新年も明け、年明け早々に車両点検で遅延を起こしメトロやその他面々に迷惑をかけてしまった。
その時の書類を届けるついでに東上はあるものを手に持っていた。
そのあるものとは「水筒」である。
以前、大師が伊勢崎に連れられて遊びに来たときに子供たちにせがまれて甘酒を作ってあげたら、
量を少々多く作ってしまい、伊勢崎たちにお土産として持たせても余ってしまったので、
しかたなく翌日の弁当と一緒に持っていって飲んでいて、
飲み終える少し前くらいに同じく昼休憩に入ってきたメトロの二人、
副都心と有楽町が羨ましげに見たのを思い出したのだ。
別に迷惑をかけたお礼とかそんなつもりはないが折角だからもって行こう、
と東上は水筒に入れて持ってきたのだった。
〜年月の無常〜
「少しは静かに待っていなさい、駄犬が!」
池袋にも和光市にも有楽町と副都心は居なかった。
メトロの職員に聞いたところ、
副都心は分からないが有楽町はメトロの宿舎にいると教えてくれたので、
東上はメトロの宿舎まで出向き、
再びメトロの職員に声をかけ有楽町がいるという宿舎まで案内してもらった。
つまり東上は今、メトロ宿舎の扉の前に立っているのだ。
扉をノックしようとしたところで、
『少しは静かに待っていなさい、駄犬が!』
という低い声が聞こえてきて固まってしまっている。
「(・・・一体誰の声だよ?・・・駄犬って・・・)」
おいおい、と背中に冷や汗を垂らしながら、
普通の人よりより人見知りの激しい東上は有楽町が出てきますように、
と願いつつ遠慮がちに扉をノックした。
『駄犬が!』と言ったのがメトロの誰かは知らないが、
それをいった人物には出てきて欲しくない。
「(有楽町!・・・ゆーらくちょーでありますように!)」
普段は一々自分と西武の喧嘩に割って入ってきたりして、
「邪魔だな」と正直思うこともあるが、
今回ばかりは有楽町が愛しくてたまらない。
有楽町!有楽町!と願っていると、
扉の向こうから足音がしてガチャッと扉が開く音がする。
東上の背筋になんともいえない緊張感が走ったが、
聞こえてきた声にホッと肩を落とした。
「あれ?東上?」
聞こえてきたのは毎日一度は聞いている有楽町の声。
こんな場所にいるはずのない東上を目に留め、有楽町は驚いているようだ。
東上は内心ホッと安心しつつ、
けれどもそれを表に出さないようにいつものようにぶっきらぼうにココにきた理由を話しだす。
「・・・メトロの職員さんに聞いたらココだって言ってたからきた」
「あー・・・、そうなんだ」
有楽町は一度チラッと中の様子を窺うと、
後ろ手でドアを閉めていつもの営業スマイルを向けてきた。
「ごめん。いまちょっと立て込んでて・・・、ここでいい?」
心なしか有楽町の笑顔は引きつっている。
まるで自分と西武が喧嘩をしているときのような顔だ。
それ即ち中ではなにか問題が起きているのだろう。
『少しは静かに待っていなさい、駄犬が!』という声も聞こえたし、
あんまりかかわりあわない方が得策だな、と東上は小さく縦に頷いた。
「ゴメンな?」
「別に気にすんな。俺が勝手に来ただけだしな。ほら、これ」
東上は持ってきた茶封筒をとりあえず有楽町に差し出した。
「東武鉄道」と書かれた茶封筒に有楽町は直ぐに何の書類か理解したようだ。
「ああ、この前の振り替えの?」
「そうだ。副都心の分も入ってるから」
「わかった。わざわざ届けてくれたのか・・・、ありがとうな」
ニコッといつものように笑う有楽町に東上もいつものようにぶっきらぼうに返事を返す。
これもいつものやりとりだから有楽町は苦笑するだけで特には何も言わなかったが、
東上が次に差し出してきたものには目を見開いてしまった。
「それからこれ・・・・」
「・・え?なに?それ?」
続いて渡されたものは結構大きな水筒だった。
「振り替えのお礼ってわけじゃねーけど、この前、お前達飲みたそうだったからさ」
「・・・・・え?」
「・・・甘酒・・・」
「!・・・ああ!」
ボソッと恥ずかしそうに小さな声で教えてくれた東上に有楽町は納得したように笑った。
そういえばいつだか、休憩室で東上が飲んでいたいい匂いの甘酒を、
副都心と二人羨ましそうに見ていた記憶がある。
彼はそれを覚えていてくれてこうしてわざわざ持ってきてくれたというのだろうか。
東上は頑固で偏屈で意固地でとても扱いにくいが、
こうして不器用な優しさを見せてくれるときもある。
それがとても嬉しい。
だからこそ有楽町も彼と上手くやっていけているのだと思える。
「わざわざありがとうな」
「・・・別に。ついでだから・・・、いらねーなら捨ててくれていいし」
「捨てるなんてしないよ。
結構いっぱい持ってきてくれたみたいだしメトロの皆にもあげていい?」
有楽町が一応、お伺いを立てると東上はムスッとした顔のままだけれども頷いてくれた。
けど、耳朶や目元が真っ赤だったので照れているのは一目で分かる。
可愛いなー、もー、と、だらしなく崩れつつある顔で東上に声をかけようとした時だった・・・、
その声は閉めた扉の向こうから聞こえてきたのだった。
「有楽町?お客様はだれ?」
穏やかなその声は確かめずともわかる。
銀座だ!
と、思った瞬間には扉は彼によって大きく開かれていた。
「おや?東上だったんだ」
「・・・どーも・・・」
銀座が現れると東上はペコリと頭を下げた。
銀座も同じように頭を下げるとすぐに視線を有楽町に移してきた。
ニッコリ微笑んだ銀座だがその目は有楽町を少しだけ咎めているように見えた。
お客様を宿舎に上げずこんなところで話しこんでいたのがこの重鎮はお気に召さなかったのだろう。
否、有楽町だって本当は宿舎に上げたかったのだが、今回はそうもいかないと思ったのだ。
なぜならべつの「お客様」がすでに先客としていたからだ。
その「客」と東上はどうしてもあわせたくなかった、
だから無礼と思いつつもここで対応していたというのに・・・・。
はぁ・・、と心の中でため息をつきつつ有楽町は銀座に説明を始めた。
「書類を届けにきてくれたんだ。あとコレも・・・」
「・・・それは?」
「甘酒だって。前に俺と副都心が飲みたそうにしてたのを覚えててくれたらしくて・・」
「あ、そうなんだ?」
「うん、そう」
だから東上はもう帰るんだよ、と言おうとしたがそうは問屋が下ろさない。
銀座は視線を東上に戻すとより一層ニコニコ笑って、
「わざわざありがとうね、東上。
お礼に美味しい紅茶とお茶菓子をご馳走するから食べていってくれるよね?」
と、声色は優しいが断ることを許さない強さで聞かれ、
東上は嫌な汗を背中に感じながらコクリと頷く。
有楽町は「えぇぇぇぇ!?」ともちろん心の中で叫んでいたが、
続く銀座の言葉に更に「えぇぇぇっ!?」と叫んでしまった、もちろん心の中で。
「良かった!有楽町の想い人になんの御礼もしなかったら早川さんに言い訳できないからね」
「・・・・は?」
けれど当の東上は意味が分からないのか目をパチクリさせるばかり。
当然だかそんな東上の様子にフー・・と、
ため息をついた銀座の冷たい視線が有楽町に突き刺ささり、
有楽町はなんだかとても自分が惨めに思えてならなかった。
その目は「まだなの?」とあきれ返っていたものだからだ・・・・。
「慎重すぎるとかえってよくないと思うけどね、ねぇ?東上?」
「・・・・はあ?」
「銀座!」
これ以上は余計なことは言わないでくれ!と思わず叫んだが、
銀座は聞く耳持たず、そのあとも何かを言っていたが、
とりあえず東上を中まだ入れてないことを思い出したのか、
「ふふ、結局、立ち話をしてごめんね。さ、中に入って」
と、ドアを限界まであけて入りやすいように自分の身体をドアと平行にした。
「・・・あ、どーも・・・・」
「ああ、そうだ。今、躾けのなってない駄犬がいるんだけど気にしないでね?」
「駄犬?」
その言葉に東上はこの扉の前に立った時のあの怖い声を思い出した。
『少しは静かに待っていなさい、駄犬が!』
あの声はひょっとしなくともこの銀座のものだったのだろうか?
東上の背中に何度目か分からない嫌な汗が伝った。
有楽町を見れば彼は疲れたような顔をしている。
・・・・ひょっとしたら自分は来る時間を間違えてしまったのかもしれない、
と思ったが既に後の祭り・・・・。
東上はいやな予感を胸に恐る恐るメトロの宿舎の足を踏み入れた。
通された応接室のような場所には既に「お客様」が一人いた。
きている服がメトロのソレではなかったので、「客」ということは直ぐに分かった。
それに東上はその客がどこの「客」なのかもわかった。
ソファーに座っている人物こそ知らないが、着ている制服はみたことがある。
まだ有楽町と繋がる前。
当時東上には直通相手として「営団」以外にも候補があったのだ。
それは「都営」で「三田」線といったはずだ。
結局会社の都合で「営団」に決まったのだが、
あの時に何回か会う機会のあった「都営」の「三田」はあんな制服を着ていた記憶がある。
目のキラキラした青年だった。
今、ソファーに座っているのはサングラスに無精ひげ、でかい体、
とまるで「や」のつく職業の人みたいだが、「都営」なのだろう。
メトロと都営は経営統合とかそんな話があるみたいだからその話し合いの最中だったのかもしれない。
・・・・自分は場違いなんじゃ、と思うが、
ニコニコ笑う銀座に「座って」と言われればなぜか逆らえない。
有楽町と一緒に「都営」の誰かが座っているソファーの正面に腰を下ろすのだった。
「それじゃあ、僕は紅茶とお茶菓子を用意してくるから」
東上が座るのを見届けると銀座は何が楽しいのか「♪」を浮かべながら応接室を出て行く。
振り向きざまに「都営」に向って、
「南北はあと少しで戻ってくるって連絡が入ったよ」
と、伝えてから。
目の前の都営はソレを聞くと、ハァー・・・とため息を吐いて自分の頭をガシガシ掻いた。
人見知りの激しい東上は目の前の「や」のつく人みたいな路線が動いただけで身を竦ませてしまう。
そんな東上の怯えに気がついたのか、「都営」は益々ハァ・・とため息を吐く。
一体なんなんだろう?と居心地悪げに横にいる有楽町を見れば、
彼もまたなんとなく居心地が悪そうだ。
三人が三人とも居心地が悪い。
誰か、何とかしてくれ!と三人が三人とも思っていたら、
勢いよく応接室の扉が開いた。
「よぉ!待たせたなー!」
緑色のネクタイをつけた青年が入ってきた。
「都営」がその青年に向って、
「おっせーよ!」
と叫んだので、彼はきっと銀座が言っていた「南北」に違いない。
都営はこの南北を待っていて銀座に、
『少しは静かに待っていなさい、駄犬が!』と言われていたのだろう。
あの声には仰天したものだが、・・・そんなに落ち着きがないのだろうか?
たしかに頭を掻いたり、ため息を何回も吐いていたりしていたが・・・。
それにしてもまさに恵みの雨だ。
早くこの「営団」をどこかに連れて行ってくれ〜、と願った、が、
けれど東上にはさらに仰天する出来事が起こるのだった。
「悪かったな〜、三田!」
南北が悪びれもせず「都営」の肩をバンバンたたきながら口先だけの謝罪をしている。
そんなに叩いたら痛いだろう、と頭のどこかで思ったが、
それよりも何よりも東上は南北が口にした名前に思考回路が真っ白になった。
スクッとソファーから立ち上がると、一瞬だけ有楽町を見る。
彼は、青い顔で空笑いの笑顔を浮かべている。
有楽町が東上を宿舎に上げずに対応しようとした理由が分かったのだ。
東上は有楽町からゆっくりとした動作で「都営」に視線を移す。
急に立ち上がった東上に、南北は怪訝な顔をしている。
それはそうだろう。
あったこともないどっか会社の路線が青い顔で自分、
というか三田を見たまま固まっているのだから。
東上は三田を見たまま固まっている。
しかも三田は三田で東上を見たままなんともいえない顔(サングラスでよく分からないが)をしている。
そしてそんな状態のまま1分くらい経過して、大きなため息を吐いた三田が先に口を開いた。
「・・・・久しぶりだな・・・、東武・・・東上・・・」
三田の言葉に南北は「え?」という顔をして東上を見た。
三田と東上の「話」を多少知っている南北は、
「こいつが東上か」と、東上の横に座っている有楽町を見たら、
有楽町は相変らず引きつった顔をしている。
「(・・・もしかして修羅場ってやつ?)」
有楽町は大変だなー、自分のせいじゃないのに、と思い、
南北としてはこういう雰囲気が好きじゃないので、
たまにはこの苦労性を助けてやりますか、と、
三田に別の部屋で打ち合わせしようぜ、と声をかけようとしたときだった。
それまで黙っていた東上が口を開き、喋りだした。
「・・・三田・・・?本当に・・・・?」
確認するように聞く東上に三田は黙って頷く。
東上は信じられないものでも見るかのように見つめ、そして言った。
「・・・・そんなに老けて・・・・、苦労したんだなぁ・・・・、それじゃあ、おっさんじゃねーか」
あの時の目のキラキラしていた青年がこんなおっさんに・・・、
東上の衝撃は計り知れないものだったが、
その台詞を聞いた途端、南北の大笑いが応接室に響き渡り、
三田と有楽町はズルッとソファーから転げ落ちてしまった。
「あはははははっ!あの時の三田の顔は皆にも見せたかった!」
あのあと、銀座が紅茶とケーキを持ってきて6人でそれを食べた、黙々と。
銀座は一人ニコニコ笑っている。
南北は笑い足りないのか時折プッと噴出していた。
有楽町も時々プッと笑いながら別の方面へ視線を泳がせ、ケーキを租借している。
東上はといえば今だに無常な現実が信じられないのか、
「おっさん」、「おっさん」と時々口にしながらケーキを食べていた。
「南北、もう止めろよ・・・、三田がかわいそうだ」
「・・・・有楽町も顔がにやけてるじゃんか!」
「そうだけど・・・・」
「あのあと三田の顔を見るたび笑い転げて打ち合わせになんなかったぜ〜?」
そういや帰りが一緒だったみたいだけど、あの二人、会話できんのかな?」
「え?一緒になったんだ?・・・どうだろう?」
「多分ね。俺が三田を玄関まで送っていったら東上の背中が小さく見えたし、
追いかけたと思うけど?・・・・思いつめた顔してたし」
南北と有楽町と銀座以外、まだ宿舎には誰もいなかった。
それまで黙っていた銀座だが、南北の「帰りが一緒だった」発言に、
えっ、と眉を顰めて有楽町を見た。
「・・・なに??銀座??」
「有楽町、東上を送らなかったの?」
「・・・う、うん・・・。東上がいいっていうから・・・」
「ふぅん・・・・?」
銀座は笑顔を作りながら、けれども氷点下の空気をまとって有楽町を見る。
なんでそんな顔をするんだ、と南北を見れば、
彼も有楽町を残念そうに見ているではないか。
「有楽町ってツメがあまいよな〜。三田が送り狼になったらどうするんだよ?」
「・・・・は?・・・って、え??・・・えぇぇぇぇ!?」
有楽町の叫びには二つの理由があった。
一つは「送り狼」発言。
もう一つは南北さえも自分の想い人を知っていたということだ。
「まぁ、今回はまさかこんなに早く打ち合わせが終わるとは思っていなかったからだろうけど、
それにしてもどうしてこんなに恋愛ごとには消極的なんだろうね・・・?
相手が断っても強引に送り届けるくらいのことはしなきゃなのにねぇ・・・」
銀座がため息の後、今度は南北を見た。
その目は早く打ち合わせを終わらせたことを咎めているようだ。
南北はムッと口を尖らせ、
「だって三田の顔を見るたびに笑ってそれどころじゃなかったんだ」
と、言い訳をする。
その横では有楽町が青い顔でなにやらブツブツ言っているので、
銀座はそんな二人に、笑顔ながらも威圧感のある声で言い放った。
「・・・南北はもう少し我慢を覚えなさいね。
そして有楽町はもう少し仕事以外のことも勉強しなさい」
ニッコリ笑うメトロの親分になにか異様なものを本能で感じ取った二人は、
二人は青い顔でコクコク頷くと、
銀座に即されるまま南北は自分の部屋で企画書を、
有楽町は宿舎を追い立てられ東上を追いかけるハメとなるのだった。
・・・・・一方そのころ。
東上と三田は並んで歩いていた。
会話はなく、ただトボトボ歩いていた。
東上は時々チラッと三田を見上げ、悲しそうに顔を歪ませてはため息を吐く。
いい加減そんな東上の態度に嫌気がさし、三田はついに沈黙を破る。
「・・・おい」
「え?」
「・・・・そのため息、止めてくれ・・・。俺が惨めになる」
「・・・・ご、ごめん」
「それから謝るのもだ・・・、あんたの口からは聞きたくない」
「・・・・わかった」
東上は横を歩く背の高い男を見上げる。
短くなった髪、かけていなかったサングラス、生やしていなかった髭。
「・・・それにしても変わったよなぁ」
相変らず東上はその言葉を繰り返している。
悪気はないのは本人の顔を見れば分かる、分かる、が、
そう何回も言われると流石に傷つくというものだ。
「・・・そんなに変わったか?」
チラッと見下ろせば、東上はあの時と同じ顔で見上げてきていた。
「まぁ、ぜんっぜん変わってないあんたに比べたら変わったかもな」
「俺は変わってない?」
「・・・・見かけはな。中身はわからんが」
「・・・・そっか」
・・・・と、いいつつ三田は知っている。
東上があの時以上に人見知りが激しく、頑固で偏屈で意固地に変わったことを。
そうなった理由も、風の噂でなんとなく知っていた。
でも言わなかった。
二人の間に再び沈黙の時間が流れている。
「なぁ?」
「・・・なんだ?」
それから二人は再び黙々と歩いていたが、
今度は東上が質問を始めた。
チラッと見上げればチラッと見下ろしてくれた。
ああ、そういえばあの頃もこんな感じだったかも。
二人して会話が続かず、時折何かを話しては、沈黙し、また会話が始まる。
東上はフッと笑って話し始めた。
「なんでサングラスに髭を生やし始めたんだ?」
「・・・・・」
あの頃はそんな「や」のつく人みたいな感じは雰囲気はなかったのに。
まぁ、サングラスに髭、だけでそうと決め付けるのもアレな気もするが。
けれど一向に答えが返ってこないので東上は不信に思って、
チラッではなく真っ直ぐに見上げた。
「三田?」
すると三田は立ち止まり、ハァ・・・とため息をつき頭をガシガシ掻いた。
「あんた・・・・、−−−−−−だろ?」
「なに?」
三田の声は小さかった。
身長差もあるし小さな声で話されると聞こえない。
東上が眉を顰めたその時だった。
唇に一瞬だけ滑った感じがして直ぐに離れたのは。
そして耳元でボソッと何かを囁いたかと思うと、
ものすごいスピードでその場から走り去って行ってしまったのだった。
「・・・・?(なんだ、今の)」
自分の濡れた唇をつなぎの袖で拭いながら東上はしばらくその場で佇んでいた。
どのくらいの間かというと、
銀座に責められ慌てて追いかけてきた有楽町に声をかけられるまでだった。
『あんた、無精髭やサングラスの男が好みなんだろ?』
という言葉を頭の中でリピートさせながら・・・。
有難う御座いました。
世にも珍妙な三田→東上←有楽町なお話。
因みに無精ひげが秩鉄で、サングラスが八高という意味と捕らえてください。
・・・あ、すべて捏造ですよ!
2011/1/10
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