日向ネジは服を脱ぐ。
今日は淡い水色の着流し姿で、帯を取って、軽く襟に手をかけると、着流しは静かに床へと落ちる。
「・・・早くしろ」
とっとと下着姿になったネジは、隣りで服を脱いでいる人間に言った。
「先に入っていていいですよ?」
苦笑しながら、その人間は言った。
緑色の首から足首までを、一直線に結ぶ奇妙な服を着ていた。両足首は、橙色の柔らかい材質の脚絆(きゃはん)とつけており、両手首には包帯が巻いてあった。
「・・・・・・・・・」
ネジは無言で、ロック・リーを見やる。
「・・・分かりましたよ・・・」
リーは呆れた表情を声で、服の首元にある留め具を一気に臍(へそ)の辺りまで引き下ろした。
瞬間、現れた肌には大小の傷跡。盛り上がり白い線になって定着したもの、かさぶたになっているもの、あざやみみず腫れに至っては呆れるほど無数に。
こんなにも間近に、リーの身体を見れたのは、どのくらい前のことだったか。ネジは思案した。

木ノ葉大通りの銭湯に二人はいた。
ここの店主(四十代の女性である)は忍びが来ると、営業時間前であっても気前よく、入れてくれる。
先代もそうしていたようで、
「先代の私の父ちゃんがね、忍びに憧れてて、出来るだけいつでも入れるようにしてあったの。あたしもそれを受け継いだわけ」
とは言うものの、激務に追われている忍びは、そうそう訪れることはなく、往々にして貸切状態となる。

今日とて、二人以外に忍びがやって来るということは無さそうだ。
脱衣所はしんと静まり、そして冷たい空気が流れていた。
「やっぱり、人が多いほうが雰囲気出ますよね、銭湯って。夕方来れば良かったのに・・・」
包帯を解いて、脚絆も外したリーが、腰に手ぬぐいを巻いたネジに話しかける。いくら春とは言え、寒くないのだろうか、疑問に思うがネジは寒さや暑さに強い体質である。
「・・・おれが人が多い銭湯が嫌いなんだ」
「あ、なるほど」
納得した声と表情で、数回頷いて、ようやく緑色の服を脱ぎ始めた。
部分的にしか見えていなかった肌の大部分が露出して、ネジは何気なくリーの背中に回る。
そこには、首から尻のすぐ側まで、一直線に傷跡があった。傷は皮膚の色を変えて盛り上がり、ところどころ枝分かれして、まるで地中に潜る木の根のようだ。
横に回って左手首を覗き込めば、同じような傷跡。さらには左足首にも。
ため息をつきたくなるのを堪えて、リーが服を脱ぐのを待っていた。
中忍試験で、リーはこの傷を負った。負わせた人間(砂の里の我愛羅と言ったか)を責めるつもりもないし、リーの力量が無かったと責めるつもりもない。
けれども、一生消せない傷を持ったリーを見ると、なぜだかやるせない気持ちになる。

ネジが人の居ない時間に銭湯に来たのは、この傷を他人に見せたくなかったからだ。
忍びというものである以上、大なり小なり傷跡はある。しかし、リーが手術を受けた後に、こことは別の銭湯に行った時、不躾に見てくる人間の多さに辟易したのだ。
男の子が、一緒に来た父親に、
「どうしてあの人、あんな風になってるの?」
指差してきた時は、その親子を捕まえて、なにか言ってやろうかと思ったが出来なかった。
リーが極めて自然に、集まる好奇心を無視していたからだ。
「駄目ですよ、ネジが気にしちゃ」
銭湯から出た後、何気なくリーに言われて、唇を噛み締めた。

「ありがとうございます、ネジ」
言われて、我に返る。
リーがまっすぐにこちらを見ていた。一糸纏わぬ姿で、全身についた傷を見せて、微笑んでいた。
「人に会わないようにしてくれたんですね」
「なにがだ?」
こんな時にも素直になれない自分に嫌気が差す。けれど、リーはそんなネジを理解している。
ふと、リーは悲しそうな顔をして、ネジに一歩近づいた。二人の呼気が、脱衣所に響く。
「ネジに気を使われたら、ぼくが困ってしまいますよ・・・・・・」
「・・・お前に気を使ったわけじゃない。おれが、気に食わないだけだ」
それが気を使うことじゃないのか、と己でも思った。
しかし次の瞬間、リーは笑って、
「入りましょうか? せっかく貸切なんですし」
ネジの手を引いた。
「風呂上りには、珈琲牛乳飲みましょうか?」
「・・・・・・おれは果物牛乳がいい」
静かな、二人だけの浴場に、リーの爽やかな笑い声が響いた。


2008/05/09〜10・13




「刺青」の続編と言えばいいのか・・・。
銭湯っていうか、シャワーネタでナルリーもあったんだけどね・・・。
バイトをしていた時、腕に火傷の跡(皮膚移植の跡かもしれない)がある女性のレジをしたことがある。
その女性の腕を見て、一瞬「ギクッ!」としてしまった自分が嫌だった。
そういう方を見て、なにかを思ってしまう自分が嫌だ。
身体に傷跡が無くたって、容姿で色々と言ってくる人間も存在しますからね・・・。
ネジくんは、意外と「正義の人」だと思う。リーくんとはちょっと違う方向の正しさっていうか、まっすぐさっていうか。
しかし、例えば方々の土地にある「(万人には理解できない)慣習」なんかには寛大な気もするね。
リーくんやナルトが、「それはおかしい!!」なんて言ってても、「しょうがないだろ」で済ませそうな・・・。
ただ、心とは裏腹に態度がでかい(爆笑)。