「アシアリ」さんとは、ネジリー小説に、ほとんど欠かせなくなってきた、「碧羅の天」オリジナルキャラのことでございます。
これは彼を主人公にした小説でございますので、生粋のネジリーを期待していた方は注意が必要です。




アシアリは、ネジを玄関まで迎え出て、少しだけ目を見張った。
小さな主人の後ろに、もう一人少年が立っていたからだった。
少年は、上は白、下は黒の道着姿で、髪は単に整えるのが面倒なだけか、外にぴんぴんと跳ねている。額当ての下にある両目は、真ん丸く、アシアリが作るのを得意とする団子のようだった。
だが、少年が口元に巻いている大き目の布は、真っ赤に染まっていた。言うまでも無く、血の赤だった。
「ネジ様?」
憮然とした表情の主人に、アシアリは静かに声をかけた。下を向いて、ずっと三和土(たたき)を睨んでいたネジが、顔をようやく上げた。
「・・・こいつが、鍛練中に口の中を切って・・・、血が止まらないと言うので連れて来た・・・」
彼らしくない、もごもごとした口調だった。
「ははぁ。口の中を・・・。で、私はどうすればいいでしょうか?」
「・・・・・・血止めの煎じ薬を出してくれ。部屋にいる・・・」
ぼそりと不機嫌そうに呟くと、ネジは靴を脱いで上がった。ついで、後ろの少年を睨み、
「・・・上がれ」
これまた、ぼそりと、今度はドスの効いた声で促した。
少年は、丸い目でアシアリを見て、もごもごと何か言うと靴を脱いだ。もう一度、今度は頭を下げてもごもごと何か言う。
「喋らなくて大丈夫ですよ。すぐに、お薬をお持ちします」
アシアリは笑うと、すたすたと廊下を行ってしまうネジに置いて行かれないようにと、背中をそっと押した。少年は早足でネジの後を追って行った。
「・・・これはまた・・・、珍しいというか、初めてのことではなかろうか?」
ぶつぶつと言いながら、厨(くりや・台所)に入る。まだ夕餉の準備には早いので、誰もいない。厨の隅にある乾物が入っている大きな棚の、一番上にある引き戸を開ける。中には、紙袋がごちゃごちゃと入れられている。数十秒、アシアリは右腕を深く突っ込んで、引き抜いた。手には、くしゃくしゃになった小さな紙袋が握られていた。小さな破れ目から、茶色い葉っぱが覗いている。
「これを使うのも、久々だな」
ぽつりと言って、引き戸を閉める。そして、隣りの、今度は大小のやかんが整然と置いてある棚に移動して、小さなものを手に取る。水を入れて、火にかける。ぱらぱらと葉っぱを入れて、さらに待つ。すぐにお湯が黒に近い茶色に変わってきた。
(しかし、この煎じ薬を他人に使うことになるとは・・・)
日向家には、独自で作っている薬が多数あるのだが、それはほとんど「日向家の人間限定」に使われるものであった。誰もが、「それが当たり前」だと思っていた。しかし今日、自分の小さな主人は、他人のためにこの煎じ薬を出してくれ、と言ってきた。アシアリには、それがなんだか嬉しくて、始終顔をほころばせていた。
熱くなったやかんを火から下ろし、厚手の湯呑みに煎じ薬を入れる。匂いに顔をしかめて、果たしてこれをあの子が全部飲んでくれるだろうか、と心配になった。
(それにしても・・・、ネジ様がお友達を連れてくるなんて・・・)
鍛練中に口の中を切った、ということは、あの少年はネジと同じ班なのだろう。
アカデミーを卒業後、しばらくして、マイト・ガイという上忍が日向家に挨拶に来た。彼に目通りしたのは、ネジと自分だった。アシアリの目には、多少熱血過ぎではあるが、とても好ましい男だと映った。だが、小さな主人はガイをほとんど睨みつけ、無言のままだった。彼が帰った後、
「あんな男でも上忍になれるのか、アシアリ・・・」
と、なぜか恨みのこもった声で質問された。
それからネジは毎日、任務や鍛練に出かけたが、終わりに誰かと茶屋に行ったなどと話すことはまるで無く、もちろん、誰かを家に招くなどということはしなかった。
小さな主人が、朝に、冷たく美しい表情で出かけ、夕方、同様の顔で帰ってくることを、内心では案じていたのだ。しかし、これでネジが家意外で誰かと「関係」を構築しているのが分かり、少しだけ安堵した。
「これでよし」
アシアリは煎じ薬を、木の盆に置き厨を出ようとした。
「ああ、そうだ・・・」
なにかを思い出すと、盆を適当なところに置き、勝手口の引き戸を開け外に出た。しばらくして戻ってくると、手には手ぬぐいが握られていた。

「ネジ様、入ります」
アシアリは言って、ネジの部屋の襖を開けた。
ネジと少年は向き合い、柔らかな座布団の上に座っていた。ネジは腕組みをして、なかばふんぞり返った状態。少年は口元を布で抑えた状態。少年が持っている布は、先程よりも血に染まっていた。
二人は一言も喋らずにいたのだろう。少年はアシアリが来たのを見て、緊張が解けたのか肩をすとん、と落とした。それを見たネジが、一層、眉をしかめて目を閉じた。
「お待たせしました」
アシアリが笑いを堪えて言い、盆を少年の前に出した。
「まずは、こちらに血を吐き出してしまいましょう。その布は、私がもらいます」
言って、自分が持ってきた手ぬぐいを差し出し、少年から布をもらう。少年は、アシアリが持ってきた手ぬぐいが、ほとんど新品なことに気づいて、不安げに目を向けてくる。
微笑みながら促すと、少年はためらいがちに手ぬぐいに血を吐き出した。思った以上に大量の血液が、白い布に染み渡る。ネジが目を細く開けて、今度は少しだけ痛そうな表情をした。
「では、こちらをお飲みください。滲みると思いますが、一瞬だけです。多少、苦いですが頑張って飲んでください」
湯呑みを少年に持たせる。滲みる、苦いという言葉に小さな子どもが嫌がるような顔をしたが、覚悟を決めると煎じ薬に口をつけた。
「う!」
少年が叫んで、体をびくんと跳ねさせた。だが、健気に薬を飲み干していく。数十秒後、少年は大きく息を吐き出すと、湯呑みから口を離した。
「よく頑張りましたね。すぐに血は止まりますよ。今、お茶を用意いたしますから、お待ちください」
湯呑みを受け取り、部屋から出ようとする。廊下に出て、一礼をして顔を上げると、ネジがこちらを見ていた。その目は、なにかしら不安げな小動物がするようなものだったが、アシアリは襖を閉めた。その時は、主人がなぜあんな目をしていたのか、まったく分からなかったからだ。

厨に戻り、別のやかんを火にかける。
ネジがいつも使っている湯呑みと、客人用の湯呑みを出して、急須を用意して中に先日届いたばかりの珍しい香りのする茶葉を入れる。
しばしぼんやりと、やかんから立ち上ってくる細い湯気を見ていると、背中に人の気配を感じた。
別の使用人が入ってきたのだと思い、おう、と声を出して振り返り、気楽な顔のまま固まった。
「・・・・・・ネジ様・・・」
厨の入口に、ネジが立っていた。眉をしかめ、唇を噛み締め、怒っているのは明白だった。
「ど、どうされました・・・?」
アシアリは使用人の顔に戻ると、ネジに近付き膝を折って目線を合わせた。普段は、こうされることを極端に嫌がる主人が、何も言わずにアシアリの顔を睨んでいる。
「どうされたのですか、ネジ様? お友達を一人にしてよろしいのですか?」
何も言わず、だが、何か言いたそうに喉を上下させる主人に、忠実なる使用人は優しく問いかけた。
「・・・・・・・・・」
「え?」
「・・・・・・なにを話していいのか分からない・・・」
あ、とアシアリは声を出した。合点がいったという意味で、ネジはようやく気づいたのか、という意味の目で男を睨み続ける。
そうだった。ネジが、友達を作らない主義だったということも、彼が今まで同年代の子供と遊んだことが殆ど無いことも、今さらになって思い出した。そのことに、ネジがどれだけの意味を込めているのか、アシアリには分からない。
さらに、今までしていた表情が、困惑だということにも、気づいた。怒りの顔と大して変わらないのだが、眉根が少しだけ悲しそうに歪んでいるのだ。
アシアリは、そんな不器用な主人の心を、どうにかして解きほぐそうと考えた。
「ネジ様」
アシアリは厨の床に正座をして、ネジの顔を仰いだ。少しだけ高い位置から、ネジが見下ろす。
「・・・なんだ」
「あの方のことを、私はネジ様のお友達と解釈しましたが、それは合っていますでしょうか?」
「・・・あいつは、ただの班員だ」
ネジが吐き捨てた。アシアリは毅然とした表情のまま、話を続ける。
「たかが班員と思っているのならば、ここにお連れにならないと思いますが、いかがでしょうか?」
「・・・あれはあいつが、血が止まらない、どうにかしてくれ、と泣きついてきたからだ」
「ですが、いつものネジ様ならば、冷静に状況を判断して、あの方を医療課に見せに行くはずでございます」
アシアリの言葉に、ネジが目を見開いた。そういう選択肢もあったか、という顔だった。
「ご心配だったのですね、あの方の事が」
アシアリは素直に顔をほころばせて、ネジに優しく言った。
「そんなことはない・・・」
素直ではない主人は、まだ突っぱねる。
「私は嬉しいのでございますよ、ネジ様。ネジ様が班員と仲良く鍛練をなさって、怪我をした班員をお連れになって、日向家特製の煎じ薬を飲ませてやれ、とおっしゃいました。私は嬉しいのでございます。ネジ様に本当のお友達が出来たことが・・・」
「リーは友達などではない」
ネジが、普段では絶対に聞かない大声を張り上げた。一瞬、アシアリも面食らったのだが、またそれも、主人の貴重な感情の表れだと思うと、感無量だ。
「そうですか、あの方のお名前は、リー様とおっしゃるのですか。良いお名前ですね」
しまった、の言葉が、ネジの頬に浮かんだ。
「して、リー様とはいつもどんな鍛練をなさっているのですか?」
「・・・・・・別に普通の鍛練だ。あいつは強気なくせに弱くて・・・・・・」
「それでも、ネジ様に向かって行くとは、なかなかに気骨のある方でございますなぁ。ぜひ、お茶に私も混ぜてもらいたいものです」
にっこりと、少年のように微笑む。そんなアシアリを見て、ネジがふっとため息をついた。そして、にやりと笑う。余談だが、ネジの笑顔は意地悪く見えてしまうのだが、彼に悪意は全く無い。
「アシアリ・・・」
「はい、なんでございましょう?」
「この間もらった、栗きんとんがあるだろう。あれを茶請けに出してくれ。・・・お前の手製の団子も残っていたはずだ、あれも・・・」
「はい、分かりました。たっぷりと砂糖をおかけします」
にやりと、ネジはもう一度笑うと、頼んだと言い残して部屋に戻って行った。

すっかり血が止まった少年は、アシアリが部屋に来ると、
「ありがとうございました! アシアリさん!!」
はきはきと言った。変声期前とは言え、同い年の男の子よりも高い声だったが、それは秋の青空のように爽やかだった。 アシアリは、少年、ロック・リーと名乗った少年が、いっぺんに好きになっていた。

だが、まさかこの少年が、何十年もネジと友人関係を維持できようとは。
アシアリは、背も高くなり、精悍な顔立ちの青年が、ネジはいますか? と玄関に顔を出すたび、
「いやぁ、本当に・・・、人生とは面白いものですな」
感慨深くなるのだった。


2007/10/15〜20





アシアリさん、リーくんと初めて会う、の回でした。
まさか、アシアリさんが主役を張ることになるとは・・・! 人生とは面白いものですなぁ・・・。
当初、彼は「ぽっと出」のキャラでしたが、ネジリを書く上ではある意味で欠かせない人物になってしまいましたぁ。
意外だったのが、わりと読者様に「ウケ」がいいことですね。
「こんなおじさんを勝手に出していいのかしら・・・?」
なんて不安にもなりますが・・・。
ネジって、お父上が亡くなるまでは、ものすごく子供らしい子供だったと思うのですよ。まあ、口調とかはあまり変わりませんが、素直だったりとか・・・。
そして、うちのネジは甘党・・・。原作では好物が「にしんそば」の彼に耐えられるかな? ふふふ。
アシアリ&ネジの話、まだまだあるんですよね・・・。シリーズ化したいくらいで・・・。