あれから、数年過ぎて。
「最初に喋った時のこと、覚えているか?」
「えーと……、少しだけ」
リーは忍犬の養成所で人語を勉強し、それなりに人々を守れるほどに鍛えられ、正式に里に忍犬として登録された。今では数人の忍びと口寄せの契約をし、忙しく任務を行っている。
たまの休日。テンテンが居ない日には、一人と一匹で話しをする。リーは、男同士の会話ですね、などと言って、この機会を楽しみにしている。養成所の訓練士の癖なのか、リーは誰とでも敬語で話す。
数年前までは、どちらかというと、ころころとした印象が強かったが、今では筋肉が引き締まり、一犬前の顔つきになっている。
だが、耳の後ろを撫でればうっとりとした表情で擦り寄ってくるところは、昔となんら変わりない。甘ったれの犬だ。
テンテンが不在なだけで少し暗く感じる家の中で、おれ達は思い出話をしていた。
「じゃあ、最初の言葉が、テンテンだったというのも忘れてるのか?」
「いえ、それは覚えています。記念すべき、人語第一声ですから! でも、病院に連れて行かれたとこおろは……、あんまり覚えていません」
ソファに座っているおれの膝に顎を置く体勢で、リーは目を伏せる。
「おれの名前を呼んだのは、それから一ヶ月と十五日後だったぞ。そんなにテンテンが好きか」
よくそこまで細かく日にちを覚えていますね、リーの目が明らかに語って、
「……すいませんでした」
しかし謝罪の言葉が出たのは、なにかしら、おれに恐怖心があるらしい(心外だが)
「けど、どうして、最初の言葉をテンテンにしようと思ったのか……」
「一番、手をかけてくれた人間だったからじゃないのか?」
「そうでしょうか……。確かに、そんな感じもするんですけど……」
リーはおれの膝から顎を話して、遠いところを見るような表情で言う。
「どうしてでしょう? ぼく、あんまり記憶に無い小さい頃から、テンテンのこと、とても好きだったんです」
「それはいいことだな」
あながち嘘でもなく、おれは返す。お前がリーという名前をもらった時から、お前の運命は決まっていた気がする。
「……だから、最初にテンテンの名前が呼びたかったのでしょうか?」
「……そうかも知れないな」
リーが、珍しく話を変に複雑にしないおれを、不思議そうな目で見てくる。おれはまっすぐに見返す。
「……そうすると、ネジはライバル?」
「それは無いな」
即答したおれに、リーはわふ、と妙な声を出して反論しようとした。
すると、扉が開く音が聞こえた。ただいま、という女性の声。
「帰ってきました!!」
途端、リーは明るい表情をして、器用に廊下へ出る扉を開けて、玄関に走っていった。すこし遅れて、おれも玄関へ向かう。
「おかえりなさい! テンテン!! 赤ちゃんも!!」
「ただいま、リー」
玄関には、定期健診から帰ってきたテンテンと、背中で眠っている赤ん坊。言うまでもなく、おれとテンテンの子供だ。
居間に戻り、熟睡している赤ん坊を抱いて、テンテンがソファに座ると、すかさずリーが赤ん坊に鼻を近づける。鼻をひくつかせ、尻尾を盛大に振る。
「リー、お前に守るものがもう一つ出来たな」
冗談めかして言ったが、リーは真剣な顔で頷く。それを見て、テンテンが笑う。
「この子の第一声は、”リー”がいいですね!」
「調子に乗るな、うつけが」
言って、リーの頭を軽く小突いた。
「この子の第一声は、”父上”に決まっている」
「……それはどうでしょう……」
テンテンとリーが同時に首をかしげた。


2008/05/13〜14・15


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ネジテンみたいだけど(っていうか)、忍犬リーくんは「テンリー・リーテン」に属します。
「忍犬うんぬん」……はいつも通り、私の捏造です。声帯っていうか喉の変化うんぬんっていう説明も入れようかと思ったのですが、そこまでしなくてもいいよな。
で、リーくんの親は忍犬なのか? まあ、どう考えても忍犬でしょう。人間のリーくんも、「忍犬の子供をもらって欲しい」という感じで。
ただ、それをテンテンに言わなかったのは、おそらく故意でしょう。ここで謎を深めてどうする……。
は! あと、里に登録してあるのなら、それを辿ればリーくんの親犬、一発で分かっちゃうじゃん!!
おお、気づかなかったことにしよう!!
ただ、ネジくんとテンテンがそれをするかどうか……。しなかったでしょうねぇ……。
久々に忍犬リーくんを書くにあたって、前のを読み返したのですが、「忍犬は遺伝によるもの?」みたいなことを自分で言っちゃってました(^^;)。
獣医さんもオリジナルキャラ(またか)です。でも、なんかイメージが湧いてきてしまった……。
あと、ネジくんは完全に「親バカ」です。誰がなんと言おうと、赤ん坊には「父上」と呼ばせるでしょう。
ネジくんとテンテンの子供…、実はこっちもイメージがあります。あーあ……。