ひょう、と風が鳴いて、細かい砂が舞う。
今度は地面がじゃりじゃりと音を立てた。
舞い上がる砂に目をこらすと、男が二人、歩いているのが分かる。
どちらも同じような格好をしていた。
遠目にも大柄で屈強と分かる男。隣を、男よりも華奢だが、その鍛え上げられた体には寸分の隙も無い青年が歩く。
「ガイ先生、随分と寂しいところですね・・・」
大きな丸い瞳に砂が入ったのか、ロック・リーは瞬きを数回した。
「そうだなぁ」
マイト・ガイは、ほとんど呟いて答えた。
荒涼とした風景。なんとも無味な表現だが、二人が歩いている場所は、その言葉しか似合わない。大小の岩が見渡す限りにあり、風に砕かれて砂になり、砂がまた風に舞い上げられ、歩く者の目や鼻や口、耳にまで入り込み、喋ることや考えることを億劫にさせる。
だから、いつもはうるさく道中を行く、ガイとリーも、今日はやけに静かだ。
ちらりと、リーが後ろを振り向いた。だが、それは背後に危険が迫っているわけではない。青年は、正確には自分が背負っている、鞄を見たのだ。背中を完全に覆う背負い鞄。忍のみならず、商人や少し遠出する時に一般人でも使う、どこにでも売っているもの(それだけ需要と人気がある商品なのだが)。いくつかのポケットがつき、細々(こまごま)としたものが入れられるのだが、リーとガイはそこに包帯や傷薬などで満杯にしていた。
しかし、膨らんでいるのはポケットだけではない。リーの背負い鞄は、それ以外の物でも膨らんでいた。
「リー、少し休憩するか?」
ガイの言葉に、素直に青年は、はいと返事をした。
前を向くと、砂塵に紛れて粗末な家が立ち並ぶ集落が見えた。

「人は・・・、住んでいるのでしょうか?」
青年は、集落に入っても、人が姿を見せないことを訝った。路地と言えない路地を、砂が吹き抜けていく。
「住んでいるだろう」
ガイはあっさりと言い、周辺を指差し始めた。
指の先には、枯れていない井戸や、一見して分からないが手入れされた畑があった。屋根の上をつまらなそうに歩く猫がいた。
「おそらく、警戒されているのはおれ達のほうだろう。ここは、山賊の根城では無いな」
「そうですね・・・」
それにしても寂しいところです、とリーは付け加えた。師匠は、薄く笑った。
「さて、どこかの軒下でも借りるか。できれば、空き家がいいんだがな・・・。腰を下ろした途端に窓から包丁でも振り下ろされるのは嫌だからなぁ」
家々の前には、板を適当に組んだだけの、長椅子が据えられている。いつもはそこで、近所の人間達と交流をしているのだろう。とは言え、この様子からすると、あまり楽しくなさそうだ。
狭い集落を、ただまっすぐ歩いただけで、空き家は見つかった。とは言え、他の人が住んでいるであろう家と、さして変わりは無かった。あるとすれば、玄関と思われる木の板が無くなっていて、内部が見えるくらいだ。家の中は、ただ空洞が開いているかのように、生活の痕跡が何も残されていなかった。
「少し、心許ないがな」
ガイは言うと、背負い鞄を地面に置き、外に放置されている長椅子に腰掛けた。ぎしり、と不穏な音が一瞬したが、壊れる気配は無い。リーは背負い鞄を大事そうに抱えて、隣に腰掛ける。またしても、音は鳴ったが、なんとか長椅子は踏ん張った。
「飲むか?」
「はい」
ガイが鞄から取り出した金属製の水筒を差し出す。リーは鞄を抱えたまま、少し苦しい体勢で水筒に口をつけた。水は生ぬるく、あまり美味いとは言えなかった。
水筒をガイに返すと、ガイも二口ほど水を含んだ。
それから二人は、黙って空を見上げていた。
数分後、ふと、リーが口を開いた。
「・・・ガイ先生、あれ、なんでしょうか?」
青年が空に向かって、指を伸ばした。無論、砂と混ざってしまいそうな雲を指差したわけではない。青年は、立ち並ぶ家々の屋根に取り付けられている物を指差していた。
正確には、屋根の縁に長い木の棒がくくり付けられ、まっすぐに天に伸びている。その棒の一番先には、色とりどりの布が巻きつけられ、風にあおられていた。見ると、家ごとに違った色の布だ。中には、風雨でぼろぼろになり、今にも飛ばされそうになっているものもある。
「・・・ああ、おそらく、死者への目印だろう。おれも話に聞いていただけだったが、この辺のことだったのか」
「死者への目印?」
「多分、あの布は死者が着ていた服だろうな。死者の魂が帰って来ると信じて、ああいう風に屋根に棒と布を取り付けているんだろう」
「なるほど・・・」
リーは言うと、立ち上がった。数歩、前に歩いて屋根を振り返る。
「ああ、この家にもありました。ちょうど、裏手のほうに・・・」
「だが見る限り、この家の者は、集落を捨てたようにも思えるがな。それなのに、死者への目印だけは残っているのか・・・」
「・・・戻って来ても、誰もいないんですよね・・・」
「そうだなぁ・・・」
「・・・この人は、どうなるのでしょうか?」
リーが、今まで抱えていた鞄を、静かに長椅子に下ろすと、金具に手をかけて蓋を開けた。中には、木の箱が入っていて、それだけで満杯だった。箱の角で、よく見ると鞄自体が歪んでいる。
大事そうに、青年は箱を取り出す。ガイは何も言わずに、リーの動作を見ていた。
「この人の魂は、木ノ葉に来てしまうでしょうか? それとも、元居た場所に行くのでしょうか?」
箱の中身は、人間の首である。
とある要人の首を取ってきて欲しいと、木ノ葉に依頼があり、それを火影から受けたのがガイとリーだった。
二人は、半日で要人が住んでいる里に着き、屋敷に潜入し、滞りなく首を体から切り離した。二人が里を出るまでに騒ぎにはなっていたが、怪しまれずにここまで戻ってきた。あとは、顔は見たが心の底までは見れなかったこの人間の首を、火影に渡し、任務は終了する。
「どうした、リー? 今まで、そんなこと言わなかったじゃないか」
ガイが、いやに優しい顔で弟子に話しかけた。
「・・・・・・ただ、なんとなく思っただけです・・・」
「なんとなく思っただけにしては、思いつめた口ぶりだがなぁ」
「本当に、思っただけです!」
青年は大声を出したが、箱を丁寧に鞄にしまった。
たまに、ふと思うことがあるのだ。仮に、他国や異国で命を落すことになったら。自分にあるのかも分からない魂は、その場に留まるのか、それとも木ノ葉の里へ流れ着くだろうかと。
だが、この疑問を口にしたのは今日が初めてだった。
己の手で首を切り離した人間の、呪いともとれる思いに支配されてしまったのだろうか。
「おれ達はきっと、木ノ葉に還るのだろうな」
「え?」
師匠の言葉に驚いて、顔を上げる。ガイは、立ち上がり家々の屋根を見た。死者が帰るべき家々を見ていた。
「どこで死のうと、腐って土に融けようとも、おれ達の肉体と魂は・・・・・・」

木ノ葉のものだ。

砂煙の中に消えそうな太陽が、山の後ろへとゆっくり下りてゆく。
「そろそろ行くか、リー」
「はい、ガイ先生」
二人の男は立ち上がり、結局、誰も姿を見せなかった集落を後にした。
「ガイ先生。あの村に死者の魂が帰ってきたとしても、あまり楽しくなさそうですね」
「・・・どうだかなぁ。村の人間には、それなりの楽しみもあるかも知れないしなぁ」
「そうですね」
「リー。今日みたいに、殺した人間のことを思うのはやめろ。いいな?」
「・・・・・・はい、ガイ先生」

風が吹いた。
砂煙が舞い、二人の姿を掻き消した。

首が入った箱が、気のせいか泣き声を上げたように感じた。


2007/11/23〜12/13






ガイ先生が「おれ達は木ノ葉のもの」と言ったのは、「物」という意味で、所詮は木ノ葉の所有物ですから〜、っつー意味です(分かるよ)。
意外と、師弟は「死」の話が似合ったりするように感じる。まあ、「一緒に死んでやる」宣言が、かなり根を張っていると言えばいいのか・・・。
でも、なんとなく、この話「雨月物語」の「菊花の契り」に似ているような気も・・・? あれ、究極のゲイの話なんて言われたりもしますが。要は、「肉体ではなく魂」を相手に渡すというのが、究極の愛とも言えるってこと?
自分が死んだら、還る場所は・・・・・・・・・、骨壷の中(おい)。
ついでに、屋根の家に取り付けられているのは、元ネタは「インコンハン」と言いまして(漢字を忘れました)。実際に、取り付けている所が存在するようです(中国だったかな?)。
日本で言うところの、ナスビを馬に見立ててなんたらと同じような、まったく違うような・・・。そういう、世界の「まじない」みたいなものが大好きなんですけどね〜・・・、なかなかネタに出来ないのです・・・。