雪。 降っても降っても、まだ降り止まぬ。
「はぁ・・・」
吐き出す息も、舞い散るものと同じ色。
「はぁ・・・」
この息は、いい加減にしてくれ、という意味のものである。
マイト・ガイは、雪の舞い散る小さな村で、任務の真っ最中であった。
「ああ、くそぅ」
ガイは肩に降り積もった雪を、乱暴にはたき落す。今、彼がいるのは、村長(むらおさ)の屋敷前。大通りを挟んだ藪の中だ。この時期でも、葉を落さない薮は、隠れるのにはうってつけだが、なにしろ寒い。ガイは冬よりも夏のほうが断然好きだ。
(なんで、世の中が休みなのに、働かねばならんのだ!?)
ガイは暦(こよみ)を思い出して、心の中で叫んだ。
今回の任務の期限は、三日間。ここの村長が接待と称して大名などを呼び、なにやら謀(はかりごと)を企んでいるようだ、との情報が入ったのだ。そもそも、こんな小さな村の長(おさ)が大名や酒を注ぐ女性たちを方々から集められること自体、後ろ暗い。一体、資金源はどこから出ているのやら、想像するのも簡単だ。だが、屋敷から長が大名と肩を組んで出てきたところを見届けでもしない限り、任務は失敗になってしまう。堂々と表門から出て来るとも思えないが、確率の問題とも言える。
(はぁ・・・。寒い・・・。帰って熱い茶か粥でも食いたいところだがなぁ・・・)
雪は降り続ける。細かい結晶が固まりとなって、全てを白く染め上げていく。
かさり。すぐ後ろで、葉が揺れる音がした。だが、ガイは身構えることをしなかった。
「ガイ先生、どうですか?」
すっきりとした五月の青空に似た声が、ガイの耳に流れ込んだ。振り返るまでも無く、ガイには正体が分かっていた。
「なにも動かんなぁ。そっちはどうだ、リー。テンテンはどうした?」
「テンテンは、裏口を見張っています。休憩を先に取らせてもらったんです」
リーと呼ばれた人間は、背負い鞄を静かに地面に置いて、ガイの横に身を屈ませた。青年は、ガイとほとんど同じ格好をしていた。ガイの愛弟子であるロック・リーは、中忍に昇格してから、さらに師匠に似てきたともっぱらの評判であった。
「あっちの方も、まったく動きは無いですね。宴会、してますよね?」
「おそらくな。何人か、馬車やら駕籠(かご)やらで、乗り付けてたからなぁ。顔までは見れなかったが・・・」
はぁ・・・。二人分の白い息が吐き出されて、消えていく。
ごそごそと、リーが動き始めた。何事かと訝って見てみると、なにやら背負い鞄に詰めてきたらしい。そこに手を数秒突っ込んで、
「ガイ先生、あったかいお茶飲みますか?」
リーがにっこりと笑って、どちらも竹で出来た水筒と容器を二つ取り出した。
いつもならば、なにを悠長なことを言う、と頭を小突くところだが、なにしろこの寒さに体が思うように動かなくなっている。
「そうだな、そうするか・・・」
ガイは白い息を盛大に吐き出しながら、リーが容器に茶を注ぐのを見守った。茶は、どこで入れてきたのか、とても熱そうだった。
「・・・ちょっと、テンテンに見張りを頼んで、茶屋まで行って来たんです・・・」
リーが小さな声で言った。だが、ガイは怒らなかった。早く熱い茶が飲みたかった。
「どうぞ、ガイ先生」
「ああ、すまん」
並々と茶が注がれた容器に口を付ける。
思わず、美味いと言ってしまう。隣でリーが笑って、茶を飲む。
「美味しいです」
「ああ・・・」
「ガイ先生、大福食べませんか?」
リーは言うと、また背負い鞄の中に手と突っ込んで、ずっしりと重そうな紙の包みを取り出した。
「これもさっき買って来たんです」
「おいおい、リー・・・」
とりあえずたしなめるような声を出したが、本気でないことを弟子は長年の勘で読み取っていた。証拠に、にこにことしながら、餡子が透けて、これまた重そうな大福を師匠に差し出した。 ガイは遠慮せずに、がぶりと大福に噛み付いた。周りにはたかれた粉が、白い雪と共にはらりと地面に落ちた。
「先生。お正月の楽しみってなんでしょうか?」
リーが思い出したように聞いた。
そう、今日は一月一日、元旦であった。ガイが任務を嫌だと思う理由はここにもあったのだ。なんで、世の中が休みなのに、働かねばならんのだ?
「うん? そうだなぁ・・・」
それを思い出したのか、少しだけ不機嫌そうにガイが空を見上げて考える。雪はまだ、空から舞い落ちてくる。
「・・・正月と言えば、やはり雑煮か。お屠蘇(とそ)も今年は無しだしなぁ・・・」
「他にはありませんか?」
「・・・うん? あとは・・・、今でもやりたくなるのは凧揚げ、かるた辺りか? 小さい頃は毎年やっていたものだが・・・」
「他には? まだ忘れているものはありませんか?」
質問をぶつけてくる弟子に、ガイはううんと唸って目を閉じた。毎年の正月を思い出しても、年賀状を待つとか、年始のあいさつ回りとか、上忍だけ集まっての新年会とか、カカシとの福笑い対決とか。どれも楽しいと言えば楽しいが、そういえば心から楽しいと感じたことがないように思う。
「特に・・・、思い浮かばんがなぁ・・・」
言うと、リーは信じられないと言うように首を振った。
「大事なこと、忘れてるじゃありませんか!!」
「・・・リー、声を落せ」
急に声を荒げた青年を、今度は半ば本気でたしなめると、
「すいません・・・、でも、ガイ先生本当に忘れてますよ? 大事なこと」
リーはめげずにガイをまっすぐに見つめる。
「な、なんだ、リー? どうしたんだ」
慌てたのは師匠のほうである。こんなにも食って掛かる弟子を見るのは稀だからだ。それほどに、なにか自分は重要なことを忘れているのだろうか?
師匠にしびれを切らした青年が、先ほどよりも声を落して叫んだ。
「・・・・・・だって、今日はガイ先生の誕生日じゃないですか!」
「・・・・・・・・・あ」
やっぱり忘れてた。青年は呆れて、かすかに首を横に振った。
「せっかくの誕生日なのに、任務だなんて運が無いと、テンテンとも話していたのに・・・。当の本人が忘れるなんて・・・」
(そうか)
一月一日。確かに今日は、マイト・ガイの誕生日だった。だが、ガイにとっては誕生日でも、世間では正月。祝うのは新年のほうだ。
「おめでとうございます」
などと言われても、それは新しい年に向けてのことだ。だから、面白くないのだ。だから、心の底から正月を祝えないのだ。子供の頃から、一月一日に生まれたことを、心底憎んでいたのに。
「差し入れも、テンテンがなんでもいいからおめでとうって言って来いって言われて・・・。でもこんな時ですから、大福とお茶しか用意できなくて・・・」
「そうか・・・」
「任務を終えて、里に帰ったら、ちゃんとお祝いしようって言ってたんです。ネジも呼んで。アシアリさんがケーキを用意して下さるとまでおっしゃってくれて・・・」
「そうか・・・」
「カカシ先生も・・・、どうやら来てくれるようですが・・・」
「・・・・・・そうか・・・」
「でも、ぼくが真っ先にガイ先生におめでとうございますと言えるのが、本当に嬉しかったんですけど・・・。先生、こんな時に申し訳ありませんでした・・・」
「・・・そうか・・・」
ガイはそっぽを向いた。リーが心配そうにしているのが、見なくても分かったが、どうしても振り向けなかった。
とてつもなく感動していたから。双眸からは涙が流れ、鼻水まで出ていた。どうにも、この顔は人には見せられない。
数秒後、リーが慌てた様子で師匠の肩を叩いた。
「・・・あ、あ? ガイ先生!! 人が出てきました!!」
「おお・・・、そうか・・・」
ガイは鼻声を出しながらも、屋敷に目を向けた。そこには村長(むらおさ)らしき人物が、大名らしき人物の肩に手を置き、上機嫌で何やら包みを渡していた。後ろには、手を振る若い女性が二人。どう見ても、女中には見えない。
大名らしき人物が通りに手を振ると、すぐに屋敷の陰に待機させていた駕籠かきがやって来た。村長らしき人物が、駕籠に乗り込む大名らしき人物に何か言うと、笑い声がガイとリーの所まで聞こえてきた。
駕籠は駕籠かきたちの掛け声と共に見えなくなり、村長達も屋敷に戻って行った。
その様子を見終えて、リーが呟いた。
「・・・確認、取れましたね?」
「ああ、十分だろうな」
「・・・これで里に戻れますか?」
「おれ達の任務も、村長が誰かと会っている所を見さえすればいいだけだからな」
「・・・じゃあ、任務完了、ですか?」
「ああ」
「・・・テンテンを呼んで来ます!!」
リーは疾風のごとく、その場から消えた。
「・・・ああ、雪も上がったか」
見れば、まだ曇ってはいるが、先ほどよりは周りが明るくなっていた。
木ノ葉の里では、誰もが正月気分で浮かれているだろう。ガイが誕生日だなんて、誰も思い出さないだろう。
でも、リーやネジやテンテンやカカシが覚えていてくれれば、アシアリさんがケーキを作って待っていてくれれば、上出来だ、大満足だ。
ガイはまた滲んできた涙を乱暴に拭うと、
「ざまあみろ、正月め!!」
空に向かって、親指を立てた。

2007/12/31〜01/03・04・07

・・・ガイ先生、遅れてごめんなさい!!
でも、身内にも元旦生まれがいますが、本気で忘れてました・・・。すいませんすいません! これ書いてて思い出して、心底焦りました(あほ)。
もう少し補足をすると、ネジくんは別任務をしています。それでもアシアリさんにケーキを頼んでくれたんだね! 嬉しいよ!!
でも、実際にはブログのイラストみたいな顔で出すとは思いますが・・・。
「なにしてる、とっとと食え。ケーキが冷めるだろ(?)」
とか言いながら。照れ隠しですよ。
しかし、任務中にお茶と大福はまずいかなぁ、と思いつつ・・・。かなり楽な任務だから大丈夫! ということにしておきます(おい)。
あと、「村長が誰かと会っている所を〜」の箇所は、「あとはこっち(依頼主)が勝手に追求しますよ〜」という意味です。つまり、そこから相手を突付いてボロを出させるというわけです(^^;)。セコイ・・・。
あと、題名を最後まで悩みました・・・。「元旦」にしちゃうと、なんだかヒネりもないし、「ああ、ガイ先生の誕生日話か」とすぐにバレそうだったし・・・。
でも、「雪」もなんだかなぁ・・・。・・・まあ、いいか・・・。