砂の里と、木ノ葉の里の定例宴会。数年前に始まったこの宴会は、今日も滞りなく、そして円満に終わりを迎えようとしていた。
大量の泥酔者と、大量の残飯が出るのは、毎度のことである。

カンクロウは厨房に入って、残飯をどう処理しようか悩んでいた料理人たちに、声をかけた。
「酒はもう出さなくていいじゃん。あと、意識があって元気なやつだけに、果物を出してやってくれ」
「かしこまりました。カンクロウさまもいかがですか? 木ノ葉の方たちが持ってきてくれたのですが」
料理人は、手近にあった紙袋に四個、瑞々しい緑の果実を入れた。
「ああ、もらっていくじゃん。じゃあ、よろしくな」
カンクロウは節くれだった手に、果物を受け取った。まだ熟してないようにも見えたが、これで充分、甘いらしい。酒の後には丁度いい、と料理人は笑った。
廊下に出ると、開いた窓から冷たい夜風が吹き込んできた。少しだけ酒を飲んだので、とても心地が良い。
前から、テマリが歩いてきた。着物の裾から覗く、長い足が妙に艶かしい。
「カンクロウ。そろそろ、お開きにした方がいいんじゃないのか?」
「ああ、分かってる。今、厨房に言って果物を出してもらおうかと思って・・・。食べるか?」
言って、テマリの手に、持っていた果実を一つ渡す。ありがとう、と彼女は素直に言った。
「なんだ? ご機嫌じゃん、テマリ・・・」
「うん? そうかな・・・。普通だと思うが・・・」
テマリは少しだけ頬を赤らめて、じゃあ部屋にいるから、とカンクロウの脇をすり抜けた。その後姿を怪訝な顔で数秒眺めた後、また歩き出す。
宴会場に入る。酔いつぶれた人間達が、テーブルに突っ伏していたり、床でだらしなくいびきをかいていたり。
首を巡らせて上座を見ると、我愛羅の姿は無かった。木ノ葉上層部の人間の姿も見えないことから、執務室で、今度砂の里で大々的に動き出す、「砂の里から木ノ葉の里への道に、さぼてんを植えよう活動」の相談でもしているのだろうか。
「しっかりして下さい・・・」
ふと、声が聞こえて部屋の隅に視線を滑らせる。そこに、見覚えのある姿があって、壁によりかかっている男に水を飲ませようとしていた。
「大丈夫ですか? 飲みすぎですよ」
はきはきとした声。丸い頭に、丸い目。妙な緑色の服を着ている。なにより、我愛羅のお気に入りの青年。名前はロック・リーと言ったか。
「水、飲めますか?」
「んん・・・」
男の迷惑そうな声。
「寝かせておけ。無理に飲ませて、吐いた水をかぶったらどうするんだよ?」
カンクロウが近付いて話しかけると、リーが振り返った。
「あ、カンクロウくん・・・」
「・・・いいから、そのまま寝かせておけ」
「・・・・・・そうですね」
リーは、カンクロウと男の顔を交互に見ていたが、そっと体を離した。男は、いびきをかいて寝始めた。
「お前も毎回、苦労してるじゃん?」
改めて向き直り、にやりとカンクロウは笑った。リーは、あははと力なく笑って、頭をかいた。いつも、酒を飲まずに酔った人間達の間を縦横無尽に走り回っているのを知っている。
「ちょっと、外に出るか・・・」
呟いて、リーを促した。酒臭い室内にいると、こちらまで頭が痛くなってくる。淀んだ空気が、充満していた。

廊下を進み、角を曲がり、カンクロウはリーを露台(ろだい・バルコニー)へと案内した。いつも風に包まれている、砂の里には珍しいもので、ここにしか無い。大門と同様に、何層も砂を重ねたもので、手すりには異国風の細かい装飾が施されている。
「今日は風がおとなしいからな」
と言って、カンクロウは露台へと出る扉についている、簡素だが頑丈な鍵を開けて、先に外に出た。
リーも外に出て、まずは目の前に広がる景色に、感嘆の声を上げた。
見渡す限りの砂漠。カンクロウの言うとおり、珍しく風が穏やかな日で、上空にかかる半月が砂煙に消されていない。月が砂漠を銀色に照らしていた。
「綺麗ですね・・・」
手すりから身を乗り出して、リーははしゃいだ。落ちるなよ、と少しだけ呆れて、隣に立つ。ふう、とカンクロウが息を吐いて、頭に被っていた黒の頭巾を取った。夜風が心地よく、熱を奪ってくれる。
ふと、視線に気づいて横を向くと、リーが丸い目でこちらをじっと見ていた。
「・・・なんだよ」
ぶっきらぼうに聞くと、すいません、リーが謝って、
「カンクロウくんの髪の毛、やっぱり我愛羅くんと似ていますね」
「はあ?」
そんなことを言われたのは初めてだった。「あの三兄弟は顔が全く似ていない」の見解が、砂の里での常識だったからだ。自分で鏡を見ても思う。
「そんなこと言われたの、初めてだ・・・」
なかば呆然として返ってきた答えに、木ノ葉の青年は意外そうな顔をした。
「そうなんですか? でも、カンクロウくんの髪の毛も細くて柔らかそうですね。テマリさんの髪の毛も同じですよ」
(なんで我愛羅とテマリの髪質を知ってるんだ、こいつ・・・)
「触ってもいいですか?」
「な、ばか、やめろ!」
慌てて飛び下がる。
「ほら、そういう反応はテマリさんとそっくりです」
(こいつ、テマリになにかしたのか・・・?)
リーは邪気のまったく無い顔で、カンクロウを見ながら微笑んでいる。砂に水滴を落としたように、じんわりと心を潤してくれるようだ。
(我愛羅のやつ、こういうところに惹かれたのか? って、それじゃ我愛羅がこいつに惚れてるみたいじゃん)
急に黙りこくったカンクロウを、リーが覗き込んだ。
「どうしたんですか、カンクロウくん」
心配した声だった。
「・・・いや、なんでもない・・・。お前、この後どうするんだ? 宿舎に戻るのか?」
「いえ、我愛羅くんを待っています。さっき、我愛羅くんが木ノ葉の人間と出て行く時に、ここで待っていろと言われたので」
「なんだ、そっか」
残念だ、と続けそうになり、口を噤んだ(つぐんだ)。
もし、宿舎に戻るだけならば、自分の部屋で休ませようかと思ったのだ。それに、もう少し、本当にもう少しだけ、こいつと話がしてみたかった。
(まあ、いいか・・・。どうせ、来月か再来月も来るんだからな)
思い直し、風が強くなってきたので中に戻ろう、と促した。素直に青年は着いてくる。
扉の鍵を閉めると、急に辺りが静かになった。
「じゃあ、ぼくはこれで・・・。いい所に案内してくれて、嬉しかったです」
綺麗にリーは笑った。枯れた砂漠に、水が噴出したようだった。一瞬にして、心を潤す笑顔だった。
「ああ、いや・・・。そうだ、これ持って行け」
頬を赤らめていた。残念ながら、心もとない月の光と顔の隈取に邪魔をされ、リーには伝わらなかった。
カンクロウは、袋の中から果実を二つ取り出して、青年の包帯が巻かれた両手に渡した。
「厨房でもらったんだ。このまま食って大丈夫らしいから、我愛羅と食え」
「いいんですか? ありがとうございます!」
大声で言って、リーは腰を曲げた。さらりと、細い髪の毛が宙に舞った。

リーが廊下を曲がる時に、もう一度感謝の言葉を言い、頭を下げた。それを気恥ずかしそうに手を振ることで返事をして、カンクロウは窓の中から、空を見上げた。
そして、思考した。
(・・・あいつがもっと、ここに来て、居てくれるようになれば・・・)
きっと、砂の里にも大輪の瑞々しい花が咲くかも知れない。

おれ達の、心に。

「なに、恥ずかしいこと考えてるんだ、おれは・・・。ばかじゃん?」
口に出して、さらに赤面して、カンクロウは紙袋の中に一つだけ残っていた果物を取り出した。
美しい緑色の果実に唇を近付け、数秒悩んでから、また紙袋に戻した。
「・・・いや、ちょっと、今日は緑色の物はやめておくじゃん・・・」
その時、カンクロウがなにを想像したのかは、彼自身も正体を見極めることはできなかった。


2007/09/26〜2007/10/15




・・・うへぇ・・・。「我愛羅を探して」の、「おまけカンクロウくん話」でございました。しかし、間が空きすぎて、すでになにがなにやら・・・。
砂の三兄弟は、リーくんに癒されまくるってのが理想。本当にね、ほぼ純粋培養のリーくんは砂漠のオアシスなのですよ、ってことになればいいのに(おい)。