「カカシ先生って猫背ですよね」
リーにふと、そう言われ、はたけカカシは数秒、天井を仰いだ。
「そうかなぁ?」
「ええ、だいぶ猫背です」
小さな暖房が、狭い部屋を温める。窓からは、冬特有のやけにくっきりとした陽光が差し込み、カカシは珍しく機嫌の良いリーが入れたお茶を、満足そうに飲んでいた。
リーがカカシの部屋に来る時は、大抵機嫌が悪い。それは、男が青年をかなり強引に誘うからでもある。カカシは、来なかったらガイのガイスーツの色を全部、桃色にしてやる、などという姑息と言うか、子供以上にふざけていると言うか、怒りと呆れた感情で何も言えない方法で、青年を呼ぶ。それでも、カカシの部屋まで足を運ぶロック・リーは、けなげと言うか、純粋と言うか、それともただのお人よしと呼ぶべきか。
しかし、今日は道端で偶然に会って、いつものように来ない? と誘ったところ、あっさりと承諾を得た。多分、大きな任務を成功させたか、好きな女の子と出かける約束でもしたのだろう。滅多にカカシには見せない笑顔で、リーはいいですよ、と言った。
そして、話は冒頭に戻る。
リーに言われ、天井を仰ぎ返事をして、またリーの言葉を聞き、
「そういえば、肩とかすぐに凝るんだよね」
カカシは背筋を伸ばして、両肩を回した。それだけでも、かなり体が楽になる。
「だいぶ、凝ってません?」
「凝ってるねぇ。まあ、体の具合が悪くなっても激務が続いて、目の前で仲間が殺されたり、自分も大怪我させられたり、それなのにケチな火影からは手当てが大して支給されなかったり、イチャパラも読める時間も本気で無ければ、誰だって背が丸くなると思うけど?」
「・・・・・・それはカカシ先生だけの理由だと思いますが・・・?」
「そう? まあ、いいじゃないの、死ぬわけじゃなし」
男は笑うと、イスから立ち上がり、数歩歩いて壁に備え付けてある多きな本棚の前まで行くと、
「今日はイチャパラ第六シーズン読もうかなぁ?」
鼻の下を伸ばした。とはいえ、顔布のせいでよく分からないが。
「・・・マッサージしてあげましょうか?」
「ふーん・・・・・・」
しばしの沈黙。カカシの本を探していた指先が、硬直した。
「・・・今、なんて言った? リーくん」
「だから、マッサージしてあげましょうかと言ったんです」
カカシは疑いの目をリーに向けた。青年は、一瞬、男の視線にたじろいだ後、
「・・・・・・嫌ならいいですけど・・・」
ちょっと唇を尖らせ、とてつもなく愛らしい表情で呟いた。
「嫌なわけないじゃない」
男は内心の感情をこらえて、渋い声を出した。
「で? どこでするの? なに、寝室でやるっていうなら、色々と準備をするけど?」
「・・・床に寝転がればいいです・・・」
言うと、カカシは素直に床に寝転がった。
「でも、嬉しいなぁ、リーくんがマッサージしてくれるなんてさ?」
「・・・ぼくも良く、ガイ先生にしてもらいますから・・・」
「ああ、ガイにね・・・」
最後の言葉には、なにかしらの恨みが込められていたが、リーは気づかなかった。
「あの、仰向けじゃなくて、うつ伏せになってくれませんか?」
「ああ、はいはい」
リーくんの顔が見れなくて残念だけど、とカカシが言おうとした瞬間、腰に重みがかかった。
「・・・え・・・」
男は絶句した。まさか、リーが自分の上に乗ってマッサージをしてくれるとは、本当に思ってもみなかったからだ。あまりの嬉しさに、目頭が熱くなる。
「あ、ぼく、重いですか?」
「いやいや、まさか・・・。とっても良い重みで・・・」
思わず、自分の腰を動かしてしまった。それでも、鈍感な青年は、動かないで下さい、としか言わない。
リーの指が背中を確認するように滑る。今、彼の顔を見れば、懸命な表情を浮かべているに違いない。それを想像するだけで、カカシの生臭い感情が動き出す。
「あ、ここです!」
可愛い声を出して、リーが指を筋肉に押し込んだ。
「ぐっ!!」
珍しいカカシの小さな悲鳴。リーの指は、筋肉を通過して内臓に届きそうなほどに強かった。とは言え、痛くは感じず、心地が良い。
「・・・・・・ん、あ、いたい・・・」
「・・・・・・・・・・・・変な声出さないで下さい」
ぐ、と青年が力を込めた。
「あ、そこは本当に痛い」
あまり反省した声では無かったが、リーは気を取り直してマッサージを続ける。
「・・・上手いねぇ、リーくん。ガイ直伝なのかな?」
「ええ、まあ・・・」
「ってことは、リーくんもこんな風にマッサージしてもらってるの?」
無言。ガイの話になると、途端にリーは黙り込む。カカシに弱みを握られるのを恐れているのか、師匠との濃密な時間を誰にも話したくないのか。おそらくは両方だろう。
マッサージは続く。筋肉をほぐされて、寝ていても体が軽くなるのを感じる。
カカシは黙々とマッサージされることに早々と飽き、ぼんやりと先々のことなど考えていた。
(ん・・・・・・?)
ふと、カカシは自分の尻に何かが当たっていることに気づいた。無論、リーの指先は背中周辺を揉んでいる。そうではなくて、熱い何か。
(こ、これはもしや・・・?)
確かめたいが、確かめられない状況に、カカシは心中で舌打ちした。
おそらく、マッサージをしている時の振動で、リーの体に変化が起きたのか。いや、それとも・・・。
カカシは痛がるふりをして、腰を動かしてみた。それは自動的にリーの下半身を刺激し、
「ふ・・・」
思わずと言ったところか、背中越しに甘い吐息をカカシは聞いた。
(若いって、いいなぁ・・・。こんなことでも反応しちゃうんだから・・・)
さて、どうしようか? 体を起こしてリーの顔を覗きこむべきだろうか。それとも、暗にからかって、しどろもどろするリーを楽しむべきだろうか。それとも、リーの指先と尻に当たる熱い感触をもう少し味わうべきか。
いずれにしようとも、カカシは自分が猫背ということに、感謝した。
次回の誘いの言葉は、
「またマッサージしてくれない?」
に決まりだ。

2007/12/20〜27

久々のカカリー。
リーくんはマッサージに関してはテクニシャンであってほしい(なんで?)。ガイ先生も(^^)。
リーくん、多分「人に馬乗りになる」ってところに反応してしまったのではないかと思う(おい)。