〜七夕〜
「貴様に届け物だ」
池袋の西口、
本来ならいるはずもない西武池袋が、
背中に見覚えのある子供をおんぶしながら一枚の紙を渡してきた。
意味が分からなくて東上が考えあぐねいていると、
西武池袋は少しだけイラッとしながら、
その紙を強引に東上へ握らせてきた。
「な、なんだよ!?」
「なんだよ、ではない!
この子供が貴様に渡すんだと泣いていたから、
私が変わりに渡してやっているのだ!」
「泣いてたって・・・、そういやなんで大師をお前がおぶってんだよ?」
「・・・迷子になっていたのだ」
「迷子?」
「東武の本線から貴様に会うために一人でやってきたのだそうだ。
が、どこかで電車を乗り間違えたのだろうな。
西武新宿駅をウロウロしているところを西武新宿が見つけて、
たまたま西武新宿にいた私がこうしてつれてきてやったのだ」
「・・・西武新宿??」
大師は迷子になって不安でたまらなかったのだろう。
泣きはらした顔をしながら西武池袋の背中で眠ってしまっている。
それにしてもどこをどう迷って西武新宿駅にたどり着いたというのか・・、
東上にはそれが不思議でならなかった。
「・・・途中まで『にっこー』に送ってもらった、と言っていたぞ」
東上の疑問が顔に出ていたのだろう。
西武池袋は大師が言っていたであろう言葉を東上に教えた。
「・・・日光?」
「・・・東武日光線、だったか?
東武日光線の特急はJR池袋駅を通るのだろう?」
「・・・・スペーシアな」
「ところが『にっこー』は途中でJRのヤツに捕まってしまったらしい。
口論していたので、この子供は車内放送で聞きえ覚えのある駅名、
『池袋』を聞いて一人で降りてしまったらしい」
「・・・・・それで?」
「改札を出ようとしたら・・・まぁ、JRの池袋はゴチャゴチャしているからな・・、
そのまま緑色の電車にのってしまって新宿まで行ってしまったようだ」
「・・・なんでまた」
「そこまでは知らん。
それで新宿駅をウロウロしているうちに西武新宿駅まで歩いてきてしまったのだろう」
「・・新宿駅から西武新宿駅ってわりと離れてなかったか?」
「子供の足ではそうとうはなれていただろうな。
歩き疲れるし、貴様は見つからないしでおお泣きをしていたところを私が拾ったのだ」
「・・・・・」
西武池袋の説明で大師が西武池袋と一緒に居る理由は分かったが、
東上にはもう一つ分からないことがあったが、
とりあえず癪ではあるが西武池袋に小さく礼を言いながら、
眠ってしまっている大師を受け取ることにした。
「(とりあえず伊勢崎に連絡を入れて、今夜は泊めるか・・・)」
電話したときに日光が出ないことを祈りながら、
東上が西武池袋に背中を向けようとしたその時だった。
「・・・・貴様ら・・・」
西武池袋が小さな声で話しかけてきた。
ここまで口論をしていないだけでも珍しいのに、
さらに話を続けるとは珍しいな、と、
東上も珍しく眉間に皺を寄せずに西武池袋を見上げた。
「なんだよ?」
「貴様ら東武は・・・その子供に言っていないのだよな?」
「・・・なにを?」
「貴様とその子供の・・・計画中止のことをだ」
「・・・!」
東上と大師の、西板線の計画が白紙になったことは有名な話し。
けれど東武の誰もが大師にその話はしていないのも有名な話し。
「・・・・言ってないけど?」
「だが・・・その子供・・・」
「?」
西武池袋は珍しく言いづらそうに目を伏せた。
一体なんなんだよ?と東上が首を傾げれば、
西武池袋は徐に東上の背後を指差す。
その指の方向に目をやれば、そこには笹の葉があった。
もう直ぐ七夕なので、子供たちにお願い事を書いてもらおうと飾ってあるのだ。
「・・・笹がどうしたんだよ?」
「・・・貴様に渡した、紙・・・」
「あ?・・・これのことか?」
そういえば大師を受け取る前に紙を受け取ってたな、
と、東上は渡された紙を改めて見てみた。
新聞の広告の裏でも使ったのだろう。
東武ストアの特売品の文字が見れる、が、
それをクルリと裏返した時、東上は目を見開いた。
「・・・これ・・・」
「貴様はその子供に計画が白紙になったことは言ってないと言っていたが・・・、
その子供は実は知っているのではないのか?
でなければそうは書かないだろう・・・?」
「・・・・・・」
「その子供の口癖は、『とーじょーまでいく』なのだろう?」
「・・・よく知ってんじゃねーか・・・・」
「・・・貴様のことで知らないことはない」
「あ?」
何言ってんだ?と睨むが、西武池袋も同じように睨んでくるので一瞬だけひるんでしまう。
「なんでお前も睨んでくるんだよ!?」
「鈍い貴様に怒りを感じるからだ!」
「鈍いってなんだよ!?」
「言葉通りだ!」
「あぁ!?」
二人の周りの空気がピリピリ張り詰め、
もう少しで殴りあいになりそうなときに、
東上の背中で大師がムニャムニャと何事かを喋り始める。
「!」
「・・・・!!」
東上も西武池袋も眠っている子供を起こすのは忍びないのだろう。
苛々しながらも互いに口を噤み、大師が起きないように空気を元に戻す。
「うーん・・・、むにゃむにゃ・・・、とーじょー・・、
とーじょーが・・大師まで・・・これるように・・・おねがいしたからね・・、
だからもうすぐ・・・だよ・・・ほんせんまで・・・とーじょーも・・・むにゃ」
「・・・大師」
「ふん」
東上は背中の大師を見ながらいたたまれない気持ちになる。
西武池袋の言うとおり、大師は気づいているのかもしれない。
もう自分は東上まで行けないと言うことを・・・。
大師が自分で書いたであろう、短冊は越生よりも読みにくいが、
それでもなんとか読むことは出来る。
『とーじょーが、だいしまで、こられますように』
大師が東上までいけないのなら、
東上が大師まで来れば良い・・・・。
まったく子供の発想だが、大師はそう思ったのだろう。
そう思うとなんだか目が無性に熱くなってくる。
東上が俯いていると、西武池袋は東上の手から徐に短冊を奪い取った。
「!!おい!!」
「・・・・ふん」
西武池袋はツカツカと東上線改札口に歩いていくと、
駅員に目配せをし、改札をあけてもらった。
そして笹に近づくと、大師の書いた短冊を結びつける。
「・・・・お前・・・」
短冊を付け終えると西武池袋はそそくさと戻ってきた。
そして東上を見下ろしながら、静かに言った。
「・・・貴様の手が塞がっていたから手を貸しただけだ。
無論!貴様の為ではないぞ!その子供に敬意を表してだ!」
「大師に・・・・?」
「そんな子供ですら諦めずに夢を追い続けているのだ。
・・・私ももう少しだけ、夢を見ようと思ってな」
「お前の夢って・・・?
あ、会長とランデブーとか?」
「違うわ!!」
「はははっ」
会長とそんなこと恐れ多い!と西武池袋は怒鳴る。
が、東上は西武池袋の行動にあっけにとられているのか、
いつもは・・・・いや、
『西武池袋』になってからは見せた事のない顔で笑った。
その笑顔に、西武池袋のどこかがキュッと締め付けられる。
「(そうだ・・・、夢は諦めては絶対にかなわない。
なぜ私が西武池袋になったのか・・・、アレは分かっていない)」
西武池袋は笑顔を浮かべている東上に更に近づくと、
顔を近づけ斜めに傾けた。
突然目の前が陰り、東上は意味が分からず何気なく顔を上げてしまった。
すると一瞬だが唇に柔らかい感触が触れたのだった。
「・・・・!!」
「・・・・フン」
西武池袋は顔を離すと、
驚いて固まってしまっている東上を見下ろしながら、
いつものように高慢な態度で言い放つ。
「その子供を届けた礼を受け取っていなかったのでな」
「・・・・・な・・・、な、な、ななな・・・」
「夢は諦めてはいけない・・・、
これから楽しい毎日になりそうだ」
ニヤッと笑う西武池袋は、そのまま背中を向けて東口方面へと歩いて行ってしまった。
残された東上は大師をおぶりながら、有楽町が声をかけるまで固まっていたそうだ。
有難う御座いました。
西武池袋→東上のお話で、大師も東上させました。
小さい子、大好きです♪
以下、はおまけ?
「・・・・あれ?西武池袋??あの子供は届けたのか??」
「・・・ああ、西武新宿。問題なく届けた」
「ふーん・・・、で、なんでお前は寝込んでんの?」
「・・・ちょっと・・・貧血で・・・・」
「貧血ぅ???なんでまた・・・・あれ?」
「・・・なんだ?」
「あのコート、池袋の?」
「そうだ」
「洗濯したのか?」
「・・・汚れたのでな」
「汚れた・・・?あの子供の涎とか??」
「違う!・・・ちょっと・・・血が・・・」
「血ぃ???」
「鼻血が・・・」
「鼻血?」
「・・・・アレの唇に触れたら・・・ドバドバと・・・」
「アレって・・・・東武東上?」
「・・・・っ」
「なになに??ついにくっついたの、お前ら??」
「・・・いや・・・」
「!・・・じゃ、襲ったとか??」
「西武は・・・いや、私は犯罪はせん!」
「・・・でもチューしたんだろ?」
「ああ・・・」
「・・・東武からしてきたのか?」
「いや・・私からだ・・・、あの子供を届けた礼を貰うと言って・・・」
「!!なるほど・・・・(誰の入れ知恵だ??)」
「・・・営団も・・・たまには役立つ・・・」
「営団・・・(有楽町・・・じゃねーな、じゃ、副都心か?)」
「新宿で会ったのだ・・・・あれは新宿三丁目を通っているからな」
「へぇー。でも、ま、ちょっとだけ進んで良かったじゃん!」
「・・・・そうだな」
「おっまえら初心にもほどがあるからな〜。
見てるこっちが苛々するって言うか!」
「それは余計なお世話だ」
「ははははっ!じゃ、とりあえず貧血の池袋のために、
夕飯ははレバーとニンジンで何か作っとくわ」
「すまない・・・」
2011/7/1
戻る
|