「どう思う? 風影様、本当にあの歌い手に惚れたと思うか?」
風影の屋敷内にある宿直室で、男が二人、茶を飲みながら無駄話をしていた。一人は、アリアを案内してきた男。もう一人は、首元に傷がある男。
「どうだかなぁ。大体、風影様って、色恋沙汰には興味無さそうだもんな」
いくら寡黙な砂の里の人間と言っても、噂くらいには花を咲かせたい。
「おれもそう思うさ。でも、あの歌い手、本当に美人だよなぁ・・・」
「細い割には出てるとこ、出てるもんなぁ? あんな嫁が、毎晩眠る前に歌ってくれたら、おれ、一生浮気しねぇ」
「・・・・・・でも、あの風影様だもんなぁ?」
「・・・・・・そうなんだよな・・・」
二人は、ははは、と渇いた笑いを互いに漏らした。話は、そこで終わった。

「風影様、今、なんと・・・?」
「歌の意味を知りたい」
噂の二人は、静かに向き合っていた。けれども、それは甘い囁きでも無ければ、寝台の上で交わされた言葉でも無い。
風影は、実に純粋な理由で、アリアを呼び出したのだ。
「お前の歌は何を言っているのか分からなかった。だから知りたい。カンクロウとテマリに聞いたが分からないと言われた」
かんくろう、と、てまりと言うのは、左右に座っていた人間のことだろうか。見た目の年齢を予想すると、多分、この青年の兄と姉なのだろう。
(なんだ、そんなことか・・・)
拍子抜けすると共に、今やアリアの目には風影が年相応か、それ以下の年齢の、その辺にいる男の子にしか見えなかった。
「・・・・・・歌の意味が知りたい、と言われたの初めて」
「そうなのか」
彼女の口調が変わっても、風影、いや我愛羅は気にも留めなかった。むしろ、姉と話している感覚なのか、声音が軽くなった。
「どんな意味なんだ」
我愛羅は、態度にこそ示さないものの、早く歌の意味が知りたくてうずうずしているようだった。
そんな彼の様子に、アリアは微笑んでから、我愛羅の額に目を移した。どす黒い赤で書かれた、一文字。
「あなたの額の文字と、同じ意味」
言われて、青年は顎を引き、額に手をやって数秒考えるそぶりを見せて、
「これは違う」
答えた。
「どうして?」
問うたが、我愛羅はすねた子供のように黙り込んでしまった。
なにかまずいことを言ってしまったのだろうか。
けれども、青年はすぐに表情を元に戻すと、立ち上がって机に向かった。なにをするのか見ていると、机の上から紙と、筆と墨壷を持って戻ってきた。
「歌の意味を書いておく。意味を教えてくれ」
どうやら、彼は歌詞を知りたがっているらしい。
「あれは異国の歌だろう」
「そう。小さい時に教えてもらったの」
アリアは目を細めて、時間を巻き戻した。
「どうした」
「・・・いいえ、なんでも・・・」
ふ、と息をついて、歌を自分の言語に置き換えて、一区切りごとに教えていった。
特にどうということのない、愛する者とずっと一緒にいたい、という歌だ。異国の言葉に置き換えても、さして難しくは無い文法で構成されたもの。今まで、誰も歌の意味を知りたいとは言わなかった。聞くまでも、教えるまでも無いと思っていた。
「こんなところでどう? 大体、こっちの言語に合っていると思うけど・・・」
時間にして数十分。我愛羅も聞きなおすことも無く、紙に書き終え、筆を机に置いた。
「今から読み上げる。間違っていないか確認してくれ」
(まあ、間違ってはいないと思うけどね・・・)
苦笑しながら、青年を促す。
我愛羅は、少しだけ息を吸い込むと、紙面に書かれた文字を、淀みなく読み始めた。
旋律に載せるよりも歌は淡々と読まれ、時間にして三分もかからなかった。
「合ってるか」
「・・・うん、大丈夫。でも、あなた良い声してるね」
彼の声は、最初こそ威圧的に聞こえるものの、甘く切なく、腹に響く。しかし、当の本人はそんな事に気づくはずも無く、アリアもまた、彼は歌い手には向いていないと思う。
「そういえば、どうしてこの歌の歌詞を知りたかったの? 二曲目に歌ったやつだって、結構いい曲なのに・・・?」
「この前おれが教えてもらった歌がこの歌と同じ曲調だった。だからだ」
「え?」
我愛羅は、他人の心も自分の心と同様だと思っている節があるようだ。自分がこう考えているのだから、他人もそう感じるだろう、と。
「・・・ああ、なるほどね。その歌は、この国の言葉のものだったの?」
「そうだ。だからお前の歌を聴いたとき言葉は違えども同じだと思った」
「ふうん、そう・・・。じゃあ、教えてくれた人の歌も、愛の歌だったの?」
質問に、青年は素直に頷いた。
「自分の里で流行っていると言っていた」
「で、お返しに、この歌を教えてあげようと思ったの?」
青年は頷く。なんて可愛い動機なのだろうか。アリアは、忘れかけていた恋心と言うか、純粋な気持ちと言うものの形を思い出した。
「いいね、そういうの・・・。私なんて歌うだけで、誰かに教えようなんて思ったこと無い」
「歌は誰かに向けるものだ。歌う相手を思い浮かべれば歌はどんどん綺麗なものになる。例え歌う人間が下手でもだ」
「・・・・・・・・・」
「おれに歌を教えてくれた奴はそう言った。あいつはおれに歌を向けてくれた。だからおれもあいつに歌を向ける」
歌い手は、絶句したまま我愛羅を見つめ、遠い自分の中の記憶を手繰り寄せていた。
「どうした」
我に返ると、我愛羅が変わらずまっすぐで好奇心むき出しの瞳で、アリアを見つめていた。
「・・・なんでもない」
するろ、もう用は果たしたとばかり、青年の顔が、最初に見たときと同じ、威圧的なものに変わり、
「今夜は呼び出して悪かった。宿舎まで案内させる。ご苦労だった」
あっさりと帰るよう命令されてしまった。けれど、怒る気持ちはさらさら無い。アリアは、すっきりとした表情で言った。
「ええ、こちらこそ、ありがとう」
その言葉と表情に、風影は反応した。
「何がだ」
「・・・なんでもない。では風影様、失礼いたします」
何か言いかけた風影を意図的に無視して、扉を開け一礼してから閉めると、屋敷の廊下を通り、外へと出た。宿舎までは、案内が無くとも帰れそうだ。遠くに見える宿舎の灯りを目指して、歩き出す。
決然と前を向いて、歩き出した。

「ありがとう、風影様。あなたのお陰で、歌を歌うこと、歌い続ける意味が分かった気がします」

アリアは、さっき言わなかった風影への言葉を呟いた。



次の日、一座は太陽が昇りきる前に、列を成して砂の里を出発した。風影は別れの挨拶に来てくれなかった。そこまで暇ではないのだろう。昨日あれだけ盛り上がっていた上役や忍達も、別れの挨拶を言いに行ったときには、すっかり夢から覚めた顔をしていた。むしろ、早く出て行ってもらいたいようだった。

砂の里を出て、数十分後。馬を引く者、馬車の荷台に乗る者、歩きながら話をする者。思い思いに、座員達は歩を進める。砂漠を越えるには、あと二日ほどかかりそうだが、水と食料はたっぷりある。

アリアは一人歩きながら進んでいたのだが、なにか思い立ったのか、列の先頭で馬の手綱を握っている座長に、小走りに近づき話しかけた。
「・・・ねえ、座長?」
「なんだ?」
「また、砂の里に来れる?」
その言葉に、座長は笑いながら振り向き、首を横に振った。
「多分、無いだろうな。いつもそうだったからな。もし来れるとしても・・・、さて何十年先になることやら・・・」
「そう・・・」
アリアが悲しげな目をしたので、座長は不審に思って聞く。
「どうした? ああ、風影とやらに呼び出されたっけな。惚れたのか? それともいつも通り振ったのか?」
その言葉に、今度はアリアが笑って首を横に振った。
「まさか。・・・けど、良い里だったな、って思っただけ」
「そうかぁ? ちょっと活気の無い里だったけどな」
「かもね・・・」
笑って座長から離れると、今度は歩みを止めて、列をやり過ごしてから里を、正確には砂漠を振り返った。
砂の里は、とっくに砂塵に紛れて見えなくなっていた。
「・・・・・・あなたの想い人の心に、その歌が届くことを願います」
呟き、軽く笑うと、アリアは走って一座の元へと戻った。


あなたのように、誰かにこの歌を届けたいと思うまで、私は旅を続けるだろう。
だから、もし、何十年か後に、あなたの里へ行けたら・・・・・・・・・。

風が起き、最後の言葉は砂によって掻き消された。


2008/01/20〜02/03,4

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風影様、歌を教えてもらうの回でした〜。
またしても、リーくんでてこないし・・・(−−;)。
でも、言わずもがな、我愛羅くんに「歌を教えてくれた」のは、リーくんです。
リーくん、歌いました、我愛羅くんのために! でも、私の中ではリーくんは音痴設定・・・。けれど、心はこもっていたと思います、絶対に。
恐らく彼のことなので、現実で言うところの、「今週の第1位は!?」あたりの曲を我愛羅くんに教えたと考えています。
砂の里って、娯楽とかあんま無さそうな感じがしたので・・・。閉塞的っていうか・・・、単に僻地なだけなのか・・・。それに比べて、木ノ葉はどこからでも情報が入ってくると言うか・・・。
アリアさんの名前、本当に適当です(^^;)。ふと、どういう人かな〜って考えて出てきたのが、「外見的には中村中」さん。私の主観なので、皆様の中の歌い手を思い浮かべてください。
本当は、「歌を教えてくれた人を探して一座を抜ける」ってのを、最終的なオチにしようかと思っていたのですが、ちょっと収まりつかなくなったので・・・。いつものことです。
作中の歌を教えてくれたのが、アリアさんの初恋の人でした〜、とかそんな風に持っていきたかったらしい・・・。うん、無理!
一座についても、手品なんだかサーカスなんだか・・・。色んなものがごっちゃになってます。イメージは、日本の旅芸人なんだけどなぁ・・・。失敗しました。
ところで、我愛羅くんは歌を歌うのではなく、詩を朗読します。石田ボイスで(爆笑)。多分、それでもリーくんは素直に感動すると思います。
カラオケなんかで歌ってても、心がこもってないと(っていうか感情移入)しないと、誰も聞いてくれないんですよね・・・。自分も歌っててつまらないし。