大雨、台風、とここ最近は洗濯物がまともに出来ないくらい天気がぐずついていた。
当然そのうちに着ていく服もなくなっていくわけで・・・・。
つなぎの上をきて前を閉めてもなんとなく心もとない、が仕方がない。
すべては雨続きのせいだ。
それに明日は晴れるというし今日一日の我慢だ。
東上はハァ・・と大きなため息を吐いて、仕方ないか・・・と小さく呟き宿舎を出るのだった。




〜親切が仇となるかもしれない〜




「とーじょ〜!!」


池袋に着くなりそのやる気のない声が耳に届いたが、
東上は聞こえないフリをして背をクルリを向けた。
すると背中の向こう側からは悲痛な声が聞こえ、
何度も何度も自分の名前を呼ぶので東上は仕方なく振り向くのだった。

「・・・・何だ?また遅延か?運休か?」

一昨日は雨、昨日は台風、そして今日は大雨だ。
そしてこの雨続きはかれこれ1週間続いており、
当然、雨風に弱い某JRは当然のように振り替えを頼んでくるのだ。
そして今、この場所は池袋なのにその某JRはヘラヘラと振り向いた東上へと向ってきている。
彼の通る路線は池袋を通らないが彼はここに来ている。
その理由も明白だ。
ここ、池袋には彼が振り替えを頼む路線が集中しているから。

「そ〜、今日は遅延〜。」
「・・・・・・」

東上の目の前まで来ると相変らずのヘラヘラ顔で、
ちっともすまなそうな態度をとろうともしないふてぶてしい武蔵野。

「いや、まいっちゃうね〜。まーしょがないよね、最近ずっと雨だし!」

だから振り替え宜しく!と言ってのける武蔵野に東上は冷たく見返した。
けれどそんな東上には慣れているのか武蔵野は一人で喋り続けている。

「昨日の台風で路線にも結構障害物が残ってるしよ〜」
「朝のうちに片付けて置けよ!」

東上のご意見ご最も・・・、けれど武蔵野は反省することもなく話し続ける。
と、その時だった・・・・。

「まー、次からはそうするわ・・・、じゃ、悪ぃけど頼・・・・、!」
「?」

武蔵野は急にヘラヘラ笑いをやめ、何故か東上を頭上からジロジロと見下ろし、
口笛を吹いたかと思うと今度はニヤニヤ笑い始めた。

「???武蔵野・・・??」
「やー・・、最近は雨続きだったかんな〜、まー、そうだわなー?」
「・・・・はぁ?」
「まぁ、雨だからなんて東上らしいけど、いや〜、眼福ってやつ?」
「・・・眼福???」

一体さっきから武蔵野は何を言っているのだろうか?
東上は怪訝そうな顔で武蔵野を見上げるが、
武蔵野はニヤニヤ笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。
一体なんなんだ?と首を傾げたところで、武蔵野の背後からその声は聞こえてきた。

「おい!そこの国鉄!」
「ん〜?」

ニヤニヤ顔の武蔵野が振り向けばそこには青いコートの西武池袋が怒りを露に立っているではないか。
早足でズンズン近寄ると胸倉を掴み、罵り始める。

「貴様!今日も遅延とはどういうつもりだ!我々は貴様の奴隷ではないぞ!」
「まー、まー、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるか!?と・に・か・く!今日は振り替えなんぞしないぞ!」
「ありゃ〜、それは困る。仕方ねーなぁ・・・」

ヤレヤレ、と武蔵野は肩を上下に動かすと、チラッと東上を見やる。
西武池袋が現れてから無視(?)されていた東上だが、
武蔵野が視線を向けたことで西武の視線も東上へと移った。

「・・・東武!・・・いたのか・・・?」
「いちゃ悪りーのかよ?」
「・・・・ふん!ここは池袋だし、まがりなりにも東武百貨店の目の前だ。
 貴様がいても悪いことはないが・・・、貴様、なぜこの国鉄を怒らない?」
「あ?」
「武蔵野はまた振り替え要請を出してきたんだぞ!?それなのに貴様はここで仲良しこよしか?」
「・・・・なんだと?俺だってなぁ!お前が現れる前は武蔵野を怒鳴っていたんだよ!」
「・・・どうだかな?」

西武と東武は仲が悪い。
それは周知の事実。
けれど武蔵野はそんな西武池袋の胸のうちを知っている。
好きな子ほどいじめたいというアレだ。
東上は結構、癖のあるヤツだが、なかなかどうして・・・意外にモテる。
しかも本人に自覚がないし、しかも彼自身の「ハート」は別の路線へ一直線なので、
彼に思いを抱く誰とも付き合ったりはしていない。
そして暗黙のルールなのか、誰一人抜け駆けをしたりもしないのだ。
だから余計に東上は気づかない。
まぁ、だからこそ今日のような姿を拝見できるのだが。

目の前で相変らずギャーギャーと言い争う二人を横目に、
武蔵野は西武の肩を叩いた。
このまま言い争いを続けられてはいつ2路線に振り替えを断られ自分が大変になるか計り知れない。
武蔵野としては自分だけの秘密にしていきたいのだが、背に腹はかえられない。

「(まぁ、たまには俺らもいい思いをしてもイイってことで)」

いつも東上に殴られたり怒鳴られたりしてるしー?と、ニヤニヤ笑いつつ、
肩を叩かれ振り向いた西武の耳元に囁くように教えてやった。

「なー、西武さんよ」
「なんだ!?振り替えはせんぞ!?」
「まー、そう言わずに!イイコト教えてやっからさ〜」
「・・・いいこと?」
「そ!東上をよぉ〜く見てみ?」
「・・・??東武を・・・・???」

目の前の二人にヒソヒソ話を始められ当然だが東上は面白くなかった。
何を話しているんだ!?と怒り交じりに二人に近寄れば、
ニヤニヤ顔の武蔵野と、何故か赤ら顔の西武。
一体さっきから何なんだ?とより二人に近づけば、西武は更に真っ赤に染まり、
東上を指差し、小さな声で、

「・・・!ぉ・・・、ぁ・・・・ぅ・・・?な、なんと破廉恥な・・・!」

と、叫びながら西武池袋方面へと走っていってしまった。

「武蔵野!振り替えは仕方ないからやってやるわ!」

と、叫びながら・・・・。
けれど残された東上は意味が分からず首を傾げるばかり。

「・・・・は?ハレンチ??」

どういうこった?と武蔵野を見れば、彼は相変らずニヤニヤしている。

「いや〜、西武って意外と初心なんだな〜」
「初心??アイツが??あんな嫌味なヤツが??」

納得できないのか、東上は憮然とたが、
そんな二人の前に今度はゲッソリしたメトロの有楽町が現れた。

「・・・あれ?東上?おつかれー・・・、って、げっ!」

青い顔でとりあえず東上に挨拶をする有楽町だが、
その横に立っている武蔵野を見て思わず本音が漏れてしまう。

「おいおい、げっ!は、ねーでしょーが?」
「いや、だって・・・お前・・・・」
「んー?」
「ここに居るって事は振り替えだろ〜??はぁ・・・。
 今日は何だ??遅延か?運休か??雨が理由か??」
「そー、今日は雨で遅延?いやー、参るよな〜??」
「参るって、お前ねー・・・」


参るのはこっちだ、とガックリうな垂れる有楽町に、
東上は同じ迷惑を被る同士、肩を叩いて励ました。

「コイツのやる気のなさは今に始まったことじゃねーだろ?」
「・・・ま、そうだけど・・・・、流石に連日だと・・・うぅ・・・(胃が・・)」
「そー、そー!いいこともあるって!」
「お前が言うな!」

キッと睨む東上だが武蔵野はニヤニヤするだけ。
時折チラッと何かを見ては更にニヤニヤするので正直、腹が立つ。
キャンキャン吠える東上を尻目に、
武蔵野はさっき西武にしたように有楽町の肩に手を置き、ボソッと何かを囁く。
まただ!さっきから一体何を言っているのだろう?
東上が「おい」と声をかけようとしたときだった。
西武より顔を真っ赤にした有楽町が口をパクパクさせて武蔵野と東上を交互に見ている。

「な?いいこともあるだろ?」
「・・・ぁ・・・ぅ・・・」

ニヤニヤ笑う武蔵野。
赤い顔でしどろもどろの有楽町。

・・・・だから一体なんなんだ?

東上の顔がしかめっ面に変わっても二人の態度は変わらない。
ますます苛々して怒鳴ろうとした時だった・・・・。

「あ!とーじょー!!!」

甲高いその声はJRの改札口からだった。
明るい声の主は埼京だった。
池袋で休憩なのか手にはコンビニの袋を持っている。

「あれ?武蔵野と有楽町もいるー?皆でお昼?僕も混ぜてよー」

いや、昼じゃねーし・・と三人が三人とも思ったが口には出さない。
埼京は時々KYな部分があって人の話を聞かない部分があるのだ。
今回もその病気が出ているようで・・・。

「あれ?」

と真ん丸い目をより真ん丸くして東上を上から下までジッと見つめてくる。

「・・・・・?」

当然だがそんな風に見られれば誰だって不快に感じるもので、
それでなくとも武蔵野や西武、有楽町の態度にイラッとしていたものだから、
埼京と喧嘩はしたくはないが、と東上のコメカミに青筋が立った時だった。

「・・・うわぁ・・・、乳首がプクンだ!セクシー!」

埼京の感嘆の声をあげた。
怒鳴ろうとしていた東上は突然のことに「へ?」と間抜けな声しか出せなかった。
そして・・・、

「えいっ」

という声とともに胸を突っつかれて言葉を飲み込んでしまう。

「・・・・っ!」

埼京の行動に武蔵野も有楽町もその場に固まってしまった。
埼京は東上に恋愛感情を抱いていないことは分かっているが、
いや、だからこそそんなことが出来るのだろうが、面白くない。
けれど東上の胸がそうなっていることを分かっていて黙っていたのだから口出しも出来ない。
東上は怒らすと怖いのだ。

「埼京!お、おま・・おまえ・・・」
「あー!東上ってば赤くなってる〜!乳首、弱いの?」
「い、いや・・・弱いかどうかはわかんねーけど・・・」
「ふーん?それよりTシャツは?着てないとつなぎの上からはっきりわかるよ、乳首。」
「・・・・みたいだな。お前に言われるまで気づかなかったけど・・・」

そういうと東上はギロッと武蔵野と有楽町に視線をやる。
二人は気がついていたのだ、もちろん西武も。
そしてその事実に気がついていてあざ笑っていたのだ。
もちろん事実はそうではないのだが東上は気がつかない。
流石にこのままではマズイと思い、
冷たい視線東上に二人は慌てて何かを言おうとするが、
埼京の呑気な声にかき消されてしまうのだった。

「東上?Tシャツは??それ、本当に目立つよ〜」
「・・・ああ、Tシャツは最近の雨で全部洗濯中なんだよ。どーすっかなー?」

相変らず二人に冷たい視線を向けながら埼京と話を続ける東上。

「あー!そっかぁ・・・、大変だねぇ。なんなら僕のYシャツ貸そうか?」
「・・・・え?」

冷たい視線をしている東上に気がつかないのか、
のほほんとそんな提案をするが、
冷たい視線を向けられている武蔵野と有楽町は、
「お前のYシャツじゃデカイだろ?」と、
心の中で突っ込むしか出来ない。

「・・・や、いーよ。埼京のじゃでかいだろうし」
「そーだろうけど・・・・、あ!そーだ」
「へ?」

何かいいことを思いついたのだろう。
ニッコリ微笑むと自分のポケットをゴソゴソ探り、
何かを手に掴むと突然東上のつなぎの上を左右に開いた。

「うわぁぁぁぁっ!?」

大雨で人がまばらとはいえ場所は公衆の面前だ。
服を剥かれたわけではないが、上半身は半裸に近い。
これで恥ずかしがらなければ単なる露出卿だろう。
東上は、西武よりも有楽町よりもゆで蛸のように真っ赤になってしまうのだった。

「さ、ささささ、埼京??」
「・・・うわぁっ!東上って隠れている部分は色が白かったんだね〜」

女子高生のようにキャピキャピしながら感想を述べる埼京に対し、
武蔵野も有楽町もモヤモヤしてしまう。
なぜなら埼京の背中が邪魔で肝心の東上が見えないからだ。

「乳首もピンク色〜!可愛い☆」

・・・東上の乳首はピンク色らしい、と武蔵野も有楽町も思った。

「ちょっ、埼京!!くすぐったいって!」
「いーじゃん、別に!減るもんじゃないし?はーい、ちょっと冷たいですよ〜」
「うひゃっ!」

・・・冷たいって何だ?、と武蔵野も有楽町も思った。

「はい、完成!」

・・・一体何が完成したんだろう?と首を傾げた時にやっと埼京の背中がどいたのだが、
東上は既につなぎの上を綺麗に着ていた。
おまけに・・・・。


「よかったね〜、分からなくなったよ、東上」
「お、本当だ!なぁんだ、こんな簡単なことだったのか、サンキューな、埼京」
「どういたしましてー」

珍しくニコニコ笑う東上に、ニコニコ笑い返す埼京。
けど、当然だが武蔵野も有楽町も納得がいかない。
一体どうやってあの膨らみを隠したのだろう?

「なー、埼京」
「ん?なに??武蔵野」
「お前、一体何したんだ?」
「あ、それはねぇ・・・・」

と、埼京が手の平に乗っていたあるものを見せてくれた。
二人の会話に有楽町がヒョコッと顔をのぞかせると、
埼京の手の平にはバンドエイドの屑があった。

「バンドエイド?」

有楽町が首を傾げたが武蔵野は「成る程ね」と納得していた。

「お前、わかったのか?」
「あー?あぁ、まぁねぇ・・・。有楽町はわかんないのか?」
「・・・・残念ながら」

本当に分からないのだろう。
有楽町が目を瞬かせていると不機嫌そうな東上が埼京の手の平からバンドエイドの屑を奪った。
そして武蔵野と有楽町をすごーく冷たい目で見ながら、

「これは俺が捨てておく。俺の乳首に貼ったバンドエイドの屑だからな!」

と、答えの分からないらしい有楽町のためにわざわざ説明の語句を付け加えて、
嫌味たっぷりに言うのだった。
東上の説明でやっとわかったのか、
有楽町はポッと頬を染めて何気なしに東上の胸元を見つめてしまう。

「・・・・なんだよ?」

すると下のほうから聞こえてくる不機嫌な声。
一瞬で現実に戻ってきた有楽町はブンブンを頭を左右に振るが、
東上は相変らず冷めた目をしていた。

「ふん。あ、そーだ、埼京!」
「え?なに?」
「お前、昼はこれからだったよな?」
「そーだよ?」
「じゃ、一緒に食べよーぜ」
「うん、いーよ!」

埼京がYESの返事をすると東上は小さく頷いき、
彼の腕を取って東上線の休憩室の方へ向って行ってしまった。
その背中には見えはしないがはっきりと怒りのマークが見えたほどだ。
これはご機嫌が直るのに数週間はかかるな、と
隣に居る武蔵野のわき腹を肘で軽くつついた。
武蔵野も同じように感じているのか、小さな声で「悪い」と一応謝ってきたが、
有楽町はなんだか納得がいかなかった。
どうして俺はいつも巻き込まれるんだろう?とガックリうな垂れなるしか出来なかった。
そして武蔵野は、今日は宿舎に戻った時に埼京に冷たくしよう、
と、なんとも子供のような仕返しの仕方を考えているのだった。






























〜おまけ?〜

「・・・最近、八高が冷たい?」
「そーなんだよー、僕、何かしたのかな??京浜東北ー」
「・・・僕に聞かれても・・・・、彼が冷たくなる前に君が何かしたんじゃないのかい?」
「えー??そんなことはないと思うけど・・・、あ!」
「・・・思い当たることでも?」
「うーん???多分。あれ??でもどうしてだかはわかんないや」
「何があったのさ?」
「うん・・・実は・・・・」











「・・・って事があった後から武蔵野の態度が冷たいから八高に相談したんだ。
 多分、その後からだと思うんだ。八高が僕に冷たくなったの」
「へぇ?」
「八高って武蔵野が好きだったかな?」
「・・・・いや、それはないだろうね」
「えー??じゃ、理由がわかんないじゃーん!
 八高は僕が武蔵野の話をしたから不機嫌になったんじゃないの??」
「多分、武蔵野の話をしたから冷たくなったわけじゃないと思うけど?」
「・・・・えー?」
「・・・・埼京、本当に理由が分からないのかい?」
「・・・・わかんない」
「まぁ、こういう話しはあまり好きじゃないんだけど、
 ヘタに突っ込んで巻き添えを食うのはゴメンだからさ。
 でも君は鈍いからヒントをあげるよ」
「ヒントだけ〜??」
「こういうのは自分で気がつかないと繰り返しやってしまうからね。」
「ぶ〜」
「じゃ、ヒントその一」
「うん」
「埼京が東武東上にした親切は武蔵野には大きなお世話だった、
 これが武蔵野が冷たかった理由だと思うよ」
「・・・・へ?」
「ヒントそのニ、八高が冷たくなった理由」
「・・・・う、うん」
「八高も同じ理由じゃないかと思う。」
「同じ?」
「君が東武東上の・・その・・・ち、ゴホン!
 ・・・・身体に障ったという事実が気に喰わなかったんだろうね」
「えー!!どういうことー??ますますわかんないんだけど、僕!」
「・・・・ここまでのヒントで分からないなら君は一生分からないだろうね」
「えーーー!?」
「ま、いーや。ならこれだけは心に留めておきなよ。
 『小さな親切、大きなお世話』だよ」
「?????わかった・・・、本当はよく分からないけど」
「ま、二人も子供じゃないし、そのうち元にもどると思うよ」
「う、うん・・・。そうだよね・・・・・」


2010/10/31


ありがとうございました。 悪気はない埼京。 鈍い東上。 初心な西武と有楽町、とちょっとワル(?)の武蔵野。 たまにはこんな話もいかがでしたでしょうか? 戻る