眉毛が薄い、却下だ。顎がやや角ばっている、却下だ。髪の毛が茶色い、却下だ。頬の血色が悪い、却下だ。・・・どれもこれも、目が小さいのが気になる。
「・・・・・・これでは埒が明かないな・・・」
呟くと、青年は廊下から使用人に声をかけた。
「リーを呼んでくれ」

正座しているネジの両脇には、薄い冊子のようなものが山積にされていた。
「なんですか? これ」
呼び出されたリーが座敷に入るなり、当然の質問を投げかけた。
「見合い写真だ」
聞かれたほうは、涼しげな目元をいっそ冷たくして、つまらなそうに返事をした。
「見合い写真? これが全部ですか?」
ゆうに百冊は超えているそれに、感嘆の声を出す。
「ああ・・・」
対するネジはため息をつき、開いていた冊子を音を立てて閉じると、彼らしからぬ乱暴さで、部屋の左隅へと放り投げた。無論、そちらには可哀想な写真たちが折り重なっていた。
「昨日、本家が目を通しておけ、と置いていかれてな・・・。朝からずっと眺めている」
白に輝く目は、少し赤くなっている。リーは向かいに腰を下ろして、羨ましいような羨ましくないような、非常に複雑な顔つきだ。
「・・・で・・・、ぼくが呼び出された理由は・・・」
「好きな女を選べ」
「・・・・・・・・・」
「見合いをするのは、おれだぞ?」
「分かってますけど・・・。でも・・・」
「おれの好みに合うのがいなくてな。第三者の意見を取り上げようと思った」
「ネジ様のお眼鏡に適う女性はいませんでしたか?」
襖が静かに開き、古参の使用人、アシアリが顔を出した。すでにリーとは顔馴染みも過ぎて、日向家ではネジの次によく喋る人間となっている。
「アシアリさん、お久しぶりです」
「ええ、本当に」
アシアリは如才なく、持って来た茶を二人の前に置く。薄手の着物から、意外なほどに逞しい腕が伸びて、かすかに傷跡が確認できる。だが、リーはそのことに触れようとはしない。
「アシアリさんはいいんですか? ぼくのような他人に、ネジの相手を決めてもらうなんて・・・」
「そりゃあ、よろしくはないでしょうな。しかし、私はリーさまの審美眼を信じております。それに、日向家の嫁になる女性ならば、そりゃあ、才色兼備でしょうから、もろもろの間違いは起こらないと思います」
「はあ・・・」
ネジを見やるが、使用人の言葉に眉もしかめずに茶をすすっている。
「リーさま、なにとぞ、よろしくお願いします」
と、アシアリはどう捉えていいのか分からないことを言って、部屋を出て行った。
「・・・と、言うわけだ」
「・・・はあ」
「早く写真を見ろ。時間の無駄だ」
どさりと、見合い写真の山が築かれる。仕方なく、めくってみると、
「この方、とっても綺麗ですよ」
早すぎる答えに、ネジは呆れ顔だ。
「・・・・・・お前は女性ならば、誰でも綺麗だ美しいと言うだろうが・・・」
「だったら、ぼくなんかに頼まなければいいんです」
リーは頬を膨らませた。この世の女性は、本当に美しいと思っているから、言っているのに。ぼくは、ネジのように、女性になにも感じない人のほうが不思議です。
「・・・女性が嫌いなわけでは無い」
心の中を見透かしたようなネジのセリフに、リーは顔を上げた。
「だが、所詮、日向家の用意した女性としか結婚できない運命ならば、なにを期待しても一緒だ、と思っているだけだ・・・」
おれの両親とて、そうして一緒になったのだからな。ばさり。ネジは冊子を、今度は右隅へと放り投げる。本当に、こんなぞんざいな彼を見るのは初めてだ。
「この方なんて、どうですか・・・?」
リーはわざと聞いていないふりをして、写真を差し出した。ネジが覗き込む。
「・・・・・・少し、ヒナタさまに似ているな・・・」
ぼそりと、ネジが呟いた。が、すぐに顔を離す。どうやら、お気に召さなかったらしい。諦めて、次の冊子を手に取る。開くと、少しだけ目元はきついが、凛とした美しさを持つ女性が写っていた。リーは一瞬、見とれたが、ネジと一緒になると冷酷そうな夫婦に見えてしまうと思い、やめた。次の写真には、ふっくらとした頬の女性が写っていた。こちらも可愛らしいが、ネジの趣味には合わないだろう。これも失礼な言い方だが、却下だ。
そうやって、何分が過ぎたのだろうか。すっかり夢中になっていて、茶を飲むのも忘れていた。ふと、視線に気づいて顔を上げると、ネジがこちらを観察していた。
「なんですか・・・?」
決まり悪そうに言うと、珍しくネジが軽く笑った。
「あまりにも真剣なんでな、面白くて見ていた」
「だって・・・、ネジのお嫁さんになる人を選ぶんですよ? 真剣にもなります・・・」
「・・・最終的に選ぶのはおれではない、日向家だ。こんな見合い写真など、本当は必要ないのに」
言って、青年は写真をつまむと放り投げる。それが、彼なりに精一杯の反抗なのだろう。日向家という、逃れられない運命からの。
「・・・・・・だったら、ぼくだって最初から必要ないじゃないですか・・・」
「そうだな。今回はおれも間違っていた。どうして、お前に手伝ってもらおうと思ったんだろうな」
知りませんよ、そんなこと。すっかりすねたリーは、冷めた茶を一気に飲んだ。
「大体、ネジの好みが全然、分かりません」
リーの言葉に、ネジが喉の奥でなにか答えたように聞こえた。
「ネジの好み、教えてくださいよ。基準にしますから」
興味を持ったのか、リーはにこにこと問いかける。
「・・・・・・・・・」
「教えてください、ネジ」
白い眼で睨んでくるのにも負けず、また問いかける。
「・・・そうだな・・・」
諦めたのか、青年は腕組みをすると、天井を仰いで歌うかのようにしゃべり始めた。
「カラスの濡れ羽(ぬれば)のような髪の毛、血色が良い、丸い頬・・・」
リーはふむふむと、うなずいている。様子を見ながら、ネジは続ける。
「体つきは華奢だが、骨は太い方がいいな。多少、傷があろうと構いはしない」
「じゃあ、結構、鍛えてる方のほうが良いですか?」
「まあな・・・。性格は、強気なくせにすぐに泣いたり落ち込んだり、弱い部分が多いほうが支え甲斐もあるというものだ。度が過ぎると困るがな・・・。だが、自分が信じたものに、まい進するくらいの強さがほしい」
「なるほど、体と共に、心も鍛えている方ですね!」
「ああ・・・」
「あと、なにかありますか? 身体的な特徴とか・・・」
ここまで言っても、まだ気づかないのか、この鈍感が。ネジは分からぬように、唇の端を持ち上げた。
「・・・・・・」
「ネジ?」
「大事なことを言い忘れていた。眉毛が太くて、目が丸い。これだけは、最低条件だ」
「あ、この方なんてどうですか?」
「・・・・・・・・・」
リーが差し出した写真には、確かに眉が太くて、目の丸い女性が写っている。華麗な着物から出ている指は、華奢だが骨もしっかりしていそうだ。
「この方なら、会ってみるだけでも、損は無いと思いますけど」
仕方なしに、写真を受け取って、見る振りをした。
(この、鈍感のうつけが。誰がなにを思って、こんな話をしたと思っているんだ・・・)
「どうですか? ネジ」
はあ。ネジはため息をついて、写真を放り投げた。あ、と声を上げたリーににじり寄ると、耳元に顔を近づける。
「お前の方が、数段、可愛い」
「え・・・・・・・・・」
絶句、という表現がぴったりのリーの顔を間近に見て、満足したように頷いた。

結局、ネジの見合いは数年先に伸ばされることになった。なにも、今、決めなくてはいけないことではないし、なによりも当人のネジにまったくする気が無いということが、判明したからだ。
本家のヒアシはそれを使用人から聞かされて、少しだけ眉をしかめたが、
「まあ、それでもよかろう・・・」
と静かに言ったという。

「ねえ、ネジ・・・。本当にお見合い、良かったんですか、しなくて・・・」
「お前に敵う女性が現れれば、すぐにでもする」
「そ、そうですか・・・」
リーは間近にある、ネジの白い眼に見とれながらも、複雑な顔をしていた。


2007/09/19

ネジの見合い話とか、結婚にいたる話とかって、異常に興味があるんですよ。やっぱ、日向家って、「政略結婚」でしょ? というか、「政略結婚」であってほしい(なんの主張だ)。
「お家存続のために結婚することはどうとも思わないが、リーがいるしな・・・」
というのが、ネジの本音(爆笑)。
もともと、ネジはリーくんが好きなんだけど、リーくんが鈍感すぎてどうにもならない、とか。リーくんはリーくんでその事に戸惑うんだけど、ネジとは離れがたい、とか・・・。
ネジの基準が「リー」というのが、非常に萌えます。女性に対しては、物凄く失礼だけどな(爆笑)。