後輩に告白をされて、
『ごめん』
と、断って。
どうしてあの人なんですか?
と、聞かれて・・・・。
有楽町はかの人との恋の馴れ初めを思い出すのだった。
〜恋のきっかけ〜
その日は台風でもないのに天気は大荒れだった。
首都圏を襲った暴風雨はJRをはじめ、
メトロも私鉄も軒並み遅延や運休を強いられる。
夜になり、多少は雨や風がおさまり、
どうにかこうにか運転を再開させ、
終電を見送った頃にはいつもの終電時間をとっくに超えていたのだった。
地下を走っているとはいえ、有楽町はびしょ濡れだった。
明日の始発のために東武鉄道が管轄している和光市駅に止まることにした有楽町は、
シャワーで冷えた身体を温め、
コンビニで買ってきた弁当とビールを嗜んでいたら、
その人物はビショビショの状態で入ってきたのだ。
「・・・・!!!」
東武東上線だった。
相互乗り入れを初めてこの方、
必要な言葉以外は殆どかわしたことはない。
彼と犬猿の仲である西武池袋との喧嘩を止める時だって、
ものすごい形相で睨まれ他のちに、彼は早々に立ち去ってしまうのだ。
正直に言おう・・・、有楽町は東上が苦手だった。
有楽町がビックリした目で東上を見つめていると、
彼は有楽町にはたいして興味もないのか、
フイと目を逸らし、ロッカーをゴソゴソあさり始めるのだった。
東上の態度に有楽町は気づかれないようにハー・・とため息を吐くが、
東上は一向にロッカーを漁るのをやめない。
不審に思って彼の方へ目を向ければ、どうやら代えの服が見つからないようだ。
見れば今日の大雨で東上はびしょ濡れであるし、
あのままの姿でいたらいかに丈夫がとりえの『東武』でも風邪をひいてしまうだろう。
有楽町は少しだけ重い腰を上げて自分のロッカーをゴソゴソ弄る。
そしてクリーニングから戻ってきたばかりの自分のワイシャツを、
東上に差し出すのだった。
「・・・東上、これ」
「・・・・・!」
「・・・俺のじゃ嫌かもしれないけど、
裸のままでいるよりはマシだと思うよ?」
「・・・・っ」
「ね?だからこれ良かったら使ってよ」
お得意の営業スマイルを浮かべて苦手な私鉄に話しかける。
すると東上は俯き加減に、
「・・・・よ?」
と、小さな声で何かを聞いてきた。
当然、聞き取れなかったので有楽町は「ん?」と聞き返す。
「だから!!・・・俺にこれ、貸して・・・お前は明日・・困んねーの・・?」
そう聞いてくる彼の耳は少し赤い。
その姿を見て有楽町は、おや?と思う。
ひょっとして自分は今まで無視をされていたのではなく・・・・。
「・・・有楽町?」
何も答えない有楽町に東上は不安そうに首を傾げていた。
有楽町はフフッ、と笑って、それから首を横に振る。
「俺は大丈夫。ロッカーにまだあと1枚残ってるから」
「・・・!・・・そ、そうか・・・」
「うん。だから東上に貸しても困らないよ?」
今度は営業スマイルではなく、
本当の笑顔を向けて答えれば、東上の耳はますます赤くなった。
「・・・ぅ・・じゃ・・・、これ、借りる・・・、
その・・・あ・・あり・・・が、とう」
有楽町の笑顔を見て、東上はしどろもどろに答え、
タオルを片手に早々にシャワー室へと消えていった。
東上の背中を見送りながら、有楽町は今までの自分の態度を反省する。
・・・東武東上線。
東武と名乗りながらも本線とはつながらず、
ほぼ一人で走ってきた路線。
「・・・・そりゃ、人とのコミュニケーションが苦手になるよなぁ・・」
静まり返った休憩室に有楽町のひとり言だけが響いた。
彼はどうやって他人とかかわったらよいか分からないのだ。
それが彼の今までの態度の理由だとしたら、
有楽町は彼に対する態度を改めなくてはいけない。
それに東上はしどろもどろだけれども、
シャツを貸した有楽町に『御礼』も言えていたではないか。
感謝の言葉を言える人間に悪い人なんていない。
これからどうやって仲良くなろうか、と考えたら、
お酒の力もあってか有楽町はなんだか楽しい気分になるのだった。
有楽町が1本目の缶ビールを飲み終わる頃、
シャワーを終えた東上が戻ってきた。
上には有楽町の貸したYシャツを着、
下は使い古しのつなぎを切ったのだろうか?
オレンジ色の草臥れたハーフパンツだった。
「・・・・(あれ?)」
もう1本ビールを飲もうと冷蔵庫の前に立っていた有楽町は、
その時あることに気がついた。
有楽町へと近づいてくる東上だが、
彼は明らかに着ているシャツがでかそうなのだ。
袖先から指がちょこんと出ている程度。
「(あれれ???)」
東上が有楽町の隣に立つ。
そして屈みこみ、冷蔵庫から麦茶の容器を取り出し、
男らしくラッパのみを始めるのだが、
有楽町はその姿を見つつ、確信した。
「(東上って俺より小さかったんだ・・・・)」
初めて確信するその事実に妙なドキドキを覚える。
彼は鉄道としては大先輩で、
しかも西武池袋と喧嘩をしているときは、
ちゃんと遣り合っているので、
有楽町の中では勝手に自分よりデカイ人物に位置づけられていたのだ。
自分より小さい人物にはそうそう出くわさないので、なんだか新線だった。
有楽町がマジマジと東上を見つめていたので、
流石に視線に気がついた東上が不機嫌そうに有楽町を睨みあげる。
「・・・(うわっ)」
「・・・おい?」
「・・・・・っ」
「おい?おい、有楽町!」
上目使いで更に距離を詰めてくる東上に有楽町は1歩下がる。
が、下がった分だけ東上が近づいてくるので次第に逃げ場はなくなったのだった。
「・・・お前、どうしたんだ?」
東上はYシャツのボタンを上まで留めていなかった。
有楽町が東上を見れば、見るつもりはなくとも彼の鎖骨が見え、
さらには胸の飾りまでが見えてしまうのだ。
「(待て待て待てよ!おれーーーー)」
有楽町にはそういう性癖はない、、、ハズだった。
だけれども東上を見ているとドキドキが止まらない。
これはおかしい・・・・。
有楽町が言葉に詰まっていると、
東上は不審そうな顔をしながらも有楽町から身体を離した。
そして有楽町が弁当を食べていたテーブルまで行くと、
自分も(めずらしく)コンビニで買ってきたらしいおにぎりと、
これまた(めずらしく)一緒に購入したと思われる焼酎を口にしはじめた。
東上が離れたことにホッと胸を撫で下ろし、
冷蔵庫から取り出した缶ビールを片手に有楽町もさっきまで自分が座っていた場所に戻る。
・・・もとろん東上とは少しだけ距離をとった。
気まずい沈黙の中、少しでもこの状況を打破しようと、
有楽町は今回の暴風のことを話題にしてみることにした。
「・・・そ、そういえば今日の雨風はすごかったな〜・・・」
「・・・そうだな」
「JRは全滅だし・・・、ウチも地下なのに銀座以外全滅でさ〜」
「・・・・俺んとこも・・・、一時だけど運転見合わせしてた」
「あー・・・、東武さんにしては珍しかったよな?」
「・・・・そうかもな・・・、でも西武のヤローも止まってたし・・、問題ない」
「へ?あ・・そう?」
「俺は西武に負けなければそれでいいから・・・」
「へー?」
「それぐらいしか、勝てるものが・・もうないしな・・・」
「・・・え?」
そんなことはないだろう、と、驚いて横に座っている東上を見れば、
なんともいえない顔色の東上がいた。
「あいつは・・・俺が欲しかったもの・・・皆、手に入れた」
「東上の欲しかったもの・・・?」
・・・秩鉄か?と思うが声には出さない。
出したら殺されかねない・・・・と、背中に冷や汗をかいていたら、
その人物の名前は本人があっさりと口にした。
「秩鉄もだけど・・・・」
「う、うん?」
「・・・一緒に泣いたり笑ったりできる仲間とか・・・」
「・・・・!」
東上にもいるじゃないか、と口にでかかったけど、
言えなかった。
東上本線は、東武本線と微妙な関係だった。
東上には越生がいるけれども、彼が欲しいものとは少し違うのだろう。
「アイツは嫌いだけど・・・、正直羨ましくもある」
そこまで言うと、東上はゆっくりと有楽町を見た。
そして眉間に作っていた皺をゆっくりと解いて、
小さく微笑みながら言った。
「・・・・変だな・・・、俺、なんでお前にこんなこと言ってんだろ?」
小さく微笑む東上の頬はピンク色だった。
・・・それは東上が酔っ払っているんだよ、
と、有楽町は分かったがあえて言わなかった。
いつも笑わないのに、そんな風に笑うなんて反則だと思う。
有楽町はせっかくあけていた二人の距離をゆっくりと縮めていく。
急に目の前が陰り東上が顔を上げると、
そこには偉く真剣な顔をした有楽町の顔があって、
徐々に斜めに傾いていく。
あ・・・、と思う時には唇に濡れた感触があって、
その直ぐ後には背中が床に張り付き、
身体の上には有楽町の熱い体温を感じて、
2時間後には同じ布団で寝息をたてていた・・・・。
「・・・・っていうのが始まりかな?」
有楽町が照れながら東上との馴れ初めを話してくれたので、
(性格には副都心が詰め寄って聞いたのだが)、
その話を聞いた副都心は幻滅したように先輩を見るのだった。
「僕、ガッカリです・・・。というか先輩を誤解してました」
「ガッカリって・・・お前ねぇ・・・・、それに誤解って?」
「先輩は平和主義だから押しに弱いタイプだと思い込んでました。
だから僕が押せば落せるだろうと、思ってたんですよ!
でも実際は押すタイプの人だったとは・・・」
誤算でした、と嘆く副都心に、有楽町は困ったように笑った。
「まぁ、確かに西武から会長の写真を押し付けられたりとかはしたけど・・・」
「でしょう??だから僕は押しに弱いのかと・・・」
「それも当ってるよ」
「えー?そうですかー?」
「実際に俺が周りに良い顔ばっかりしてると拗ねた東上が押し倒してくるし。
そうするとどんなに疲れててもヤッちゃうっていうか・・・、
やっぱ俺って押しに弱いな〜・・・って」
「・・・・・」
「副都心?」
「惚気はお二人の時だけにしてください。
失恋したての僕にはきついです!」
「は?」
「疲れてても求められて抱いてしまうのは、
先輩が東上さんを好きだからでしょう?
これが惚気でなかったらなんなんですか?」
「!」
「先輩は自分より小さくて頑張っている人が好きなんですね〜」
「・・・・っ」
「あ、だから僕のことも見捨てなかったんですね?
僕、新線の時小さくて頑張ってましたもん」
「・・・いや・・・その・・・・」
「あーあ・・・、僕、こんなことなら大人になんてなりたくなかったです」
「おいおい・・・・」
「大人になると色々見えてしまうものなんですね〜」
新線の頃のようにプゥ・・・と頬を膨らませる副都心の頭をあの頃のように撫でてやりながら、
有楽町は副都心に小さく語りかける。
「でも・・・、友人の中ではお前が一番だよ?」
有楽町の言葉に副都心は子供の頃のように笑って、小さく頷き返す。
・・・そんな貴方だから、好きだったんですよ、
と心の中で呟きながら・・・・。
有難う御座いました。
有楽町×東上のはずが、最後は有楽町×副都心的になっていなくもないような?
このあと失恋した副都心が池袋をフラフラあるいていて、
西武池袋と出会って、失恋したことをグチグチ言っているうちに、
副都心←西武池袋になって、副都心×西武池袋になればいいな♪
因みにこの話の有楽町と東上の馴れ初めは、酒の勢い、ですね・・・はい。
酒の力でついつい本音をいっちゃった東上に先輩が・・・って感じでしょうか?
どうなんでしょー?
2012/6/24
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