〜実はせっかちです〜
別にすごく仲が良いわけではない(と自分は思っている)が、
振り替えをしたり、されたり、駅は共有、
などということがあればそれなりに話すようにはなるわけで。
東上は今、なぜかJR川越駅で社会科見学をしていた。
きっかけは昼休み。
天気も快晴、風もなくJR武蔵野線も遅延することなく実に平和だった。
たまには外で弁当を食べようと東武東上線の川越駅の改札を出た時だった。
「あ、東上?」
そう言ってフワフワした金髪の童顔の青年が嬉しそうに駆け寄ってくる。
まぁ、童顔、といっても東上より背は高いから自然と見上げる形になるわけだが。
「(JRって軟弱なくせにデカイ奴が多いよな・・)」
などと思いながら「何か用か?」と聞けば、
東上の持っている弁当をチラリとみた彼、埼京線は満面の笑みで、
「今から昼でしょ?僕もなんだー!一緒に食べよっ?」
「へ?」
埼京線は空気が読めない部分がある。
ニコニコと笑いながら東上の腕を掴むと返事を待つことなく引っ張っていく。
「ちょっ!埼京!」
腕を振り払おうとするが思いのほか強く出来ない。
いや、本気を出せば出来るだろうが、
そんなことをして涙を浮かべる彼を慰めるのも疲れるし、見たくないから躊躇ってしまう。
そしてそうこうしているうちにJR川越駅の休憩室に連行されてしまったのだった。
埼京は部屋に着くなりイソイソとお茶を入れ始める。
適当に座ってて、と言われたので東上は入口近くに腰を下ろしたら、
そこは冷房が一番当る場所で、外から来た者には大変心地いい。
「(やっぱJRはちがうよな・・・休憩室に冷房・・・)」
と、そんな風に遠い目で苦笑していたらお茶を持ってきた埼京がものすごく嬉しそうに言い始めた。
「僕ねー、一度東上のお弁当食べてみたかったんだぁ!交換しよ?」
「は?」
そう言って差し出されたのはJRのお弁当。
見るからに高級そうで、それでいて豪華だ。
それに比べ自分の弁当は夕べの残り物でとてもではないがブツブツ交換できる代物ではない。
「い、いや・・・でも・・俺のはただの残り物だし・・・」
「えー?かまわないよ?僕、そういうのが食べたいんだもん!東上の手料理♪」
ニコニコとお願いされてしまえばいかに東上と言えど断りきれない。
断って、それで目に涙を溜められた日にはどうして言いか分からなくなってしまう。
内心、ガックリとしながら東上はドウゾと自分の弁当を差し出した。
埼京はものすごく嬉しそうに(それはもう後に花でも咲いているような)喜びながら、
東上のお弁当箱を開け、目を真ん丸くした。
夕べの残り物オンリーの弁当にガッカリしたのだろう。
「(だから言ったのに)・・・埼京?やっぱ変えるか?」
「え?何で??」
「だってお前・・・」
あからさまにガッカリしてないか?などとはとてもじゃないが聞けない。
「あ、もしかして僕が黙っちゃったから??勘違いさせてゴメンね?」
「?」
「予想以上に美味しそうだったから思わず止まっちゃった!」
「・・・美味しそう?(ただの残り物が?)」
「これ、みーんな東上の手作りでしょ?すごいなー」
埼京が嬉しそうに最初に箸をつけたのは出汁巻き卵だった。
実はそれだけは夕べの残り物ではなく朝に作ったもので、
口にした途端「ほっぺが落ちる」と言われれば悪い気はしない。寧ろ・・・。
「あれ??東上??顔が赤いよ??ひょっとして暑い??」
「い・・、いや・・」
人に褒められるのは嫌じゃない。嬉しいことだ。
けれど人と付き合うのがあまり得意ではないので褒められなれていない。
耳まで真っ赤になりながら埼京と交換した弁当の蓋を開け、東上もまた玉子焼きに箸をつけた。
・・・けれど味はよく分からなかった。滅多に食べられない高級(?)なお弁当だというのに。
「あー、美味しかった。ありがとう東上!」
「い、いや・・・おそまつさまでした」
弁当の味がよく分からないまま食べ終わり、埼京が弁当箱を洗って返してくれた。
結構マメなんだな・・・武蔵野と違って、と思いつつ、
結構気苦労の多い彼だから気遣いは出来るのかもしれない、空気は読めないけど、
などと失礼なことを思い呆けていたら突如腕を掴まれた。
「ね?東上!」
「な、何??」
ビックリして目を見開けば、次の一言で更に目を見開いた。
「折角だし、見学していかない?」
「へ?」
「よその会社の仕事ってあんまり見る機会ないでしょ?折角だし見てってよ!」
「い、いや・・・別に・・・」
「よし!行こう!」
こうして強引にJR川越駅のホームまで連れてこられ今に至っている。
背中越しには東上線の川越駅があり、電車が入電してくるところだった。
「(俺、なにやってんだろ?)」
はぁ・・・とため息をついたとき、クイッとつなぎを引っ張られ、
「きたよ!」
と、言われたので仕方なしに入ってきた電車を見た。
そしてその時、東上は確かに見た。
入ってきた電車はすでに「新宿」となっていたのだ。
「・・・・・・」
「??東上?どうしたの?」
「・・・ここ、川越駅だよな?」
「そうだよ?」
「だよな・・・」
なら目の錯覚だろうか?ともう一度見てみたが、やはり「新宿」になっている。
ひょっとしてまちがったのだろうか?
人のやる作業だからたまにはそんなこともあるのかもしれない・・、ありえないけど。
「埼京・・・」
「?」
「あれ、新宿になってるぞ??間違ったまま走ってきたのか??」
「へ?」
チラッと埼京が見れば東上が言いたいのは行き先が終点の「川越」ではなく、
「新宿」となっていることだと分かった。
「違うよー。次が新宿行きだからそうなってるんだよ。南古谷まではちゃんと川越行きだよ?」
「は?(まだ終点についてないのに変えるのか??)」
「もう!東上ってばおっかし〜!!」
と子供みたいに笑う埼京に可笑しいのはお前だ!と思うが東上は何も反論が出来なかった。
「(だって普通は終着駅についてから変えるだろ??JRはせっかちなのか??)あ!」
「ん?どうかした?」
いまだにケラケラ笑っている埼京を尻目に東上はある考えが浮かんだ。
人の話を聞かず結構強引な埼京、時々遅延したりなんだりするが何事もなければ結構速い。
「(そうか、せっかちだから人の話を聞く前に行動に移しちゃうのか・・・)」
と多少哀れみをこめて埼京線を見れば、
彼はよく分かっていないのか相変らずニコニコとしながら東上の言葉を待っている。
東上はとり合えず「おまえってせっかちなんだな」と答え、
埼京はもう一度ゲラゲラと笑い始めた。
一度ツボに入ると何でも楽しく聞こえてしまうらしい。
こうして東上線の初めての社会科見学は幕を閉じたのだった。
衝撃の事実と一つの答えを持って・・・・。
有難う御座いました。
他の私鉄でもあるのかもしれませんが、私が知っている限りではJRだけなんですよね。
駅に入ってくる頃にはもう次の行き先になっている・・・。
まぁ、分かりやすくていいですけどね・・・不思議です。
2010/7/11
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