「ケーキの種類とかわかるか?」
「ケーキ??まぁ、一般的なのなら」
「本当か!?」
「あ、ああ・・・それくらいなら・・・」
「ちょっと付き合って!」
「へ?あ!と、東上〜???」

話しかけられたことにオドロキなのに、
さらに今まで適わなかった世間話のようなものまで交わしてしまっていた。
その変化に有楽町はついていけず、東上に腕を掴まれ東武百貨店のお菓子売り場に連行されていく。
そしてお菓子売り場の入口で徐に聞かれてしまった。

「・・・どれがいいと思う?」
「なにが??」

当然、主語がないので理解は出来なかった。
東上はキッと一瞬睨んできたが、すぐにハッとして「ケーキ」と小さく答えた。

「ケーキ??」
「・・・本線に・・・、その、迷惑かけたから・・お礼。
 でも俺はケーキなんて滅多に食べないから分からなくて」
「!・・・ああ、そういうことか」
「うん、とり合えず予算はコレくらい」

と、東上が示したのは指3本。
・・・・3000円ということだろうか?
まぁ、彼らの懐事情を考えれば高いのかもしれない。

「わかった・・・ならコッチ来てくれる?」

有楽町もすごい詳しいわけではないので
とり合えずケーキの種類が豊富な店をみつけ東上にガラスケースを指差した。
けれど1ピースの値段を見た東上は青くなる。

「・・・た、高いな・・・」
「んー、まぁ、ケーキはこんなものなんじゃないかな?
 でもホールなら東上の予算で買えるよ」
「ほーる??」

分からないのだろう、首を傾げる東上に有楽町はガラスケースのある場所を指差した。

「コレ。1ピースに切ってないやつ。
 一人分は小さくなるけど、切り分けて皆で食べる方がよくない?」
「小さくなるのにか?」
「・・・・うん。『家族』っていう気がするだろ?」
「!!・・・そっか」

『家族』という言葉が気に入ったのか東上はホールにすることにしたようだ。
そして次はどれにするかを悩み始める。

「・・・これはなんだか知らないフルーツがいっぱいだ。
 これはチョコ、か??苦いヤツだったら大師がダメだ・・・。
 ・・・これは・・・なんだ??ゼリー???栗のもある・・・・」

ガラスケースと睨めっこして、睨めっこして、でも決められない。
種類が多すぎて頭がパンクしてしまいそうだ。
東上は少しだけ潤んだ目で有楽町に助けを求める。
その視線になぜかドキマキして有楽町はフイッと視線を逸らしつつ意見した。


「ごほんっ!あー・・・イチゴのでいいんじゃないか?」
「イチゴ?」
「イチゴは・・・そのケーキの王道でリーズナブルだ!
 そのくせ高級感もあるし、イチゴが嫌いな人が居なけれいいと思うけど?」
「・・・本線の好き嫌いは分からないけど・・・、
 でもイチゴは美味しいから嫌いじゃないと思う」

その考えはどうなんだろう、と思うがこれ以上悩んでもお店の方に迷惑だし、
有楽町はイチゴのホールケーキを勧めた。
東上も納得したようでお店の店員さんにそれを頼んだようだ。
ケーキを包んでいる間、有楽町は少し離れた場所で東上を待っていたら、
会計を終えた東上がホールケーキの箱とは別に小さな箱を有楽町の前に差し出してくる。

「・・・なに?」
「お前の・・・・」
「俺の??」
「・・・・花、くれたろ?」
「・・・・花・・・・?あ!」

確かに、あの後、伊勢崎や日光の話を聞いて有楽町は東上にお見舞いの花を贈った。
偶然とはいえ話を聞いてしまったし、
毛嫌いされているとはいえ直通相手だ。
お見舞いは当然と考え贈ったのだが・・・・。

「・・・うれしかった・・・、口ほとんどきいたことないのに・・・だから!」
「え・・・わっ!わわっ!!」

ズズイと差し出され、無理やり小さな箱を渡される。

「王道のイチゴのショートだ!」
「・・・・い、いいの?」
「お礼だ!」

東上はいつものように顔を逸らしそっぽを向いているが赤くなっているのわかった。
顔だけが赤いのなら気がつかなかったが、耳まで赤くなっていたからだ。
それは極度の人見知り(?)と銀座に表現された彼の、
始めて垣間見た感情らしい感情の表現だった。
有楽町がケーキの箱を受け取ると口を不機嫌そうに引き結んだまま顔を戻した東上は、
視線は俯いたまま聞こえるか聞こえないか位の音量で、

「・・・ありがとうな」

と今度は首まで真っ赤にしながら口にしたのだった。
そしてよほど恥ずかしかったのかそのまま有楽町の目を見ることなく、
クルリと身を翻し小走りに去っていってしまう。
有楽町は片手でケーキの箱を持ちながら、
ココに来る間中東上に掴まれていた自分の腕を見下ろした。
そして去っていく東上の背中を視線で追う。
掴まれた腕に微かに残った温もり。
『彼』と『話』をまともに交わしたのは今回が初めてで、
その温もりの残る腕を己の手の平でさすりながら、
有楽町は小さくなったオレンジ色の背中を見送った。
なぜか温かくなる胸をケーキの箱で押さえけ、
「がんばれ」と小さく応援の言葉を口にした。





















「おや?そのケーキはどうしたの?」

メトロの宿舎でひとりでしみじみとケーキの箱を開けていたらどこからともなく現れた銀座。
ケーキの箱を覗き込めばイチゴが沢山のったケーキが入っていた。

「・・・・有楽町が買ったの??そんなにケーキが食べたいほど疲れてたの??」
「そんなわけねーよ!」

ケーキを1つだけ買うなんてわびしすぎる・・・。
しかもそうとを疑われない自分がなんだか寂しすぎる。

「ふーん・・・、東上との関係に悩んで疲れているのかと思った」
「・・・あー・・・うん。それは・・大丈夫なんじゃないかな、もう」

銀座の問いかけに有楽町はクスッと思い出す笑いをした。
多分、あの様子なら大丈夫だ。
自分たちはこれから先、今まで出来なかった会話を交わし、仲良くなれる。

「これ、実は東上からのプレゼントなんだ」
「・・・へぇ!そうなんだ?少ししないうちに随分仲良くなったね?」
「ああ。実は東上が・・・・」

有楽町ははにかみながら今までのいきさつを銀座に話した。
銀座も始めは相槌しながら聞いていてくれたが、
話が包むにつれマジマジと有楽町を見つめてくるので、
有楽町は首を傾げる。
終いには憂いにみちた表情で小さなため息を吐かれる始末。

「・・・苦労性は路線だけにしといて欲しかったけど、性分なのかな」
「???なにが??」

銀座は時々わけが分からないことを言う。
今のは一体どういったことなのか?
目をパチクリさせる有楽町に銀座はニッコリ笑って教えてくれた。

「予言してあげる。・・・・その恋は苦労するよ?」
「・・・・・は?」
「がんばってね!」

銀座はそういい残し静かに立ち去っていく。


・・・残された有楽町はしばし固まっていたが、
言われた事実に遅れて気がついて首まで真っ赤に染めてしばらくその場にとどまっていた。


2010/8/29


ありがとうございました。 色々な人を登場させてみました! 日光は素直じゃないんだー!!ってのを書きたかった! 多分お互いに素直じゃないから家族になりたくてもなれなかった、 でもこれからなれる・・・といいな、的な思いを込めて☆ BONDとは絆という意味です。 戻る