初めて出合ったのは偶然にもバレンタインデーだった。
直通を始めて間もない頃の、
直通相手の彼は怒っている時以外は基本無口なので、
その子供の話題が出ることはなかったのだ。
けれど直通相手なので一応は『存在』だけは知っていたけれど。
〜チョコレート〜
いかにも聞かん気の強そうなその男の子はおそらく彼を向かえにきたのだろう。
ギロッと自分を睨みつけてくるその目は彼にそっくりで有楽町は笑いそうになった。
けれどそれを懸命に堪え、自己紹介のため腰を子供の視線に合わせるべく屈もうとしたところで、
子供が先に口を開いた。
「ぎぶみぃちょこれぇっ!」
えらく真剣な眼差しで子供はそう言ってきた。
「・・・・?」
けれど言葉の意味が読み取れず有楽町が無言でいると、子供はもう一度同じ言葉を言った。
「ぎぶみぃちょこれぇっ!」
今度は目を何故かキラキラさせながら言ってきた。
一体、何を言っているのだろう?
首を傾げそうになったところで、
子供のその目線は有楽町が手に持っている紙袋に注がれていることに気がついた。
おそらく子供でも気がついたのだろう。
今日はバレンタインデーだ。
つまり、世間一般的には、日本では女性が男性にチョコを贈る日だが、
外国では男子が女性に送ったりもするらしい。
子供はそれを知っていて、有楽町が今まで面識がなかったとはいえ鉄道仲間だし、
自分にチョコをくれると思ったのかもしれない。
それにしても・・・・。
「(『ぎぶみぃちょこれぇっ!』ってどういう意味だろう??)」
外国ではチョコを貰う時にそういう言葉を言うのだろうか??
ウーン・・・と、唸りながら、とりあえず子供の言葉の一句一句を解読してみることにしてみる。
「(ぎぶみぃ・・・ぎぶ、みぃ・・・、!ああ・・Give me かな??
・・・で、ちょこれぇっ!・・はチョコレートか・・・、ん?)」
・・・『Give me チョコレート』ってどこかで聞いたことがある台詞だな、
と、どこだったっけ?と有楽町が考え始めたところで、
子供の背後から、それはもうものすごいスピードで子供の兄というか保護者が現れた。
「越生!!」
息を切らし、子供・・・、つまり越生の前までたどり着くと、
兄というか保護者である東上は腰を折って自分の視線を越生の視線にあわせながら話し始めた。
「ごめんね!俺、少し遅くなっちゃったね」
「別に、そんなに遅れてねーから気にすんなよ!
今日は地下鉄で本線まで行くんだろ?
俺、地下鉄は初めてだから嬉しくて早めに着ちゃったんだよ」
越生はニカッと笑って東上の頭を撫でた。
すると東上はやんわりと表情を和らげ、「そっか」と返事をして立ち上がる。
・・・・直通してこの方、怒鳴っているか、常に無表情の無言か、
の東上しかみていない有楽町にとってはそれはそれは新鮮な光景だった。
「・・・(なんだ、ああいう顔も出来るのか)」
まぁ、確かに『家族』の前でまで眉間に皺を寄せた顔だけということはないだろうが・・・。
と、有楽町が思いふけっていたら、
ようやく有楽町の存在に気がついたらしい東上はなぜかバツの悪そうな顔になる。
おそらく越生に向けた表情を見られたのが嫌だったのだろうな、と、
苦笑しそうになったところで、腰の辺りからまたあの台詞がきこえてきた。
「ぎぶみぃちょこれぇっ!」
越生の目はさっきよりもキラキラ輝いていて、
その視線はやはり有楽町ではなく有楽町が持っている紙袋へいっている。
・・・やっぱチョコが欲しいのかな、
でもこれは電車の中にあった忘れ物だしなぁ、
あげられないんだよね、
困ったなぁ・・・
と、有楽町が顎に手を当てたときだった、
今まで聴いたこともないような悲壮な声が越生の後ろ、つまり東上から聞こえてきた。
「お、おごせぇぇぇぇーーーっ」
それは、もう、本当に悲壮な悲痛な叫び声で有楽町が思わず一歩引いてしまうほどの。
一体なぜ東上はそんなに悲壮な声をあげたのだろう?
分からないが、噂では東武鉄道は「貧困」らしいので、
子供にチョコを買ってあげられないことを悲しんでいるのかもしれない。
だが悲壮な叫び声をあげている東上の顔は、
悲鳴とは違って真っ赤であることからどうやら違うらしい、と悟った。
「お、越生!何て事を・・・!」
ガシッと越生の肩を掴んで東上は『ぎぶみぃちょこれぇっ!』を止めさせようとしたが、
とうの越生は最初のイメージどおり、やはりきかん気が強いのだろう、
東上の手をなぎ払い、反論し始める。
「何で邪魔すんだよ、東上!チョコを貰うにはこの台詞だろう!?」
「(・・・チョコを貰うには・・・?)」
どういう意味だろう?と、有楽町はとりあえず黙って二人を見届けてみる。
「金髪の青目のヤローに『ぎぶみぃちょこれぇっ!』って言やーチョコもらえるんだぞ!」
「!・・・そ、それはそうだけど・・・!でも、でもね!越生っ!」
「ま、アイツは青目じゃねーけどな!でも金髪だし!あの紙袋の中はチョコっぽいし!」
越生がそういうと東上は有楽町の持っている紙袋を見た。
・・・・なるほど、確かに中身はチョコっぽかった。
だがおそらくあれは有楽町自身が貰ったか、
はたまたお客様の忘れ物か何かだろう。
どっちにせよそのチョコは貰えるものではない。
それに・・・・。
「越生!よく聞いて!」
「あ?」
東上は大きく息を吸い込むと、ハァー・・・と吐き出し、
もう一度越生の視線にあわせるようにしゃがみ込むと、
「・・・あのね、越生」
と、ゆっくりと、言い聞かせるように話し始めた。
「越生の言っているそれは戦後直後のことだよ。
あの時は日本は・・・その、敗戦してね、外国の・・・その支配下みたいになっててね。
で、そこの兵隊さん達が食料を配給してくれてて・・・、
それで・・・その・・・その時、チョコをもらうときの言葉が・・・」
東上が子供に説明している内容を盗み聞きして、有楽町はようやく合点がいった。
有楽町自身は知らないが話には聞いたことがある。
戦後の日本は食糧も物資も乏しくて、
米国が食料などの援助を行っていたのだ。
そこでチョコレートも配られていて、
敗戦国の子供たちは米兵を見つけては、
「Give me チョコレート!」と叫んでチョコを貰っていたらしい。
米兵の多くの髪の毛の色は有楽町と同じく金髪だ。
そこまでわかって、有楽町は「あっ」と思う。
東上は独立色が強い。
つまりその東上線の視線である彼、越生は東上よりももっともっと周りを知る機会が少なくて。
・・・まぁ、流石に戦争が終わったことは知っているだろうが。
・・・有楽町は改めて越生に説明をし続けている東上を見やる。
越生は納得したのかしないのか、時折有楽町の方を見てはチラッと紙袋を見ていた。
そしてようやく越生が納得してくれたのか、東上は立ち上がると真っ直ぐに有楽町を見つめてきた。
・・・思えば、彼にこうして真っ直ぐに見つめられるのは初めてかもしれない。
黒真珠のように綺麗な黒なのに、目元は薄っすら赤く染まっている。
「・・・あ、あの・・・有楽町・・・、その・・・」
「うん?」
「・・・わ、悪かったな・・・越生が・・その・・・、不快だっただろ?」
真っ直ぐに見つめてきていた目をスッと伏せ目がちにし、視線を逸らされた。
それはいつもの彼の行動なので、いつもだったら別に気にしないが、
彼の綺麗な目を知ってしまった今はなんだか少し残念に思えた。
「・・・ああ、うん・・・、別に気にしてないよ」
「本当か?」
ジッ・・と、伏せられていた目がもう一度真っ直ぐに有楽町を見つめ返した。
だから有楽町も真っ直ぐ見つめ返した。
・・・・はやり東上の目は澄んでいて綺麗だと思った。
でも真っ直ぐに見つめ返せば東上はより一層、目元を染めて視線をそらしてしまったので、
今度こそ本当に本当に残念で仕方がなかった。
・・・まぁ、彼は極度の人見知りだから仕方ない、と心の中で苦笑して、
有楽町はズボンのポケットに手を伸ばす。
そこには某JRから貰った小さなチョコが2つ。
有楽町は腰をかがめると、越生の小さな、けれども荒れてゴツゴツした手にそのチョコを握らせた。
もらい物をあげるのもなんだが、忘れ物のチョコを渡すよりはいいだろう。
越生は目をパチパチさせて有楽町を見てきた。
「・・・なんだ、こりゃ?」
「うん、チョコ」
「んなの見ればわかる!なんで俺にくれるんだよ!お前は兵隊じゃねーんだろ?」
「ああ・・・・、それは・・・」
どうやら越生は東上の説明をキチンと理解したらしい。
姿は子供でも彼は自分よりも長い時間、鉄道として走ってきているのだから、
すべてが人間の子供と同じとは限らないのだろう。
時には大人よりも事実を受け止め、理解し、納得しているのだ。
「・・・越生、だよね、君」
「・・・おう」
「俺が誰かわかる・・・?」
さっきから何回か、東上が名前を呼んでいたから分かっているかもしれないが確認してみる。
けれど案の定、越生は有楽町が誰だか分かっていなかった。
「知らねー・・・、今日、初めて会ったし」
「そうだよね。俺ね営団なんだ」
「・・・えーだん・・・?」
越生は傍らに立つ東上を見上げた。
東上がコクンと頷いたので、どうやら納得したらしい。
「8号線、有楽町だよ。宜しくね?このチョコはお近づきの印」
そう言い、改めて越生にチョコを握らせた。
越生はしばらくの間、手の上のチョコを眺めていたが、
やがてギュッと握り締めると、顔を上げてニカッと笑ってきた。
「お前が東上の直通相手か!俺は東武越生線だ!よろしくな!えーだん!」
越生はチョコをポッケにしまうとチョコと入れ替わりに何かを取り出し、有楽町に差し出してきた。
「これは俺からのおちかづきのしるしだ!」
「俺に?」
「おう!」
小さな手から受け取ったそれは梅の花の押し花のしおりだった。
なんで梅?と首を傾げれば、顔に出ていたのだろう、東上が苦笑しながら教えてくれた。
「・・・越生町は梅が有名なんだ、関東三大梅林の一つだよ」
「へぇー・・、そうなんだ」
有楽町が感心しながら梅の押花のしおりを見ていると、
越生はエッヘンと、
「そーだぜ!お前、えーだんで大人の癖にそんなことも知らないのかよ?」
と、得意げに言うので有楽町はガックリと肩を落とした(もちろんわざとだが越生は気づかない)。
すると東上が声をあげて笑うので、有楽町もつられて声をあげて笑った。
越生は最初、意味が分からずきょとんとしていたが、
自分だけ仲間はずれが嫌なのだろう、自身も大笑いをし始めるのだった。
あれから何年経っただろうか?
有楽町はあれからバレンタインがくるたびに東上と越生にチョコを贈っているので、
今年もメトロの連中に渡す分に加え、二人のチョコも買い求めた。
池袋の東上線の改札前で東上を見かけると早速声をかける。
振り向いた東上の手には大きな紙袋が握られていた。
「お疲れ、東上」
「・・・ああ、お疲れ」
あれから数十年経ち、自分も東上も色々と環境が変っていった。
色々な出会いや別れもあったが、東上の有楽町に対する態度はあまり変わっていない。
つまり、東上は相変らず伏せ目がちでしか有楽町を見ないのだ、ある時をのぞいては。
「はい、これ。東上と越生に」
そう言って有楽町が渡したのは銀座でしか購入できないという高級なチョコだった。
東上達へのチョコを選んでいたところに何故か偶然(?)銀座線が通りかかり、
ニコニコ笑いながら無言でそのお店へ連行されてしまったのだ。
彼曰く、
『本命チョコは高級でなくちゃ』
・・・・らしい。
そうですか、と思いながら、同時にどうして知っているんだろう?と思うが、
事実を知るのはなんとなく怖かったので聞かないでおいた。
有楽町がチョコを渡すと東上は躊躇いながらそれを受け取る。
チョコのメーカーなど知らない彼も、高級・・・、
つまり高いチョコであることは分かるらしく躊躇うらしい。
最初に高級チョコを渡した時「受け取れない」と断った東上だが、
後に銀座が直々に東上にチョコを渡しにいったらしく、
その時にどんなやり取りがあったかは知らないが、
それ以降、東上は高級チョコを黙って受け取るようになった。
けれどその翌年から東上から渡される『チョコ』は毎年同じもので。
「・・・これ、今年のチョコ代わり・・・。毎度おなじみ梅酒だけど」
「ああ、ありがとう・・・、これ、俺もだけど銀座とか丸ノ内とかも好きなんだよねー」
と、毎度おなじみの文句を言えば何故か変な顔をする東上。
これもやっぱり毎年のことで・・・・。
「(ひょっとして銀座、お礼は梅酒でいいよ、とか言ったのか?ありえる・・・)」
ははは・・・と、明後日のほうを向いて一人から笑いをしていれば、
フイに真っ直ぐに東上が有楽町を見つめているのに気がついた。
それに気がついて有楽町が視線を戻せばパッと東上は再び下を向いてしまう。
耳を真っ赤にさせながら・・・・。
有楽町はそれが不思議でならなかった。
「(・・・なんで俺が見てないときだけ真っ直ぐに見てくるんだろう?)」
不思議だなぁ・・・と、思いつつもとりあえず目的は果たしたので、
また明日な、と挨拶を残して有楽町は自身の改札へと戻っていく。
・・・・有楽町の背中を見送る東上の寂しそうな目線には気づかず、
そのやり取りを後ろのほうで眺めていた丸ノ内と副都心は大きなため息をついたという。
2011/2/13
ありがとうございました。
バレンタインは殆ど、というかまったく関係ありませんね、ハイ!
ただ「Give me チョコレート」を言わせたかっただけです(笑)
大師に言わせても可愛いでしょうね☆
今回の裏テーマはThe鈍感です!先輩は鈍感です!東上も鈍感です!
相思相愛なのにくっつきません!
このあと、メトロに帰った有楽町は、
スパイ(丸ノ内と副都心)の報告を聞いた銀座からきっと有楽町を苛められます(笑)
G「今年も告白しなかったの?本当・・・、情けないんだから」
Y「煤I!(グサッ)」
M「有楽町は意外に鈍いよなぁ」
Y「煤I!(どういう意味だろう??)」
F「・・・わかってないみたいだからきっと来年もこのままでしょうね☆」
Y「煤I!(わかってないって何をだ??)」
・・・てなかんじでしょうか?
・・・ホワイトデーに続けられたら続けます。
でも大師の「ギブミィチョコレッ」も書きたい・・・・。
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