〜大人になっちゃった!〜


武蔵野線が珍しくダイヤを乱すことなく順調に半日を終えようとしていたとき、
珍しい人物が息を切らせて自分の所までやってきた。

「あれ?とーじょーじゃん!?なになに??
 俺のトコにくるなんて珍しいじゃん?ひょっとして振り替え依頼か〜??
 オーケーオーケー!俺、今日は超順調だから振り替えてやるぜ〜??」

東上はまだ何も言っていないのに一人でベラベラと喋り続ける武蔵野。
息を切らせて武蔵野の傍まできた東上は、
ギロッと相手をひと睨みしたのちに小さな声で

「振り替え依頼じゃねーよ」

と、言うのだった。
武蔵野はつまらなさそうにフーン、と鼻をならし、
「じゃ、何の用?」と東上の顔を覗き込みながら尋ねる。
東上が言いにくそうに口をもごつかせていると、
何か思い当たったのか武蔵野は頭に電球を浮かべたようにニカッと笑った。

「まさか俺に会いにきたとか?
 いや〜、照れるね!モテル男は辛いね!
 いくら最近の俺が頑張ってるからって惚れ直しちゃった?」

武蔵野はそこで一呼吸を置くと、

「・・・・夜まで待てなかったのか?」

と、東上の耳元で囁く。
武蔵野の態度に東上はコメカミに青筋を浮かべる、が、
すぐに自分は急いでいることを思い出し大きく深呼吸をして碇を落ち着けた。
そして誰か聞かれたくない相手でもいるのか、
何故か周りをキョロキョロ見渡して、誰もいないことが分かると改めて武蔵野に向き合う。
そして消え入りそうな声で武蔵野に頼みごとをした。

「・・・南越谷まで乗せてくれ」
「・・・みなみこしがやぁ??」

何でまた?と言う目で武蔵野に見られ、東上は小さくため息をつく。
武蔵野の驚愕の理由が分かるからだ。

南越谷は伊勢崎線の新越谷と乗換えができる駅だ。
東上が南越谷に行く、ということは伊勢崎に用があるからだ、と武蔵野でなくとも分かるだろう。
しかし、東上は伊勢崎に会うときの多くは秩父鉄道を使っていくことが多いのだ。
それなのにどうして今回は武蔵野線を使うのだろう?

「・・・秩鉄でいかねーの?」

その最もな疑問を武蔵野が口にするのは当たり前だった。
否、武蔵野でなくともその疑問を口にするだろう。
けど、東上としては理由を教える気はないのだろう。

「・・・・!?・・っ、うっせーな!!」

と、いつものように威嚇しながら怒鳴ってくるので、
武蔵野はヤレヤレと大げさに肩を竦めた。
東上線は意固地だ。
一度口にしないと決めたら、ものすごいことが起きない限り口にしないだろう。
けれど長年の付き合いで彼の扱いを心得ている武蔵野は目の前に飴をちらつかせ、
自分の疑問を解決しようと試みた。

「あーあ!せっかくタダで乗せてってやろうとおもったけど、
 とーじょーがそんな態度じゃ、やっぱ金取るかな〜?」


たかが380円。
されど380円、だ。
台所事情の厳しい東上にはまさしく飴で、
一度グッと何かを堪えた後、大きなため息とともに伊勢崎に会いに行く理由を教えてくれた。

「急いでんだよ!俺は一刻も早く伊勢崎に会わなきゃなんねーんだ!
 だから秩鉄じゃなくてお前の路線で行くんだよ!
 あー・・・!早くしないと追いついてきちまう!!!」

一気にまくし立てるように理由を話す東上だが、
武蔵野にはチンプンカンプンだ。
とりあえず急いでいるから秩鉄ではなく武蔵野を使うらしい。
めずらしく自分を使う理由は『急いでいるから』で納得は出来た。
けど『追いついてきちまう』とは一体どういうことなのか?
はて?と武蔵野が首を傾げた時、その声は東上の後ろから聞こえてきたのだった。


「とーじょー!!」


その声が聞こえた瞬間、ビクンッと東上の身体が大きく揺れた。
一体誰だろう?と武蔵野が東上の後ろに視線を移せば、
そこには見たこともない路線が迫ってきていた。

「・・・・誰だ、ありゃ?」
「・・・・・」

東上に視線を戻して聞けば、東上は何故か苦笑いをしている。
そして「あー・・・、追いついてきちまった」と心なしかガックリしてもいた。
なんでそんなに落ち込むのだろう?と、
もう一度、東上の後ろに視線を戻す。
すでに東上の後ろまで来ていた青年をよくよく見れば、
来ている服はつなぎだった。
つなぎは東武の制服だ。
つまり青年は東武なのだろう。
そしてつなぎの色は東上と同じみかん色で、
どうやら東上線系統の路線であることも分かった。

「(東上本線に新しい路線計画なんかあったかぁ?)」

聞いてねーけどな、と武蔵野はジロジロとその青年を見た。
青年はそんな視線など気にならないのか、
東上の直ぐ背後に立ったかと思えば、
徐に東上の身体に手をまわし抱きつくのだった。

「(・・・・はぁ!?)」

もちろん武蔵野が目を見開いたのは言うまでもない。
青年は相変らず武蔵野の存在に気づかないのか、
(いや、気がついてはいるが無視をしているのだろう)
東上の頭に顔を埋めニコニコと笑っている。
そう、青年は東上より若干、背が高いのだ。
そしてそれまでされるがままだった東上も、ハッと我に返ったのか、
急にジタバタ暴れだしてどうにか逃れようと行動を開始した。

「こ、こら!!放しなさい!!」
「えー?ヤだよ・・・、折角東上に追いついたんだぜ〜?」

東上の顔を見下ろしながらこれ見よがしにニンマリ笑う青年の次なる行動に、
存在を無視されている武蔵野は益々目を見開いた。
なぜなら・・・・。

「いい加減に放しなさい!・・・おご・・・んぅ???」

東上の叱り声は途中でくぐもったものに変わってしまった。
なぜなら青年が東上の唇を己の唇で塞いだからだ。
さしもの武蔵野も空いた口が更に開いてしまうのだった。

「(おいおい・・・、ここは公衆の面前だぜ〜??)」

武蔵野は目の前のキスシーンに怒りよりも驚きが上回ってしまっていた。
なぜなら普段は非常識な武蔵野が常識的なことを思ってしまったのがその証拠だ。
それに東上が先ほど言いかけていた言葉がどうにもひっかかるのだった。

「(たしか・・・『おご・・・』、
 アイツの名前かな??おご・・?お・・、って?あれ???)」

その時、武蔵野の頭にある人物が浮かぶのだった。
武蔵野は『おご』という文字で始まる路線に実は心当たりがあるのだ。


「(いや・・・、まさかそんなバカなことってあるのか〜?
 だってアイツはガキのはずだろ〜??)」

そう、武蔵野の知る『おご』はまだ小さな子供のはずなのだ。
口が悪くナマいき盛りの、・・・けど東上のことが大好きな・・・・。
そして東上の同居相手が子供だからこそ東上にイケナイちょっかいを出しやすかったのだ。
それなのに一体、どういうことだろうか?
自分の思い違いだろうか?
武蔵野はもう何度目か分からないが、もう一度青年をよーく見てみる事にした。

「(・・・似てる・・・、似てるっちゃ似てるけど・・・、えーー??)」

頭にタオルを巻いている髪にはあまり面影はないが、
顔のパーツパーツには確かに面影がある。
武蔵野が混乱しているさなか、目の前では青年が相変らず東上を抱きしめてキスをしていた。
そしてキスの最中閉じていた目がフイに開いたかと思えば、
背中に変な汗を流している武蔵野を見、フッと細めたのだった。
その目はライバルにでも向ける視線そのものだった。
そして再び目を閉じ、チュッと音を立てて唇を放すと、
東上の腰に腕をまわし、まるで猫が咽でも鳴らしているかのようにベタベタし始める。
一方の東上はやっと唇が開放され、
ケホケホと咳き込みながら自分に抱きついている青年の手の甲を抓り怒り始めた。

「いってー!!何すんだよっ!?」

青年が抗議の声を漏らせば、東上は子供に言い聞かせるように青年をしかりはじめる。

「『何すんだ』じゃないだろ!?人前で抱きついたりキスしたりは禁止って約束したよね!?」
「そーだけどよー・・・」

そりゃ一体どんな約束だよ、と武蔵野が心の中で突っ込んでいれば、
青年は口を尖らせて言い訳をし始めていた。

「とーじょーが悪いんだろ〜?
 本線に行く時は俺も行くって言ったじゃん?
 なのに何で一人で行こうとしてんだよ?」
「・・・!・・、っ、だからって人前ではこういうことをしちゃだめなんだからね!」

東上の口ぶりは本当に子供に言い聞かせるような言い方だった。
それに青年のほうも子供のように東上に言い返している。

「・・・・なら人前じゃなきゃいいわけ?」
「人前でなくてもダメ!キスは好きな人とするものなんだよ??」
「俺、とーじょーのこと好きだけど?そこの国鉄なんかより・・・」

その時初めて青年は無視し続けていた武蔵野の存在をあたかも今、
初めてそこにいたのを知ったかのような口を聞き、
ニッとした笑いを武蔵野に向けるのだった。
東上も東上で、武蔵野の存在をすっかり忘れていたので、
真っ赤な顔をしながら自分のキスで濡れた口をつなぎの袖で拭うと、
「今の見たのか?」と間抜けなことを聞いてくる始末だ。
どうやらそうとう混乱しているらしい。

「まー・・、目の前の出来事だったからねぇ・・・」

全部拝見してましたけど?と返せば、東上がガックリとうな垂れるしかない。
そうして目に涙を溢れんばかりに浮かべると、
青年の頭をペシッと叩き、「反省しなさい」と怒っていた。
けれど武蔵野にはその後に出てきた名前が重要で驚愕だったので、
そのあとの二人の会話はろくに覚えてはいなかった。


そう、東上は確かにこういったのだ。



『反省しなさい、越生!』


・・・・と。


2010/11/27


ありがとうございました。 武蔵野と東上は身体の関係はあります、的な設定にしています。 ちなみに大師も大人になっていて伊勢崎を困らせています。 ・・・忘れた頃に次の話が更新されてます、きっと! 戻る