山盛りのカレーライスが、目の前にどん、と置かれた。
不思議そうな顔で、ロック・リーは、カレーライスを作った張本人であるテンテンを見上げ、
「・・・それで・・・、ぼくにどうしろと・・・?」
「カレー好きじゃない、リー」
「そうですけど・・・。なんでわざわざ、ぼくの家に押しかけて作る必要があるのか・・・」
「だって、野外演習なんてしてるリーを捕まえられるわけ無いじゃない!! あっちかと思えばこっちの森を走り回って、こっちかと思えばあっちの川で魚を素手で百匹取るとかしてるでしょ? だったら、演習が終わった頃を見計らって、家に押しかけるしか方法は無いじゃないの!!」
大声でまくしたてられ、青年はひょっ、と首を縮めた。こういう時の彼女は、怒っているネジよりも怖い。
「でも・・・・・・」
「・・・なによ? それとも、庭で演習の続きでもする? ちょうど、使ってみたい暗器があるのよね・・・。体に進入すると回転しながら毒針が五本くらい出て内臓を破壊して、しかも体内に留まるの・・・・・・」
「いただきます!」
リーは慌てて言うと、スプーンを手に取り、カレーライスに突き刺した。テンテンは、にやりとほくそえむと、両手で頬杖をついて青年の口元を見守る。そうしていると、本当に美少女なのだが・・・・・・。

彼女が青年の家に押しかけてきたのは、一時間ほど前。
テンテンの言うとおり、木ノ葉の里を縦横無尽に駆けずり回り、泥だらけになった体を風呂で洗った直後。どんどん、と乱暴に家の扉が叩かれた。
一瞬、彼は師匠のマイト・ガイが訪ねてきてくれたのかと思った。急いで出てみると、目の前には市場で買ったであろう野菜が入った紙袋を抱えている、テンテンだった。
一体どういう了見か。彼女は質問に答えるはずも無く、ずかずかと家に上がりこみ、台所を貸してほしいと言ってきた。
まあ、いいですけど。面食らって答えた青年に、テンテンは笑って、カレー作ってあげる、ちょっと待ってて。そう言って、透視しているとしか思えないほど、てきぱきと戸棚から包丁や鍋を取り出し、カレーを作り始めた。
包丁を持っている彼女に問い質したら、なにをされるか分からないことを、十分知っていたリーは訝りながらも、静かに居間に座っていた。
ほどなくして、香辛料の良い匂いが家全体に漂い、青年は不覚にも腹を鳴らしてしまった。
炊飯器に残っていた米を全部、皿によそったら小山ができてしまった。それでも彼女はお構いなしに、ルーをかけ、そしてリーの目の前にどんと置いた・・・。

「で、どう?」
「美味しいですよ」
そもそも、カレーを下手くそに作る人はそうそういないのではないかと思う。味に変化をつけたわけでもない、本当に基本の作り方に忠実なテンテンのカレーは、素直に青年の喉を通り、胃に落ちていく。
「ふうん・・・。じゃ、基本のカレーは美味しく作れるのか・・・」
ぼそりと変な事を言う。リーは皿から顔を上げて、テンテンを見た。そろそろ、本当のことを言ってください。青年の目が訴えていたので、彼女は照れ臭そうに笑った。
「好きな人にカレーを作ってあげたいの。好きだって、この間聞いたから。リーは毒見役」
数秒の間。
「・・・まあ、そんなところだろうと思っていましたけど・・・」
卑屈ではない。テンテンがリーを(言葉は悪いが)利用するのは、彼女が恋をしている時。

数年前にも、好きな人に飲ませたいとかで、特製の煎じ茶の毒見をしたことがある。あれも今日と似たような状況だった。
けれども、そういう自分を当て馬だとは思わない。大体、彼女に悪気は一切無いのだ。
前述の煎じ茶を飲まされた時、どうして自分なのか、と聞いてみた。すると、
「だって、ネジはアシアリさんと比べるだろうし、ガイ先生の味覚は当てにならないんだもん。リーなら、素直に美味しいとかまずいとか言ってくれるじゃない?」
だそうだ。
まあ、リーとて、いかなる理由だろうと頼りにしてくれるのは嬉しかったりするのだ。

きれいにカレーライスを食べ終え、息を吐くと、香辛料の匂いがした。すぐにテンテンの手が皿に伸びて、台所に持って行く。
「カレー類って、乾くと厄介だよね。ありがとう、リー、全部食べてくれて」
「いいえ。あ、でも、もう少し辛くても、大丈夫だと思いますよ」
「そう? じゃあ、今度までに香辛料の勉強しておくね」
どうやら、テンテンはまだまだリーに毒見をさせるらしい。
「あとさぁ、具とかなにか良い案、無いかな?」
洗い桶に皿とスプーンを入れた彼女が戻ってきて、リーの隣に座り、真剣な面持ちで顔を近づける。一見、恋人同士のようだが、二人とも何も思わないらしい。
「そうですねぇ・・・」
くるりと目線を天井に向け、しばし考える。
「・・・鯖(さば)・・・、とか・・・」
「鯖・・・、まあ、魚介カレーだと思えば、いけるかも・・・」
「ああ、あと、コンニャクとか!」
「コンニャク!? ふうん、なるほどね・・・」
こちらが笑ってしまいそうなほど、テンテンは真剣な表情だ。頭の中では、何種類かのカレーを煮込んでいるに違いない。
そんな彼女を見て、リーは、ふと気になり聞いてみた。
「今回のお相手はどんな人なんですか?」
無論、詮索する口調では無かったのだが、一瞬、テンテンはリーを睨んですぐに笑った。
「あたしのタイプ、知ってるでしょ?」
「・・・・・・・・・ま、そうですね」
二人は顔を見合わせながら笑って、その後はとり止めの無い話をして、リーは彼女を家まで送った。
頑張ってくださいね、と激励すると、
「あんたの毒見しだいでしょ」
青年は苦笑した。



青年の一ヶ月間に及ぶ数十回のカレー毒見の結果だが、残念ながら、テンテンの恋は実らなかった。
試行錯誤を繰り返し、苦心惨憺(くしんさんたん)して味を調えた(ととのえた)カレーライスを、意中の相手に食べさせたところ、
「なんか、おれじゃなくて、別の人の好みの味にしてない?」
と言われてしまい、テンテンの幾度目かの恋は呆気なく、下水道に流された。
だが、そんなことでへこたれる彼女ではない。

二週間後。
「え、また、カレーの毒見ですか? なんで・・・?」
またしても、唐突に家の玄関先に、野菜や香辛料の入った紙袋を抱えて現れた彼女に向かい、青年はほけっ、と口を開けた。
「うん、また好きな人ができて、その人もカレーが好きなんだって。いいでしょ? リーだってカレー好きなんだし」
言って、ずかずかと上がりこみ、台所に入る。もう勝手知ったるリーの家だ。どこの戸棚になにがあるのか、全て分かってしまっている。
「そりゃ、カレーは好きですけど、限度というものが・・・・・・・・・。・・・・・・まあいいですけど・・・」
青年の口調が途中で変わったのは、自分で飯の準備をしなくていいからである。若者にとっては、食事の栄養云々よりも、腹に溜まる食事の方が嬉しいものだ。
「じゃあ、できるまで待っててね」
テンテンは包丁を握り、にっこりと笑った。

出来上がったカレーは、最高に美味しかったらしく、三杯目のおかわりをしに台所にいそいそと入っていくリーを見て、彼女は微笑む。
今回の恋は実らなかったが、まあいいか、という気持ちのほうが大きい。
それよりも、本当に喜んで自分の料理を食べてくれる人の側に居たほうが、数倍楽しいことに気づいたのだ。
「本当に美味しいですよ。毎日でも食べたいくらいです」
「あったりまえでしょ」

あんたの好みの味付けにしたんだから。

そう言いそうになった自分に、照れ笑いを浮かべた。


2008/04/17〜4/18




テンテン、なにげに恋多き乙女、だといいな、みたいな・・・・・・。
ところで、なぜか個人的に自サイトのテンテンの発声が、某「涼○○ルヒ」になってしまうのだが・・・?
実のところ、ちょっと苦手なキャラなのに・・・・・・(おい)。嫌いではないです。
こういうリーくんって振り回されてるって、言っていいのかしら・・・?
・・・・・・いやいや、本当に振り回す女なら、こんなことでは済まないだろう・・・(なんだよ)。
テンテンの意中の彼、かなり鋭いです(爆笑)。ひねくれてるのかも知れないけど・・・、ネジではないですよ?(初期設定ではネジの予定でしたが)
どうにも、話のテンポに合わせて文章を区切るという癖がついてしまったようですね・・・。なんかこれでハッキリしたというか、なんというか・・・。
リーくんの好みの味付けって・・・・・・・・・、まさか例の「激辛カレー」・・・・・・・・・、いや、考えないようにしよう・・・・・・。