木ノ葉大通りを、ロック・リーは日向ネジと二人で歩いていた。
「ここも随分、色々な店が増えましたよね。あそこも・・・、こっちも新しく出来た店ですよね」
「ああ、そうだな・・・」
少年はリーが言った店を、一瞥もせずに返事をする。
大通りは賑わっている。二人がアカデミーに通っていた頃は、店といえば八百屋、魚屋、駄菓子屋・・・こじんまりとした個人経営ばかりだった。しかし、最近では里の外からやって来た商人たちが住み着き、様々な事業を展開している。
娯楽施設が劇的に増え、週末には、どこにそんなに人が潜んでいたのか、というほど大通りは賑わう。
ネジとリーは、鍛練が午前中で終わってしまった時などは、ひまつぶしのために通りを歩く。
最近は、二ヵ月後に控えた中忍試験のため、鍛練が夕飯時を過ぎる、なんてことがざらにあった。だが、マイト・ガイが休養も必要だと言い、久々に午後が暇になったのだ。
二人は、なにを買うでもなく店に寄るでもなく、淡々と歩き続け、何度も往復する。だが、少年たちを不審な目で見る者など、一人も居なかった。
「おい、リー」
突然、ネジが話しかけてきた。リーは驚いて振り返る。ネジから話しかけられるなんて稀だったし、声音がなんだか楽しそうなことにも驚いていた。
整った顔立ちの少年は、これもまた珍しく立ち止まり、空を見上げていた(ように見えたのだ)。
「刺青(いれずみ)を彫ってみたくないか?」
「い・・・? いえ・・・、別に・・・」
いきなり何を言い出すのだろう。眉をしかめるが、ネジは唇の端を持ち上げて笑っている。
ますますわけが分からなくなったリーを見て、少年は顎をしゃくった。
その方向に首を向けてみると、
「刺青、彫ります? ・・・格安で・・・?」
三階建ての、少し古い建物。取り付けられた外階段は錆で赤くなっているところが目立つ。その二階の窓に、でかでかと『刺青彫ります。格安で!』とあった。建物の大きさから察するに、相当狭い店だろう。文字が書いてある紙の両端が、少しだけ中に折り込まれているのが見えた。
「彫ってみたくないか?」
ぼんやりと窓を見上げているおかっぱ頭の少年に、ネジがまた聞く。リーは、今度はしっかりと首を横に振って、ネジに向き直った。
「ぼくは遠慮しておきます」
「そうか。残念だ」
ネジが意地悪く笑う。
なんでですか、と言おうとすると建物の外階段から、若い男性と女性が降りてきた。どちらも、袖なしの服を着て、右の上腕に包帯を巻いている。二人は階段を降りきると、顔を見合わせて意味深に笑い、手を繋いで人ごみの中に紛れていった。なにかの記念に彫りに来たのだろう。まだ異性と付き合ったことのない少年二人でも、十分に想像はついた。
「・・・なんで彫れ、なんて言ったんですか?」
たっぷりと間を空けて、再度ネジに聞く。相変わらず、ネジは笑ったままだ。
「さあな。ふと、刺青の文字を見て、お前なら『マイト・ガイ命』などと彫るだろうと思ってな」
「あ! それいいですね!!」
リーは即答し、すぐにネジのタチの悪い冗談だと分かって、表情を硬くした。
「図星か。いいじゃないか、彫っても。何百年前には、恋人の名前を彫るのが流行していたそうだぞ?」
「・・・ぼくはそういうのは好きになれません」
おかっぱ頭の少年の返事に、ネジは意外そうな顔をして、もう用は無いとばかりに歩き出す。慌ててリーは後を追う。
「そんなに彫りたいなら、ネジが彫ればいいじゃないですか?」
「・・・おれにはもうあるだろう?」
前を見て返事をしたネジに、ちょっとだけ首をかしげ、すぐにそれがなにか思い当たって、視線を彼の頭にやる。
今は額当てで隠れているその部分。そこには、一生消せない印が入っていた。
「ああ、そうだ。『マイト・ガイ命』じゃなくて、蓮華の紋様ならどうだ?」
いきなりネジが言ったので、リーはまた驚いて、眉をしかめた。そして、自分の視線と考えに、ネジが気づいていることを知って頬が熱くなった。
気まずくなって話を合わせる。
「蓮華?」
「この間、習得したじゃないか。表蓮華を」
「ああ、そうですね・・・」
数日前、リーは敬愛するマイト・ガイの技、表蓮華を自分のものにした。確かに、その紋様を彫れば、なんだか力が湧いてくるような気がした。
「・・・それなら、まあいいかも知れないですね・・・」
何故か照れるリーを見て、ネジも薄く笑う。
「背中にでかく彫れば良い。見栄えがいいだろうから」
「考えておきますよ」
「中忍試験が始まるまでに、彫っておけよ」
「考えておきますよ。頑張りましょうね、中忍試験」
「お前は、人一倍、な」
珍しく、二人は冗談を言い合いながら、通りを何度も往復した。

数ヵ月後に行われた中忍試験で、リーが一生消えない傷を背中と左手足に負うことになろうとは、ネジでさえも、いや、誰も思っていなかった。
その出来事はネジの心に、鮮やかな色の刺青のように痕を残すことになる。


2008/04/18〜4/19・25

中忍試験直前、と言っていいのかな?
まあ、頭の中でいきなりネジが、「おい、刺青彫りたくないか?」と言ってきたんですよ。本当にいきなり。
実際、刺青は彫ってみたい。鎖骨か手首に。一応、皮膚炎持ちの人がやっても大丈夫らしいのだが・・・。
あとは「スカリフィケーション」とか・・・。人工的に切り傷を作って絵を描くというやつ。
「何百年前には〜」の部分は、要するに江戸時代のことです。私も聞きかじった程度なので、真偽のほどは定かでは無いですが・・・。
『○○(名前)命』ってここから来たんじゃなかったっけ? えーと・・・。
あと、文中では「いれずみ」を「刺青(しせい)」で統一です。「入れ墨」だとちょっとね・・・。
でも、この間ニュースで「入れ墨」と称していて、ちょっとぶっ飛んだ(^^;)。
「もんもん」って言い方は好き。