また髪が伸びた。額にかかる前髪が、本の小さな文字を見辛くしていた。
久々の休日。日向ネジは屋敷の自室で書物を読み耽っていて、ふと気付いた。
(また散髪に行かねばならないな…………)
ため息をつこうと思った瞬間、その長い髪を引っ張られた。
なぜ邪魔をする。ネジは眉をしかめた。
髪を引っ張っているのはロック・リー。どこで知るのか分からないが、ネジが休日となると、屋敷に顔を出してくる。
そのリーも、先ほどまで自分と同様に黙って本を読んでいたのに、もう飽きたのだろうか。
(集中力のない奴め)
それでも、ネジはリーに構うことはなかった。だが、なぜ髪を引っ張るのか理解できず、神経はリーの指先に集中する。
リーの呼気が耳元に当たる。口を開いた気配が伝わった。
「…………お前にそんな性癖があったとはな」
ネジは本を閉じ、にやりと笑って目だけをリーに向けた。
リーはいつもの丸い目でネジを見ていた。そして、いつもうるさく何かを言っている口には、ネジの長い髪が数本、咥えられていた。
「…………」
「なにを言っている。人の髪を口から離して言え」
もごもごと口を動かしたリーに、ネジは今度こそ不機嫌な顔で向き直った。
「……だって、絹糸みたいで綺麗ですから」
臆面もなく、そんな言葉を吐く。ネジはまっすぐなリーから、思わず目を逸らした。
「綺麗だからと口に含むのか? お前ときたら、女には容易に手を出せないくせに、気に入ったら虫でも口に入れそうだな」
「ネジだけですよ。こんなことするなんて」
またしても直線的な言葉に、ネジは頭を抱えそうになった。冷静、冷徹なネジをここまで戸惑わせるのは、木ノ葉の里を探しても、ロック・リーしかいない。
そもそも、黒くたっぷりとした髪の毛ならば、リーだとて持っているのだ。太陽が出ていなくても輝くその髪を羨ましいと思っている女忍者(主にテンテンのことだが)は、意外なほどにいる。
それなのに、リーは自分が持っている魅力的なものが、何一つ見えないらしい。見えるとすれば、他人の美しいところだけ。
ネジからすれば何とも馬鹿馬鹿しいことなのだが、本人が自覚も無く、本心でやっているのだから仕方が無い。
「本当に綺麗ですねぇ、ネジの髪って。羨ましいです」
そう言って、リーはネジの髪をいじる。そして、また口に入れた。
「……やめろ」
今度は嫌悪感を顔に乗せて、声を低くして言った。それでも、リーはネジの髪を咥えたままだ。まるで、本当の本心のところでは、嫌悪感など無いことを分かっているように。
それが日向ネジを苛立たせることも、ロック・リーはよく知っている。だからこそ、ネジは許せない。
自分が相手に心を掴まれるなど、あってはならない。
「やめろと言っているのが、分からないのか?」
ネジは髪を咥えたままのリーを、畳に押し倒し、その口ごと己の口で塞いだ。
リーの唇と自分の髪を味わいながら、ネジは明日には髪を切りに行こうと決めた。


(2009/03/17〜26・27)