空はからりと晴れている。空気は爽やかだが、やや湿気が足りないように思う。
日向ネジは鍛練場へ向かいながら、意味の無い咳を一つした。
「いったぁ! もう、だからリーに触るの嫌なのよ!!」
鍛練場に着くと、テンテンがリーを怒鳴りつけていた。
「そ、そんなこと言ったって、仕方ないじゃないですか」
反論するリーは、テンテンの剣幕に気圧されて元気が無い。
「なにを騒いでるんだ?」
ネジは多少遅刻したことなど、まったく悪びれる様子なく、二人に近づいた。
「もう、この時期、リーと組み手するの嫌なんだよね!!」
テンテンは怒りをそのままネジにぶつける。ネジは眉をしかめると、リーに視線を送った。
「なにか、やましいことでもしたのか?」
「してません!!」
ネジはにやりと笑い、急に真顔に戻って、冗談だと言った。これがネジがネジである所以だ。
「テンテンはなにを怒っているんだ?」
冷静な口調でテンテンに聞くと、彼女はため息をついてリーを指差す。
「静電気」
「……なに?」
「静電気!! リーの!! この時期リーに触ると、静電気が起きるの!!」
テンテンの怒鳴り声が、鍛練場に響いた。

よくよく話をしてみれば、静電気が起きるのはリー自身ではなく、ガイスーツの方だった。さらに、夏用と冬用では素材が違うらしく、冬用は静電気を溜めやすいそうだ。こんな日には特に、というのはテンテンの弁だ。
「でも、静電気で怒鳴られるのはテンテンだけなんですけど……」
リーは自分の身体を見下ろし、困ったように眉を下げる。
「あたしは静電気を溜めやすい方なの!! あんた、知らないだけで絶対に迷惑かけてる人いるわよ!! 市場とか!!」
テンテンの剣幕は収まらず、どんどん上昇しているようだ。
ネジはそんな二人を冷ややかな目で見ていたが、それはだんだんとリーだけに注がれるようになった。しかし、ネジの視線に気づく二人ではない。
「あんた、鍛練の時だけ別の服にしてくれない?」
「そ、そんな! だって、これあたたかいし……」
「どうせ体を動かすんだから、服なんてどれも同じでしょ!!」
横暴な言葉を吐くテンテンに、リーは心底困った顔でネジに視線を向けた。目が合ってしまったネジは、素知らぬ表情で顔を背け、
「……じゃあ、今日は座学でもやろうかと、ガイに聞いてみるか。テンテンも、心が乱れた状態で鍛練しても、効果は無いぞ。ガイに許可を取ってきてくれないか? 頭を冷やすためにもな」
あくまでも冷静な口調に、テンテンも気がそがれたのか、素直に鍛練場から出て行った。
「……おい」
傷ついた表情で地面を見つめていたリーに声をかける。
「え?」
顔を上げたリーはネジと目が合った。だが、ネジの眼の底になにかとてつもなく邪なものを見つけたのか、体が強張った。
「本当に痛いのか? お前に触ると」
「…………たぶん、テンテンの怒りかたからすると、相当痛いんじゃないですか?」
「ふん」
「……まさか触ろうとか思ってませんよね」
「まさか」
あからさまにほっとしたリーを見て、ネジはふん、と鼻を鳴らすと、
「なあ、静電気は…………でも起きるのか?」
呟いた。
「え? なにか言いました?」
「…………なにも」
ネジは聞こえなくて良かったと、聞こえてなかったのかと、なんとも複雑な心境で唸った。
リーが首を傾げてなにか言おうとすると、またしてもテンテンの怒鳴り声が響いてきた。直後、野太く悲壮な声も聞こえてきた。
「もう! ガイ先生も近づかないで!! なんで師弟揃って静電気起こすのよ!! ガイ先生も別の服にして!!」
「し、しかしだな、これはあたたかいし……」
「どうせ体を動かすんだから、服なんてどれも同じでしょ!!」
先程とよく似たやり取りをしながら、ガイとテンテンが鍛練場に入ってきた。
ネジとリーは顔を見合わせ、やれやれと苦笑し、体を動かした。
その時、リーの体に触れた。ほんの一瞬、痛みがネジの体を突き抜けた。
だが、それが静電気のせいではないことを、聡明な少年はよく知っていた。


2008/11/13〜16