別に嫌いなわけではない。
嫌いになれるほど接点もない
(と、自分では思っている)し、親しくもない。
でも彼は自分を見かけると手を振りながら笑顔で駆け寄ってくる。
そうして今日はこんなことがあった、
昨日はこんな嫌なことがあった、
と、表情をクルクル変えて一人で喋っている。
・・・それも別に苦ではなかった。
元来、人見知りをする東上は同時に口下手でもあるようで、
誰かと話すのはあまり得意ではないからだ(秩鉄は別)。
だから埼京線のように一人で話していてくれる相手は正直にいって楽なのだ。


楽なのだが・・・・・。








〜上手い、へた〜




「は?練習?」


一体何を言っているのか、瞬時には理解が出来ずに東上は思わず目を瞬かせた。
川越駅に着いたとき、後ろから誰かに腕を引っ張られた。
一体誰だ?と振り返れば、そこにはなぜか暗い表情の埼京がいて、
東上はとりあえず自分の所の休憩室まで連れて行くのだった。
普段、何があっても明るく一人で話し続けている彼がこんなくらい顔をするなんておかしい、
『鈍い』と周囲から言われている東上でさえもそのことは分かったからだ。

軋んだパイプ椅子に彼を座らせ、
とりあえず麦茶を出して、黙りこくる埼京に東上は遠慮がちに尋ねる。
埼京は何度か口を開いたり、閉じたりしていたが、
やがて決心がついたのか、下げていた顔を上げて隣に座る東上の肩を突然掴んでくるのだった。


「痛っ!!さ、埼京??どうしたんだよ!!?」
「ね、東上!!」
「な、なんだよ?」
「キスってどうやったらうまくなるのかな??」
「・・・は?」

・・・キス??
キスってあれだよな?
魚じゃなくて、口と口を合わせる・・・・、
などと東上が頭の中で考えている最中も、
一度喋り始めたらいつもの調子が戻ってきつつあるのか、
埼京のマシンガントークが始まった。

「僕ね、恋人がいるんだ」
「・・・ふ、ふーん??」
「でね!恋人とはやっぱりキスとかするでしょ??」
「・・・あ、ああ・・まぁ・・・そうかもな」
「そうだよね・・・」

そこまで話すと埼京は再び頭をうな垂れてしまうのだった。
一体なんだんだよ・・・、と心の中でため息をはきつつ、
東上はとり合えず話を進めてもらおうと「それで?」と言ってみた。
すると埼京は顔を上げて再び口を開き始めるのだった。

「僕の恋人ね、すごく・・・キスとか・・その・・その先も上手なんだ」
「・・・その先?・・・!!?あー・・・アレ、な」

埼京の言葉に咳払いをしつつ、東上はなぜか真っ赤になってしまう。
免疫がないとか、経験がないとか、そういうわけではなく、
ただ『友人』とそういう会話をしたことがないので慣れていないのだ。
真っ赤になった東上に埼京は、「カワイイー」と、
これまたいつもの調子で言ってくるが、
彼にしては珍しく直ぐに話しの起動を元に戻すのだった。

「でね、僕の恋人はいっつも先に仕掛けてくるんだ」
「・・・・先に?」
「そう。キスとか、その先とか、いーっつも先にしてくるの」
「ふーん?」

と、いうことは埼京は『下』なんだな、と東上は推測する。
恋人の性別は聞いていないが、たぶん同性だろう。
まぁ、最近は積極的な女性も多いみたいだが・・・・。

「だから僕ね、たまには僕からキスしてみようと思ってね!」
「・・・・・ふぅん?」
「だから今朝ね!僕からキスしてみたの!・・・そしたら・・・」
「?」
「・・・りんかいね、小さく笑って『可愛いキスだね』って」
「・・・・へー・・・、え?、りんかい?!」
「うん、りんかい」

・・・りんかいってアレだよな、埼京と直通してる・・・、
などと東上が考えている最中も埼京のトークは止まらない。
なにかいろいろ言っているが、要するに・・・、と東上は考えをまとめてみた。

「・・・ようするに埼京はりんかいにキスをして、
 で、『可愛いキス』って言われたのがショックだった、ってことだよな?」
「うん!そう!!」


・・・なんでそれがショックなのか東上は理解に苦しんだ。
『可愛いキス』なら褒め言葉のような気もするが・・・・?
けれど続く埼京の言葉に東上は理解をするのだった。
埼京が落ち込んでいた理由を・・・・。

「りんかいはキスもすごくうまいんだ。
 ・・・な、なんていうか・・・蕩けちゃう感じ??」
「・・・そりゃ、ごちそうさま」
「うん・・・って、そうじゃなくて!!
 もー!!東上ってばからかわないでよ!!」
「・・・からかったつもりはねーんだけど?」
「え?そうなの??」
「・・・本心からの言葉だったんだけど?ま、いいや・・、それで?」
「え?・・・ああ・・うん、それでね。
 そんなにキスがうまい人からの『可愛いキス』って言葉ってさ・・・」
「??」
「・・・ようするに子供がするようなキスで、
 遠まわしにヘタって言っているようなものだよね?」
「・・・・!!?あー・・・、なるほどなぁ・・・」

まぁ、捕らえ方によってはそう思えなくもないが、
埼京の話を聞く限り、りんかいも埼京にベタぼれっぽいし、
りんかいは本当に本心で『可愛い』と思ったから言ったに違いないが・・・。
さて、それをどう伝えようか・・・?
何せ自分は口下手・・・、うまく伝えられないかもしれない・・・、
と、色々考えていたら、東上は再び肩を埼京に掴まれていた。

「・・・さ、埼京?」
「キスってやっぱり練習量だよね?」
「は?」
「だから上達するには練習量だよね??僕、経験値が低いのかな??」
「・・さ、さー?どうだろうな??」
「ね、東上」
「?」
「・・・練習させてくれない?」
「は?練習?」

一体何を言っているのか、瞬時には理解が出来ずに東上は思わず目を瞬かせた。

「キスの練習!」
「は?・・・!!キス???」
「うん!僕たち友達でしょ??おねがーい!!」
「お願いって・・・、いや・・埼京・・?
 そういうのは・・・その・・恋人と練・・・・」
「だってりんかいには恥ずかしくて言えないもの!!
 お願い東上!!僕を助けて〜!!」

埼京、お得意の目に涙を溜めての『お願い』攻撃。
はっきりと言おう、東上は埼京のこの『お願い』に弱かった。
それに東上としても実は願ったり叶ったりの申しでかも知れないのだ、実は。
東上にだって恋人はいる。
大好きだった秩鉄との事があって、それでも自分を見捨てなかったあの路線だ。
東上はいまだに、自分からキスを仕掛けたことはない。
それは恋愛経験値の低い自分のキスにい自信がないからだ。
東上は小さくため息を吐いた後に、

「・・・わかった」

と、小さく返事を返す。
すると埼京の顔が見る間に輝いて、

「ありがとう!」

と、満面の笑みを浮かべるので、東上は苦笑を浮かべる。
そして目を閉じ、埼京のキスを待つ体制になり、
彼の吐息が唇まじかに迫った時、その二つの声は聞こえてくるのだった。




「「待った!!」」


その声とともに、東上と埼京は引き離されていた。
二人は驚いて同時に自分たちを引き離した相手を確かめる為に、
同じ動作でクルリと振り返れば、
埼京の後ろには息を切らせたりんかい線が、
そして東上の後ろにも息を切らせた有楽町線がいた。
なんで二人が川越に?と声も出せないでいると、
なかば息が整いつつあるりんかいが最初に口を開いた。

「まったく・・・、初めて僕にキスをしてくれたと思ったら、
 思いつめた顔で駆け出していくから心配したよ?」

ふぅー・・・、とため息をはきつつりんかいは背後からギュッと埼京を抱きしめた。

「り、りんかい??ぼ、僕・・・その・・・」
「うん?なに?浮気の報告かな?」
「うわ・・うわき!?ち、ちがうよ!!僕はその・・・」
「僕は?なに?まぁ、言い訳はJRさんの休憩室でゆっくり聞いてあげるよ。
 ここは東武さんの休憩室だし、彼らに譲りたいからね」
「や、だから・・あのね・・りんか・・・わっ」

埼京はグイッと腕を引っ張られ、りんかいにドナドナされていく。
突然の二人の来訪に驚いていた東上はそれをボーゼンと見送り、
部屋には有楽町と二人だけ残されていた。
おそるおそる背後の有楽町をもう一度振り返ってみれば、
普段はどんな時でも笑顔の彼が無表情で立っており、
東上としては逆に怖さを感じてしまうのだった。

「・・・有楽町・・・あのさ・・・」
「うん?なに?浮気の報告?」
「へ?」

・・・どっかで聞いた台詞だ・・・、
などと思いつつ東上は上目使いで有楽町を見つめる。
何も言わない東上に有楽町は小さくため息を吐いて、
東上の前に回り、さっきまで埼京が座っていたパイプ椅子に腰を下ろした。

「東上はさ・・・」
「・・・なんだよ?」

悪戯を咎められた子供のようにブスッとした顔で返事をすれば、
有楽町は困ったように笑った。
彼が無表情がではなくなり、東上は少しだけ安心して、
ブスッとした表情をやめた。

「東上は俺にはキスしてきてくれないのに、
 埼京にはキスするんだ?俺はその程度の存在?」
「その程度の存在って、なんだよそれ!!!??それに、あ、あれは・・・!!」
「あれは、なに?」
「だから・・・練習っていうか・・・」
「練習?」
「・・・俺、キスがヘタだから」
「・・・へ?」

恥ずかしそうにもじもじ身体を動かしながら、
真っ赤な顔で睨みつけられて有楽町は首を傾げる。

「キスがヘタって・・・、東上がってことか?」
「他に誰がいんだよ?」
「そうだけど・・・・」
「俺がお前に自分からキスしねーのは、ヘタだからだ。
 お前、キスがうまいから・・・その、恥ずかしいっていうか・・・、
 でも俺、そういうのお前としか経験ねーし・・・、だから練習・・・」

東上が真っ赤な顔でポツポツと告白するないように、
有楽町はそれまでの怒りはドコへ吹っ飛んだのか、
手で口元を覆い、ブッと噴出した。

「!!??な、なんで笑ってんだよ!!?」
「・・・っ・・・、く・・くくく・・・や・・、悪い・・・」

悪いと謝りつつも有楽町の笑いは収まらない。
なんだかフツフツと怒りがこみ上げてきた東上だが、
やがて笑い終えた有楽町が、
今度は真剣な目で見てきたので言葉を飲み込んでしまう。

「・・・東上はキス、ヘタじゃないよ?」
「へ?」
「・・・むしろ上手いと思うけど?
 ま、俺も東上以外は経験ないけどね・・・・」
「・・・・・へ?」

嘘だろ?という目で有楽町を見れば彼は本当、と目で答える。

「俺、東上には嘘はつかないよ。だからさ、東上・・・」

有楽町はそこまで言うと、
膝の上に置かれていた東上の手を握り締めそっと目を閉じる。
そんなことをされれば鈍い東上だって有楽町が何を望んでいるのか分かった。

「・・・あ・・・うー・・・」
「東上?」

目を閉じたままの有楽町に名前を呼ばれ、東上は全身が真っ赤に染まる。
だけど有楽町の、

「キスしてくれないのか?」

の、台詞に決心がついたのか、
有楽町に手を握られたまま、ガタンとパイプ椅子から立ち上がり、
有楽町の唇にチョンッと自分を唇を一瞬だけ押し付けた。
あまりの速さに有楽町は思わず目を開けて抗議しようとしたが、
目を開けた瞬間に飛び込んできた東上が、
ものすごい真っ赤な顔で今にも泣きだしそうであったので止めた。
握っている彼の手は汗で濡れていたし、
東上にはこれで精一杯なのだ、今は。
湿った手から東上の鼓動の速さが伝わってきて、
有楽町も釣られてなんだか照れくさくなってきた。
そして真っ赤な顔で黙っている東上と視線が合わさると、
有楽町は珍しく意地の悪い笑顔を浮かべて、
そのままグイッと東上を自分へと引き寄せる。

「!!ゆうらく・・・ちょ・・・、っ・・・・」
「・・・とうじょ・・・」
「今度から練習は俺と、ね?・・・東上」
「んっ・・・ん・・・、わか・・・った」

自分の膝の上に東上を乗せ、
休憩室だということも忘れ、深い深いキスを交わすのだった。








一方の埼京はりんかいのごういんいJRの休憩室に連行されていた。

「うわっ!!」

すわり心地のよさげなソファーに強引に座らされ、
埼京はそのまま息も止まるような激しいキスに襲われた。

「・・・ふぁ・・・あ、・・りんか・・・くるし・・・」
「・・・くるしいんだ?」

りんかいは口を離すと、埼京の手を掴み、自分の胸へと持っていく。

「君が今朝、走り去った時、
 それから東武東上とキスをしようとしていた時、
 僕のココは今の君以上に苦しかったよ?」
「・・・りんかい」

ごめんなさい、と埼京はシュンとうな垂れる。
そしてりんかいの首に腕を回し、もう一度謝る。

「ごめんね、りんかい・・・、でもね、僕の話も聞いて欲しいんだ」
「・・・いいよ」
「僕ね、りんかいのこと本当に好きだよ」
「うん、それは伝わってきてるよ。君は全部顔に出るからね」
「え?嘘??」
「本当」
「・・・うー・・、そうなんだ・・、
 あれ??じゃ、僕が今朝、逃げ出した理由も分かってる?」
「・・・残念ながらそれはわからない」
「え?でも・・・・」

顔に出るんでしょ?
と埼京が顔で問えば、りんかいは何故か困ったように笑うのだった。

「顔で、喜んでるな、とか悲しんでるな、はわかるけど、理由までは・・・」

エスパーじゃないからね、と、言えば、
素直な埼京は、そっかぁ・・・、と納得する。
彼のこういう素直なところは長所でもあり、
また短所でもあるが、りんかいは好ましいと思っている。

「今朝はなんで悲しそうだったんだい?僕、なにか気に障ることいった?」
「・・・・うん・・・、あのね・・・笑わない?」
「うん?」
「・・・僕、初めて自分からキスをして、
 それでりんかいは『可愛いキス』っていったでしょ?」
「・・・・ああ、言ったね。それが?」
「それが?って・・・、それってヘタってことでしょ??」
「・・・え?」
「だから僕、練習しようと東上に・・・、痛っ!!」

そこまで言った時になぜかおでこに衝撃が走った。
なに?と見上げれば、
何故か笑いを堪えているりんかいにデコピンされたのだと気がつく。

「りんかい?・・・なんで笑ってるの??」
「・・・や・・・、可愛いな、と思って・・・」
「?????」
「ねぇ、埼京?」
「・・・りん・・・んんぅ」

再び口を塞がれ、埼京は濃厚な彼のキスに酔いしれていく。
そして息も絶え絶えになったとき、唇は離れ、りんかいは囁くように呟いた。

「・・・誤解がないように言っておくけど、
 僕は君のキスがヘタだなんて思わなかったよ」
「・・・・へ?」
「可愛いキス、は本心の感想・・・、
 本当に可愛かったから、真っ赤な顔でキスする君は」
「・・・それって」

埼京は真っ赤になってりんかいを見上げる。
どうやら全ては自分の誤解だった、とようやく理解したらしい。
その事実に埼京は恥ずかしくなって、より一層りんかいに抱きつくのだった。

「・・・ごめんね、りんかい」
「・・・・うん。
 ああ、そうだ。それから今度から練習は僕と、ね?・・・埼京」
「・・・うん、わかった」

そう返事を返すと、スッと目を閉じたりんかいに、
埼京は自分の口をゆっくりと近づけるのだった。

2011/7/24


ありがとうございました。 りんかいのキャラがつかめない・・・、難しい(涙) 東上の相手は武蔵野か先輩か、悩みました。 でもりんかいが出てくるなら、新木場経由で有楽町にしました。 一緒に駆けつける=駅が一緒、という構造・・・、単純ですね、はい。 まぁ、武蔵野も新木場に京葉経由で・・・・。 埼京は甘えっこなイメージなので、 りんかい相手にはとっても甘えてるといいと思います。 で、りんかいの言葉を自分なりに変な方向へ解釈して、傷つく、と。 戻る