〜SOMEDAY〜
出合った時から眉間に皺が寄っていた。
知り合ってからも眉間に皺が寄っていた。
常に怒鳴っているし、常に不機嫌。
そんな東上の意外な一面を見てしまったのは、
知り合ってから何年か経ったときのこと。
彼と一緒に暮らしている越生がじゃれて東上に飛びついた。
突然のことに珍しく反応が遅れたのか、
東上は越生に抱きつかれたまま、バランスを崩しその場に倒れこんだ。
ああ、いつもみたいに怒鳴るのかな、と思ったけど、
東上は怒るでもなく、怒鳴るでもなく、
越生の頭をガシガシ撫でていた。
越生も指で鼻を擦りながら東上の頭を撫で返す。
二人で大きな声を出して笑っていた。
『ったく!やっぱとーじょーは俺がいないとダメだよな!』
『そうだね。越生が居ないと俺はダメだ』
ずっと一緒に居てね、と越生を見る東上の目は、
まるで『お母さん』で(本人には言えないけど)、
それでいてどこか寂しげだった・・・・・。
そして時は流れた。
副都心のドア点検のあおりで、俺も遅延をだし他の路線にも迷惑をかけてしまった。
その時の書類を東上に渡す為に、こうして東上の宿舎まで来たわけだけど・・・。
「・・・・・あれ〜??」
チャイムはどこだ??
チャイムが見つけれれないんですけど??
ひょっとしてないのか???
時代錯誤もいいとこだけど、『東武』ならありえるのかもしれない。
ここはやっぱり時代錯誤だけど、
『たのも〜』って言いながらドアを叩くのだろうか??
って、俺がどうしようか悩んでいたら・・・・。
「・・・・おい」
「え?」
後ろから話しかけられ、俺は飛び上がりそうになりながら後ろを振り返る。
するとそこには不機嫌な顔の東上が立っていた。
「・・・・なんか悩んでたみたいだけど、
頼むから『たのも〜』とか言いながらドアを叩くなんていう、
恥ずかしいマネはやめろよな」
「・・・・・っ・・・・!!?」
・・・・見透かされてる??
俺が返事をせずに黙っていると、肯定ととったのか、
東上が一瞬だけフッと笑った・・・・、気がした。
すぐにいつもの顔に戻ってしまったから定かじゃないけど。
「ウチ、今チャイムは壊れてるからドア開けて声かけて」
「へ?」
チャイムが壊れている・・・?
東上は俺の横を通り過ぎ、そのついでとばかりにチャイムはココと指をさした。
そこには・・・成る程・・・、確かにチャイムがあった・・・、大分古そうだけど。
ひょっとして壊れてから随分経っているんじゃ?、と、苦笑いを浮かべれば、
東上はフンと不機嫌な声でこれまた教えてくれた。
「・・・・俺の収益が俺に還元されることは少ないから」
「・・・・は?」
「俺は二の次ってことだよ!宿舎の修繕なんか後回しの後回し・・・、
まぁ、あと10年後くらいには直ってるかもな」
「10年後って・・・・」
まぁ、この様子を見る限りそんな気もしなくもないけど・・・。
俺が空笑いを浮かべると、東上は手を差し出してくる。
??なんだろう??
家に入りたいなら通行料ってことか???
なんてバカなことを考えている俺とは対照的に、東上は冷静だ。
「それ」
「え?」
「それ、今日の書類だろ?」
「え・・、あ!あぁ!そうそう!」
「わざわざ届けにきたのか?」
「東武さんのとこに行ったら、今日はもう帰ったって言うからさ」
「・・・・ふぅん」
わざわざご苦労だな、と言いつつ玄関を開けた東上は、
鍵をあけると、身体を斜めにずらし、顎で入れと言ってきた。
・・・・一応、お茶くらいは出してくれるみたいだ。
「お、おじゃましま〜す」
おそるおそる足を踏み入れると、
外観に比べ中は割と綺麗だった。
東上は家の中に入ると、昭和チックな居間に通してくれ、
緑茶を出してくれた。
・・・薄いお茶が出てくるかと思ったけど、美味しいお茶だった。
だから思わず「美味しい」と言えば、呆れたように俺を見てきた。
「・・・これ、一番安い茶葉だぞ?」
「え?そうなの???でも、美味しいよ」
「・・・・普段はどんなお茶飲んでんだよ」
「え?・・・そうだな・・・・、渋くて苦いヤツ?」
「・・・茶葉の量とお湯の温度、間違えてんじゃねー?」
「・・・・茶葉の量・・と温度???」
茶葉の量は分かるけど、お湯の温度も関係あるんだ?
なんて俺が言うと、東上はますます呆れた顔をして、
それからまた少しだけ笑った・・・・、寂しげに。
あれ?そういえば・・・・。
「・・・・東上」
「あ?」
「越生は?」
どうも寂しいと思ったら越生が居ないんだ。
あ、そういえば今日はもうあがったはずの東上は、
外から帰ってきたよな・・・、ということは越生をどこかに・・・?
「・・・越生は八高のとこ!」
「八・・・高・・・?」
「たまに泊りに行ってる・・・、八高の路線で祭りがあったりする時とか」
「へぇ?・・・あ、そうか」
「?」
そういうことか!
だから今日の東上は・・・・。
「有楽町?」
俺が『あ、そうか』で言葉を区切ったから気になるんだろうな。
東上にしては珍しく、俺のほうへ身体を乗り出してきている。
「ゴメン。なんかさ、今日の東上はいつもと違うからずっと疑問だったんだ」
「いつもと違うって?」
「・・・なんか大人しいっていうか」
「・・・・西武が絡まなけりゃ、俺は比較的に物静かじゃねーか?」
「うん、そうなんだけど・・・、今日みたいに書類を持っていくと怒鳴るだろ?」
「!」
俺の言わんとしている事が分かったのか、東上の目が大きく開いた。
そしてバッと目を逸らす。
「・・・・人見知りの東上が誰かを家にあげるのも珍しいし」
「・・・・・」
「・・・・東上さ」
俺は東上の横まで移動して、そして手で頭に触れてみた。
・・・・やっぱり振り払われない。
『寂しいんだろ?』
と、確認を取らなくても明白だな。
『新線』も寂しいと、今の東上みたいに妙に大人しかったし。
俺はそのまま東上の頭を自分の肩に乗せて、
少しだけゴワついている髪の毛を撫で続ける。
東上は大人しく頭を撫でられていたけど、
小さく、本当に小さな声で俺に言ってきた。
「・・・別に、寂しかったわけじゃねーからな」
意地っ張りで強がりの彼の精一杯の虚勢。
俺はフッと笑って
「はい、はい」
と言いながら頭を撫で続けた。
「・・・たまには東上も甘えていいんじゃないかな?」
そう言いながら、上から見下ろすと、東上の唇がキュッと絞まるのがわかった。
悔しいのか、泣くのを耐えているのか、
でも肩越しに伝わってくる東上の体温が心地いい・・・・。
人の体温が心地いいなんて初めてだな・・・・。
・・・・数日後、そのことを銀座に何気なく行ったら、
彼は笑顔で俺に教えてくれた。
『有楽町・・・それはきっと、−−−−の前兆だよ』
俺は驚きのあまり、胃がシクシクなったけど、
あれ依頼東上のことを目で追っちゃうし・・・・。
ああ、やっぱりこれって・・・・・。
俺はその後も、
『世話焼きの有楽町にはピッタリの相手かもね』
と、おっしゃった銀座の言葉が頭の中をずっと駆け回っていた。
2012/9/9
ありがとうございました。
久々に恋になる前の有東です。
甘酸っぱい関係も好きです。
戻る
|