**有楽町→←東上前提で読んでください!





ドアを叩く音がしたので日光は気だるげに玄関を開けた。
そして尋ねてきた人物を認めるなり口端を歪めて嫌味の一つでも言おうとしたが、
その言葉はその人物が発した言葉により言葉にはならず咽の奥に飲み込んでしまう。
日光は青い顔でその人物の手首を掴むと、
伊勢崎の部屋へと問答無用で連行していくのだった。




〜僕の記憶〜


「・・・・は?」

日光が一通り話し終えると当然だが伊勢崎は困惑の色を隠さなかった。
それはそうだろう。
自分だって最初は信じられなかったのだから。
だが自分には向けられるはずもない笑顔で、

『こんにちは』

と、挨拶され、

『僕のことわかります?』

と言われた日光にしてみればそれは紛れもない事実なのだ。
でなければ可笑しい。

あの東上線が自分に笑顔を向けてくるなど・・・・。




難しい顔をしている日光を目を瞬かせながら見ていた伊勢崎は、
とりあえずベッドの上にチョコンと座っている東上に視線を向けた。
目と目が合うと東上はニッコリ微笑みを向けてくる。


・・・・伊勢崎はその瞬間、理解した。

日光の言っていることは(認めたくないけど)本当なんだということを。

伊勢崎はゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る東上に近寄る。

「・・・・あの、・・・東上?」

すると東上は困惑したような顔で、

「それ、僕の名前ですか?」

と返事を返してきた。
伊勢崎(と日光)の背中にゾワワワワという悪寒が走ったのは仕方のないことだろう。
言葉遣いが丁寧なばかりか一人称まで『僕』に変わってしまっている。
一体、どういうことなのだろう。
なぜ東上は記憶を失っているのか???
そして記憶を失いながらもどうして本線までこられたのか??
伊勢崎の頭の中は『??』でいっぱいになっていくが、
どうしたらよいのか分からない。

うーん、うーん、と唸っていると、
日光がスイッと東上の座るベッドの前まで移動してきて、質問を投げかけ始めた。

何か、覚えていることくらいあるかもしれない。
それを糸に失った記憶も戻るかもしれない、と日光は考えたようだ。

「・・・おい、東上」
「なんです?」

ニッコリ笑って返事を返す東上の様子に日光は寒イボがたつのを何とか堪え、
咳払いを一つした後に言葉を続けた。

「・・・お前、記憶を失っているんだよな?」
「そうみたいですね。何も覚えていないし・・・・」

困りましたねぇ・・・、と力なく笑う東上に、
困るのはこっちだ!と日光も伊勢崎も思うが口にはしない。
今はそんなことを言っている場合ではないからだ。

すると今度は伊勢崎が質問をしてみた。

「じゃ、じゃあさ、東上!」
「はい?」
「なんで俺たち本線・・・、あ、本線ってここな?
 本線にこられたわけ???住所とかも覚えていないだろうし・・・」

伊勢崎が最もな質問をすると日光も軽く頷いて見せた。
どこで記憶を失ったかは知らないが、東上線沿線で失ったのならココには来ないはずだ。
すると東上はニコニコ笑って答えてくれるのだった。

「・・・ああ・・・、それは・・・」

取り出したのは茶封筒だった。
東上の記憶喪失がショックすぎて気がつかなかったが、
彼は今まで小脇にその封筒も抱え込んでいたようだ。

「目が覚めたとき、この封筒が一緒にあったんですよ。
 自分のこともサッパリ分からないし、
 とりあえずこの封筒の住所の所に行けば分かるかと思って」

ハイ、と東上が伊勢崎に渡したのは紛れもなく東武鉄道の封筒だった。

「・・・それ、今度の会議の資料じゃねーか?」

伊勢崎が封筒の中身を取り出すと、横から日光がそう口にした。
日光の言葉に小さく頷くと、伊勢崎は日光に耳打ちする。

「・・・・この封筒を届けにくる途中でなんかあったってことかな???」
「まぁ、そう考えるのが妥当だよな。
 ・・・つっても記憶を失うほどの衝撃ってなんだよ??」
「それは俺にもわからないけど・・・・」
「まぁた秩鉄にふられたとかかぁ??」
「・・・・秩鉄・・・?」
「俺らのとこに来るってことは秩鉄経由が最有力だろ??
 でもアイツが忙しくて振られてよ、それでショックで記憶が消えた、とかじゃねーの??」
「まっさかー・・・・・」

・・・でもありえないことじゃないかも??と、伊勢崎は苦笑いを浮かべる。
けれどブンブンと頭を左右に振ると、次の質問を投げかけてみた。

「ね、ねぇ!東上!」
「はい?」

東上は相変らずニコニコ笑っている。
記憶を失っているのにこの明るさはなんだ??
普段の東上からは想像もつかないではないか、と思うが、
その時、日光が皮肉気な笑顔を浮かべて伊勢崎に耳打ちしてくる。

「・・・今の東上、まるで出会った当初の東上鉄道みたいじゃね?」
「・・・え・・・そう?」
「ああ、俺はその当時のことは知らねーけど、写真が残ってただろ??」
「見せたことあったっけ??」
「・・・・・まぁ、な」
「・・・ふぅん??」

見せたかな??と疑問に思ったがあえて突っ込むのは止めてみた。
恐ろしい答えが返ってきそうも気もしなくもないからだ。
それにそういわれればそうかもしれない。
合併話もなくて、
ただなんとなくお互いの社長に連れらてあっていた頃の東上は、
あんな感じだったかもしれない。
・・・・合併話が持ち上がった時にはすでに明るさは殆ど消えていたけれども・・・。

「だとしたら皮肉なもんだよな・・・」
「うん。そうだね・・・って、話がずれた!東上!」
「はい?」
「目が覚めたとき、って今言ってただろ??」
「言いましたけど?」

首を傾げる東上に伊勢崎は更に詰め寄る。

「どこで目が覚めたんだ??」
「どこ、と言いますと・・・?」
「場所だよ!場所!!どっかの駅だった??」
「・・・ああ、そういう意味ですか」

東上は合点がいったのか、

「池袋って駅ですけど」

と、答えたので日光も伊勢崎もますます頭を悩ませる。

「池袋ってことは地下鉄経由で来ようとしてたってことだよな??」
「珍しいこともあるもんだな・・・、秩鉄はあきらめたってのかよ??」
「・・・たまたた池袋で封筒を受け取ったのかもよ??
 ってことはさ、日光!」
「あん?」
「東上の記憶喪失の理由は秩鉄にふられたから、じゃなくなるよな??」
「・・・あー・・、まぁ、そうなるわな」

まくし立てる伊勢崎に日光は頬をポリポリかく。
じゃ、なんで東上は記憶を失ったんだよ?と、
もう一度注意深く東上を見れば日光はあるものに気がついた。

「・・・東上・・・、お前・・・」

日光の眉間に深い皺が2本できる。

「日光?どうかしたのか?」

急に不機嫌になった日光に伊勢崎が困惑の色を浮かべると、
日光は大きなため息を吐いて、伊勢崎に耳打ちをした。

「・・・東上の首を見てみろよ」
「え?首??」

日光に言われて伊勢崎は東上の首に注目してみる。
つなぎの首の部分を緩めている東上は首筋がむき出しだった。
けれど別に変わった様子は見受けられない・・・、と思ったその時だった。
耳の少し下辺りに虫刺されの様な赤い鬱血が1つ・・・・。

「・・・日光・・・アレ・・・・」
「・・・キスマークだな・・・・、まさかとは思うが・・・」

日光は腰を屈め座っている東上に話しかける。

「お前さ・・・」
「・・・・?」
「記憶を失っている以外に何か問題ねーの??」
「・・・問題、ですか??」
「・・・ああ、例えば体のどっかが痛い、とか・・・」

すると東上はうーん・・・と少しだけ考えた後、
ニコッと笑って答えるのだった。

「・・・・そういえば腰が痛い気がします」
「!!?え・・・?腰が!!」

東上の答えに伊勢崎は真っ赤な顔で反応した。
同時に日光はますます不機嫌そうな顔をし、
「決まりだな」と伊勢崎に言う。
伊勢崎もコクコク頷きながら、

「で、でもあの東上だよ??
 腕っ節だって強いし、ちょっとやそっとじゃ・・・その、襲われないんじゃ・・・?」

と、言うが、日光は簡単にそれを否定してみせる。

「けど現実はそうなってんじゃねーか?
 東上は誰だかに襲われて、それがショックで記憶をなくしたんだろ・・・、たぶんな」
「一体誰にさ??」
「俺が知るかよ・・・、ま、アイツが襲われるくらいだから相手は顔見知りだろうな。
 気を許していたら襲われたんだろーさ・・・・、ったく」

日光はますます不機嫌そうに今度は頭を掻いている。
こんな時に不謹慎だが伊勢崎はなんだか少しだけ心が厚くなるのを感じる。
普段、日光と東上は喧嘩ばかりしているが、
実は互いに素直じゃないだけで本当はすごく気になっているのかもしれない。
日光は他社には冷たいが身内にはあ甘いのを伊勢崎は知っている。
東上だって同じ東武なのだから日光も本当は・・・・・。


温かくなる心に一人感激し、
伊勢崎は大きき一つ頷くと、日光にある提案をしてみた。


それは東上と係わり合いのある鉄道の写真を見せてみようというもので、
東上がなにか違う反応をすれば犯人はソイツだ、という考えを思いたったらしい。
日光もそれには同感したらしく、急いで東上と係わり合いのある路線の写真を集めるのだった。
















・・・・数分後。




1枚目、秩父鉄道。

「・・・なんだか強そうな人ですねー」
「・・・筋肉がすごいからそういえるんじゃん?」
「・・・だな、んじゃ次!」

2枚目、八高線。

「・・・なんだか陽気そうな人ですねー」
「・・・実際、陽気だしねぇ」
「そうだな・・・、次!」

3枚目、武蔵野線。

「・・・なんだかちゃらんぽらんそうな人ですねー」
「ブっ!!・・・っくくくく・・・?」
「・・・・ふん、よし、次!」

4枚目、西武池袋&西武有楽町線

「・・・なんだか偉そうな人ですねー。あ、でも子供は可愛いですね」
「・・・・西武に対してもこの態度って不気味かも」
「・・・子供は可愛いつってるから越生のことも記憶の片隅にはあんのかもな」

5枚目、丸ノ内線。

「・・・ああ、この人はここに来る途中でお話しましたよ。
 見かけと違って陽気な人でした!」
「・・・・確かに見かけと中身が違うよな、この人」
「・・・そうかもな・・・、次!」

6枚目、埼京線。

「友達にしたら楽しそうなタイプですね!」
「・・・・毎回泣きつかれて放っておけないからそう思うのかな??」
「JRはどこもかしこも貧弱だかんな・・・よし、次!」

7枚目、山手線。

「・・・・フフッ!人形を持ってますね??腹話術師か何かですか??」
「似たようなもんかな・・・?」
「実際その通りなんじゃね?次・・・」

8枚目、湘南新宿ライン(宇都宮&高崎)

「顔がそっくりですね・・・、双子??
 でも顔と中身が正反対そうな感じがします」
「当っているかも・・・、写真だけで何でわかるんだろ??」
「・・・にじみ出るオーラってヤツだろ??よし、次!」

9枚目、有楽町&副都心線。

「・・・大きい方は困った君な感じがしますね」
「実際に開業当初はすごかったて話しだったよね?」
「そういやそうだな・・・」
「もう一人の方は・・・、ふふ・・優しそう・・・とっても・・・」
「・・・ふーん・・・、しょっちゅう胃薬飲んでるイメージしかないなぁ、俺は」
「苦労性って話だかんな・・・、次!」

10枚目、越生線。

「・・・いくらなんでも越生はないんじゃない??」
「一応だよ!・・・どうだ??」
「・・・・なんだかきかん気の強そうな子ですね!」
「・・・実際、きかん気が強ぇしな・・、次!」

最後、三田線。

「・・・・なんで三田線も??」
「白紙になったとはいえ、何度か会ったこともあるだろうしな」
「・・・・なんだかヤクザみたいな雰囲気ですね」
「まぁ、確かに見た目はそうだよね」
「・・・・ふん、確かにな・・・、よし写真はこれで終わりだ」


一通りの写真を見せた上での東上の反応を窺っていたが、伊勢崎にはサッパリわからなかった。
どれもこれもが同じような反応に思えたからだ。

「・・・にっこー?」
「ああ?」
「わかった?」

心配そうな伊勢崎とは正反対に日光は不機嫌そうだったので、
伊勢崎は期待を持ってそう問いかける。
すると日光は案の定、苦い顔をしながら小さく頷くのだった。

「え?うそ!!ほんと??」
「・・・ああ、・・・一人だけ明らかに態度が違った。
 まぁ、それは怯えじゃねーけど、襲われたのを覚えてねーんなら仕方ねーよな?」
「怯えてたんじゃないならどうだったのさ??」

ズズイと伊勢崎に詰め寄られ日光は「この鈍感が」と心の中で罵るが、
小さなため息でその言葉を飲み込んだ。
そして1枚の写真を伊勢崎の目の前に差し出すと徐にいうのだった。

「この写真の時だけ、頬に赤みが差してた」
「うそ!?」
「ほ・ん・と!それとあきらかに感想の言い方も違ってたぞ??」
「・・・あー・・・、そう言われてみればそうかも・・え??でも・・うっそ〜」
「まさかコイツにそんな度胸があるとは思いも・・・って、い、伊勢崎??」

やれやれ・・・と日光が写真をぴらぴらしていると、
視線の下からなにやらゴゴゴゴゴというような音が聞こえてきたので、
何事かと視線を下に移動させれば、
烈火のごとく怒りをあらわにした伊勢崎が、
東上の手首をムンズとつかみ立ち上がらせているところだった。

「伊勢崎・・・?」
「日光・・・、俺、行ってくる!」
「は?行くってどこにだ?」
「ソイツのトコに決まってんだろ!?
 行って責任取らせてやる〜〜!!!!行くよ、東上!」
「お、おい!!ちょっとまて!!
 まだ完全にコイツって決まったわけ・・・って、おい!!いせさきーーー!」

日光の静止も虚しく、
東上を引っ張るようにして伊勢崎は自分の部屋からいなくなってしまった。
主のいなくなった部屋で日光はしばらくの間ボーゼンと立ち尽くし、
それからしばらくしてやっと追いかけ始めるのであった。

















伊勢崎と東上はとある休憩所の前に息を切らしてたっていた。
そしてあらかた息が整い終わると、伊勢崎はドンドンとドアを叩き来訪を知らせる。

「たーのもーーー!!」

すると小さな足音とともにそのドアはゆっくりと開かれる。
現れたのは銀座線で珍しく目をパチクリさせているではないか。

「・・・・伊勢崎・・・と、東上??
 どうしたのかな??二人で一緒に来るなんて珍しいね?」

とりあえず入ってよ、と銀座が身体をずらすと、
伊勢崎は東上の手首を掴んだままメトロの休憩所の中にズンズン入っていく。

・・・なかには有楽町と副都心がいた。
どうやら今後のダイヤの件についてメトロの親分を交えての打ち合わせの最中であるようだ。


「あれ〜??・東上さんと伊勢崎さんじゃないですか〜??
 珍しい組み合わせですね〜??何かあったんですか??」

伊勢崎は小ばかにしたような態度の副都心には目もくれず
ズンズンと有楽町のところまで歩いていく・・・、東上をつれて。

「・・・・い、伊勢崎??」

目の前にきた伊勢崎の目が据わっているので、
只ならぬものを感じた有楽町はダラダラと冷や汗をかく。

「・・・有楽町・・・、お前・・・・」
「・・・は、はい?」
「東上を傷物にしただろーーー!!責任!とってもらうからな!」

小さな体のドコにそんな力があるのか・・・・、
向こう三軒隣・・・いや、それ以上までも聞こえそうな声で叫ばれ有楽町は腰が抜けそうになる。
怒りに震える伊勢崎とキョトンとした東上を交互に見、
とり合えず落ち着こうと深呼吸を繰り返した。

「・・・傷物・・・ってどういうことです??」

何も言えない(言いたくとも言えない)有楽町に変わり、
珍しく真剣な顔をした副都心がかわりに口を開く。
扉近くにいた銀座も真剣な顔をしてその様子を窺っていた。

「有楽町・・・、お前・・・!嫌がる東上を無理やり強姦したんだろ!?」
「・・・へ?」

ナンデスト???と間抜けな声で返事をすれば、
伊勢崎はますます機嫌を急降下させていく。

「とぼけるな!!東上の首筋にキ・・、キキキキキスマークがあったし!
 腰も痛いって言ってんだぞ!?それって強姦されたってことだろ?!」
「キ、キキキキキキスマーク!?」

伊勢崎も有楽町も初心なのか・・・、『キスマーク』という言葉にどもってしまっている。
副都心はそんな有楽町にププッと笑いながら、
いつものようなふざけた笑顔を浮かべて伊勢崎に指摘する。

「強姦とは限らないでしょう?合意かもですし・・・」
「合意だったら東上が記憶喪失になるわけないだろ!?」
「・・・・え?」

『記憶喪失』にビックリして副都心も有楽町も一斉に東上を見た。
すると東上はふだんならありえないほどの笑顔を浮かべて、

「こんにちは」

と呑気な挨拶をしてくるので、副都心も有楽町も言葉を失ってしまう。

「あ・・・あああああの東上が・・・満面の笑み・・・?」
「・・・・・・恐ろしい現実です!先輩!!」
「でででで、でも!!記憶喪失が本当なら東上は誰かに・・・?」

有楽町は確認するように副都心を見、伊勢崎を見た。

「・・・誰かじゃなくて有楽町だろ!?」
「うわぁぁぁーー!誤解だって伊勢崎!」
「五回も六回もあるか!!犯人はお前だ!!責任とれっ!」
「だから違うって!!大体なんで俺だと思うんだよ!?
 俺、まだ告白だってしてないのに!!」

身の危険を感じ慌てて釈明するがかえってそれが良くなかったようだ。
伊勢崎の目がますます据わっていく。
だというのに副都心は陽気な声で、

「まだだったんですか〜!奥手ですねぇ、先輩☆」

などと言っているもんだから思わず後輩の頭を強く叩いてしまう。

「まだ告白していない・・・、後輩の頭を叩く・・・、やっぱ・・・」
「・・・い、伊勢崎・・・・?」
「やっぱ犯人は有楽町だ・・・」
「へ?・・・い、いやいやいや!!違うって!無実だ!」
「告白できなくて悶々して・・・、で、後輩に対するその暴力的な部分を東上に向けたんだろ!?」
「違うって!!ご・・・ごか・・・誤解・・・誤解だーーー!!」


伊勢崎の鉄拳が有楽町に落とされそうになったその時・・・、
メトロの休憩所のドアは勢いよく開かれた。


「・・・・!やっと、見つけたぞ!」

現れたのは息を切らせた西武池袋だった。
突然の来訪、それに珍しく慌てた様子の西武に一同はシンッ・・となった。


「・・・い、いけぶくろ・・・?」

これ以上のゴタゴタはゴメンだ、と有楽町の顔は更に青くなっていくが、
西武池袋は無断で休憩所の中に入ってきて、
東上に向かってズンズンと歩いていく。

・・・・そして。

「貴様!」
「・・・・え?僕??」

指を指され怒鳴られたことにビックリしたのか、
東上は咄嗟に近くにいた有楽町までかけより、その後ろに隠れた。

「・・・と、東上?」

当然、その場にいた誰もがその行動に驚きを隠せないが、
西武は気にならないのかどんどん話を押し進めていく。


「貴様!あれほどあの場を動くなと言っておいただろうが!
 それをかってに動き回りおって!さすがの私も肝が冷えたぞ!」

なにやら大層激昂気味の西武に、ハッと気がついた伊勢崎は西武に歩み寄る。
そして「どういうこと」かを聞くのだった。
すると西武は少しだけ言いにくそう口を開く。

「・・・・ふん。午前中、私と東武はいつものように言い争っていたのだ」



西武の話によるとこうだった。




西武と東上の言い争い。
それ自体は珍しくない。
毎度のことだ・・・、けど今回は場所が悪かった。
階段の付近で喧嘩をしていた二人は、
フイに西武がバランスを崩し、
東上を巻き込む形で階段から落下してしまったという。

「・・・私は幸いにも東武が下になってくれたおかげで怪我はなかったが、
 東武は脳震盪を起こしてしまったらしい。
 あわてて頬を叩けば薄目を開けたので、私はその場から動かないよう言ったのだ。
 不慮の事故とはいえ、私にも責任はあるし、頭でも打っていたら大事だからな」

救急車を呼びに言っている間に東上がいなくなり、
いままで慌てさがしていたのだという。

「じゃ、東上の記憶喪失って落下が原因?」

伊勢崎が確認するように西武に聞けば、
彼は少しだけ眉を持ち上げて、

「記憶喪失・・・?そうなのか?まぁ、それが事実ならそうだろうな」

と答えた。
伊勢崎はウーン・・と考えながら、

「じゃ、じゃあ・・、首にある・・あのキスマークは・・?」

と西武に質問すれば、
彼は更に眉を上げて答えてくれる。

「・・・・キスマーク?
 ああ・・・そういえば、落ちたときに東武の首筋に噛み付いてしまったような・・?」

定かではないがな、と西武は言うが、

「私と会った時はそんなものなかったからおそらく私がつけたものだ」

と言いなおしたので、そうなのであろう。
なぜなら西武のその後の言葉に誰もがそうだ、と思ったからだ。

「私が東武の首にそのような破廉恥な痕を見つけていれば必ず喧嘩をふっかけるからな。
 だがあの時はそんなもの見当たらなかったし、首にある痕は私がつけたものに違いない」
「東上が腰が痛いって言っているのも・・・?」
「・・・階段から落ちたのだ、腰だって打っただろうな」

全てを説明し終えると西武は大きくため息をつく。
そして東上に近づくと東上はニッコリと笑ってくるので、西武はヤレヤレと肩を竦める。

「・・・本当に記憶喪失らしいな。
 だが、まぁ・・・、元気そうだしヨシとするか」

西武はクルリと東上に背を向けてメトロの休憩室から出ていってしまう。

ぜんぜんヨシじゃないんですけど、ど残された全員は思うが誰も言わない。
それにニッコリ笑う東上を西武がなんだかやるせなさ気に見たのを伊勢崎は気がついたのだ。

「(まぁ、俺だってあの東上には複雑なものを感じるしな〜、って)有楽町!」
「え?なに??」

伊勢崎に名前を呼ばれ、条件反射的に有楽町は身体を竦ませる。
伊勢崎はムッと口を尖らせていたが、
やがてペコリと頭を下げると、

「疑ってごめんなさい」

と、謝罪をしてくるのだった。

・・・自分に過ちがあれば謝る、それは当たり前のことだった。
有楽町は苦笑して伊勢崎の肩をポンと叩いた。

「大丈夫だよ。疑いも無事に晴れたし・・・」
「けど!」
「そうですよ〜!本人が良いって言ってるんですからOKなんですよ☆」
「副都心、お前はだまっとけ!」

ペシッと後輩の頭を叩き黙らせると、
それまで沈黙していた銀座が徐に有楽町・・・というか彼の背後にいる東上に近寄った。

「・・・あの?」
「うん。大人しい君もいいけど、僕的には普段の君が好ましいんだよね?」
「・・・・銀座さんは何を言っているんですかねぇ??」
「・・・・俺に分かるわけないだろ・・・、伊勢崎は?」
「俺もさっぱり・・・」

などと3人でヒソヒソ話していたら、銀座は徐に東上の首の辺りに手刀を入れる。
当然だがその場にいた伊勢崎、有楽町、副都心の三人が固まってしまったのは言うまでもない。
銀座に殴られ気を失った東上・・・・、だけど・・・・。
















場所は東武本線、宿舎。


「・・・・で?東上は無事に記憶を取り戻したのかよ?」

伊勢崎を追いかけた日光だが、その途中で戻ってきた伊勢崎と出くわす、が、
その傍らには東上の姿はなかった。
伊勢崎はそれまでの出来事を彼に話すと、日光は呆れ気味にため息をつく。

「うん。銀座の手刀で気を失ったんだけど、
 目覚めたら元の東上に戻ってたんだ・・・、みんな一安心したよ」
「・・・・僕、から俺に戻ってたか?」
「あはははは!うん!それも戻ってたよ!」
「それにしても相変わらず銀座線は怖ーな!手刀で無理やり記憶を戻すなんてよ・・・」
「まぁ、記憶喪失の原因が体を打ったことならそのショック療法、ってことらしいよ?」
「・・・へー?」
「・・・東上と有楽町もまとまりそうだしね・・・」

伊勢崎がそこまで言うと日光は面白くなさそうな顔をするので、
思わず噴出してしまった。

「笑ってんじゃねーよ」
「だって可笑しくて!いっつも喧嘩ばっかりなのに寂しいの?」
「そういうんじゃねーよ!そーじゃなくて・・・・」
「うん?」
「喧嘩相手に恋人が出来たらもう喧嘩できねーかおしれねーだろ!?
 それが寂しいだけだ!」
「・・・・・そっかぁ」

恋人が出来た位じゃ、そんなことにはならないと思うけどと思いながら、
伊勢崎はグイッと日光の頭を自分に引き寄せた。
日光は一瞬ビックリしたが、すぐに笑みを浮かべて伊勢崎の唇に唇を寄せた。

そうだ、東上の来訪で忘れていたが自分たちはコトの最中だったのだ。
問題も片付いたし、続きをしよう・・・と、日光は口付けを寄り深いものに変え、
そっと伊勢崎を腕の中に抱きしめるのだった・・・・。







・・・・一方の有楽町はあの後、
銀座や副都心、伊勢崎が見守る中の告白を強要され自分の気持ちを東上を伝えることに成功した。
東上は脱兎の如くメトロの休憩所の入口まで走ると、
チラリと真っ赤な顔をのぞかせて、

「・・・俺もだ、バーカ!」

と叫んで逃げて言ってしまったという。

「伊勢崎!迷惑かけたな!」

と、いう木霊を残して・・・・。

2011/3/27


ありがとうございました。 一度はやりたい記憶喪失ネタ? なんだか不完全燃焼ですが・・・・。 こう・・・、なんというかですね、 振り返ると私は有楽町×東上が一番好き・・というか書きやすいんだなぁ・・としみじみ。 戻る