〜シャイな彼〜

「先輩、東上さんを見かけませんでした?」

封筒を片手に、後輩である副都心は休憩室に入ってくるなり開口一番に聞いてきた。
有楽町はといえば、自分も東上を探していたので、ウーンと首を傾げる。

「それが俺も探してるんだけど・・・」
「あ、やっぱり今朝から見かけてませんよね?」
「うん・・・」

副都心も有楽町も今朝から一度も東上に会っていない。
けれど電車はきちんと動いているし、東上に何かあったとは考えられなかった。

「池袋でも和光市でも会ってないんだよなぁ〜」

いつもならどこかしらで会うはずなのに、だ。

「僕もです。ここ、川越市にも居ないとなるとあとは・・・」
「・・・・森林公園とかか?」
「あー・・・、だとすると僕たちは会えないですよねぇ・・、
 今は僕達の車両、あっちまで行きませんし」
「だなぁ・・・、でもなんであっちに居るんだろう?」
「まだあちらに居るとは限りませんが、
 もしそうだとしたら不思議ですよね」
「うん・・・。あ、寄居かな??」
「寄居ですか??でも最近は秩鉄さんと合同の企画なんてないですよね?」
「・・・ないから会いたくなって、とか?」
「あー・・・・、なるほどですねぇ」

だとしたら今頃は乙女モード前回で手に追えないかも・・・、
などと苦笑いをしていたら突如、その連絡は入ってきた。
有楽町と副都心の携帯が着信音を鳴らしたのだ。

「うん?メールか?」
「二人同時ってことはどこかで事故ですかね??」
「その可能性は大きいな・・・って、西武か・・」
「わぁお♪」

メールを空けてみれば二人にメールを送ってきたのは西武池袋だった。

「・・なになに・・・、信号機トラブルで運転見合わせ?」
「・・・毎度ですけど振替を依頼する人の態度のメールじゃないですよねー」
「・・・・もう慣れたけどな。うん?ってことは東上も振替だよな?」
「でしょうねー」
「ってことは池袋に行けば会えたりして?」
「あー・・、西武さんに文句を言う為ですね?」
「そーそー」

それを考えるとなんだか鳩尾がキリキリする気もするが、
東上に用があるのでこの際、会えるのなら少しくらいは耐えなくてはならない。
副都心がやる気のない声で「ファイト」などと言っているが、
有楽町にはなんの励ましにもならなかった。
が、その時だった。
川越市の休憩室の扉が勢い良く開かれたのだ。

「なんだってこんな時に信号トラブル起こしてんだよ、西武の・・・!!??」

今の今まで探していた人物が突如目の前に現れたのだった。
が、有楽町も副都心も東上を見るなり固まってしまった。
東上も東上で二人を目に捉えた瞬間、一瞬固まったが、
すぐに顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。

「ぎゃーーー!!!なんだってこんな場所に居るんだよっ!!」

東上はよほど見られたくなかったのか、
近くに洗面台にかけてあったタオルを取ると、
すばやく自分の頭に巻きつけた。

「・・・と、東上・・・?・・・だよな?」
「・・・・だと、思います・・・多分・・・」

二人は目の前の東上が信じられず相変らず固まっていた。
それはそうだろう・・・。
今目の前に居る東上はいつもの東上と違っていたのだから。

「最悪っ!!せっかく会わねーように工夫してたのに!!見られちまった!!」


この世の終わりのような叫び声で、
けれど顔はますます真っ赤になっていく東上。
そんな彼のいでたちは赤のつなぎだった。
ここ最近、東上線は事故続きだったので、
オレンジのつなぎが底を尽きたのかもしれない。
それで本線に頼んで借りたのだろう・・・・。
が、彼がいつもと違うのはつなぎの色だけではなかった。

「・・・東上さん・・・随分涼しげになりましたねぇ」
「本当だ・・・、前髪がパッツンだな」

そう、東上の長い前髪が本線の伊勢崎のように短くなっていたのだ。

「ぎゃーーーー!!!
 見てんじゃねーよ!!
 つーか!西武池袋から振替要請来てんだろーが!
 速く行けよ!!!!」
「いやだなぁ・・・、東上さんだって振替組みのお一人でしょう?」
「・・・・!!?・・・ぐ・・・」
「それに職員には指示の連絡を出したからしばらくは大丈夫だよ」
「うぅ・・・・」
「と、言うわけでその出で立ちの理由をお願いしまーす☆」

副都心はお尻に黒い尻尾をはやし、ニヤニヤと笑いながら東上に近づいた。
東上は逃げようと一歩身を引いたが、
副都心が素早くドアの方へと移動してしまったので出口を塞がれる。
そして目の前にはいつの間にか有楽町がきていて、
まさに袋のネズミだった。
有楽町は普段は副都心を諌めてくれるのに、
東上のこの姿の理由は気になるのだろう。
副都心に協力する様に東上の行く手を阻む。

二人のメトロに上から覗き込まれ、東上はすでに涙目だった。

「あれあれあれ??東上さん??どうして泣くんです??」
「そうだよ。まるで俺たちが苛めてるみたいだろー?」
「苛めてんじゃねーか!!俺を外に出さないようにしてんだろ!!」
「それは東上さんが逃げようとするからですよ〜」
「そうそう。それに俺たちは東上のその姿の理由が聞きたいだけだぞ?」
「理由を教えてくれたら晴れて釈放ですよ♪」
「・・・う・・・うぅ・・・」


副都心はともかく今回は有楽町も面白げに東上をからかってくる。
珍しい光景だ。
これが自分相手でなかったら東上も遠くで見物しているに違いない。
だが自分がターゲットとなるとそうもいかない。
東上は拳を強く握り締め身体をプルプル震えさせ始めた。








東上の身体の震えを見て取り、副都心は有楽町に小さな声で話しかける。


「ちょっとからかいすぎましたかね??」
「・・・かも・・・、そろそろ鉄拳が飛んできそうな気が・・・」

東上は体育会系なので殴られたらただではすまない。
殴られて気絶して、運休、という運命にはなりたくないので、
二人は東上の今の姿の理由を聞きだすのを諦めようとした・・・が。


「・・・・・っ・・・・!!!」



東上は身体を震えさせるだけでいつまでたっても拳は飛んでこない。


「??」
「?????」

二人は不審に思って上から東上の顔を覗き込んでみた。
するとほぼ同時に東上が顔を上げ、
二人と目が合うとボッと顔を染めて口をパクパクさせる。

「・・・へ?」
「あれれ??」


東上の態度に困惑を隠せないメトロの二人。
東上の態度はまるで好きな人と目を合わすのを恥らう乙女そのもので、
そんな東上にますます困惑していると、東上は両手で顔を覆いながら叫んできた。

「は・・、はやく離れろよ!!
 おれ・・・おれ・・・おれは・・・・!!」
「『おれ』は?」
「なんなんです???」
「俺は人と目が合うのが大の苦手なんだよ!!」
「はぁ?」
「・・・苦手、ですか?」
「俺はシャイなんだよ!!
 だから前髪長くしてあんまり見えないようにしてたのに・・・!!」
「・・・お前、シャイだったのか??」
「とてもそうは見えなかったですけど・・?」
「だけど俺はシャイなんだよ!!
 前髪でフィルターして虚勢を張ってただけだ!
 本当だったら武蔵野だって殴れねーよ!!」

ズルズルとその場にしゃがみ込む東上。
その様子には先ほどの言葉が嘘のようには到底思えない。

「・・・本当っぽいな」
「ですねぇ・・・、でも東上さん」
「・・・んだよ?」
「そんなにシャイならどうして前髪をパッツンしたんです??」
「・・・っ・・そ、それは・・・」

東上は床に体育座りをし、その中に顔を埋めながらしどろもどろに今の姿の説明を始めた。


「最近・・・事故続きで・・・」
「あー・・・、一日に2回とかあったもんな」
「・・・つなぎのストックがなくなって・・・本線のとこ借りに行った」
「それ、日光さんのですかぁ?」
「・・・野田が・・・オレンジも持ってんだけど、居なかったから・・・。
 伊勢崎もいなかったし・・・、日光しかいなくて・・・借りた」
「だから赤なのか・・・、にしてもよく文句を言われなかったな・・・」
「・・・・その前に事件があったから」
「事件ですか?」
「昨日はなんでか日光と大師しか居なくて・・・」
「日光って子守できるのか??」
「・・・・わりと上手い。
 で、日光が大師の前髪を切ろうとしてて・・・・、
 でも大師が嫌がってて・・・・『東上とおそろいだから切らない』って」
「確かに大師と東上って髪型が同じかも・・・」
「言われてみれば似てますね」
「したら日光、切れて・・・・、
 『東上と同じなら文句ねーんだな?』って言ったんだよ。
 そうしたら大師も頷いて・・・、で日光が俺に向かって鋏を・・・。
 俺は前髪切られたくないし必死に抵抗してたら日光の手元が狂って・・・パッツン」
「・・・・・・それはそれは・・・」
「・・・なんとまぁ・・・」
「赤いつなぎでこんな前髪・・・、
 誰にも会わないように避けてたのに・・・まさか川越市まで来るなんて・・」


予想外だ・・・、と東上はますますうな垂れているが、
前髪が元の長さまで伸びるまでには時間がかかるし、
その間には会議とか、そのほか諸々あるのでいつかはばれていた思うのだが・・、
と、二人は思ったが言わなかった。

「あ〜・・・、特に西武池袋には会いたくねえ・・・バカにされる・・・」

東上が頭を抱えて嘆いたその時・・・、休憩室のドアはまたも勢い良く開かれたのだった。

「見つけたぞ!!」

聞こえてきた声は、今まさに東上が一番会いたくない人物のもので・・・。


「貴様ら!!こんな場所で油を売っている暇があったら直ぐに私の振替を・・・、ん?」
「・・・・っ」


西武池袋は床に蹲っている東上を見て一瞬動作を止めた。
それを見守っていた副都心はそれはもう楽しげに有楽町に話しかける。


「修羅場になりますかね〜♪」
「副都心っ」

楽しげな後輩の頭を一叩きし、殴り合いになる前に止めようと有楽町は身構えるが、
その心配は杞憂だと直ぐに思いなおした。


「・・・なんだ、貴様。そんな場所に蹲って。
 ははーん?さては連日の事故で私の振替をする元気もないのか?
 はっ!これだから愚民は困るのだ!少しは会長を見習え!」
「んだとっ!それが振替を頼むやつの態度かよ!?」
「・・・なんだ?そんなに元気ではないか?
 休み暇があるのなら働け!そして会長に近づけることを・・・」
「だーーー!それ以上は言わなくていい!
 てかここは川越市だぞ??どうやって来たんだよ!?」
「決まっている!本川越から歩いてきたのだ!
 徒歩およそ10分!なかなか快適だったわ!」
「あーそうかよっ!んじゃ、もう用はねーだろ! 
 さっさと帰りやがれ西翼!!!」
「言われんでも帰るわ!邪魔をしたなっ」

西武池袋は身体を翻すのと同時にどこから出したのか、
東上の頭にフワリと何かを被せた。
それは鉄道マンがかぶる帽子であった。

「・・・・これ」
「確かに帽子をかぶっていればそんなに目立たないかもな、髪」
「ですねぇ・・・、でもあの人・・、どうしてこんなの持ってたんですかね?」
「さぁなぁ?・・・・でもそれ、西武線のじゃないのか?」
「・・・まぁ、どこも似たようなもんですしOKなんじゃないですか?」
「そんなわけないだろ・・・・」

ドアの近くで話している二人の会話をどこか遠くで聞きながら、
東上は帽子を触りながら小さな声でもう居ない人物に向かって言った。


「・・・・ばーか・・・・」

2012/5/20


ありがとうございました。 今月のちょっと髪の短いTJをみて書きなぐってみた(笑) 下はおまけです。 〜おまけ〜 西武新宿は本川越の改札に入っていた西武池袋に向かって声をかけた。 「あれ??どしたん?鼻血なんか出して」 「いや・・・これは・・・その・・・・」 「そういえば駅員が帽子がなくなったって騒いでたけど、池袋は知ってるか?」 「・・!!い、いや・・・私は・・・知らない」 「ふーん?」 しどろもどろの池袋に新宿はニヤニヤ笑いながら言葉を続ける。 「・・・所沢に戻るだろ?」 「あ・・ああ・・・、まだダイヤは乱れているからな」 「その割にはあんまり落ち込んでないじゃん?」 「な、なに??」 「いつもは『会長、申し訳ありません』って、落ち込んでる時間が長いのにさ」 「・・・・っ」 「久々に懐かしいものでも見れた?」 「・・・・・っ、新宿!」 「おれ、お前の情報網には時々感心するわ」 「な、なに??」 「・・・東武東上の前髪の情報!どこで知ったんだ?」 「お前だって知っているではないか!?」 「はっはっはっ」 「笑い事ではない!・・・・が、・・・新宿の言っていることは当っている」 「へぇ?」 「・・・久しぶりに・・・まともに顔を見れた・・気がする・・」 「そりゃ良かったな!ま、貧血起こす前に鼻血は止めろよ〜?」 「・・・興奮して止まりそうもない」 「・・・・お前ってそんなにピュアだったっけ??」 「自分でも驚いた・・・」 「・・・長い片思いだなぁ・・・(ま、片思いじゃないと思うけど)」 「私もそう思う」 戻る