一番きつい坂を登りきっても、先はなだらかな山道が延々と続いている。
並の人間ならば、息が続かないこの道だが、ガイは休憩することなく歩みを進める。
やっと家の屋根が見えてきた。するどい傾斜のついたそれは、深い森を突き破るかのようだ。
一枚板の扉を叩くと、軽い足音がしてリーが顔を覗かせた。
「いらっしゃい、ガイ先生」
ぶかぶかの着物、のぞく肩から黒い下着が見えている。そのせいか、太ったわけは無いのにふっくらと丸い印象を与える。
「お土産だ」
手に持っていた袋を渡す。中には、青い光と芳香を放つ果実が入っている。
「いつもありがとうございます。どうぞ」
何度となくここに訪れているのに、ガイはいつもお客様扱いを受ける。
「ちょうどお茶にしようと思ってたんです」
招き入れられた玄関にまで、茶の匂いが漂っていた。家に上がって右手にある応接間に通される。窓からは日差しが緑に緩和されながら入り、少し暗いように見えるが温かい。部屋のちょうど真ん中にある重厚な造りの木の丸テーブルとイスは、引っ越す前に一緒に探したものだ。
「少し待っててください」
ガイをイスに座らせ、少年は袋を抱きかかえたまま、部屋を出て行く。台所から茶と、果物の載った皿を持って来るのだろう。
残されたガイは、短く息をついて、窓の外に目をやった。木々に紛れて、空が見える。今日は本当にいい天気だ。
程なくしてリーが茶と果物を大きな盆に載せて戻ってきた。
「春ですね。もうこの果物が出るんですね」
リーは皿に載った果実を一つ手に取ると、皮ごと齧り付いた。美味しいです、と笑う。
「ガイ先生、木ノ葉の里はどうですか?」
少年にそう聞かれると、いつも口ごもってしまう。こちらが話題にしないようにしているのに、少年は意図的に里のことを聞こうとする。
「・・・ああ、相変わらずだ」
「任務で別の里に行ったりしたんですよね? お話、聞きたいです」
天真爛漫に笑うその様子は、ガイに対する嫌味でも、里に対する卑屈でも無い。分かっているのに、笑顔の裏側を探ろうとしてしまう。
ガイは力無く笑うと、
「・・・そうだなぁ、前に任務で行った里には、面白い風習が残っていてな・・・」
小さな子供に御伽噺(おとぎばなし)を聞かせるように、喋りだす。リーも身を乗り出して、目を輝かせて、ガイの誇張が存分に入った話を聞く。
リーの立てる笑い声が、静かな森に吸い込まれていった。
「・・・と、まあ、そんなわけだ。おれもさすがに肝を潰しかけた」
「面白かったです! まさかテンテンがそんなことを言うなんて・・・」
話し終え、渇いた喉を潤すために、ガイはすっかり冷めた茶をすすった。
「あ、すいません、先生。新しく淹れ直してきます」
「いや・・・、これでいい。・・・・・・それよりも、リーの話が聞きたい」
「え? ぼくの・・・、ですか?」
途端に少年は困ったような顔を作った。
「ああ。ネジやテンテンたちにも聞かせたいからな」
二人の名を出されると、リーは弱い。ガイ先生ずるいです、と言わんばかりに唇を尖らせ、くるりと両目で部屋を一回りしてから、話し出した。
「・・・・・・今は、家の裏で畑を作っています。収穫は夏ごろになると思いますが、どれも順調に育ってますよ。それから、家の周りの木に、鳥が巣を作ったんですけど、もうすぐ雛が生まれるんです。でも、親鳥が神経質になってしまって、下手に近づくと頭をつつかれてしまんですよね・・・・・・」
少年の話は続いた。久しぶりの他人との会話からか、それとも相手が気心の知れたガイだからなのか、言葉は洪水となった。ガイも聞き逃すまいと、少年が放つ言葉に耳を傾け続けた。
「・・・・・・以上です・・・。けほ」
洪水が土砂降りとなって、そして大雨に変わり小雨に変わり、ようやくリーの話は終わった。ガイよりも喉が渇いたのか、やっぱりお茶を入れ直してきます、と部屋を出て行った。
ガイは、両手を頭の後ろで組み、天井を見上げた。
(そうか・・・。畑、か・・・)
里に居る頃とは、明らかに変わってきた少年の生活を想った。
(・・・そうだな・・・、お前はもう、里の人間じゃ・・・、忍びじゃないもんな・・・)
少年が土まみれの手で、自分の顔を拭う姿を想像してみる。
(・・・あんな・・・、血だらけで任務をこなしていた頃よりも、ずっといいな・・・)
「・・・・・・はは」
力なく笑ってみる。
これでいい、と思うには早すぎる。早すぎるが、しかし・・・。
「ガイ先生、お茶のおかわり、淹れてきました」
リーが戻ってきた。さっきとは違う香りの茶だった。
「これ、ぼくが煎じたんですよ。家の周りに薬草がたくさん生えてたんです」
「そうか、リーが煎じたのか・・・」
目を合わせないように呟いたガイに、少年が怪訝な目を向ける。
「どうしたんですか? ガイ先生・・・」
「なんでもないさ」
顔を上げたガイは、いつもの表情に戻っていた。
「なあ、リーよ。天気もいいことだし、近くの川で釣りでもしないか? 釣竿、あっただろう?」
「あ、はい、いいですね。ガイ先生、だったら夕飯一緒にどうですか? 釣ったお魚、調理しますよ」
「ああ、楽しみだ」
二人は顔を見合わせて笑った。

外は碧羅の天。春が待ち遠しい、と森がざわめく頃の話。

続?
2007/1/10〜2008/02/08
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「続」で終わっているのは・・・、これ、シリーズ物として考えたからです。まあ、わたくしお得意の(嫌なほうの意味で)、色んなキャラと同じテーマで書くっていうのをやりたかったみたいです。
そんなわけで、あざとく題名が「碧羅の天・春」になってます・・・。ま、でも、一応ガイリーに入れておきます。
結構初期のほうで思いついた話だったんですけど、妙に詰まってしまって、こんなに遅く完成したのです。
家のイメージは、明治・大正時代の洋館です。
多分、誰もが「リーくんが忍びを諦めたら・・・」というのを考えたことがあると思いますが・・・。
彼はそれでも、卑屈にはならないんだろうなぁ、とか・・・。いや、むしろ本当に諦めると、感情も何も浮かばなくなるんじゃないかなぁ、と・・・。
ガイ先生はもちろん、ショックだったろうけど、リーくんの事を思えば・・・・・・、ねえ?
何気に、家庭菜園してるリーくんが可愛いかな、と。
うーん・・・。続けるべきか、やめるべきか・・・。