〜FALL IN LOVE〜
「本当にごめんねぇ?」
「・・・・ああ・・・、別にいいよ。
まぁ、俺まで止まったのはちょっと嫌だけど・・・」
「うん。だからごめんね?
あ、あとでなにかお詫びの品を持ってくよ。何が良い?お米?」
「・・・米はまだある。
今は野菜が高いから野菜がいい」
「うん。りょーかい☆
あとで書類と一緒に持ってくね」
「・・・わかった」
あらかた話を終えると東武東上線はその場から去っていく。
JR八高線は陽気に手を振りながら東上を見送るが、
その様子を信じられないと言う顔で見つめている人物が一人・・・。
東上を見送り、クルリと振り返った先に武蔵野線を見つけた八高は陽気に笑った。
「あれ〜??武蔵野じゃない!」
「・・・・・」
八高が近づくと、武蔵野はジリジリと後ろに下がる。
ん?と首を傾げながら八高は武蔵野へ近寄るが、
武蔵野はどんどん後ろへ下がっていくのだ。
「・・・武蔵野?」
「・・・お前、・・・さ」
「ん?」
「今・・・、止まってるよな?」
「あー・・、うん。そうなんだよねぇ・・・事故でさぁ」
「・・・・なんで?」
そう、八高は珍しくも事故を起こしていた。
そうなると振替組みの一つが東上で・・・・。
武蔵野もよく止まっては東上に振替を依頼しているのだが、
いつも東上に怒鳴られ、殴られながら振替をしてもらっているのだ。
それなのに何故八高は無事なのだ。
殴られることもなく、東上に振替をしてもらっている。
「・・・なんで?」
だから武蔵野がそう呟いてしまったのは致し方ないことだろう。
だが、当然だが八高には「何」が「なんで」なのかは分からず、
相変らず「ん?」と首を傾げるばかり。
そんな八高に武蔵野は珍しくイライラしながら疑問をぶつける。
「お前、今止まってるじゃん!?」
「うん?」
「なのに何でだよ?!」
「・・・何がかな?」
「だってあの東上に振替を依頼したんだろ?」
「・・・・ん?ああ・・・まぁね!
僕の路線だと東上とか、越生とか、秩鉄が振り替えろ線だしね」
だから不思議じゃない、とサングラスの奥の目は語っているが、
武蔵野には見えないので関係ない。
「おかしい・・・」
「・・・なにが?」
「だって俺が振替頼むと東上のヤツ、すっげー怖いもん!」
ブルッと身体を震わせて訴えれば、
八高はああ、と笑って僕は特別、と答えた。
「とくべつぅ??」
「そう、特別!すごいでしょう?」
「すごいてか・・・、なんで?」
「んー?」
誰もが思うであろう疑問を口にする武蔵野。
けれど八高は読めない笑みを浮かべて笑うばかり。
「僕は特別なんだよ。それだけ。それじゃ、ダメ?」
「ダメ!!ぜってーダメ!!」
「どうして?」
「だって俺も知りてーもん!東上に殴られずに振替をしてもらうコツ!」
「・・・・ああ、そっか。君もよく止まるものねぇ?」
「そー!そのたびに殴られて、俺ってばボロボロよ?」
「はははっ」
「笑い事じゃねーのよ!」
「んー・・・、でも、武蔵野にはムリだと思うよ?」
「は?」
「武蔵野は東上を押さえ込めないでしょう?」
「・・・・押さえ込む??」
「東上はね、良くも悪くも素直なんだよ」
「?????素直???ただの捻くれもんだろー?」
「そんなことないよ?東上って可愛いよ」
「はぁ?」
目が悪いんじゃねーの?とばかりに見てくる武蔵野に、
八高はクスッと小さく笑う。
「東上って喧嘩が強いでしょ?」
「ん?あー・・・まぁ・・・」
「身体はちょっと小さいけど、ちょっとやそっとじゃ負けないでしょ?」
「確かに東上は俺より小さいよな」
うんうん、と「正しいこと」を言っている八高の言葉に頷く。
「筋肉も程よくついてるし」
「・・・・重たいもんも平気で担ぎ上げてるしな」
「そうでしょ?つまり東上は『力』に自身があるんだよ☆」
ポンッと手を叩きながら、八高は話し続けるが、
武蔵野には何がなんだかサッパリだった。
東上が喧嘩が強く、力もあるのは認める。
だかそれと、八高の振替と何が関係あるのだろう。
うーん・・・、とますます混乱に陥る武蔵野を見ながら、
「でもね」と八高は続けた。
「僕もねぇ・・・、昔は振替を頼むごとに殴られてたよ」
「!マジで?」
「うん」
「東上は力があるから殴られると痛いよね?」
「痛いな」
「僕、痛いの好きじゃないんだ」
「俺だって嫌いだよ」
「でしょ?だから考えたんだよね〜」
「・・・・・考えたって?」
「どうやったら素直に振替をしてくれるかなって」
「・・・・へー」
八高の話しに、武蔵野は興味深々といった風に目を輝かせ始めた。
おそらくその方法を聞いて、自分も試そうとしてるのだろう。
でも武蔵野にはムリだろうな、と八高は思う。
なぜなら彼は八高と違って軟弱だからだ。
「僕は軍事用路線だったからね・・・、力にはちょっと自信があったんだ」
「・・・・力?」
「東上は強いけど、でも僕の方が大きいしひょっとしたらってね」
「・・・・・それって」
だんだん話が見えてきたのだろう、武蔵野の肩がガクンと落ちたのが分かった。
どうやら自分にはムリだと悟ったようだ。
「ある時ね、いつものように殴りかかってきた東上のパンチを命からがら避けたんだ」
「・・・命からがら?」
「うん。東上のパンチのスピードはすごいからね!避けるのは一苦労だったよ」
「・・・で?」
「うん。それで避けた次の瞬間に、こぉ・・・」
説明しながら八高は武蔵野の足に自分の足をかける。
そうされて武蔵野は、なるほどね、とその先が分かってしまった。
パンチに失敗した東上が、体勢を立て直す前に八高は足をかけ東上を転ばせたのだ。
「・・・当然、東上は倒れるでしょ?」
「足をかけられちゃな」
「東上が倒れこんだらすぐさま馬乗りになってね」
「・・・馬乗り?!」
「それでこぉ・・・、両手首をつかんで床に張りつけてさ」
「・・・・・っ」
「足の間に僕の体を挟んでね・・・それから・・・」
「わーーーーー!!!!」
その先は聞かなくてもいい!と武蔵野は耳を塞ぎ大きな声で八高の声を遮った。
この男・・・、陽気で優しそうなフリをしてとんだ悪魔だったようだ。
なんだか東上が気の毒になってしまう武蔵野だった。
「東上が秩父鉄道を好きだってのは僕も知ってたよ」
武蔵野が耳を塞いでいても話を続ける八高。
その先はもういい、と思う武蔵野だが耳をふさいでいても声は聞こえてくる。
また大きな声を出して遮ってもいいが、
八高の放つ雰囲気がそれを許さなかった。
聞いておかないと、後悔する気がしたのだ。
「ずっと一途に思い続けてること、知ってたよ。
だからその時は唇を軽く合わせただけ・・・・・」
「・・・・・っ」
サングラスに手をかけて、目から外すと、
ニッコリ笑って武蔵野を見た。
「その時は抱いてないよ?」
「・・・『は』ってなんだよ、『は』って」
「その後は秘密!」
「秘密って・・・」
「僕と東上の秘密だからね」
「おいおい・・・・」
「ねぇ武蔵野」
サングラスを再びかけ直すと、八高は陽気に笑いながら釘をさした。
「今の話は内緒だよ?」
あまりの陽気ぶりに武蔵野は逆に恐ろしくなり、コクンと無意識に頷いていた。
八高は満足そうに微笑むと、まだ事故の処理があるからと自路線へ帰っていく。
その背中を見送りながら、武蔵野は大きく息を吐くのだった。
背中に武蔵野の視線を感じつつ、八高はゆっくりと足を進めていく。
もともと利用人数も少ないし、
振替も依頼してあるので他の路線に比べて気持ち的にははるかに楽なのだ。
それに今夜は多分、東上と一緒に過ごすことになる。
あの時、東上を押し倒した時、東上は果敢にも反撃に出ようとしていた。
実際に自分の身体を東上の足の間に挟んで阻んでいたが、
東上が本気で抵抗をしたら、長時間押さえ込むのは困難だっただろう。
けど、八高が唇をよせ、そっと抱きしめた時に、
一瞬大きく震えた後に東上は八高の身体に手を伸ばしてきた。
無意識だったのだろうが、ほぅ・・・と安堵の息を吐いたのだ。
「・・・温もりに飢えてたんだろうねぇ」
そこに付け込んだ自分はズルイと分かっている。
でも止めようとは思わない。
今夜、可愛い泣き顔で抱きついてくるであろう東上を想像しながら、
八高は足を少しだけ速めるのだった。
2012/9/2
ありがとうございました。
八高が狡賢い人になってしまいました。
いや・・・、私の中で八高はそんなイメージなので。
しかし、八高×東上は久しぶりすぎて難しい。
そしてわりとマイナーですかね?
続く、かもしれません。
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