久喜駅に着くと丁度私鉄の車両も入ってきたところだった。
私鉄をからかうのは楽しい。
あの私鉄を構うとそれに惚れているらしい男がムキになって反論してくる。
それが楽しくてたまらない。
にこやかな笑顔を浮かべ(心の中では悪魔の微笑を浮かべ)、
JR宇都宮線は東武伊勢崎線の車両へと向った・・・・が。
〜BOND 2〜
東武伊勢崎線の車両から出てきたのは想像していたのとはまったく別の男が出てきた。
青いつなぎの小さな青年ではなく、オレンジのつなぎの男。
宇都宮は『おや?』と首をかしげさらに近づいてみた。
オレンジのつなぎということは東武野田線だろか?
だとしたら珍しい場所で会うものだ、いつもは大宮で顔をあわせるくらいなのに、と思うが、
野田にしてみては幾分かやせている感じがする。
宇都宮はよりオレンジのつなぎに近づいてみた。
けれど彼の顔がチラッと見えたときに、
宇都宮は心の中で『ああ、なるほど』と納得した、が、
納得と同時に益々不可思議な気持ちになるのだ。
確かにこの男も『東武』だし、東武の駅に居ても可笑しくはないが、
この男はいわゆる『本線』とはあまり仲良くない、と聞き及んでいる。
それなのに何故いるのだろう?
とにかく宇都宮は好奇心に誘われ(高崎がいればおばたりあんか!とつっこまれそうだが)
いつものにこやかな笑顔を浮かべたままオレンジのつなぎに男に話しかけた。
「やぁ、東上。こんな場所で会うなんて奇遇だねぇ?」
東武東上線は背後から唐突に声をかけられてビクッと身体を揺らした。
そして恐る恐るふりかえれば、そこには見知らぬ大男がにこやかな笑顔で立っているではないか。
目は見る間に大きく開き、背中には嫌な汗がじっとりと浮かんできた。
東上は一歩、また一歩と後ろに下がりつつ、男の顔をもう一度確認する。
けれど何度見ても見覚えはなかった。
武蔵野や埼京、八高と色違いとはいえ同じ制服を着用しているので、
彼がJRだという事は分かった。
けれど何度見てみてもやはり見覚えはないのだ。
だというのに男は確かに東上の名を呼んでいた。
それ即ち東上を知っている、ということだろう。
「・・・お、お前・・・・」
「うん?」
宇都宮からしてみればこんな場所で声をかけられていることに警戒しているのだろう、
と思っていたので、これまで以上に爽やかな笑顔を向けて、
東上が下がった分だけ近づけば、なぜかザザザザッとおもいっきり後ろに下がられてしまった。
「・・・・・・?」
電車の車体に引っ付くような体勢の東上に宇都宮はプッと笑った。
一体、何がしたいのだろう?
記憶によれば宇都宮が彼を『苛めた』ことはないはずだ。
だから嫌われることもなければ、怖がられることもないはずだ。
「(あ、でも埼京からなにか聞いているのかな?)」
だったら納得、と宇都宮はフフフと笑って東上に近寄った。
近寄れば近寄るほど青くなっていく東上が面白い。
けれど必死な様子で叫んだ東上の言葉に宇都宮はピキッと固まってしまうのだった。
「お、お前!一体誰なんだよ!」
「・・・・・・は?」
「俺のこと知ってるみたいだけど俺は知らねーぞ!?」
「・・・へ?」
自分を知らない?
そんなバカな・・・・。
確かに話をしたことはないがお互い何度か顔をあわせているはずだし、
すれ違ったりもしているはずなのだ。
どういうことなのだろう?
顎に手をあて首を傾げていると背後から別の男の声がした。
「おい!東上!」
振り返れば赤いつなぎの男、
つまり宇都宮のからかい相手が相変らず不機嫌そうに立っていたのだった。
「やぁ、日光。君がこの場所にいるなんてめずらしいね?」
「・・・・・宇都宮?」
会いたくない相手だったのだろう、チッという舌打ちが聞こえたが、
宇都宮は構わず日光へ身体を向けた。
今、この駅には伊勢崎はいない。
それなのに日光がここにくる理由はなんなのだろう?
それに今この場所には何故か宇都宮を知らないという東上線もいるので、
宇都宮の好奇心はいまやパンパンに膨れ上がっている。
「なにかあったのかい?」
「・・・・なんもねーよ!」
「ムキになるところが怪しいよ?」
「・・・・っ」
「それに・・・・」
チラッと後ろを見ればまだ電車の車体に張り付いている東上がいる。
「アレ、がここにいるのも普通じゃないよ?伊勢崎は?」
「・・・・あいかわらず目ざといヤツだな!
人んちのことは気にしないで自分の仕事に戻れよ!」
プリプリ怒りながら日光は宇都宮の横を通り東上に近づいていく。
宇都宮は好機の目でそれを追い、彼らの会話に耳を傾ける。
「東上、交代だ。途中で大師つかまえて連れ帰ってくれ」
アイツ、昨日も一昨日もろくに寝てねーからなと日光が話し続けていると、
東上はあからさまにホッとした顔で日光の言葉を遮る。
「・・・・助かった!あの奇妙な知らないヤツに話しかけられて迷惑してたところだ」
「あぁ!?」
コイツは今、何と言った?
宇都宮を知らない、とかぬかしやがらなかったか?
そんなバカな・・・、と宇都宮に振り返れば彼は肩を竦めて近寄ってきた。
「彼、僕のこと知らないらしいよ?ひょっとしておバカさんなのかい?」
哀れみの篭った目で言われ、流石の東上もムッとして反論する。
「知らねーもんは知らないんだよ!俺の知ってるJRは武蔵野と埼京と八高だけだ!」
「・・・まぁ、確かに僕は君と直接的には接続も乗り入れもしてないけどねぇ・・・」
だけど知らないってことはないでしょ?と日光に同意をめれば、
珍しく日光も宇都宮の肩をもつのだった。
「てめぇ・・・!ふざけてんのか!?てめぇが知ってんのは、
接続があるヤツと、駅が同じヤツだけなのかよ!」
「それの何が悪い!?」
「ふざけんな!恥かかせんな!いい加減にその人見知りを直しやがれってんだ!」
目の前でチマイ二人(宇都宮から見れば東武は一人を除いてみんなチマイ)
の口論を見守っている。
勿論、心の中では『僕も東上と駅が一緒だけどねぇ・・・』と思いつつ、だ。
「ふさけんな、は俺の台詞だ!大体俺は人見知りなんかじゃない!侮辱すんな!」
「・・・・へぇ?」
日光のコメカミにピキッと血管が浮かぶ。
東上線が人見知りでなければ誰を人見知りというのだろう?
秩父鉄道と切れてからはますます酷くなる一方で、
ここ最近ようやっと東武本線、つまり自分たちに近寄ってきたというのに。
「じゃあ、なんだってんだよ?あ?」
腕を組んで日光より少しだけ背の低い東上を威圧的に見下ろす。
当然だが東上はそんな日光にひるまないので、
堂々と、コチラも腕組みをして言い放った。
「俺は人見知りじゃない!ただ・・・その・・・」
「・・・・その?なんだ?」
「こ、・・・篭りがちな・・・だけだ!」
「・・・・・っ、・・・はぁ!?そりゃ尚のこと悪いだろーが!!」
「なんだとっ!」
「・・・・ぷっ」
この漫才のようなやり取りにいまやいることを無視されつつある宇都宮は噴出してしまう。
なるほど、人見知りの篭りがちなら自分を知らなくても不思議ではないかもしれない。
おそらく彼はメトロの『丸の内線』も知らないのではなかろうか?
「(ああ、でも改札が目の前だっけ??なら知ってるのかな??)」
でもそうなると彼が知らないのはおそらく自分(と高崎)だけということになる。
それはそれでなんだか気に喰わない話というものだ。
今度『池袋』で見かけたら高崎と一緒にからかいに行こう。
その時、自分たちの顔を見比べた彼の態度が見ものだ、と、
まだ言い争いをしている二人を残し、宇都宮は自分の車両に乗り込むのだった。
東上が途中で大師を拾って本線の宿舎に戻ってくると急いで伊勢崎の部屋へ向った。
移るから、と大師は居間に置いてこようとしたが、
ぐずるので仕方なくマスクを付けさせ抱っこして連れてきた。
「・・・・伊勢崎?」
「・・・・・ごほっ・・・、あ・・・とーじょー?入っていいよ」
伊勢崎の部屋に入ると彼はおでこに氷嚢を乗せ、苦しそうにしていた。
「大丈夫か?」
「・・・・ん・・・昨日より、楽・・・かな?」
「そっか」
とりあえず何か食べさせなければ、と大師にもたせていたお粥を伊勢崎に渡すように言った。
大師は東上から下りると、ゆっくり起き上がった伊勢崎を心配そうに覗き込んだ。
「いささき、いたいいたいなの?」
「・・・大丈夫だよ、心配かけてごめんね?」
「大師、いささきの分もがんばるからはやくよくなってね!」
「うん、ありがとう」
はい、と渡されたお粥をフーフーしながら少しずつ頬張る。
昨日は食べるのさえ億劫そうだたが今はゆっくりだが食べているので東上はホッとする。
「悪いな、伊勢崎」
「・・・・・え?」
どうして謝るのだろう?と伊勢崎は腫れぼったくなっている目を瞬かせて東上を見た。
謝るのは迷惑をかけている自分なのに、どうして・・・・・?
「・・・だって、ソレ・・・俺のせいだろ・・・季節外れのインフルエンザ」
「ああ・・・・そっか・・・・」
確かに先日、季節外れのインフルエンザの東上の宿舎へ行き、
彼の仕事を代行し、家事炊事もやってやった。
まぁ、そのおかげで伊勢崎も感染してしまったのだが、
別にそのことに対しては何も思ってはいない。
なぜならそのことがきっかけで冷戦状態だった東上本線とも家族になれつつあるのだから。
「東上のせいじゃないよ」
「・・・・だが・・・・」
「それより俺が残念なのは東上がもってきたケーキが食べられなかったことかな」
伊勢崎は東上が世話になったお礼にとケーキを持ってきてくれたときには、
すでに感染していて食べられなかったのだ。
それが残念で仕方がない。
「・・・ケーキ食べたかったなぁ」
「伊勢崎・・・・」
食べ終わったお粥の椀を東上に渡すと、
弱弱しく笑った伊勢崎が『でもさ』と続けた。
「俺が直ったら今度は東上のトコにケーキを持ってくよ、皆で」
「・・・・皆・・・?」
そんな大人数、入らねーぞ、と真顔で言えば「あはははっ」と笑われてしまう。
なので東上もつられて笑ってしまった。
そしてしみじみ思うのだ。
ああ、こういうのが家族か、と。
「ま、期待しないで待ってる」
「うん、そうして」
「はーい!ケーキは大師がえらぶっ!」
チョコとイチゴと栗!と大師が叫べば、
そんな予算はないよ、と伊勢崎に突っ込まれている。
けれど今まできたことのない連中が来るのは案外楽しいかもしれない。
・・・・東上は伊勢崎が直って早くその日が来ることを期待した。
けれど今度は日光が寝込んでその話はしばらく先になってしまうのだけれども。
2010/8/29
ありがとうございました。
東武一家のお話、第二段です。
本当は日光×伊勢崎てになのも書きたかったのですが次回に回すことにしました。
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