〜ヒステリーの理由〜
有楽町線はため息をついた。
いや、彼がヒステリーを起こすのはいつものことだが、
さしもの有楽町もこう毎日毎日では堪忍袋の尾が切れるというものだ。
まぁ西武に関しての不機嫌は理由も理由だし黙認もするが今回はそうもいかない。
なぜなら今回不機嫌な理由が分からないからだ。
和光市であったときにはすでにご機嫌は芳しくなく、
有楽町が「お疲れ様〜」と声をかけてもそっぽを向くしまつだ。
・・・・人が挨拶をしたのに返さないとは・・・、
真面目な有楽町としてはそれが許せなかった。
別に機嫌が悪く、ヒステリーばかり起こしているのもそれも彼の「長所」、
と思えば腹も立たないが(それでもかなり無理はあるけれど)、
挨拶くらいはして欲しい。
それが接続相手ならなお更だ。
だから有楽町はそっぽを向いて立ち去ろうとした東上線の腕を掴んでもう一度言うのだった。
「と・う・じょ・う?お疲れ様!」
「・・・・・っ」
ニッコリ笑ってわざとゆっくり名前を呼びながら言ってやった。
すると東上はさすがにキマリが悪かったのか目線は逸らしたままなものの、
小さな声で「おつかれ」と返してきたので、
とりあえず有楽町は満足して腕を放すのだった。
けれどここで相手を突き放さないのが有楽町。
だてに多くの接続相手を抱えて修羅場を乗り越えてきてはいないのだ。
「それで?」
「あ?」
相変らず笑顔を浮かべたまま有楽町は「聞き役」となるべく話をふった。
だが肝心の東上は怪訝な顔で見返してくるばかりだ。
「『あ?』じゃなくて機嫌が悪い理由だよ。何かあったのか?」
「・・・・!・・・・別に」
言い当てられて(顔と態度に出ていたので当然だが東上はそうは思わない)一瞬驚いた顔をしたが、
すぐにフンと鼻を鳴らして再びソッポを向いてしまったので有楽町は苦笑した。
彼は、東上線は有楽町が接続している中でも1、2を争う扱いづらさかもしれない。
まぁ、だからといって彼のことを「嫌い」ではないが・・・・。
篭りがちな彼が唯一、自分(と副都心)
とは手を繋いでくれているのでその優越感もあるのかもしれない。
「『別に』ってことはないだろ?頬が膨らんでるぞ?」
「!!」
もちろん東上はそんな子供っぽいことはしないが、
わざと膨らんでもいない頬をツンツン、とつつくと、
驚いた東上がズササササッと後ろに下がってしまった。
「・・・・東上?」
「気安くさわんなよな!」
「ご、ごめん・・・」
東上は必要以上のスキンシップを嫌う。
基本一匹狼なので慣れていないからなのだろうが・・・・。
それにしてもどうして彼はここまで頑なになってしまったのだろうか??
前に越生線や八高線に聞いたところによると「東上鉄道」のころはそうでもなかった、
と言っていたのでどうにも気になってしまう。
「なぁ?東上」
「なんだよ!?」
「うん、あのさ・・・・」
「だからなんだ!?はっきり言え!」
「うん、だからさ・・・前から気になってたんだけどさ」
「・・・・・何をだよ?」
「その・・・東上が・・・・えーっと・・・、頑なな性格の理由」
「・・・俺の性格が頑な?」
「うん、本線にいくといつも不機嫌だし・・・。
あ、それは日光に嫌味を言われるからか・・・・・」
と、そこまで言った時、有楽町は激しい後悔を覚えた。
東上が、それこそ射殺さん勢いで自分をねめつけているからだ。
誰にだって触れられたくない地雷はあるというもの。
東上にとってはさに今、有楽町が聞いてしまったことがそうなのかもしれない。
「(・・・俺、ひょっとしてピンチ???殴られるかな??)」
どうしよう、青い顔で冷や汗と脂汗をダラダラ流していたら、
東上はどうしてか、フー・・・と大きなため息の後なにやら話し始めた。
「気にくわねーんだよ・・・、本線の奴ら。だからだ」
「?????へ?」
「気に喰わない」「だから」とはどういったことだろう??
有楽町が今だ冷や汗をかきながら半笑いで首を傾げれば、
東上はキッと睨んできつつも細かく説明をしてくださった。
「だから!俺が本線に言った時に不機嫌になる理由だよ!
『気に喰わないから』!それ以上でも以下でもねーよ!」
「あ、そう・・・・ん?いや、でもそれは・・・大人気なくない、か?」
東上は西武のことも嫌い・・・というか気に喰わないはずだ。
西武の振り替えするくらいなら牛を跳ねる、と豪語するくらいだし。
まぁ、それでもなんだかんだで振り替えとかしてあげてるみたいだけれど・・・。
「大人気ない、だと??」
「う、うん・・・。
その・・・お前も一人前の路線なんだし個人的感情はこの際、横においてさ・・」
「はっ!それはテメーがメトロで裕福だからそんなこと言えんだよ!」
「????どういうことだ???」
確かにメトロは東武に比べて裕福かもしれない。
東上や伊勢崎と日光を中心とする「本線」、
どれも頭に「東武」がつくが、その東武の彼らはなかなかどうして・・・、な生活を送っている。
「有楽町、お前さ・・・」
「うん?」
「俺の売り上げ知ってるか??」
「東上の売り上げ・・・・?」
東武東上線・・・・、埼玉と東京を繋ぐ通勤&通学にあり難がれている路線。
途中の駅々には、まぁ、本線の日光や浅草ほどではないけれど観光名所などもある。
と、いうことは収益もそれなりのはず・・・・と、
有楽町はそこである不可解な事実に気がついてしまった。
「東上って・・・その、・・・稼ぎはイイよな?」
「まーな!」
「だよな・・・・」
それにしてはおかしい。
あんなに稼いでいるのにどうして彼は貧乏なのだろう??
「俺の売り上げは『東武』で1、2を争う・・・。まぁ、多分トップだ」
「日光じゃないんだ??」
「日光!?・・・あー・・、確かにアイツは立派な観光名所があるからな。でもさ有楽町」
そこまで言うと東上は皮肉な笑みを浮かべた。
無表情&怒っている、以外の顔を見るのは極めて稀なので、
有楽町はたじろいてしまう。
「お前、知ってたか?アイツと俺とじゃ1年間の観光客総数は俺のが上なんだぜ?」
「えーーーー!?」
まさに衝撃の事実。
けど、まぁ・・・よくよく考えれば不思議でもない、のかもしれない。
日光の観光客が増えるのは主に修学旅行シーズンと紅葉の時期だろう。
それに比べ東上沿線の観光名所は『日光』ほど有名ではないが季節を問わないのだから。
「ま、浅草に比べたら劣るだろうけどな」
「・・・あそこは外国人にも人気があるからな」
それに季節を問わないし・・・、と心で思いながら、
有楽町は話し続ける東上に耳を傾ける。
「売り上げはトップ・・・、観光客利益もそれなり・・・でも俺は冷遇されている」
「冷遇??」
「・・・・新車はいつも本線が優先だ!俺はいつも後回し!
本線の赤字を俺が埋めてるのに!あいつらは俺より先に新しい車両を使ってる!
そのくせ会えば嫌味のオンパレードだ!!
これで不機嫌にならねーヤツがいたら是非ともお目にかかりたいね!」
「と、東上・・・?」
東上はダンッと地面をおもいっきり叩き身体を小刻みを震えさせ始めた。
みれば目には涙が溜まっているようだ。
「あいつ等が赤字のせいで俺がいくら稼いでも生活は楽にならない!!
しかも俺は子会社みたいなもんだから扱いも粗悪!
いつまで経っても貧乏だから俺は越生にお菓子やクレヨン、画用紙もまともに買ってやれない!」
「と、東上・・・、お、落ち着いて・・・」
「この不甲斐ない気持ちがメトロのお前にわかるか!?」
「・・・や・・・それは・・・」
正直、わかりません・・・と思ったが口には出さない有楽町。
言ったら最後・・・殺されかねない・・・。
何も言わない有楽町に東上は目に溜まった涙をつなぎの袖で一気に拭い、
クルッと背中を向けた。
そして・・・・、
「・・俺が頑ななのは俺のせいじゃない・・・。
すべては置かれた環境のせいだーーーーー!!」
と、台風のように走り去ってしまうのだった。
当然、そんな彼を止める術があるはずもなく、
有楽町はポリポリと自分の顔をかくのだった。
そしてその夜に知ったのだが、その日は東武の会議があったらしく、
だからこそ今日の東上線は教えてくれた理由で不機嫌だった、というのが納得できたのだった。
「ははぁ・・・・、で、そのケーキなワケね」
翌日、東上線の宿舎に行こうとしたら途中の朝霞台で武蔵野線にあってしまったので、
有楽町は手に持つケーキの箱の説明の為、武蔵野に昨日の話しをしていたのだった。
「まー、今の話しで俺も納得だわ。
正直さぁ、いつも不思議だったんだよね。
東上って稼いでんのになんでビンボーなんかなぁ・・って」
「へぇ・・・、お前はそんなこと思ってたんだ??
俺は昨日言われるまで考えたこともたかった」
「で?ご機嫌取りにそのケーキ?」
「ご機嫌取りってわけでもないけど・・・」
まぁ、頑張っているのに報われない、冷遇されている、
と言う理由が彼の性格を歪ませた、とまではいかないが篭りがちにしたのであれば、
唯一(副都心もいるけど)の接続先の自分としては何とかしてやりたい、
と思ったのは事実だ。
「にしてもさー、俺、ある名案思いついちゃった!」
「・・・・名案?」
武蔵野はついてくる気なのか、いつものやる気のなさ気な口調で何かを話し始める。
どうせろくなことじゃないだろう、と軽く受け流そうとしていたのだが・・・・。
「いっそのこと独立しちゃえば良いんじゃね?」
「は?」
「だってよぉ・・・、稼いでんのに冷遇されてるってんで拗ねてんだろ、アイツ。
ならいっそのこと『東武』から独立して越生と二人やってけばいいじゃん?
したらヒステリーの数も減って皆で万々歳だぜ〜??」
「だからってお前、そんな簡単に・・・」
「今でも『東上業務』ってんで経理は分けてんだろ?なら問題ねーじゃん?」
「問題は大有りだろう??」
第一、稼ぎ頭を『東武』が放したりするわけない。
有楽町はため息をつくが武蔵野は気にならないのか話を続ける。
「名前も変えてさー・・・そーねぇ・・・北関東鉄道東上線、とかどーよ??」
「なんで北関東??」
「んー??何でって、あいつの終着駅って北関東だろ?」
「・・・・東京にも終着駅があるだろ??
それに『北関東』を名乗るなら本線のほうが向いてるぞ?
なにせ群馬と栃木を走っているからな」
「あ、そうか・・・ならよ、東上はそのまま『東武』で伊勢崎たちが『北関東』でどーだ?」
「・・・そんなの、他の北関東を走る路線が反対するだろ?」
「そうかねぇ・・・。なら豊島区と寄居町を繋ぐ路線ってことで「豊寄鉄道」、
もしくは『寄豊鉄道』なんてどーよ??」
「お前のところの埼京線じゃあるまいし・・・・」
「いいアイディアだと思うけどねぇ・・・・」
どこがだ!と有楽町は突っ込んだ、勿論心の中で。
武蔵野とそんな無駄話をしながらついに着いてしまった東上線の宿舎。
妙に緊張するのでゴクン、と唾を飲んでチャイムを鳴らそうとしたらその人物は出てきた。
「あれ??武蔵野に有楽町じゃない☆」
出てきた人物は武蔵野と同じくJRの八高線だった。
「はちこー??」
なんでいるんだ?と武蔵野が聞けば、
彼は大らかに笑いながら秩父鉄道も来てることを教えてくれた。
なんでも彼ら二人は昨日、東上が本線から帰ってきたときに元気がない姿を見かけていて、
それで尋ねてきたのだという。
「僕は飲み物がなくなったから買いに行くところ。
君たちが来たってことは事故でも起きたのかな??
東上、呼ぼうか??」
と玄関を振り返り東上を呼ぼうとした八高を有楽町は慌てて止めた。
「俺と武蔵野も東上を元気付けにきただけだから・・・・!」
「え?そうなの??」
・・・・まぁ、確かにそうだけど違うだろ?、と武蔵野の目は語っていた。
有楽町は八高にケーキを渡すと、スタスタと来た道を引き返し始める。
「お、おい??有楽町??待てって!!あ、じゃーな、八高!」
「???うん、またね」
会わなくて良いの?と八高が言っていた気がしたが有楽町は無視した。
なんだか面白くなかったし、胸が詰まる感じがしたからだ。
どうしてだか分からないけれど・・・・。
ズンズンと歩いていると追いかけてきた武蔵野が息を切らしながら横に並んで歩き出した。
「お前、いいのか・・?会わずに来ちゃってさ」
「なんで?」
「なんでって・・・・」
有楽町だって分からないのだから聞かれても困る。
有楽町は立ち止まって、はぁ・・・とため息をつくと複雑そうに笑うのだった。
「俺にもわかんないや」
「・・・・・・・・ふーん・・・・」
武蔵野はそれ以上は聞いてこなかった。
でも有楽町が分からない理由を彼はわかっているようで、
「お前って自分のことには不器用なんだなー」
と言っていた。
そしてこの武蔵野の言葉の意味を有楽町が分かるようになるまではもう少し時間がかかるのだった。
有難う御座いました。
最後の方だけ東上←有楽町的になってますが、
まぁ、だんだん心が溶けて有楽町に笑うようになるんですよ、的な話の序章。
・・・・忘れた頃に続きが書かれている・・・・かも??
戻る
|