「ねえ我愛羅くん、眠っている時、夢は見ていたんですか?」
「誰かがおれを呼んでいた」
「それは夢じゃないんですか?」
「分からない。だが、おれはその声をもっと聞きたいと思った。だから、目が覚めた」
そこまで言うと、我愛羅はリーの肩を引き寄せた。そして、耳元に唇を近づける。
「あの声は、お前だった。今なら、分かる」

それは一週間前のこと。
ロック・リーは、風影の屋敷の前で立ち止まった。砂が足元を吹き抜けていく。
「なにかご用でしょうか?」
話しかけられ、振り返ると若い男がこちらを見て立っていた。声をかけられるまで、後ろに人が近付く気配さえ分からなかった。
「あ・・・、あの・・・」
男は、リーのジャケットをしげしげと見つめた。珍しいな、と呟いたのが聞こえた。
「木ノ葉の忍びですね。でも、どうしてここに?」
確かにそうだ。公務で来るのならば、風影の屋敷ではなく、少し離れたところにある執務用の建物に行かなければならない。
「いや、公務ではないんです・・・」
「公務で無いとしても、風影さまは今・・・」
男は言葉を切った。リーは、承知していると頷き、
「・・・風影さまに・・・、いえ、我愛羅くんにお目通りを願います」
「・・・・・・どうぞ、こちらへ」
風影と呼ぶのではなく、我愛羅、とリーが呼んだことで男は何かを読み取ったようだ。
石造りの屋敷の門を手で開け、もう一度、どうぞと言った。

屋敷内部はひんやりと冷たく、窓も小さいせいか、薄暗い。硬い音を立てながら、リーは男に先導され廊下を進む。
「あの・・・、我愛羅、ではなく風影さまは・・・」
「・・・一週間前に倒れられて、ずっと眠っておられます。医療課の者は、命に関わることは無いと言っています」
「そうですか・・・。やはり原因は、守鶴を抜かれたこと・・・ですか?」
「ああ・・・。あなたはもしかして、あの時、風影さまの救出に・・・?」
「ええ、まあ・・・」
そうでしたか、と男は嬉しそうにリーを振り返り、風影さまを助けてくださり、ありがとうございましたと、先程まで纏っていた警戒心を一気に解いた。
「いえ、ぼくはなにも・・・、力になれませんでした・・・」
リーは視線を泳がして、小さく言った。男が怪訝な表情をするが、すぐに笑顔を作ると、また歩き出した。
「ですが、直々にここに来てくれたのは、あなたが初めてですよ」
「え・・・、そうなんですか?」
「はい。見舞いに来てくれたのは、あなたが初めてではないですが。皆さん、執務室の方に見えられて。そこでは、せいぜい見舞いの言葉と品物を受け取るくらいしかできないのですが・・・」
リーは驚いてしまって、男の話を半分までしか聞いていなかった。
『砂の里に来た時、屋敷にも顔を出せ』
我愛羅は言って、屋敷までの道を教えてくれた。
『ええ、そのうちに・・・』
そう言っていたのだが、まさかこんな形でここを訪れることになるとは、まったく考えていなかった。
「少々、こちらでお待ちください」
長い廊下を進み、角を何度か曲がって、リーは応接室に通された。
大きいが、質素な作りのテーブルとイスがあり、テーブルの上には花を乾かしたものが、飾られていた。
イスに座り、深く息をした。
我愛羅が倒れた。話は風に乗るまでもなく木ノ葉に伝わった。持ってきたのは、定期的に里と里を行き来している忍びで、リーは宴会の席で話を聞いた。体が酒を認めずに、いつも素面(しらふ)でいるリーは、こんな時ほど飲んで忘れる、という行為が羨ましく思った。
『暁』に守鶴を抜かれ、いったんは彼岸を見た彼は、砂の里の相談役チヨによって、再び現世へ戻ってきた。しかし、我愛羅と話す暇は無かった。そして、我愛羅奪還によって溜まりにたまっていた任務をこなし、今に至る。
(こんなことなら、半日でもいいから休みを取って、砂の里に来ればよかった)
リーは、うな垂れて石の床を見つめる。
静かに、扉が開く音がした。視線を上げると、見知った顔があった。
「テマリさん・・・」
我愛羅の姉、テマリだった。リーを認めるや否や、目元をいっそうきつくする。
「随分、遅い見舞いだな」
彼女は皮肉を言いながら、部屋に入る。きっと、さっきの男からリーのことを聞いたのだろう。青年の向かいに、どかりと座り込む。じっと、リーを睨む。
「・・・我愛羅くんは・・・」
「眠っているだけだ」
テマリは、短く吐き出すように答える。
「お前が来ても、なにもならないのは分かっているだろう」
「じゃあ、テマリさんはただここにいるだけで、我愛羅くんの力になれるんですか?」
リーは、テマリや我愛羅の兄、カンクロウが彼を本当に心配していることを知っていて、わざと言った。テマリが、怒りを表情に出す。かすかに、握られた拳が震えている。
ただ眠っている、ということは誰も手が出せないのだ。逆に、下手に治療を行えば、今度こそ我愛羅は目覚めなくなってしまうかも知れない。誰もが、不安になっている。相互に不安や不満を抱えて、ただ風影の寝顔を見守ることしかできない。
「ああ、やっぱりここにいたのか、テマリ」
また、扉が開き今度は黒い頭巾を被った男が入ってきた。我愛羅の兄、カンクロウだ。頭巾を被り、顔に隈取があるという事は、任務の帰りか赴く前なのだろう。後ろから、案内をしてくれた男も顔を出す。
「あ、ここにお茶をお持ちしようと思ったのですが、カンクロウ様が、ぜひ風影さまの寝室で、と言うので・・・」
「カンクロウ?」
男の言葉に、テマリが心底驚いた声を出した。証拠に、声が少し裏返っていた。
「別にいいじゃん? せっかくここまで来てくれたんだから、それくらい・・・」
「だけど、我愛羅は・・・」
「眠ってるだけだろ? それに、こいつだって静かにしてるだろ。なあ?」
いきなり話を振られて、リーは、慌てて立ち上がった。
「ぜひ、我愛羅くんに会わせて下さい」

「ここが寝室だ」
カンクロウは、階段を上り、廊下の突き当たりにある装飾が施された扉の前に立った。テマリがリーの後ろに立って、妙なことをするなよ、という空気を出している。
「我愛羅は本当に眠っているだけだから、なにか寝言を言っても気にしなくていいじゃん」
言って、カンクロウは重たい音を立てて、扉を開けた。
部屋に入ってすぐ、真正面に大きな寝台があった。左右に目をやると、左に書類が山積みになった、畳一畳はあるかという机と、右には人が入って隠れられるような、木で出来た洋服箪笥。部屋にはそれだけだった。窓も無く、風鳴りの音も聞こえない。
「ほら」
促されて、リーは寝台の脇に回り込んだ。
柔らかそうな枕に頭を乗せて、我愛羅が眠っていた。
「今日で一週間目か。我愛羅が眠ってるせいで、おれ達の仕事が倍増じゃん?」
文句を言うが、迷惑そうではない。笑って話すカンクロウに、リーも笑顔を返す。
視線を戻す。我愛羅が長年、両目に貼り付けられている隈が一層、どす黒く見えた。それでも、青年はゆっくりと呼吸を繰り返す。
「食事は、点滴で補ってる。寝てる方が、規則的にメシを食ってる」
またしても、カンクロウが冗談を言った。リーもまた、笑った。
「じゃあ、おれ達は任務に戻るじゃん。行くぞ、テマリ」
カンクロウは、扉の近くに立って腕組みをしていたテマリに話しかけ、肩を軽く叩いた。
彼女は、出て行く寸前にも、リーを睨む。
「絶対に、無理やり起こしたり、妙なことをするなよ」
捨て台詞を吐いた直後、扉が閉まった。カンクロウの、テマリをなだめる声が、小さく聞こえた。
その声が完全に聞こえなくなってから、リーは寝台の傍らに置いてある、小さなイスに腰をかけた。ふう、と息を吐いてから、眠っている我愛羅の顔を覗きこんだ。
(少し、痩せたでしょうか・・・?)
思ったが、もともと我愛羅は食が細く、服を脱いだ時に見せる体は、骨の上に筋肉が申し訳程度にのっている。それなのに、我愛羅はいつも、どこから力を出しているのかと思うくらい、リーを強く抱きしめる。
「我愛羅くん・・・」
呟いても、眠っている青年は起きはしない。規則正しい寝息だけが聞こえる。
リーはそっと、耳を我愛羅の口元に近づけた。
「・・・早く、起きてくださいね・・・」
顔を起こして、我愛羅に口付ける。唇がやけに熱かった。

数十秒そうしていて、ふと、リーはなにかに気づき、閉じていた目をそっと開けた。
「あ・・・・・・」
そこには、砂漠にあるはずのない宝石のような光が、じっとリーを見ていた。
あまりに驚いたのと、あまりの美しさに、青年は身動きが取れなくなった。
「なにをしている」
唇が触れ合ったまま、我愛羅がいつもと変わらない口調で聞いた。
「・・・我愛羅くん・・・。よかった・・・」
「なにをしている」
もう一度、はっきりと我愛羅が言った。
「・・・君が起きるのを待っていたんですよ」
その後は言葉にならず、リーは我愛羅の胸に顔を埋めた。

小刻みに揺れる青年の肩に、我愛羅は静かに手を置き、
「お前か」
呟いたのが聞こえた。


2007/10/11〜11/22(12/12)






うむむ・・・。「どうして我愛羅くんは倒れたのか」と言う事を、もっと掘り下げたほうがいいのでしょうが・・・。
多分、我愛羅くんサイトでは似たような事態が発生していると思われるので、割愛。
簡単に言えば、リーくんがちょこっと行ったとおり、「守鶴を抜かれたことによる、(精神的と肉体的な)消耗」ということにしておいてください・・・(投げた)。
でも、原作を見る限り、「どうにも出来なかったんだろうな〜」と・・・。
過保護なテマリさんとカンクロウ君が書けて満足でしたけども。