眠っていた大蛇丸は、控えめな声に目を覚ました。
「・・・どうしたの、カブト」
闇の中でも、大蛇丸の肌は白く光る。今、その首を音も無く起こして、寝台の側に立っている青年を見た。
髪を後ろに束ねて、フチなしの丸い眼鏡をかけた青年、薬師カブト。いつもは饒舌なその口をためらいがちに、開いたり閉じたりしている。
「カブト」
大蛇丸はいぶかしげに、だが少しの怒りを持ってその名を呼んだ。カブトのその仕草が、笑いを堪えているものだと分かったからだった。
「・・・大蛇丸さま、少し・・・、妙なことになっています」
「なにが?」
大蛇丸は、額にかかった長い髪をかき上げた。窓も無い一室。何時間前に寝たのかも分からない。灯された小さな蝋燭でさえ、目にうるさく感じる。
「サスケくんが・・・」
その言葉に、男の目がぎらりと不気味な色を湛えた。瞳孔が細くなり、ますます人間離れした表情になる。
「サスケくんがどうかしたの?」
言うや否や、大蛇丸は寝台から起き上がった。
カブトが苦笑する。うちはサスケは、大蛇丸の大事な「器」候補だ。大蛇丸に力を与えてもらった今でも、サスケの気高い思想は折れることは無く、屈服などしない。だが、逃げられるのだけは困るのだ。どんなに自分に対してぞんざいな態度をとろうとも、サスケは大事な「器」だった。
「いいえ、サスケくんは普段どおり・・・。そうではなく、サスケくんが面白いものを持っていましてね」
そこまで言って初めて、カブトは笑みを浮かべた。唇の片側を吊り上げた笑いは、人を不快にさせる。当人はそれを知ってやっているのだから、始末に負えない。
「どういうことなの。あんたの話じゃまったく状況が掴めない。サスケくんのところまで案内しなさい」
大蛇丸は薄い青に細かな紋様が施された上着を羽織ると、カブトに顎をしゃくってみせる。
「もちろんですよ。ただ、本当に笑わないで下さいね」
本当にカブトの笑みは人を不快にさせる。大蛇丸はさっさと歩きなさい、と眉をしかめた。
廊下には灯りは一つも無い。カブトが持っている燭台(しょくだい)が唯一、周りをほのかに照らす。硬い岩盤と床。歩けばたとえどんなに柔らかな履物でも、かつんかつんと音がする。
「・・・サスケくんは大広間に」
そうなの、と答える前に大広間に着いてしまった。不意にだだっ広い空間が現れる。ここだけは壁に蝋燭が灯されているので、目を凝らす必要は無い。
当のサスケは、その真ん中に立っていた。固そうな髪の毛の下に、暗い目が光っている。表情は無く、肌は血液の流れを拒否するように青白い。
「サスケくん」
呼びかけると、サスケは目線を大蛇丸に移し、すぐに落とした。
「大蛇丸さま、あれが、サスケくんが持って来た面白いものですよ」
カブトが指を差したその先。正確にはサスケの足元。なにか質量のあるものが転がっていた。
「・・・あれは・・・」
人間だった。四肢を丸めて、それは細かく震えている。濃い紫の着物はところどころが破れ、かすかに見える皮膚に、血が滲んでいた。
「サスケくんがこっそりと持ち込んだんですよ」
にやりと、カブトがサスケに笑いかけると、サスケは冷たい目で青年を睨んだ、かのように見えた。
「どういうことなの、サスケくん。一体、なんなの、そいつは」
近づいてみると、それは大人ではなく子供のようだった。サスケと同い年くらいだろう。一瞬、なんて綺麗な黒髪なのかしら、と大蛇丸は思ってしまった。突っ伏した状態のその人間の丸い頭が、なぜか気に入った。
「うん? ちょっと待ってください。その子は・・・」
カブトも横に並ぶとそう言った。大蛇丸が顔を見ると、この青年にしては珍しく驚いた表情をしていた。
「知っているの? カブト」
口を開こうとしないサスケに代わり、カブトに聞く。ええ、と青年は従順に頷いた。
「木ノ葉の忍びですよ。名前は忘れましたが・・・」
それは大蛇丸が計画した木ノ葉崩しの際。その計画途中で、偵察の意味も兼ね参加した中忍試験でちらりと見たことがあったらしい。
「まあ、特徴的な外見だったんで」
覚えていたそうだ。
「でも、その時は妙な服を着ていましたけどね」
ふうん、と大蛇丸は興味なさそうに頷いた。気になるのは、なぜ今頃になってサスケがこんな「もの」を連れ込んだかだ。
「どういうことなの、サスケくん。いい加減にわけを話してちょうだい。まさか、いちいちカブトを介さないと意思の疎通もできないほどに、精神が後退でもしたの?」
ぎらり。サスケが殺気を出した。カブトが大蛇丸をかばうように体を前に出す。構えた指先は、チャクラを纏っている。なにをも切り裂く、なにをも恐れぬ、カブトの武器だ。
「・・・・・・役に立つかと思ったんだ」
しかし、サスケは静かに答えた。気をそがれた二人は、目を見開く。
「役に?」
「・・・・・・こいつは忍術も幻術も使えないような無能だが、身体能力だけは未知数だ」
「つまり、これを実験体にしろと?」
カブトが喉から絞り出すように笑う。心底おかしいらしく、顔を片手で覆って肩を震わせる。
「面白い面白い、と思っていたけど、まさかここまでおかしく思うとは、本当に久しぶりだよ」
そして、いったん笑いを殺すと転がったままの「それ」を見下ろす。すでに解剖でもしている気になっているのだろうか、指を細かく動かしている。
「・・・なるほど」
観察を終えると、満足そうに呟いて大蛇丸を振り返り、どうします? と言った。
腕組みをしていた大蛇丸は、どこかが痛いような顔をして黙り込んでいたが、ふと手を伸ばすと転がっている丸い頭を掴みあげた。
「・・・汚い顔ね」
擦り傷と痣だらけの顔。半開きの目と口。そして、唾液が糸を引いて床に垂れた。
「術をかけてあるの?」
大蛇丸が力をこめて頭に手をかけているのに、それは痛みを表さない。手足はだらりと下がったままだ。
「一時的に感覚を切ってあるだけだ」
サスケはそちらを見もせずに答えた。もう用は無い、と言いたげな口調だった。
「あなたが持ってきたんでしょう。どうするの? 自分で面倒見るの?」
「冗談もいい加減にしろ、大蛇丸。おれは役に立ちそうだったから持って来ただけだ。実験に使うならそれでもいいし、いらないなら殺して捨ててしまえ」
「今の状況なら、こんなもの、私はいらないわよ」
乱暴に手を離すと、固い音を立てて、それは崩れ落ちた。
「カブトは?」
「・・・そうですね。まあ、せっかくですから、ぼくが貰い受けましょうか。いい実験体になりそうですし」
今度はカブトがその首を掴んで引き起こす。その顔を間近になにを確認したのか、意味ありげにサスケを見やる。
「サスケくん、本当にいいんだね。これはぼくが貰うよ」
問うと、
「勝手にしろ」
サスケははっきりとそう答えて姿を消した。大蛇丸は、やれやれと首を振った。
「予想がつかない行動は今に始まったことじゃないけれど、さすがに今回だけは辟易したわ」
「ええ、そうですね」
カブトはすでに新しい実験体を切り刻みたくて、うずうずしているらしく返事は気の抜けたものになっている。その手は着物の中に滑り込み、筋肉を確認するように動いている。
「カブト。本当にこれ、木ノ葉の者なの?」
大蛇丸はカブトに弄ばれている「それ」をもう一度、見た。先程よりは意識もはっきりしてきたようで、無遠慮に這い回る手にかすかに眉をしかめている。
「間違いないですよ」
いつもは回りくどい答えしかしないくせに、集中し始めるととたんに簡潔になる。この青年はどこまでも不快だ。
「・・・少し、その子の顔を見せなさい」
カブトはすぐさま、華奢だが骨の固そうな顎を、大蛇丸に向けた
頬に手を添えて、顔をじっくりと観察した。目には光が戻りつつあり、口はなにか言いたそうに動いている。大蛇丸はその口に指を一本突っ込んだ。舌が侵入物を押し返そうと圧迫してくる。うめき声が、指を伝って腕へと上ってきた。
知らずに、大蛇丸は笑っていたらしい。カブトに呼ばれ、初めて気がついた。
「連れて行きなさい。ただ、殺すんじゃないわよ」
意外な言葉に、カブトは一瞬目を見開いたが、すぐに氷のような笑みを浮かべ、体を抱え直すと闇に消えた。
残された大蛇丸は、暗い灯りのもと、唾液のついた指を舐めた。


2007/02/28





「大蛇丸軍団シリーズ」として書き始めたのだが・・・。
まずは、大蛇丸から。最初にサスケ編を書いてもよかったんだけど、大蛇丸に受け入れられて初めて、話が動き出すかなぁ、と・・・。
サスケが連れてきたのは、リーくんですよ。名前を出さずに書いてしまったが。でも、ここ「リーくん総受けサイト」なんで(知ってるよ)!!
大蛇丸は俗に言う「オネェ言葉」なんだけど、わりあい書きやすいなぁ。ついでに、あんまり元気な大蛇丸を見たことが無いので、描写や性格に無理があるかもしれませんが、まあいつものことですね、と。
でも、組織のトップ(?)なのに、ぞんざいに扱われてる節がある・・・。
むしろ、ギャグで書くなら「ほのぼの軍団」かもね。