本当に繁華街は目の毒だ。
リーが振り返ると、そこには目を輝かせているテンテンの姿があった。
「ダメですよ、テンテン。今は任務中なんですから・・・」
「分かってるって、リー」
それでも、テンテンは首を左右にせわしなく動かしては、一人で笑みを浮かべる。
リーは歩きながら、任務中に近道だと思って繁華街を通り抜けようと言った自分を恨んだ。
ここは、火の国でも最大級の繁華街である。人は言うまでも無く多く、光も聞こえてくる音も、リー達が住んでいる静かな場所とは全く持って正反対だ。
そして、建物の中には収まりきらない小さな店が、路上に簡易式のテーブルや布を広げて商売をしている。いや、きっと許可を取っていない店がほとんどなのだろう。この簡単な店先は、すぐに撤去して逃げられるようにしてあるのだ(と、リーは踏んだ)。
売られているものも様々だが、テンテンが釘付けになるのは、大抵、きらきらと輝く装飾品だ。見た限り、高級には見えず、作った人間でさえもあまり感情を入れていないのが、ありありと分かる。
けれど、これは女性特有なのだろうか(言えばきっと、テンテンは怒るだろうが)。たとえ、偽者と分かっていても、可愛ければ良いじゃないなどと言う、理由にならない理由で買ってしまう。
「あ、あれ、可愛い・・・」
「テンテン」
「分かってるって、リー」
「はぁ・・・」
こんな時に限って、頼りとなるネジは別任務で里を出ている。彼ならばきっと、
「そんなもの買ってどうする。すぐに壊れるぞ」
と実に冷静な白い目(これは比喩ではない)で、テンテンの欲望を一瞬で破壊してしまうだろうに。どうにも、リーでは無理そうだ。
けれど・・・。リーは後ろを危なっかしい足つきで着いて来るテンテンを振り返る。
いつも、泥や草や、他人の血で全身を汚しながら任務をこなす彼女。けれども、それらを全部落せば、美人として十分に通用するのも彼女なのだ。今も、通り過ぎの男がテンテンを見て、ちょっと頬を赤らめた。
普通の生活がしたいとは思わないのだろうか。などと考えて、リーは自分を馬鹿にするため、鼻で笑った。
そんなことを言っていたら、自分だってどうなのだ。もう、普通の生活なんてしたくない、と思っているのに。
「あ、あれ、可愛い・・・」
テンテンがまた言ったので、リーは足を止めた。テンテンの視線を追うと、安っぽい髪留めを売っている店にたどり着いた。花の形をした金色の土台に、明らかに宝石とは違う光を放つ色とりどりの硝子(ガラス)が、くっついている。
リーが、何気ない足取りで屋台に近づく。
「いらっしゃい」
髪留めを売っていた若い男が、リーを見て少し驚いた声を出したが、後ろからテンテンが来たのを見て安堵した笑みを浮かべた。
「いらっしゃい。安っぽく見えるけど、意外と丈夫なんだよ、これ」
男が髪留めを手に取り、少し折り曲げてみるが、確かにビクともしない。
「へぇ・・・。可愛いね」
テンテンがいつもとは違う笑みで、髪留めを手にとっては戻していく。リーはただ、見守っていた。
「どう? 買ってくれたら、もう一個あげちゃうよ? 実はあんまり売れないから撤退しようと思ってたんだ」
男は力なく笑った。
「ふうん、残念だね・・・」
こんなに可愛いのに。テンテンは本当に残念そうに、髪留めを見つめる。
「欲しいんですか?」
「え?」
唐突なセリフに、テンテンと男は同時に驚いた。
「この髪留め、買いますよ。でも、本当に買ったらもう一つくれるんですか? この髪留め・・・」
リーはぎこちなく、それでいてぶっきらぼうに男に聞く。男は、数秒ぽかんと口を開けていたが、すぐに気を取り直して何度も頷く。
「ああ、いいよ。なんなら、もう一つ付けても・・・」
「だ、そうですよ。テンテン」
彼女を振り返ると、テンテンも男と同じような言動をした。
「でも・・・。リーのお金・・・」
テンテンはリーの腰にくっついている、小さな布製のカバンを見た。中には、髪留め一個ならば買える、金が入っている。
「大丈夫です。任務の報酬は明日にはもらえますし。後でやっぱり欲しかった、なんて言われちゃ、ぼくだって男ですから、いい気分はしませんし」
リーはちょっとだけ、胸を張った。大して威厳は出なかったが、テンテンの心を動かすことは出来たようだ。
「・・・・・・・・・そう? じゃあ・・・」
テンテンはたっぷりと時間をかけて、髪留めを選んだ。男にはどれも一緒に見えてしまうが(おそらくは売っている男にも)、女性にはこの髪留めがどう映るのだろうか。
「じゃあ、これとこれと、これ!」
ようやく決まった三つの髪留めを見たが、やはりどれも一緒のように思えた。

「それで、リーに買ってもらったのか、これを・・・」
ネジは一週間ぶりに帰ってきた家で、少しだけ顔を引きつらせて、テーブルに載った三つの髪留めを眺めていた。
「うん」
テンテンは台所から持って来た人数分の茶器をテーブルに載せながら、嬉しそうに、恥ずかしそうに頷く。
リーはどこか得意げな顔で、二人を見比べていた。
美しい黒い長髪と、同じように美しい白い眼を持った男、ネジはテンテンの夫だ。今は、上忍として里外での重要な任務に就くことが多く、リーは留守番と言い渡された任務をこなしながら、テンテンと過ごしている。
「売ってた人がね、リーを見て一瞬驚いたの。忍犬を見たの、初めてだったみたい」
テンテンは思い出し笑いをする。真っ黒の毛皮を纏った犬は、決まり悪そうにそっぽを向く。
だが、テンテンが頭を撫でると、尻尾を左右に振った。
その様子を見て、ネジは珍しく苦笑しながら、髪留めを一つ手に取った。
「・・・なら、今度作らせようか。同じような物を」
「いいよ、そんなの。この髪留めで十分」
「そうか?」
「まさかリーが買ってくれるなんて思わなかったら、嬉しくって。だから、この髪留めでいいの」
ネジはそういうものか? と首を傾げた。
「ぼく、目の毒って言葉の意味、今日のことで理解しました」
何気なく言ったリーに、ネジとテンテンが弾けたように笑い出した。


2007/01/10・12




忍犬リーくんのほのぼの日記、みたいな?
ふと、このシリーズは話が思い浮かぶ。
忍犬リーくんは、「甲斐犬」がモデルです。普通はまだらの毛色(虎毛)みたいですが、黒いものもいるそうで・・・。数年前に写真集で見て一目ぼれ。でも、残念なことに実物を見たことないんですよねぇ・・・。
日本犬なので、ちょっと顔が間延びしてる感はありますが、とっても凛々しい犬なのでございます。そして、この子犬がまた、とっても愛らしいんですよ〜!!
そして、ウィキペディアからの引用ですが、
「飼い主以外の人間には心を開かず、唯一人の飼い主に一生忠誠をつくすことから一代一主の犬とも評される」
良い!! これを見たら、前に書いた忍犬リーくんの人間リーくんに対する態度が「まんま」だ・・・(^^;)。びっくり。
ちょっと時系列がおかしいような気もしますが(私も思うし)、気にしないで下さい! 気にしたら負けです(何がだ)!!